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暗闇の中で

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自力でなんとかしなよ、のあたりの話です。



 魔動具に刻まれた呪式を見えるように起動するのはそれほど難しくないがコツはいる。
 三度目のエラーを返されてはさすがに苛立った。

「……ほんっとに向いてないな」

「うるさい」

 ゲイルは仕方ないなぁと言いたげな表情のままに、エリックにその場を離れるように言う。

 廊下の壁に管理用のプレートが埋め込まれている。通常は表面を別の板で隠しているのでわかりにくいが、よく見れば変な事がわかるようになっていた。
 一体型の魔動具は効率より、後々の扱いやすさを優先した構造だ。誰が見てもわかりやすい、直しやすいようにしておかないと建物ごと作り直す羽目になる。
 エリックには苦手な分野だ。

「起動(ライト)」

 一度で隠された呪式が姿を現す。

「おーすげー」

 ゲイルは思わずそう口にする。幾重の音が聞こえてくるが、特定の旋律はないそれでも不快ではなかった。
 細心の注意を払って、呪式同士がぶつからないように組まれている。呪式の数が増えればどこかしらぶつかって不具合も出たりするのだが。

「百年前っていうとファーバーが活躍してた時代か。教科書に載せられそうなものだな。
 ええと、メンテナンスモードとかついてんの? お金かけてるな。清浄と空調と、強化ね。警報は?」

「別の場所にある」

 警報自体はあとからつけたようで、家の中では起動と音が鳴ること、終了することくらいしかできない。範囲の設定も後付けでは改良できなかった。

「問題ないのを確認しに来たはずなのに、なんで問題があるんだろうな……。
 調整もなにもしないで住むとか考えられない」

「動いてるんだったら、別にいいだろ」

「なんであんな緻密なの書くくせに雑なんだ」

 エリックはこれほど大型の呪式や魔動具に興味がないの一言に尽きるが、それを言えばゲイルが延々と語り始めるのはわかっている。
 どちらかと言えば、小さく短く縮める方に興味がある。詰め込めるだけ詰め込むとか。

 ぶつぶつと言いながら、ゲイルは一つずつ確認していく。

「隠蔽がいくつかかかってるんだけど、知ってる?」

「知らない」

「……調べとくから、異常ないか確認して来てくれないか」

 ゲイルは楽しげにプレートに向き合う。
 道具を弄っているときは近寄らないに限る。機嫌が良くても邪魔されればすぐに機嫌が悪化する傾向があった。
 もっともそれは何かをしている魔導師全般にいえることではあったが。

 エリックは家の中を見回る。あらゆる場所に呪式が仕込まれているが、そこまで大がかりなものを起動していたとは思えない。
 なにか、別の呪式を隠すように過剰に機能をつけたように思える。

 浴室周りは別系統だったようで、呪式自体は見えなかった。あとで建てたと言われていたことは正しかったらしい。

 念のため、外を見回るが、特別異常はないよう見えた。

 馬小屋を覗いたときにジャスパーと目があった。すかさずブラシを咥えたところを見れば笑いがこみ上げてきた。
 先ほどゲイルの連れてきた馬を一緒にいれたときになんだか不満そうに見えたのだ。
 馬小屋自体は広く、窮屈とかではないと思ったが。

「わかったよ。少しだけ」

 もう一匹にまでブラシをかける羽目になるのは彼にとっては誤算だった。

 エリックが戻った時には、ゲイルは眉間にしわを寄せていた。なにかあったようだ。それについては言い出すまで聞かない事にしている。
 話が、長い。
 自分の専門ついて語り出す魔導師の話は大体長い。そして、分野が被らなければすぐに飽きるし、被っていたら喧嘩になる。
 結論だけ聞いた方が穏便に済む。そうでなくてもゲイルの話は長い。

「一部、物理的欠損があった」

「そこはもう仕方ないな。補修して書きなおす。見取り図とかないの?」

「ない」

「魔窟じゃないけど、魔導師の魔導師っぽい、ダメなところが凝縮した感じ。
 管理についてはリリーに言っておく。いざと言うときの守護と考えるとそりゃ、向いてないのはわかるけどな。これはひどい」

