上 下
68 / 263

悪い魔法使い

しおりを挟む
「この悪い魔法使いめっ!」

「……めんどくさい。このお子様」

 うんざりしたようにユウリは呟く。
 来客は十代半ばくらいの二人の少年だった。

 ユウリも最初は出ようとは思わなかった。お風呂上がりで、廊下をぺたぺたと歩いている時にりんごーんと呼び鈴が鳴ったので、手近なキッチンの方へ退避した。見られたら問題があることぐらいはユウリも理解している。

 扉を少しだけ開けて、音を聞く。もう一度りんーごーんと呼び鈴が鳴り、しばし静かになった。
 立ち去ったのかと安心して、廊下に出かかって玄関ががちゃりと開く音が聞こえた。慌てて元の場所に戻る。
 ユウリは鍵かけてないのかと遠い目をした。在宅中なら鍵はかけないかもしれない。

『せーの、すみませーん』

 という子供の声が聞こえてきたのは扉を完全に閉めなかったからだ。子供であってもユウリは返答しない。

 勝手に入ってくる来客なんてあまりない。ユウリの生まれたご近所顔見知りの田舎であればよくあることではあるのだが、さすがに魔導師相手にはそんな付き合いはしていないだろう。

『いないのー?』
『いないみたい』
『どうする?』

 おそらくアーテルが言っていた配達人だろうが、子供過ぎないだろうか。
 そのまま帰れ。ユウリは念じたが期待は裏切られる。だいたい、裏切られてばかりだ。

『ナマモノ悪くなっちゃうっ! お片付けした方が良いじゃないかな?』

『そうだねっ!』

 少しも安心出来る内容ではなかった。ユウリは頭が痛い気がした。なぜ入ってくる。なぜ待たない。

『悪い魔法使いの家なんてどきどきするねっ』

『ええっ!? 良い人って神官様が言ってたよ。昔から寄付してくれるって』

『魔法使いってお姫様さらっていっちゃうんでしょ? それで、英雄にたすけられるのっ』

 ……きっと、好奇心が優先されたのだろう。
 なまものというからにはキッチンを探すだろう。つまりここに来る。ユウリは逃亡先を間違えたことを知った。
 どこか外に出るにも廊下に出なければならず、キッチンからは外に出られない。窓も人が出て行くには無理がある。
 妙にこの家は外に出にくい構造になっている。その上、この世界の常識と比較して、防音が効きすぎている。妖精たちも来たがらない、奇妙な屋敷。なんとなく不気味さを感じているのかアーテルもホラー映画に出てきそうな家と評していた。

 ユウリはぼんやりと考え込んでいる場合ではないとダイニングテーブルの上の真新しいテーブルクロスを引っぺがした。髪を見られる方がまずい。頭から被ってマント風に仕上げて時間切れだった。
 朝食後、新しいものに変えていたのでとてもよかった。

 そして、やってきたのは子供だった。よいしょと荷物を運んでいた様子は微笑ましいが、勝手に入ってくるのはいただけない。

 少しばかり脅してやろうと思った自分が悪かったとユウリは心底反省している。

 その結果が、悪い魔法使い呼ばわりだ。

 ディレイ、本当にごめん。悪評がついたらなにか埋め合わせする。ユウリは心の中で手を合わせた。

「悪い魔法使いでいいから荷物置いていくように」

「え、食べちゃうんじゃないの?」

「かんきんするの?」

「しねぇよ」

 ふざけんな、帰れ。とまではユウリは言わなかった。
 評判というものを気にはする。自分のものならあまり気にも留めなかっただろう。

「え、じゃあ、お姫様いる?」

「いない」

 まあ、あれ(アーテル)もある意味、お姫様かもしれない。今のところ年頃の来訪者は彼女だけだ。王都へ迎えられれば、お姫様以上の扱いをされるだろう。
 本人はお断りだと思うだろうが、この国において最大のご機嫌取りなのだから仕方ない。

