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魔導師は暇を持て余している

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「暇だ」

 呟いて、昨日も言ってたなと思い出した。全く同じ日を繰り返している気さえしてくる。同じソファにごろ寝しながら手が取れる範囲にある本や気まぐれに書いたメモを書き直したりもしている。
 退屈だ。

 暇になったらしたいことは大体やり尽くした感がある。

 隣国とのわかりやすい小競り合いが、本格的な開戦に至ったのは二年ほど前。終戦したのが、半年と少し前だ。そのうち一年くらいはつきあった。最初は魔導協会の指示。
 その後は、腐れ縁のようなものだろうか。

 戦後、少し引き留められもしたが報奨金をたんまりもらって引きこもっていた。

 それからただひたすらに惰眠を貪り、書きかけの呪式を整え、魔改造しつくし、魔銃コレクションの手入れをした。ついでに最新型の改良に手を出し始めたあたりで、実は退屈し始めていたのだろう。

 魔導書の類も関係ない本も読み尽くした。
 それが大体、半月くらい前の話だ。

「暇だ」

 再び呟く。こんなはずではなかったと去来するものはなんだろうか。

 死に損なった気がする。それは確信に近い。

 その日の朝、突然、決められていた配置を変更されたのだ。戦場において魔導師の扱いは砲台に近い。あまり遠くても困るし、近くても問題がある。
 当日に変更をかけることはあり得ない。

 しかも後方に下げられたとあっては臆病風に吹かれたとでも見える。抗議はしたのだが、指揮官は上からの指示と言われただけだった。
 その上というのは、今は英雄と呼ばれる青年だった。知り合いではあるが友人ではない距離感で、わざわざそんな指示を出すことを疑問に思ったが、覆せないことは理解した。
 釈然としないままに従ったが、その結果、代わりのように怪我をした戦友を見てぞっとした。その場にいれば死んだのは自分だとわかったから。
 専業の軍人と魔導師では基礎体力からして違う。戦友なら耐えても、俺には無理だろうと思えた。
 ヤツは今はぴんぴんしているところ見ると化け物なんだろう。

 残ったことが幸運なのか不運なのかは未だ定まらない。

 少なくとも暇だと呟くために残ったわけではない、と思う。

「よいっしょっ」

 起き上がれば、前髪が目の前にばらばらと散ってきて邪魔くさい。気がつけばだいぶ伸びてきた。
 人里離れると人に会うのもめんどくさい。数日置きに買い物に出るようにはしているが、その習慣も途絶えたら本気で引きこもりそうでどうにか堪えている。

 暇だと言いながら引きこもることの不毛さに頭が痛い。

「今日はなにするか」

 部屋を見回すも散らかっている。さすがに片付けくらいするか。
 ため息だけが出てくる。

「あれ」

 ちりっと微かに音を聞いた。続いて、屋敷内に響く大音量。

「終了(リンカ)、再起動(テイユ)」

 警報が鳴るのは久しぶりだ。しかもこの種の警報がなるのは初めてに近い。

「領域侵犯ね」

 いい度胸じゃないか。
 特注の武装用ローブに久しぶりに袖を通す。敵か味方かわからないが、武装くらい必要だろう。

 現場はそんなに遠くなかった。
 肩すかしと言っていい。

 見つけたのは女の子だった。
 いや、女性、だろうか。遠いからよくわからない。なぜなら、遙か上方にいたから。

 木の上になぜ居るのか?
 声だけを届ければ、きょろきょろと見回して、悲鳴をあげて木の幹にしがみついていた。大振りな枝の上に座っている、ようだ。

 森の守護者とも呼ばれるこの木は魔を寄せないという伝承がある。
 異界からなにかを連れてくる、とも。

 異界のモノは善悪の区別なく力を振るうもの。

 これで退屈しないで済むかと考えたのも確かだ。

「契約するかい?」

「はいっ!」

 一瞬のためらいもなかった。
 中身すら聞かない態度に笑いがこみ上げてくる。

 魔導師が他人に力を使う場合は契約を必要とする。罰則のない魔導協会の規定だが、大体において守られる。無償で行ったことは、巡り巡って悪意をもって返されたことがとても多いからだ。

 木の上までどう移動しようかと思案して、簡単な方を選ぶ。
 転移は便利そうに見えて日に三度も使えば、役立たずになる燃費が悪い魔導式をなんとかしたいところではある。効果範囲は見えるところまで、だ。その上、本人と付属物のみ。

「転移(ジエテ)」

 起動の言葉だけで、魔導式を展開するのは燃費が悪いが繊細さは不要だ。魔素を整え、纏め重ね圧縮する。指揮者(コンダクター)流の魔法は音楽を奏でる。
 補助的に旋律を口ずさむ。

 空間と空間をつなぎ合わせて、少し重ねる。
 次の瞬間には木の上だった。そこで気を抜かず、終焉の旋律で終わらせる。起動した魔法はきちんと終わらせねばいつ暴走を始めるかわからない。

 ぎしりと小さく枝が鳴ったが頑丈なのか揺れはしなかった。
 木の上にいたのは若い女性だった。

 彼女は気配を感じたのかこちんと固まってしまった。
 それでも抵抗もなく、悲鳴もあげずに大人しくしている。ここで暴れれば落下しかないのだから静かにはするだろう。
 飛んでいくか、落下速度を下げるか。あまり腕力には自信がないので、抱きかかえるのは少々不安がある。

 誰かを連れて転移するのは基本的にうまく行かない。よっぽど密着しなければ付属品とは認められないからだ。

 改めて彼女を見た。
 同じくらいの年か、あるいは少し下のように見える。背中の半ばまである髪は艶があった。いいところのお嬢さんのようだ。
 花のようないい匂いも少しする。

 すこしばかり、魔が差したとしか言いようがなかった。

 あるいは欲求不満だろうか。
 彼女のびくりと固まったままの肩を掴んで抱き寄せる。小さくひゃぁと声を上げたようだが、悲鳴は確かになかった。

 ともかく転移は成功してしまった。

「地面だぁ」

 安堵したように呟いた彼女の声は泣きそうだった。

「お手数をおかけしま……」

 見上げてくる顔が、見る間に真っ赤になっていく。まだ、離していないのだから恋人でもなければしないような抱擁だ。

 今になって自分でも照れてくる。あるいは自責というかなにをしているのだ。
 謝罪しようかと思う前にくったりと意識を失われる。

「……安心したからってことにしておこう」

 自分の精神衛生上のために。たぶん、それは違うと思うけど。

 さて、どうやって屋敷に連れ帰ればいいだろうか?
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