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魔動具店は基本的には暇です。

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「暇だわ」

 リリーは呟いた。
 魔動具屋というものはそんなに来客がある場所ではない。それでもずっと無人にしておける場所でもなかった。夜間は警報をつけているが、昼間までは使わない。
 扉につけた鈴が鳴った。

 視線を向ければ、立った数日前に見たディレイがいた。会わないときは一年以上、顔を見ないのだから昨日も見たような気がしてくる。

 ディレイはリリーの姿を見つけてびくっとしたようだった。なぜいるのだという顔を隠さない。
 リリーが師匠の孫という事実は全く彼には影響を与えない。

「……ゲイルは?」

「なんか給湯器壊れたって呼ばれたわ」

 ゲイルは今は別に仕事で外に出ている。出張修理というやつだ。昼を過ぎるまでは帰ってこない。
 リリーはこんな暇な時に顔を出したディレイを逃すつもりはなかった。

 嫌そうな顔のディレイに座るように言うとお茶を出す。保温の魔動具は古くからあるが、今でも大活躍だ。

「……リリーはしばらくいるのか?」

「いるわよ。今度、連れてきてね。それと呼んでもいい名前ちゃんと考えておいて欲しいわ。困るもの」

 大麦を煎って作ったお茶はこの国では広く飲まれている。これに好みで香草などを加えているが、リリーは濃いめにしてミルクを入れる方が好きだ。
 異国にあった珈琲に味が似てくる。
 あれをなんとか輸入出来ないかと思っているが、高くついて難しい。

 ディレイは柑橘やミントのような味を好む傾向があり、全く好みは合わない。料理に関してもそうで、シンプルな方が良いらしく、同じ家にいた頃は文句をつけたものだ。

 今も嫌そうな顔で一口だけお茶に口をつけただけだった。
 言われたことも、味もお気に召さなかったのだろう。

「伝えておく」

 ディレイから積極的に連れてこようという意志はあまり感じられない。リリーは休みの間のどこかで押しかけようかと思った。しかし、良くも悪くも目立つ。
 やはり連れてきてもらった方が無難そうだ。

「あれ? それなら今、一人にしているの?」

「なにか、問題でも?」

 問題でもって。リリーは言葉を探す。
 たとえば、魔導師の家には危険物が多い。余計なものを触らないように言っても守られないこともあるし、意図しない事故がおこることもある。
 右も左もわからない人に留守番させることも、どうなのだと言いたい。
 どこかに逃げ出すかもしれない、とは全く考えていなそうだ。

「子供じゃないから平気、かしら?」

 リリーはゲイルから聞いた話の印象しかしらない。実際会っていないから不安になるのだろうか。
 いや、どちらかと言えばこのディレイの態度のほうに不安になる。

 この子に対応を任せて大丈夫だったんだろうか。
 ゲイルにしてもそうだが、魔導師というものは地縁も血縁も薄い。素質があるから孤立したのか、孤立したから素質が芽生えたのかはわからないが、一人でも平気だったりする。
 さらに見知らぬ土地でもそれなりにやっていけるようなタイプがとても多い。来てしまったものは仕方がないとすっぱり切り捨てるだろう。

 おそらく、彼らはどこかの世界から引きはがされて、ここに来た人の気持ちを理解するには不向きだ。
 この先のことの対応はできても、その気持ちだけは見過ごしそうだ。

「ねぇ、本当に、大丈夫? 泣いたりしてない? 優しくしてあげてる?」

「今のところは。もう少し、落ち着いたらなにかあるかもな」

 最低限そこは認識しているようでリリーは少しだけ安心した。
 しかし、胸騒ぎが治まらないのはなぜだろうか。

 ディレイが帰ったあとに戻ったゲイルの一言で、思い出したのだ。

「そう言えばリリーは子供の頃、あの森に住んでたんだろ?」

「そうね」

 なにか嫌な予感がした。なにか、ろくでもないことを子供のころにやったような気がする。
 そう、暇でイライラしていて……。

「ああっ!」

 ゲイルがびくっとしているが、気にしてはられない。
 全く、呪式のひとつも教えてくれない、祖母に痺れを切らして見よう見まねで書いたものがある。それも本に隠したりして隠蔽を図った。
 祖母の使う呪式というのは、危ないものばかりだったと今ならわかるが、子どもの時分の話である。

 いままでは、見つけても見るのはそれなりにの魔導師であるから気にしてなかった。今は素人がいる。
 来訪者に素質があるかもわからないが、あった場合、大惨事になる。

「やばいわ」

 ディレイは今までそのことを言ってこなかったのだから、知らないに違いない。
 もう帰途についているだろうから追いかけても無意味だ。町の門も遠くなく閉じる時間だ。

 リリーに出来ることは何も起こってませんようにとお祈りをすることくらいだった。

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