上 下
81 / 263

疑惑

しおりを挟む
 帰りが遅くなってしまった。

 教会で用事が済んだと思えば、調子の悪い魔動具があるとか言われて直す羽目になった。やはり教会のシスターというものは人をこき使いたがる。嫌いではないが苦手だ。
 神官も笑っているばかりで助けようともしないのに問題を感じる。逆に悪いね、ただ働きさせてと無償を強調されるたちの悪さもあり、昼食を用意されて誤魔化された。

 定期的な寄付を止めてやろうかと考えたが、指輪の入った箱が上等なもので綺麗に包装されていたことで言い損ねた。
 それにあわせてお守りと言われて渡された紙袋の中身も確認していない。

 その上、魔導協会で予想外に時間をとられた。
 むしろ、待ち構えていたと言っていい。受付に有無を言わさず個室に連れ込まれた。幹部相手に来訪者の情報を洗いざらい吐けと言われても言えないものは言えない。
 隠しようもないいつ頃からいるのか、その特性については話た。それ以外は確定していない情報なので言えないと拒否したが、ずいぶんと食い下がられた。

 リリーのところでだいぶ情報を止めていたらしい。師匠の目があっては手を出せないと思っていたところに行ってしまったようだ。
 迂闊にもほどがある。

 ユウリの件はなんとかすると軽く受け終われた方が心配になる。

「捕まえておけ、なんて出来たら、やってる」

 ぼやけばジャスパーがなんか言ったかと言いたげに耳を動かした。暗くなりかけた道をのんびりと帰る。
 本当は急ぎたいが、ジャスパーの機嫌に左右される。いつもより足下が見えない分慎重になっているようだ。

「留守の間は頼むからな」

 どうしようかと言いたげに頭を振られて、苦笑が漏れた。彼女が良く話しかけるからつい話をしてしまう。
 町にいたときはそれほど感じなかったが、今はなにか足りない気がしている。

 寂しい。

 その言葉で言い表せるかはわからない。

「早く帰らないか? 心配している、と思う。たぶん」

 平気そうな顔で、大丈夫でしたよなんて言われそうな気がする。あの強がりはどこから来ているのだろうか。
 泣き言らしきことも、弱音もあまり言われた事がない。泣かれたことなど一度もない。

 少しはその気になったのかジャスパーの足が速くなった。



 家が近くなり遠く灯りが見えた。ゲイルあたりが気を利かせて魔法の灯りでも用意していたのだろうかと思ったが。
 ぼんやりと見えたものが人だとわかったときにはため息が出てきた。
 外はもう暗い。寒くなる時間に外にいるとは思わなかった。

 無様にならない程度には取り繕って馬から下りる。

「おかえりなさい」

 それを見て、彼女は近づいてくる。ほっとしたような嬉しいような表情がない交ぜになっていた。
 ただ、町に行ってくるだけでこれで本気で大丈夫だと思っているんだろうか。こんな場所でわざわざ待っているということはかなりの不安か心配を抱えている気がしてならない。
 たぶん、本人は大丈夫と言い張るだろう。表面上はそのようにみえるのが厄介な気がしてならない。

「ジャスパーもお疲れ様」

 ジャスパーが鼻先を押しつけようとして、彼女が露骨に避けた。

「いや、ちょっと押されると倒れます。ダメだって言ったじゃないですか。代わりに明日は念入りにブラシかけてあげますね。他の子もブラシかけてって言ってきてもヤキモチとかいけませんからね? 仲良くするんです」

 言い聞かせている様子がいつも通りでほっとした。だが、ジャスパーの方ばかり構っているようで少し面白くない。
 こちらに背を向けている分、いつもより油断している。

「ただいま」

「うひゃっ」

 う、後ろからとかダメだと思いますとかごにょごにょ言っているが、触れたわけでもない少しだけ近かっただけだ。

「俺も疲れてるから、暖かいもの用意してくれるといいんだが」

「は、はいっ!」

 うわずったような声が、動揺をそのまま表しているようだった。
 それが面白くなってきて、少々のいたずらくらいはと実行してしまう。

「あぅ」

 耳を押さえて逃げる様はなにか小動物のようだ。嫌な時ははっきり逃げて行くので、ある意味安心する。近頃、今までの暗黙の了解を踏み越え過ぎていた。

「遊ばれてる気がするんですけど」

 警戒心をもって距離を離しながら、それでも手が届かないほどではない。怒っても何かの限界を超えたようでもないようだ。

「いい反応するから、つい」

「つい、ついって」

「ほら、約束していたお土産」

 誤魔化すように取り出したものを見てもきょとんとした顔で見返されて違和感を憶えた。

「お土産?」

「朝、約束しただろ?」

 さらに首をかしげる仕草で理解する。どうも憶えていないらしい。あるいは夢だとかなんとか処理されたのだろうか。

「あれ? 夢ではない?」

「寝ぼけていたのか」

 憶えていないことに少しばかり気落ちするが、いつもと違った理由がわかった。素直に甘えてきて可愛かったことは別に言う必要もない。
 考え込んでいる彼女の手を取り、指輪を入れた箱をのせる。彼女は目を見開いてその箱とこちらを交互に見ていた。