 などとゲイルは評していた。否定する要素はあまりない。

 最初、言われた時には引き継ぎの資料さえろくになかった。
 ここは王都の守りの一部だというのに、鍵を渡されておしまいである。宿屋でももっと何か話はする。最低限の約束事くらいあるだろと引き留めたくらいだ。

 なにが、我が輩は知らん、だ。
 後日、約束事が書いてあるものが送られてきた。あるじゃねぇかと思わず苦情を送ったことは覚えている。

「大体わかったから、一度切る。再起動までええと、二十分だってさ。真っ暗になるから灯り」

 灯りの魔法を使えば、少しずつ揺れ動く光が現れる。
 不意に光が消えた。
 音も消える。

 魔法の灯りだけがゆらゆら揺れていた。
 しかし、互いの表情をよく確認出来るほどには明るくない。

「なんか、人魂っていうの? そんな感じ。ちょっと気持ち悪い」

「魔素を補給しているから動くだろ」

「あのな。最初にそのくらいの魔素喰わせろ。無駄に高等なことしやがって」

 それはエリックの趣味と実益を兼ねての実験であるので、文句は言われたくない。不満である雰囲気は伝わったのかゲイルはため息をついていた。

「あのお嬢さんには基礎はちゃんと教えろよ。いきなり改編した呪式使わせたらあとで困るのはお嬢さんだからな」

「教本に載ってるものしか教える気はない。それに最初の回路の件があるだろ」

「ああ、大人が回路開くのは滅多にないからな……。大人になったらどんなに資質あっても普通は閉じるんだよな」

「危険なことはしたくない」

 ゲイルは小さく笑ったようだった。
 何かを見透かされているようでエリックは少し不快だった。

「まだしばらくは様子を見てもいいけどな。本人も乗り気じゃなさそうだし、魔動具でどうにかしてもいいとは思う。最終判断は師匠に頼もう」

 問題の丸投げに近いが、ゲイルの立場ではそう言うだろう。貴重な来訪者に問題が発生するほうがまずい。

「定期的に様子は見に来るようにする」

「そんなに店閉めていいのか?」

「しばらく、店舗自体は閉めておこうかと思う。修理依頼だけは受け付けるけど。
 居心地が悪いっての? 治安が悪化してる気はする。今はいいけど、報奨金使い切ったのが冬あたりには出てくるだろうし。
 人手が足りないと言っても雇える数には限界はある。知り合いから紹介する場合も多いし、王都から流れてきた奴らはちょっとガラがわるいから難しいだろ」

「一応、報告は送っておく」

「英雄殿の管轄外だろうけどな。被害のあった場所の補修とかはやるけど、本格的に工事だのなんだの始まるのは春先からだろう? 身を持ち崩すような奴ら山ほど出るぞ」

「あてにするなよ」

「いや、逆に出てくるなって話。誰かがここまで来るとは思わないが、留守番させるのもな」

「わかってる」

 あまり遠く離れているのも良くない気がしている。それが理性的判断なのか感情によるものなのかはエリック自身にもわからない。

「でも、まあ、ここまで出てこないと噂を消すのは無理だから、そこは諦めろよ」

「悪評くらい気にしない」

 それこそ、今更だ。
 笑うような気配に嫌な予感しかしなかった。

「いや、そっちじゃなくて、あのお嬢さんが、ディレイの恋人とか、嫁とかそんな話」

 灯りが消えた。

「どうしてそんなに動揺するのかな。あんな仲よさげに歩いてりゃ、そう見られるだろ。どこかのおばちゃんが、お嬢さんがべた惚れと言ってたなぁ……」

 ゲイルの口調が楽しげだ。

「……どこが、いいんだろうな」

 全くわからない。なぜ、そんなに楽しげなのか聞きたい気もするが、答えを聞きたくもない。
 矛盾しているが、確認してしまえばこのままでいるのは難しくなる。

 冗談のように言われているが、わりと本気で魔導師は純粋な好意に弱い。口説くのは極めて簡易だろうが、拗くれて偏屈なので、つきあうのは大変だろう。

 だから、物好きだなと思うが、それ以上、認識しないようにしていた。既にもうダメな気がしているが、見ない振りというのも有効である。

「リリーには憧れのようなものだとか言ってたそうだ」

「それ、黙ってるべき事なんじゃないのか?」

「聞かなかった振りしろよ。そろそろ回復する」

 ゲイルの顔を見れる気がしなかった。
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