 この世界の価値観的によい縁談は喜ぶべき事で、感謝するはずだと思うし、良い事をしたとさえ考えるだろう。

 もし、彼女がなにも持たない魔導師がよいなどと言えば、逆に魔法でもかけられたのではないかと疑われるくらいだ。

「兄ちゃんが、可愛い子だけど魔法使いにつれてかれたって」

「あ、なんか人さらいって」

「魔導師しかいない。なに? カエルにでも変えられたい?」

 おとぎ話の定番がなぜかカエルに変えられるなのだ。しかも、等身大のカエル人間が多い。そのまま冒険したり、お姫様を救ったりするものもある。
 そのため、子供に対する脅しもその系統が多い。

 ユウリはカエル人間と想像してうなされたことがある。リアル過ぎる想像力は無用だと思った一件である。

「ん。でもお兄ちゃん悪そうな感じしない」

「そーそー」

「マジ、めんどくさい」

 行動原理がまったくわからない。
 十代半ばってこんな子供だっただろうか。記憶に遠い。馬鹿は馬鹿だった気はする。ユウリは前世1個分あったのでこの世界ではそんな子供を満喫しなかったのだ。

 魔法の修行をしているつもりで、世界と繋がりすぎて魔法を使えなくなったという本末転倒になる子供時代だった。
 存在が不安定になり、病弱と誤解されローゼに守る対象と認識されたのはユウリにとっては情けない思い出だ。
 外から見ると美談のように見えるので何とも言い難い黒歴史となっている。

「ねーねー、魔法の道具とかあるの?」

「魔法見せて」

 ユウリは黙って少年2人の肩を押さえてくるりと反対を向かせた。

「帰れ」

 扉の向こう側に押し出して、背中を押す。腕力はこう言うときには便利だ。

「いーやーだーっ!」

「はいはい。本物帰ってくる前に帰りな」

 ディレイなら慌てず騒がず、相手の話も聞かず、外に放りだすだろう。家に入り込まれるのは到底許容できないと思いそうだが、彼女の存在が少しばかり自重させるだろう。
 揉めるより、なかったことにしたほうがマシである。

「……ユウリ?」

 玄関から怪訝そうな声が聞こえてきた。玄関から廊下はだいたい見える。
 ディレイのなにしているんだ? と言いたげな、困惑が滲んだ表情に不満を感じる。住人がしっかりしていれば問題など起きなかった。

「なんか配達みたい? 好奇心の赴くままに入ってこられた」

「それは、命知らずな」

「んー?」

「普通の魔導師の家じゃ比にならないほど、まずいものしかない」

「俺、その説明きいてないけど」

「勝手に知らない部屋あけないだろう?」

 ユウリには副音声で、そうなったら自業自得な、と聞こえてきた気がした。来客の立場では勝手に部屋を開けたりはしない。言わなかった事は信頼というよりささやかな悪意のような気がした。

 ユウリは不満な表情を隠さず、少年たちを玄関に送り込むことにした。あとは知らない。

「ちょっと、やめろよっ! なんだよ、帰らないよっ!」

「はいはい。お家に帰ろうね」

 ユウリはここまでがお仕事と思って、玄関で手を離した。

「いつもの配達人はどうしたんだ?」

「え、なんかにーちゃんたちは人捜し? よくわかんない。
 そんで、悪くない魔法使いとか言ってたけど、悪い魔法使いだった!」

 ディレイは少し咎めるような視線だけをユウリに送ってきた。視線を受けても不満顔を変えないユウリにため息をつく。

「帰れ」

 やはり想像通り、ディレイは子供相手でも容赦なく放り出そうとしている。
 冷たい声は、ユウリには聞き慣れたものだ。ずいぶん時間がたつまで柔らかな温度のある声で話すことはないのかと思った。
 例外的に同門の魔導師であるフラウを相手にしたときは優しい声だと。

 ……あれ?

 引っかかりをおぼえてユウリは記憶の中で声を比較した。
 あの時の声は今、アーテルに向ける声と似ている気がする。どちらかと言えば、今の方が甘いように聞こえるが、それに含まれる感情は大変類似していた。
 フラウを妹みたいなものだと紹介されたときのひどく優しい笑みの意味を取り違えた。
 初めて気がついた事実にユウリは衝撃をうけた。

