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夕食準備中

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注意!
いってらっしゃいませ以降、かなり内容の書き変えをしています!
話が全く繋がらない感じですのでお手数ですが、ご確認ください。

―――――


 クルス様はさほど時間がかからず降りてきました。上着とかは脱いできたようで、軽装ですね。

 髪の色は元に戻ってました。なんでしょう。この微妙に残念な気持ちは。レアだったので記録に残したかったみたいな気持ちでしょうか。

「ゲイルさん、大丈夫なんですか?」

 リリーさんにも聞いたんですけど、大丈夫、大丈夫とあまりにも軽く言われましたので。クルス様は笑いだしそうなのを隠し損ねたみたいな微妙な表情でした。

「ま、大丈夫だろ」

 逆に大丈夫じゃないんじゃないかと不安になりました。
 明日動けるんですかね?

 クルス様が降りてきて間もなく、リリーさんもちょっと疲れたような顔で戻ってきました。

「あら、帰ってきたの? なんか、あった? 遅かったけど」

 クルス様は肩をすくめただけです。

「ま、いいわ。自分でなんとかしなさいね。
 さて、夜は何にしようかしら」

 リリーさんは憂鬱そうです。
 どこの世界でもゴハン作る人は同じ事を言いがちですね。毎日になると嫌になるのはわかります。

「良ければ何か作りましょうか」

 すこし気になるものがキッチンにあったんです。

「え、いいのっ!? よろしく!」

 リリーさんには一瞬のためらいもありませんでした。今日一番の笑顔を見た気さえしますよ。
 面倒であると言ってましたし。

 利害の一致です。

 クルス様はちょっと呆れたような顔してましたけどね。

 このキッチンには、なんと! オーブンがあったのですっ!
 キッチン自体が大きめなのですよね。壁にそってL字型にコンロやシンク、食器棚など並んでいるのですが、コンロの下に海外のお宅にありそうな大きめなものが埋め込まれています。ビルトインとか言うんでしたっけ?
 ターキーも焼けそうです。

「立派な割に使ってない感じですね」

「そうね、使ってるところは見たことないかも。使い方は説明書があったから、読める?」

 リリーさんもオーブンを見て首をかしげています。その手には説明書を持っていました。わりと新しい感じの紙に見えます。少なくとも茶色にはなっていません。

 なお、この家は片付いていました。説明書がすぐに見つかったくらいです。
 魔導師が全て片付けしないとは思いませんでしたが、意外です。途中の工房のきちんと整理されていたようなので、ゲイルさんの性格なのかなと思いますけど。

「読めま……」

 リリーさんから渡された説明書がすっと消えました。中を見る前にクルス様に取り上げられてしまったのです。

「迂闊に見せない」

「大丈夫じゃないかしら? ま、使う時に説明してもらって」

 ……大変不便です。なんなら過保護な気さえしてきます。
 ちらと見上げればなにか不満でもと言いたげに片眉を上げられました……。まあ、それならそちらはお任せしますけど。

 クルス様は説明書片手に普通は開けそうにないとこ外してますけど、大丈夫ですかね。
 不安になって後ろからのぞき込んだら迷惑そうにされました。

「生きてるかチェックしてるだけだから」

「……壊さないでくださいね?」

 ちょっと不安なんです。

「わかってる」

 それが、つまんないって声なのはわかってますよ。じっと見てれば、クルス様は諦めたように元に戻しました。本当に……。
 何でもない顔してお湯沸かしてますけどね。何するつもりだったんでしょうか……。

 気を取り直して、リリーさんには使って良い食材を教えてもらいます。
 オーブンがあるなら、グラタンと心は決まっていたのでチーズも牛乳もあったのは良かったことですね。
 マッシュルームやシメジっぽいキノコもありました。それなりに食材はあったので料理する気はあったとは伝わってきます。
 リリーさんは長く家にいるのは一年ぶりと言っていたので、ゲイルさんが張り切ってたのかなぁと思います。
 ぎっくり腰は大変残念な事故でしたね……。

 さて、改めて何を作りましょうか。時間がかからない方が良いのですよね。
 チキングラタンとなにかサラダ、スープ程度でいいとは思います。野菜は刻んで、ミネストローネ風な感じでいきますか。

 シンク前で色々作業していると横からリリーさんがのぞき込んできます。

「あら、本当に慣れてるのね」

 ……そういう理由ですか。一応、そういう仕事をしていたとは言ってたんですが、疑われてたんでしょうか。

「じゃあ、お任せするわね」

 リリーさんはそう言ってそばを離れて行きました。

 ふと横を見れば、コンロ前のクルス様と目があったのですが。少し微笑んでくれたのが、ちょっときゅんとするといいますか。
 日常的な幸せ感で、少々にやけるのですよね……。
 露骨に視線を避けて反対方向を向けば、リリーさんがいました。……ええと、お茶のカップ持ってるので入れ直しとかなんとかそういうので戻ってきたんですよね。
 顔がすごく熱くなったと思います。今、きっとダメな顔してましたよっ!

