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魔導師は魔動具を作る

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 魔動具屋の奥は工房になっている。
 ゲイルは魔動具の自作よりは、修理のほうが得意だ。店内にある魔動具のほとんどは誰かが作ったモノで、ゲイル本人が作ったモノはほとんど置いていないはずだ。
 そのわりに工房は立派なのはこの店自体が一門の所有物のためだ。
 同門であれば使用することに制限はない。

「で、恋人?」

「違う」

 店の奥についた途端、これだ。
 一度の否定では足りない、というわけではない。ゲイルが面白がっているのがわかる。
 確かに、誰かをこの店に連れてきたことはいままでない。同じ魔導師にあわせたことも。

「へー、明らかに何かあった風だけどなぁ」

「してねーよっ!」

 反射的に答えて、自分でも驚いた。
 ゲイルが一瞬、固まって爆笑し始めたのを横目で見る。明らかに過剰反応だ。色々を見透かされたようで、居心地が悪い。
 これ以上、余計なことを言い出さないように、魔動具製作の準備を始める。

 魔動具の素材として、ガラスのようなものは基本的に扱っていない。相性が悪い素材の一つであり、なにより壊れやすい。消耗品とするには魔動具は高すぎる。
 一部の例外のために素材を確保するのは魔動具屋くらいなものだ。

「なに作るんだ?」

「眼鏡」

「フレームの予備はある。最近、細かい作業見えなくてな。老眼かな」

 年を取らなくても元々苦手だろうとは指摘しなかった。フレームから作るのは正直面倒だ。予備があるならそれを使った方が早い。

 ゲイルは必要な道具をそろえてくれる。礼を言えば、楽しげに笑っていた。いらっとする。

「どこであんな黒い目のお嬢様拾ってきたんだ?」

「守護の樹の近くで」

 聞かれると思った。目の色など気にするものは少ない。よほど注目しない限りは彼女の目が黒いというのは気がつかないだろう。
 それでも気がつかれれば、まずい。
 ある程度の知識を持つものならば、黒が特別な色であることは覚えているだろう。

「異界からの来訪者の可能性が高い。色々落ち着くまで、ごまかすつもりだ」

「ま、あの様子じゃ王都に放り込むのも気が引けるか。久しぶりの来訪者とあれば、政争が始まるだろうし、あの嬢ちゃんなら騙されてあっという間に監禁されそう」

 ゲイルは嫌そうな声だが、国に知らせろとは言わなかった。正直、それにはほっとした。

「だからってあの英雄のとこに送るのも問題あるからな。本来ならそっちの方が安心なはずなのに」

 続けられた言葉に顔をしかめる。その想像は思ったより不快だ。

「女性関係に問題があるから、連れて行くと揉めるどころじゃないな」

 悪意無く誑し込んでいくのを見ていたが、あれはダメだ。本命を決めたらしいので、他の女性たちがぴりぴりしているところに連れて行くなど冗談ではない。
 少々のリスクを取ってここに置いた方が断然マシだ。

「師匠に保護したいと伝えて欲しい」

「あのババア、喜んでやってくるんじゃねぇ?」

 肩をすくめる。
 あの師匠のやる気を止めることが出来る人はほとんどいない。ついでに言えば、師匠をババアなどというのはごく一部の命知らずだけだ。

「ディレイは楽しそうだな」

「そうかもな」

 楽しいのだろうか。
 少なくとも退屈はしていない。困って迷って後悔はしている。

「それで、彼女も知ってそうなのか?」

「聞いてない」

「……早めに色々話した方が良いと思うぞ。あとの方が気まずい」

「考えておく」

 異界からやってきた者たちは、この世界を知っていることが多い。どこまでなにを知っているかは個人差がある。調べたらそう出てきた。
 一般的とは言えないが専門的とも言えない程度の本から複数出てきたのだからそれほど間違った記述ではないだろう。

 ゲイルもすぐに思い出したほどなのだから、来訪者に興味があれば常識なのかもしれない。

 その前提ができるのならば、今が何年か聞いたこと、それをすぐに理解したことや見知らぬ地のはずなのに地名に戸惑いもなかったことにも納得がいく。
 どこか遠くの地からやってきたのかとも思ったが、あの黒い目はあり得ないのだから。

 どこまで、なにを知っているのか。

 その問題が一番知りたくて、先送りしたい。そこに嬉しそうに笑う原因があるなら。
 ……それ以上、考え出すとろくな結果になりそうにない。
 小さく頭を振ってそれを追い出す。

「始めるから邪魔するなよ」

 作業の前段階として、使えそうな呪式を紙に書き出す。
 ゲイルが興味深そうな顔で後ろから覗かれるのが不快だが借りている都合上、そのままにしておく。一々、口出しはしてこないのでその点は気が楽だ。

