上 下
87 / 263

黒こげのパンケーキ

しおりを挟む
 どうしてもパンケーキの片面だけが焦げるのが解せない。
 ユウリは眉間にしわ寄せてお玉で一つ分を慎重に乗せる。

 じゅうと焼ける音が平和だ。
 甘いような香ばしいような匂いが少しずつ漂ってくる。ぷつぷつと周りがなったらひっくり返す。火は弱火推奨。

 こんどこそとひっくり返せばフライパンの縁にくっついた。

「ぬっ」

 斜めに引っかかると均一の厚さは諦めるしかない。焦げなかったとのがマシだろうか。
 最初からすれば進歩したと自分で慰める。
 最悪なものは胃袋に証拠隠滅した。苦かった。

 ディレイは呆れながらも食べてくれそうな気はする。まずいとか言いながら。
 アーテルは、次はこうするんですよと困った弟でも見るように教えてくれるだろう。
 ゲイルがいれば笑ったと思う。

 ここは、実家に似ている。こういうものを守りたかったと思い出させてくれた。

 何でもない日常。とても大事だ。どこでもあって、あっさりなくなるもの。
 重圧が、とか思っている場合ではない。
 ユウリはため息をついて斜めに偏ったパンケーキを皿にのせる。少し上手になれば、ローゼも食べてくれるだろうか。

 きっと置いていったことを怒ってるんじゃないかと思う。
 心配の裏返しの激怒が待っているに違いない。うちの恋人は本当に可愛い。

 ユウリはもう一枚焼くためにお玉で生地を掬う。滑らかな生地は混ぜ過ぎとアーテルは呆れていた。
 とろりと生地を落とせばじゅうとフライパンが音を立てる。

「どうしたら機嫌直してくれるかな」

 それを考えるのは楽しい。
 この数日の寂しさは異常だ。目の前でいちゃつくなと言いたい。

 だいたい無意識で、はっと気がついて少し距離をとるのを見ていると何をしているのだと言いたくなる。

 さっさとつきあえ。などと思いだすのはおかしくないとユウリは思う。あれで恋人でもないとか言い出すのが、おかしい。
 新婚とか同棲始めましたくらいの家にお邪魔したような疎外感がある。

 昨日見た指輪がどういうものなのかユウリも聞いたが頭が痛くなった。ついでに教会が寄越したというお守りも見たが、正気かと言いたい。

 完全に教会と魔導協会が結託している。来訪者について国に関与する隙を与えないつもりなのは知っていた。
 それでもここまでされると、おまえらにほんのわずかなチャンスすら与えてやるものか、という怒りじみたものさえ感じる。
 戦時中の魔導師や神官たちへの対応について腹に据えかねていたのだろう。

 ユウリも気には留めていたが、全てに対応できるわけではない。

 教会は神官を派遣しているという形だったが、魔導師は違う。魔導協会の意図があったにせよ、野良魔導師の自由行動を黙認という建前だ。
 後ろ盾を持たない魔導師に嫌がらせをするということはあったようだ。
 命知らずなとユウリは恐れおののいた。

 気弱そうな魔導師ですら、人を傷つけることはできる。限界値を超えれば、命を奪うことすら容易くしてのける。
 その上で、正当防衛でしたのでと平然と言って罪悪感すら持たない。

 そんな事件も後々発覚している。
 途中から妙な嫌がらせ返しに変化していったが、初期の軋轢は無視出来るものではない。
 逆に神官は、人が良いのをいいことに過労で倒れるまでこき使われたとか。こちらは正式に抗議がきて発覚したが、改善したところで次は手を貸しませんねと言い出される始末だ。

 後始末が大変になるのはこれだけではない。
 あちこちを無理に動かした結果なのだから、仕方がないが。

「俺だけが悪いんじゃないと思うんだけどな」

 そして、この黒こげのパンケーキはたぶん自分が悪い。
 ぼんやりしていたら真っ黒だ。表面が乾ききったそれをひっくり返す。

 果たして、ローゼはこんなもの一緒に食べてくれるだろうか?

