上 下
27 / 263

熱が出ました

しおりを挟む
 現在、異世界生活通算7日目の朝です。

 夢見が悪くても調子が悪くても朝は決まった時間に起きる習性です。
 ぼんやり身支度して、ぼんやり朝食を作っていたら、クルス様も起きてきました。

「眠そうだな」

 怪訝そうに言われるくらいなので、よほど眠そうなのでしょうね。確かに眠いというかぼんやりしています。

「ええ、少し夢見が悪くて」

 フライパンで野菜を焼いて、一緒にウィンナーも焼いています。とりあえず切って焼けばいいんです。いつもよりも投げやり感が良くない気がします。
 まあ、危ないですよね。

「あちっ!」

 フライパンでやけどしました……。
 さすがに見かねてクルス様が代わってくれました。座って何もしないように、とまで言われたのは過保護な気もします。

「なんの夢を見たんだ?」

 そう聞かれたのは食後の事でした。

「こう、てんちょーが、えー、どうして魔法とか使わないのっ!? 夢でしょ、浪漫でしょっ! とか言ってきて。お断りしたんですけど、ごり押しされそうになりました」

 なんか、嫌な予感しかしませんでしたね。
 クルス様が、てんちょー? と首をかしげていました。そう言えば、なんの仕事をしていたとか話をしてなかったでしょうか。

「以前、お店に勤めてまして。定食屋さんみたいな、夜は酒場みたいな感じのお店ですね」

「……酒場?」

「ええ、軽食食べて、お酒飲んでお帰りいただくだけです。お持ち帰りはありませんよ?」

 誤解なきようはっきり明言しておきます。
 この世界の酒場がどういう扱いなのかわかりませんけど。気まずそうに顔を背けられたので、そんなお店が多いんでしょうね。

「そこの怪しい店長が夢に出てきたんですよ。あまり会いたくないですね。
 家族の方がどれほどましか」

「それで、断ったんだ?」

「断りましたね。少々、怖いような気もしますから、最低限でいいですよ」

 あの店長もどき、嫌な事も言ってきましたからね。
 その怖い魔法を使う人は怖くないのか、なんて言われても。

 クルス様と敵として戦場でお会いしたら、逃げますね。速攻逃げます。あたしも命は惜しいので。それ以外については、保留します。
 知っているとおりではないですし、別のものと割り切った方が良さそうなので。

 そうなると少々、怖かったりも不安だったりもしますが、それはあたしの問題です。
 推しと同居も無理と思いましたが、よく知らない異性と同居もあたし的にはハードル高いですよ。転がり込んでいるあたしが言うのもなんですけど……。

「大丈夫か?」

 ぼんやりとしているせいか、ちょっと心配されてしまいました。
 ちょっと熱っぽい気もするんですよね。

「少し、熱があるような気もします」

「今日は休んでいたほうがいい。疲れも溜まっていると思う」

 その言葉に甘えて、食後、部屋に戻ることにしました。
 熱ってのは良くありません。

 過去の経験上、熱を出した時って何かあるようなのですよ。基本的には熱が上がりそうな日は自宅に引きこもるんですが、やむにやまれぬ事情で人にあったりするんです。

 会った日ではなく後日に、店長が妙に優しくなったとか、兄弟が妙に優しくなったとか、友人が(以下略)。
 何があったかは教えてくれないですが……。

 クルス様に何かやらかす前に部屋に引きこもるのが正解です。パジャマに着替えてもぞもぞとベッドに潜り込みます。
 やはり、何か疲れていたのかベッドに横になった途端に爆睡しました。
 夢も見ませんでした。

 次に起きたときは部屋が暗かったのです。外はうっすら明るいので月でも出ているのでしょう。
 そう言えば、夜に外に出たことはありません。星座などは覚えていませんが、違いとやらも確認してみたい気がします。

 ベッドサイドにある灯りに触れるとぼんやりと光がつきます。
 部屋には時計がありません。今は何時でしょうか。微妙にお腹がすいた気もしますし、一階に下りてみましょう。

 真っ暗でした。
 なんとなく場所はわかるんですけど、なかなかにホラー感があります。怪しい洋館ですし。

 ダイニングの方もやっぱり暗かったのですが、ここは灯りの位置を覚えていました。ぼんやりと明るくなるとほっとします。

 テーブルの上にメモ書きが残っていました。

 仕事用の部屋に籠もっているので、近寄らないこと。

 大変簡潔な内容です。そもそもどの部屋かわかりませんので近寄りようもありませんけど。
 キッチンのほうも片付いているのですが、朝と変わってないような気がするのですよね。

 これは、昼も夜も食べていないのではないでしょうか?
 あ、でも、パンが減ってる気がするのでその程度で済ませたというとこですか。

 あたしもその程度で小腹を満たしてもう一度、寝ようと思います。
 お湯を沸かして、お茶くらいいれましょうか。

 夜になると本当に静かで怖いくらいです。お湯の沸く小さな音に安心するのですよね。でも、ホラー映画とかだとこのような単独行動をしている場合、犠牲者に……。

 がちゃり、という音にびびりましたけど。

「……なんか音がすると思ったら。もう、大丈夫?」

 クルス様ですけどね。他に誰もいないのだからそうなんですけど、びびります。
 ゾンビとか幽霊とか出てきませんよ。わかっててもこう、場面が場面だけに。

「大丈夫です」

「顔色が悪い」

 それはホラー効果と言うものです。過去見た色々な映画が走馬燈のように駆け巡ってぐちゃぐちゃです。
 あはははと愛想笑いをしてしまいました。
 さすがにこの家が惨劇の現場みたいですとはいえません。実際なにかあったら怖くて寝れないじゃないですか。

「お茶飲みます? お湯沸かしたので」

「頼む」

 人の気配に少し落ち着いてきます。ええ、幽霊が怖いわけでは……。怖いんですけど。小さい頃、半透明の謎のお兄ちゃんに追いかけられて泣かされた気がするんですよね。
 誰に言っても夢じゃないかと言われたのですけど。

 詫びになにか約束した気が。

 ……いえ、あれは夢で怖いことはなかったのです。

 お茶をいれて、両手にマグカップを持って行ったのですが、少し座る席に困りました。
 クルス様、そこ、いつもあたしが座ってるところですよ?