 ……な、なるほどね。
 警戒するわけだ。二度目は、さすがに嫌だろう。黒髪、黒目の英雄が嫌なのではなく、ユウリが嫌なのだ。

「ところであんちゃん、誰?」

「あっちが本物の魔導師」

 少年たちはかっぱーんと口を開けていた。
 まあ、確かに、ディレイは魔導師っぽい格好はしてない。頭脳労働系っぽい感じはしている。役人といったほうがしっくりくるような気はしていた。
 指揮者(コンダクター)系は普通の格好を好む傾向はある。おそらく魔導師らしい格好をしてるのは虹色(プリズム)などの呪式を色で描く系統だろう。

「あんたは?」

「ただの居候」

 他に言いようがない。
 ユウリとディレイを見比べて、騙されたと気がついたのだろう。ユウリにしてみれば勝手に勘違いされた、というところだ。

「ば、ばかやろーっ!」

 真っ赤な顔で、怒鳴って少年のうちのひとりは全力で走って逃げて行った。

「まってーっ!」

 それをもう一人が追いかけていった。

「なにしたんだ?」

「勝手に入ってくるのは駄目だよと脅した」

「……俺の評判について、今更言うものでもないが、新しく悪評を追加したいとも思わない」

「いや、ほんと、ごめん」

 ユウリもそこは素直に悪かったと思っている。

「反省してるって」

 疑いのまなざしがちょっと痛かった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

眺めるだけならよいでしょうか?〜美醜逆転世界に飛ばされた私〜

波間柏
恋愛
美醜逆転の世界に飛ばされた。普通ならウハウハである。だけど。 ✻読んで下さり、ありがとうございました。✻

王太子さま、側室さまがご懐妊です

家紋武範
恋愛
王太子の第二夫人が子どもを宿した。 愛する彼女を妃としたい王太子。 本妻である第一夫人は政略結婚の醜女。 そして国を奪い女王として君臨するとの噂もある。 あやしき第一夫人をどうにかして廃したいのであった。

異世界は『一妻多夫制』!?溺愛にすら免疫がない私にたくさんの夫は無理です!?

すずなり。
恋愛
ひょんなことから異世界で赤ちゃんに生まれ変わった私。 一人の男の人に拾われて育ててもらうけど・・・成人するくらいから回りがなんだかおかしなことに・・・。 「俺とデートしない?」 「僕と一緒にいようよ。」 「俺だけがお前を守れる。」 (なんでそんなことを私にばっかり言うの!?) そんなことを思ってる時、父親である『シャガ』が口を開いた。 「何言ってんだ?この世界は男が多くて女が少ない。たくさん子供を産んでもらうために、何人とでも結婚していいんだぞ?」 「・・・・へ!?」 『一妻多夫制』の世界で私はどうなるの!? ※お話は全て想像の世界になります。現実世界とはなんの関係もありません。 ※誤字脱字・表現不足は重々承知しております。日々精進いたしますのでご容赦ください。 ただただ暇つぶしに楽しんでいただけると幸いです。すずなり。

冷宮の人形姫

りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。 幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。 ※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。 ※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので) そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。

追放された悪役令嬢はシングルマザー

ララ
恋愛
神様の手違いで死んでしまった主人公。第二の人生を幸せに生きてほしいと言われ転生するも何と転生先は悪役令嬢。 断罪回避に奮闘するも失敗。 国外追放先で国王の子を孕んでいることに気がつく。 この子は私の子よ!守ってみせるわ。 1人、子を育てる決心をする。 そんな彼女を暖かく見守る人たち。彼女を愛するもの。 さまざまな思惑が蠢く中彼女の掴み取る未来はいかに‥‥ ーーーー 完結確約 9話完結です。 短編のくくりですが10000字ちょっとで少し短いです。

ぽっちゃりな私は妹に婚約者を取られましたが、嫁ぎ先での溺愛がとまりません~冷酷な伯爵様とは誰のこと?~

柊木 ひなき
恋愛
「メリーナ、お前との婚約を破棄する!」夜会の最中に婚約者の第一王子から婚約破棄を告げられ、妹からは馬鹿にされ、貴族達の笑い者になった。 その時、思い出したのだ。(私の前世、美容部員だった!)この体型、ドレス、確かにやばい!  この世界の美の基準は、スリム体型が前提。まずはダイエットを……え、もう次の結婚? お相手は、超絶美形の伯爵様!? からの溺愛!? なんで!? ※シリアス展開もわりとあります。

処理中です...