 笑い出すのを我慢して、神妙な顔をしそうな気がする。私がいないとユウリはダメねとにやにやするかもしれない。

 対抗して料理しようとしなければいいんだけど。ユウリはそれだけは勘弁して欲しいと思う。なぜに謎の食べ物だったものがでてくるのかわからない。途中までは確かに食材だった。
 ローゼが料理をするとどこかに空間のねじれができて合成錬金術が発動するに違いない。

「しかし、お腹すいたな」

 この家の主はなにをどこまでしているのやら。
 何とも言えない気持ちで扉の向こう側を見る。

 けっこう、時間がたった気がする。
 アーテルが見捨てられたと驚愕の表情をしていたのが面白、いや、不憫だった。
 訳がわからないという表情のまま連れて行かれた。
 ディレイの機嫌の悪さは理解しているのに理由については思い至らないらしい。ユウリは完全に対象外で、そこで嫉妬されるかもしれないなどと考えなかったようだ。

 ユウリは可能性は考えたが気にしなかった。いっそ、何か進展すればいいかなぁと魔が差したところもなくはない。
 ローゼと順調に事を進めるには彼女は邪魔なのである。悪いとは思うが、是非とも他の男と仲良くしていただきたい。

「お昼忘れてるんじゃないかな」

 これは罰が当たっただろうか?
 ユウリは思い悩みながらパンケーキを焼いた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

眺めるだけならよいでしょうか?〜美醜逆転世界に飛ばされた私〜

波間柏
恋愛
美醜逆転の世界に飛ばされた。普通ならウハウハである。だけど。 ✻読んで下さり、ありがとうございました。✻

異世界は『一妻多夫制』!?溺愛にすら免疫がない私にたくさんの夫は無理です!?

すずなり。
恋愛
ひょんなことから異世界で赤ちゃんに生まれ変わった私。 一人の男の人に拾われて育ててもらうけど・・・成人するくらいから回りがなんだかおかしなことに・・・。 「俺とデートしない?」 「僕と一緒にいようよ。」 「俺だけがお前を守れる。」 (なんでそんなことを私にばっかり言うの!?) そんなことを思ってる時、父親である『シャガ』が口を開いた。 「何言ってんだ?この世界は男が多くて女が少ない。たくさん子供を産んでもらうために、何人とでも結婚していいんだぞ?」 「・・・・へ!?」 『一妻多夫制』の世界で私はどうなるの!? ※お話は全て想像の世界になります。現実世界とはなんの関係もありません。 ※誤字脱字・表現不足は重々承知しております。日々精進いたしますのでご容赦ください。 ただただ暇つぶしに楽しんでいただけると幸いです。すずなり。

冷宮の人形姫

りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。 幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。 ※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。 ※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので) そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。

追放された悪役令嬢はシングルマザー

ララ
恋愛
神様の手違いで死んでしまった主人公。第二の人生を幸せに生きてほしいと言われ転生するも何と転生先は悪役令嬢。 断罪回避に奮闘するも失敗。 国外追放先で国王の子を孕んでいることに気がつく。 この子は私の子よ!守ってみせるわ。 1人、子を育てる決心をする。 そんな彼女を暖かく見守る人たち。彼女を愛するもの。 さまざまな思惑が蠢く中彼女の掴み取る未来はいかに‥‥ ーーーー 完結確約 9話完結です。 短編のくくりですが10000字ちょっとで少し短いです。

ぽっちゃりな私は妹に婚約者を取られましたが、嫁ぎ先での溺愛がとまりません~冷酷な伯爵様とは誰のこと?~

柊木 ひなき
恋愛
「メリーナ、お前との婚約を破棄する!」夜会の最中に婚約者の第一王子から婚約破棄を告げられ、妹からは馬鹿にされ、貴族達の笑い者になった。 その時、思い出したのだ。(私の前世、美容部員だった!)この体型、ドレス、確かにやばい!  この世界の美の基準は、スリム体型が前提。まずはダイエットを……え、もう次の結婚? お相手は、超絶美形の伯爵様!? からの溺愛!? なんで!? ※シリアス展開もわりとあります。

【完結済】(無自覚)妖精に転生した僕は、騎士の溺愛に気づかない。

キノア9g
BL
完結済。騎士エリオット視点を含め全10話(エリオット視点2話と主人公視点8話構成) エロなし。騎士×妖精 ※主人公が傷つけられるシーンがありますので、苦手な方はご注意ください。 気がつくと、僕は見知らぬ不思議な森にいた。 木や草花どれもやけに大きく見えるし、自分の体も妙に華奢だった。 色々疑問に思いながらも、1人は寂しくて人間に会うために森をさまよい歩く。 ようやく出会えた初めての人間に思わず話しかけたものの、言葉は通じず、なぜか捕らえられてしまい、無残な目に遭うことに。 捨てられ、意識が薄れる中、僕を助けてくれたのは、優しい騎士だった。 彼の献身的な看病に心が癒される僕だけれど、彼がどんな思いで僕を守っているのかは、まだ気づかないまま。 少しずつ深まっていくこの絆が、僕にどんな運命をもたらすのか──? いいねありがとうございます!励みになります。

処理中です...