 なんとなく、言い出しにくく正面に座りました。

「ん。ありがとう」

「いえ。しばらく、忙しいのですか?」

「始めるとやめ時を見失う」

「……食事はちゃんと取らないとダメですよ」

「よく言われる」

 ……治ってないって事ですね。
 これは少し放置されることを覚悟した方が良さそうです。幸い、日常の最低限は教えてもらったので困ることはないでしょう。

 寂しい、とか言い出す可能性はどのくらいでしょうか。

「日に一度くらい、一緒に食事して欲しいんですけど……」

「善処する」

 やらないってことですかね? 日本人的にその認識でよいでしょうか。このあたりが困った所なんでしょうね。
 これ以上は、踏み込み過ぎのような気もするので追及はしません。

「お願いがあるのですけど」

 さっき思いついたことを忘れないうち伝えておきましょう。

「なに?」

「すぐではなくて良いのですけど、夜空を見たいのですが、一緒に行ってくれませんか?」

「家の側なら危ないものはないが?」

「怖いので」

 率直に、お伝えします。怖いものは怖いのです。外に出たらホラーな洋館が建ってるじゃないですか。
 クルス様は笑ってますけどね。

「わかった。体調が戻ったらな」

 たわいもない話をして、それから部屋に戻りました。どちらが片付けるか揉めたんですけど、二人で片付けてきましたよ。
 部屋に戻っても今はそれほど怖くありません。この家にはもう一人いますからね。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

眺めるだけならよいでしょうか?〜美醜逆転世界に飛ばされた私〜

波間柏
恋愛
美醜逆転の世界に飛ばされた。普通ならウハウハである。だけど。 ✻読んで下さり、ありがとうございました。✻

異世界は『一妻多夫制』!?溺愛にすら免疫がない私にたくさんの夫は無理です!?

すずなり。
恋愛
ひょんなことから異世界で赤ちゃんに生まれ変わった私。 一人の男の人に拾われて育ててもらうけど・・・成人するくらいから回りがなんだかおかしなことに・・・。 「俺とデートしない?」 「僕と一緒にいようよ。」 「俺だけがお前を守れる。」 (なんでそんなことを私にばっかり言うの!?) そんなことを思ってる時、父親である『シャガ』が口を開いた。 「何言ってんだ?この世界は男が多くて女が少ない。たくさん子供を産んでもらうために、何人とでも結婚していいんだぞ?」 「・・・・へ!?」 『一妻多夫制』の世界で私はどうなるの!? ※お話は全て想像の世界になります。現実世界とはなんの関係もありません。 ※誤字脱字・表現不足は重々承知しております。日々精進いたしますのでご容赦ください。 ただただ暇つぶしに楽しんでいただけると幸いです。すずなり。

冷宮の人形姫

りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。 幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。 ※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。 ※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので) そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。

追放された悪役令嬢はシングルマザー

ララ
恋愛
神様の手違いで死んでしまった主人公。第二の人生を幸せに生きてほしいと言われ転生するも何と転生先は悪役令嬢。 断罪回避に奮闘するも失敗。 国外追放先で国王の子を孕んでいることに気がつく。 この子は私の子よ!守ってみせるわ。 1人、子を育てる決心をする。 そんな彼女を暖かく見守る人たち。彼女を愛するもの。 さまざまな思惑が蠢く中彼女の掴み取る未来はいかに‥‥ ーーーー 完結確約 9話完結です。 短編のくくりですが10000字ちょっとで少し短いです。

ぽっちゃりな私は妹に婚約者を取られましたが、嫁ぎ先での溺愛がとまりません~冷酷な伯爵様とは誰のこと?~

柊木 ひなき
恋愛
「メリーナ、お前との婚約を破棄する!」夜会の最中に婚約者の第一王子から婚約破棄を告げられ、妹からは馬鹿にされ、貴族達の笑い者になった。 その時、思い出したのだ。(私の前世、美容部員だった!)この体型、ドレス、確かにやばい!  この世界の美の基準は、スリム体型が前提。まずはダイエットを……え、もう次の結婚? お相手は、超絶美形の伯爵様!? からの溺愛!? なんで!? ※シリアス展開もわりとあります。

【完結済】(無自覚)妖精に転生した僕は、騎士の溺愛に気づかない。

キノア9g
BL
完結済。騎士エリオット視点を含め全10話(エリオット視点2話と主人公視点8話構成) エロなし。騎士×妖精 ※主人公が傷つけられるシーンがありますので、苦手な方はご注意ください。 気がつくと、僕は見知らぬ不思議な森にいた。 木や草花どれもやけに大きく見えるし、自分の体も妙に華奢だった。 色々疑問に思いながらも、1人は寂しくて人間に会うために森をさまよい歩く。 ようやく出会えた初めての人間に思わず話しかけたものの、言葉は通じず、なぜか捕らえられてしまい、無残な目に遭うことに。 捨てられ、意識が薄れる中、僕を助けてくれたのは、優しい騎士だった。 彼の献身的な看病に心が癒される僕だけれど、彼がどんな思いで僕を守っているのかは、まだ気づかないまま。 少しずつ深まっていくこの絆が、僕にどんな運命をもたらすのか──? いいねありがとうございます!励みになります。

処理中です...