 どうして、省略するのか、どうして、追加するのかなんて話はしたくないし、この方が効率が良いといわれるのも苛立つ話だ。

 目の色をごまかすということだけでも候補はいくつかある。
 得意な方面で言えば、ガラス自体に認識を阻害させる呪式を組むほうがいい。

「いつも思うけど、緻密だよな」

「技巧に凝りすぎて退屈、なんだろう?」

「……それ、ずいぶん根にもってんのな。悪かったよ」

「許さないから謝る必要はない」

「いいかげん許せよっ!」

「断る」

 あれは呪式を覚えたての子供に言うことではない。こいつ、絶対越してやると思った原因でもある。
 おかげで魔動具作りは得意になった。

 ただ、魔導師としては方向性が違い比較する対象ではなかった。ゲイルは器用に色々こなせる方だし、基本形をうまく変換するほうに向いていた。
 今後必要になるのはこのような魔導師だろう。

 ゲイルはしばらくそこにいたが、ため息をついた。

「いない方が良いだろう? 家の方に行ってるから終わったら呼べ」

「わかった」

 その後に起こったことを考えれば、止めれば良かったのだがそのときは集中出来ると気にも留めなかった。

 最終調整までは順調だった。
 条件の整った工房で作るのはやはり効率が良い。滅多にしないガラスの加工も思ったよりも綺麗に発色できた。
 集中しすぎて、周りへの注意が疎かになっていたとしか思えない。

「ディレイっ! 久しぶりっ!」

 突然と思えたその声に手が滑った。
 青にしようとしたフレームが何とも言えない灰色になった。
 変えようにも既に呪式が定着している。

 途中から用途以上の機能をつけそうになっていたので、ちょうど良かったと言えば良かったのだが。

 黒で入れた模様も見えない。多少の手間を無駄にされた。

「……失敗したんだけど?」

 視線をむければ見知った女性が入ってくるところだった。
 彼女は同門の姉弟子でリリーという。師匠の孫でもある。二人は夫婦ではあるが、常に同居しているわけではない。リリーの方は各地の魔導協会で手助けをする仕事をしている。
 店にいないから、しばらくいないのかと油断していた。

「あ、わりぃ。リリーは今日戻ってきたところだった」

 リリーのあとから入ってきたゲイルはにやにや笑っているのだから確信犯だ。
 魔動具はやり過ぎると逆に目立つ。今は目立たないためのものを作っていたはずなのだから本末転倒だ。
 ため息をついて作業を終える。
 魔素の充電用の箱は勝手に拝借することにした。眼鏡を中に入れておしまいだ。

「可愛い女の子がいるんですって?」

「ゲイル、言ったのか?」

「え、俺がリリーに隠し事出来ると思ってる?」

「思わないな」

 これこそ尻に敷かれているというものだ。
 逆らわない。喧嘩したら先に謝るのが極意だと得意げに言っているが、それもどうかと思う。

「ほんとは紹介してほしいのだけど、それは今度よろしくね」

 そう言って彼女はメモを渡してくる。
 店の名前と番地らしきものが書いてあった。リリーを見ればとても得意げな顔をしている。

「女性もののお店リスト。お薦めの服屋はここ、雑貨はこっちのほうが可愛いかしら」

 代わりに買い物に行ってくれないだろうか。いや、そもそも居るなら頼めば良かったのではないだろうか。
 知らなかったのだから、仕方ないがこの先を任せようかと検討する。

「あ、わたしは行かないからね。そこまで暇じゃない」

 言う前に断れた。

「本当は今日は休みだったんだけど、魔導協会で揉め事があったみたいで呼び出されたところ。
 創造者(クリエイター)が指揮者(コンダクター)を挟んで、虹色(プリズム)と喧嘩してるって」

「今度はなんだ?」

 どうせ、くだらない理由だろうとは思う。

「不可視の色の描き方について」

 やっぱり。
 平和だなと思った。
 創造者(クリエイター)が紙に絵を描くように呪式を組み立てる。
 虹色(プリズム)は光で絵を描くように呪式を組み立てる。

 表現可能な色の数が根本的に違うし表現方法も異なるがにている分、つまらないことで喧嘩を始める。
 物理的になにか始める前にリリーのような面倒の仲裁人が呼ばれるのだ。

「誰か指揮者(コンダクター)いたっけ?」

 ゲイルが不思議そうに言う。この町に常駐している同門はゲイルのみだ。近隣の村などにもいるが、こちらまではあまり出てこないと聞いている。

「フェーヴが挑発されて、ぶち切れてテーブル焼いたんですって」

 思わずリリーを見つめる。冗談とか言い出さないだろうか。
 通常は王都にいるはずのフェーヴがこの町にいることも驚きだが、温厚な老紳士と言われている彼を怒らせるとは一体?

「……ディレイ、絶対行くなよ?」

 ゲイルの忠告はありがたく受け取りたい。気が短いまではいかないが、好戦的傾向は自覚している。それに今日は少々、気が立っていた。
 しかし、残念ながら用事があった。

「預けている金を取りに行きたかったんだよ。買い物には入り用だろう?」

「あー、そうだな。まとまった額はいる」

「仕方ないからゲイルが貸してあげなさいな。わたしも今はまとまったものないもの」

「わかったよ」

 俺のへそくりとぼやきながらゲイルは家の方に戻っていった。

「じゃ、またね」

 暇ではないの言葉通り彼女はすぐに立ち去った。

 しかし、温厚と言われるフェーヴをぶち切れさせる事とは一体なんだったんだろうか?




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