「豪勢な箱ですね」

「あとで一人で開けるように」

「はい」

 彼女はよくわからないという表情のまま肯く。
 ゲイルあたりはすぐに感づくだろう。言い訳は用意してもそれだけとは思わない。魔動具づくりを生業としているだけあって、同じ機能を持たせる道具は他の形状でも構わないと知っている。

 ただ、これを持っていて欲しかっただけなのだとすぐに見破られるに決まっている。

「じゃ、飲み物用意して待ってます」

 そうして機嫌良さそうに足取り軽く去って行く。
 その間、ジャスパーは大人しく待っていた。さりげなく距離を置いていたことには彼女も気がついていなかったようだ。
 今ももういいかと問いたげに頭を向けてくる。

「おまえ、本当に馬なわけ?」

 別な生命体とかじゃないだろうかと疑いつつある。なにか他の馬より賢く、人の言葉を理解しているようにしか思えない。
 素知らぬ顔で厩舎のほうに歩き出すにいたっては誤魔化しているような気さえしてくる。

 おそらく、気のせいで済ませるのがよいのだろう。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

眺めるだけならよいでしょうか?〜美醜逆転世界に飛ばされた私〜

波間柏
恋愛
美醜逆転の世界に飛ばされた。普通ならウハウハである。だけど。 ✻読んで下さり、ありがとうございました。✻

王太子さま、側室さまがご懐妊です

家紋武範
恋愛
王太子の第二夫人が子どもを宿した。 愛する彼女を妃としたい王太子。 本妻である第一夫人は政略結婚の醜女。 そして国を奪い女王として君臨するとの噂もある。 あやしき第一夫人をどうにかして廃したいのであった。

異世界は『一妻多夫制』!?溺愛にすら免疫がない私にたくさんの夫は無理です!?

すずなり。
恋愛
ひょんなことから異世界で赤ちゃんに生まれ変わった私。 一人の男の人に拾われて育ててもらうけど・・・成人するくらいから回りがなんだかおかしなことに・・・。 「俺とデートしない?」 「僕と一緒にいようよ。」 「俺だけがお前を守れる。」 (なんでそんなことを私にばっかり言うの!?) そんなことを思ってる時、父親である『シャガ』が口を開いた。 「何言ってんだ?この世界は男が多くて女が少ない。たくさん子供を産んでもらうために、何人とでも結婚していいんだぞ?」 「・・・・へ!?」 『一妻多夫制』の世界で私はどうなるの!? ※お話は全て想像の世界になります。現実世界とはなんの関係もありません。 ※誤字脱字・表現不足は重々承知しております。日々精進いたしますのでご容赦ください。 ただただ暇つぶしに楽しんでいただけると幸いです。すずなり。

冷宮の人形姫

りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。 幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。 ※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。 ※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので) そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。

追放された悪役令嬢はシングルマザー

ララ
恋愛
神様の手違いで死んでしまった主人公。第二の人生を幸せに生きてほしいと言われ転生するも何と転生先は悪役令嬢。 断罪回避に奮闘するも失敗。 国外追放先で国王の子を孕んでいることに気がつく。 この子は私の子よ!守ってみせるわ。 1人、子を育てる決心をする。 そんな彼女を暖かく見守る人たち。彼女を愛するもの。 さまざまな思惑が蠢く中彼女の掴み取る未来はいかに‥‥ ーーーー 完結確約 9話完結です。 短編のくくりですが10000字ちょっとで少し短いです。

ぽっちゃりな私は妹に婚約者を取られましたが、嫁ぎ先での溺愛がとまりません~冷酷な伯爵様とは誰のこと?~

柊木 ひなき
恋愛
「メリーナ、お前との婚約を破棄する!」夜会の最中に婚約者の第一王子から婚約破棄を告げられ、妹からは馬鹿にされ、貴族達の笑い者になった。 その時、思い出したのだ。(私の前世、美容部員だった!)この体型、ドレス、確かにやばい!  この世界の美の基準は、スリム体型が前提。まずはダイエットを……え、もう次の結婚? お相手は、超絶美形の伯爵様!? からの溺愛!? なんで!? ※シリアス展開もわりとあります。

【完結済】(無自覚)妖精に転生した僕は、騎士の溺愛に気づかない。

キノア9g
BL
完結済。騎士エリオット視点を含め全10話(エリオット視点2話と主人公視点8話構成) エロなし。騎士×妖精 ※主人公が傷つけられるシーンがありますので、苦手な方はご注意ください。 気がつくと、僕は見知らぬ不思議な森にいた。 木や草花どれもやけに大きく見えるし、自分の体も妙に華奢だった。 色々疑問に思いながらも、1人は寂しくて人間に会うために森をさまよい歩く。 ようやく出会えた初めての人間に思わず話しかけたものの、言葉は通じず、なぜか捕らえられてしまい、無残な目に遭うことに。 捨てられ、意識が薄れる中、僕を助けてくれたのは、優しい騎士だった。 彼の献身的な看病に心が癒される僕だけれど、彼がどんな思いで僕を守っているのかは、まだ気づかないまま。 少しずつ深まっていくこの絆が、僕にどんな運命をもたらすのか──? いいねありがとうございます!励みになります。

処理中です...