騎士団の繕い係

あかね

文字の大きさ
上 下
6 / 9

おまけ かわいいもの

しおりを挟む
「船、船がいっぱいあるよ! でっかいよ!」

 港ではしゃいでいるのは先日妻になったクレア殿である。
 妻。である。
 三男と生まれたからには、自力で稼いで生涯独身もやむなし、と思っていた数年前から比べるとあり得ない奇跡である。
 それも自分の趣味を理解してもらえて、良いと褒めてくれるような人とである。

 その幸運を噛みしめながら、港の奥まで歩く。 
 海というより港までやってきたのは俺の事情だ。地元でもお披露目が必要ということになり、久しぶりに故郷に帰ってきた。町の様子は変わらずにいるようで少しずつ違う。ちょっと散歩と出るところに一緒に行くとついてきた。長旅で疲れていそうで休んでいてほしかったのだが、育った街を見たいと言われれば断れなかった。

「青い旗の船がいくつかあるでしょう」

「あー、五隻くらいあるね」

「実家の船です」

「は?」

 ぽかんとして見返してきたのがちょっとかわいい。
 家業は海運会社で歴史は古い。武装商船団などと名乗っていた過去があるため、今も海賊と呼ばれることもある。

「今は航行に出てるみたいですが、大小二〇隻ほど所有しています。
 商才がないみたいでうちが直で仕入れるのではなく、護衛とついでに積み荷を請け負う形ですね」

「そこまで大きいって聞いてないよ!」

「出ていく身の上ですし、俺が継ぐわけでもありません」

 船を任せたいと言われたこともあったが断った。人を率いる立場になるのはどうにも性に合わなかったからだ。
 威圧感があるという理由で騎士団に誘われたのも都合はよかった。
 ただ、思ったよりも人に避けられるようになるとは思っていなかったが。

「乗りたい。ちょっと乗らせて」

「……え」

「波しぶきと揺れる帆、煌めく海洋へいざゆかん!」

「どこに冒険に行くつもりですか」

 少し有名な児童書の一説だ。色々な地で冒険して、ひどい目にあったりお宝を見つけたりする話だ。

「行かないよ。これは叔父の口癖。あ、今度帰ってきたときに紹介するね。
 で、ちょっと乗りたい」

「船員に聞いてみます」

 僕は兄弟の真ん中でね。自由が過ぎる兄と弟に挟まれ、しっかりしなきゃと思ったら領主になっていた。と彼女の父が言っていた。
 もしや、その叔父というのは。実際のところは本人に会ったときでも聞いてみよう。

 近くの船の船員にすぐに出航しない船を確認し、クレア殿を案内する。ずっと昔は女性厳禁という不文律もあったが、今はない。そうはいっても気にするものもいるにはいる。
 断れないように相手を選び、古くからいる船員に声をかけたのが間違いだった。

「坊ちゃんの奥さん! なんと!」

「……坊ちゃん」

「恥ずかしいからやめてほしいとは言ってるんだけどね」

 ふふっと笑う彼女は楽しそうだったが、こちらは恥ずかしい。いつまでも子供扱いされているようで。
 その話はとりあえず置いて、船に乗り込む。航行はせず乗るだけだったが彼女は楽しそうにしている。

「いいところだね」

 そうクレア殿に言われて、どう返せばいいのか少し迷った。
 ここにいたころは息苦しい気がしていた。好ましいものを選ぶこともできず、望まれるように振る舞うことが正解だとわかっていたから。
 それは王都に行っても変わらなかった。あの裁縫室は最後の砦のようなものだった。

 海へ視線を向ける。

 揺れる波のきらめき。
 船につく帆の揺らめき。
 海の匂いのなつかしさがある。

「そうですね」

 ようやく、そう故郷を思える気がした。
 あの窮屈さから連れ出してくれた頼もしくも愛しい手があったから。

「あなたが、俺を選んでくれてよかった」

「そ、そういうことをしれっというところが、ほんともう……」

「嫌ですか」

「好きなのでもっと要求したい」

 赤くなりながらもそういう彼女が可愛すぎて誰にも見せたくない。
 都合よく体が大きいのだから隠すように覆ってしまえばいい。

 もう少し小さく生まれたくはあったが、今は役に立つのだからいいかと思えた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

7年ぶりに帰国した美貌の年下婚約者は年上婚約者を溺愛したい。

なーさ
恋愛
7年前に隣国との交換留学に行った6歳下の婚約者ラドルフ。その婚約者で王城で侍女をしながら領地の運営もする貧乏令嬢ジューン。 7年ぶりにラドルフが帰国するがジューンは現れない。それもそのはず2年前にラドルフとジューンは婚約破棄しているからだ。そのことを知らないラドルフはジューンの家を訪ねる。しかしジューンはいない。後日王城で会った二人だったがラドルフは再会を喜ぶもジューンは喜べない。なぜなら王妃にラドルフと話すなと言われているからだ。わざと突き放すような言い方をしてその場を去ったジューン。そしてラドルフは7年ぶりに帰った実家で婚約破棄したことを知る。  溺愛したい美貌の年下騎士と弟としか見ていない年上令嬢。二人のじれじれラブストーリー!