 ああ、本当に、何してるんでしょう。許されるならしゃがみ込んで頭抱えたいです。そうでなければ膝抱えて呻きたい感じです。

 ……気を取り直して、料理に戻りましょう。

 世の中にはサラダにフルーツが許せない人がいます。そのあたりの好みってわからないのですが、セロリとリンゴのサラダを作りました。ええ、食べたかったからです。
 ただひたすらにドレッシングを混ぜて無心になりたかったわけではありません。白いフレンチドレッシングも良いものです。

 あとは普通にジャーマンポテトもどきとか作りますかね。厚切りベーコンと粒マスタードがいい感じになると良いですが。
 広いキッチンは、職場を思い出して少ししゃきっとしてきます。最近、だらだらだったような気もしますからいいことではあるのでしょう。
 後ろのテーブルではクルス様とリリーさんがなにか話をしているのが聞こえてきます。内容まではわかりませんけど。
 がたっと椅子の動いたような音は微かに聞こえていた気がします。

 あたしは、鍋をかき混ぜていて、それほど気にも留めていなかったのです。

「今日はどうだった?」

「は、はい?」

 急な声にびっくりしました。視線を向ければいつもと同じ風にクルス様がいました。
 確かに夕食の準備とかしているときはこんな感じにいたりするんですけど。
 これどうする? とか自然に聞いてくるので、簡単なことはお任せしましたけど……。お休みしなくていいんですかね? だいぶ、お疲れのようにも見えましたし。

「なにか問題でもあった?」

 すぐに答えないあたしに怪訝そうにな表情で聞かれてどう言ったものか考えてしまいます。

「ええと、大変でした」

 クルス様に首をかしげられたので、話しかけられて困ったことをかいつまんでお話しをしました。
 なにか言いかけて、口を引き結んでしまいましたね。

「あんまり気にしてませんよ?」

 少しだけ笑って、そう言います。ちょっと嘘ですけど。
 あれは嫌というのより薄気味悪いですし、少々怖かったというところは言う必要を感じません。
 怖いのは、あたしの知らない何か特性が付加されているかもしれないという不安に起因しています。

 何か他人を惹きつけるものがあるとすれば。
 それが、この人に影響していないとどうして言えるのでしょう。もしそうだとしたら、うっかり失踪しそうです。
 罪悪感が半端ないですよ。

 疑うような視線を避けるように料理に集中している振りをします。そこまで追及してくるようなことではなかったことに心底安堵しました。

 グラタンはシンプルに鶏肉と玉葱、マッシュルームっぽいキノコで作りました。マカロニが欲しいところでありますが、ないので諦めます。どこかで手に入ればいいですよね。

「……あれ? リリーさんは?」

 耐熱の皿があるのか聞こうかと思ったのですが、いません。
 い、いつの間に……。

「上に様子を見に行くって、随分前に上がっていった」

 ま、まさか、クルス様が話かけてきたときには既にいなかったのでしょうか。気がつかないにもほどがあります。
 そうなると今することがなくなって妙な空白が出来ました。呼びに行くほどでもないんですよね。

 ちらっとクルス様を見ますが少々上の空って感じがしますね。

「そちらは今日はどうだったんですか?」

「薬屋に行って、門番にジャスパーが一泊ついでに体調など検査してもらうことを依頼しておいた。あとは協会に行って、面倒ごとを片付けて、買い物くらいだな」

 クルス様の表情がめんどくさかったといっています。ただ、違和感があるのですよね。
 たとえば、いつもと違う匂いとか、帰ってきたときに全く顔を見せてくれなかったこととか。

「面倒ごと、ですか」

「少し、制圧に……。いや、なんでもない」

 制圧って。
 何してきたんですか……。

 上の空だったからうっかり答えたんですね。気まずそうに顔を背けられるとさすがに追及しずらいです。なにか、格好いいところを見逃した気がします。
 いえ、現実的になにかあると怪我とかものすっごい心配になるのでない方がよいですけど。
 ……相手もいることですからね。

「大丈夫ですか?」

「だいたいは」

 不穏な答えですね。
 あたしの頭をぐりぐりと撫でられました。いつもよりも強めです。これ以上、聞くなと言われている気がしますよ。
 ちょっと痛かったのでぺしっと手を叩いてお断りの意志を示します。小さく笑う声と共に重さが減りました。

「それよりさっきの話、詳しく聞こうか」

 逆襲されたのかごまかされたのかわかりませんね。

「コートに可愛いのがあったんですよっ! ブーツも、もこもこで暖かそうですし、好きな色もあって」

 などと力説したら、微笑ましいイキモノを見るような目で見られてました。……恥ずかしいです。
 黙ってしまったあたしの顔をのぞき込まないでください。
 赤いのは自覚してます。

「そう言えば、何色が好きなんだ?」

「緑です」

「ああ、だからカップが緑なんだ」

 何気ないように話をしているようでいて距離がとても近いのですが。うろたえているのをわかってて、やってますよね。
 楽しそうで、なによりですが、何がそんなに楽しいのでしょうか。
 じわじわと追い詰められているように感じるのですけど。

 逃げ出す前に、手がいつの間にか頬に触れて。
 少しだけ近くなって。

 ぎゅっと目をぶってしまいました。
 何をされる訳でもないとおもうのですけどっ! 思いたいんですけどっ!

 不意に上から物音が聞こえてきました。
 痛いだのなんだの。それくらい我慢しなさいとか。
 ぎゃーぎゃー言いながら、という感じでゲイルさんがリリーさんと降りてきました。

 ……何がどうという訳でもないですけど、助かったと思いましたよ……。

 クルス様は舌打ちしてましけどね。

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