突然決められた婚約者は人気者だそうです。押し付けられたに違いないので断ってもらおうと思います。

橘ハルシ
恋愛
 ごくごく普通の伯爵令嬢リーディアに、突然、降って湧いた婚約話。相手は、騎士団長の叔父の部下。侍女に聞くと、どうやら社交界で超人気の男性らしい。こんな釣り合わない相手、絶対に叔父が権力を使って、無理強いしたに違いない!  リーディアは相手に遠慮なく断ってくれるよう頼みに騎士団へ乗り込むが、両親も叔父も相手のことを教えてくれなかったため、全く知らない相手を一人で探す羽目になる。  怪しい変装をして、騎士団内をうろついていたリーディアは一人の青年と出会い、そのまま一緒に婚約者候補を探すことに。  しかしその青年といるうちに、リーディアは彼に好意を抱いてしまう。 全21話(本編20話+番外編1話)です。

【完結】転生地味悪役令嬢は婚約者と男好きヒロイン諸共無視しまくる。

なーさ
恋愛
アイドルオタクの地味女子 水上羽月はある日推しが轢かれそうになるのを助けて死んでしまう。そのことを不憫に思った女神が「あなた、可哀想だから転生!」「え?」なんの因果か異世界に転生してしまう!転生したのは地味な公爵令嬢レフカ・エミリーだった。目が覚めると私の周りを大人が囲っていた。婚約者の第一王子も男好きヒロインも無視します!今世はうーん小説にでも生きようかな〜と思ったらあれ?あの人は前世の推しでは!?地味令嬢のエミリーが知らず知らずのうちに戦ったり溺愛されたりするお話。 本当に駄文です。そんなものでも読んでお気に入り登録していただけたら嬉しいです!

【完結】胃袋を掴んだら溺愛されました

成実
恋愛
前世の記憶を思い出し、お菓子が食べたいと自分のために作っていた伯爵令嬢。  天候の関係で国に、収める税を領地民のために肩代わりした伯爵家、そうしたら、弟の学費がなくなりました。  学費を稼ぐためにお菓子の販売始めた私に、私が作ったお菓子が大好き過ぎてお菓子に恋した公爵令息が、作ったのが私とバレては溺愛されました。

初耳なのですが…、本当ですか?

あおくん
恋愛
侯爵令嬢の次女として、父親の仕事を手伝ったり、邸の管理をしたりと忙しくしているアニーに公爵家から婚約の申し込みが来た! でも実際に公爵家に訪れると、異世界から来たという少女が婚約者の隣に立っていて…。

記憶を失くして転生しました…転生先は悪役令嬢?

ねこママ
恋愛
「いいかげんにしないかっ!」 バシッ!! わたくしは咄嗟に、フリード様の腕に抱き付くメリンダ様を引き離さなければと手を伸ばしてしまい…頬を叩かれてバランスを崩し倒れこみ、壁に頭を強く打ち付け意識を失いました。 目が覚めると知らない部屋、豪華な寝台に…近付いてくるのはメイド? 何故髪が緑なの? 最後の記憶は私に向かって来る車のライト…交通事故? ここは何処? 家族? 友人? 誰も思い出せない…… 前世を思い出したセレンディアだが、事故の衝撃で記憶を失くしていた…… 前世の自分を含む人物の記憶だけが消えているようです。 転生した先の記憶すら全く無く、頭に浮かぶものと違い過ぎる世界観に戸惑っていると……?

旦那様は大変忙しいお方なのです

あねもね
恋愛
レオナルド・サルヴェール侯爵と政略結婚することになった私、リゼット・クレージュ。 しかし、その当人が結婚式に現れません。 侍従長が言うことには「旦那様は大変忙しいお方なのです」 呆気にとられたものの、こらえつつ、いざ侯爵家で生活することになっても、お目にかかれない。 相変わらず侍従長のお言葉は「旦那様は大変忙しいお方なのです」のみ。 我慢の限界が――来ました。 そちらがその気ならこちらにも考えがあります。 さあ。腕が鳴りますよ! ※視点がころころ変わります。 ※※2021年10月1日、HOTランキング1位となりました。お読みいただいている皆様方、誠にありがとうございます。

【完結】ルイーズの献身~世話焼き令嬢は婚約者に見切りをつけて完璧侍女を目指します!~

青依香伽
恋愛
ルイーズは婚約者を幼少の頃から家族のように大切に思っていた そこに男女の情はなかったが、将来的には伴侶になるのだからとルイーズなりに尽くしてきた しかし彼にとってルイーズの献身は余計なお世話でしかなかったのだろう 婚約者の裏切りにより人生の転換期を迎えるルイーズ 婚約者との別れを選択したルイーズは完璧な侍女になることができるのか この物語は様々な人たちとの出会いによって、成長していく女の子のお話 *更新は不定期です

処理中です...