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冒険者と侍女と白猫

ご機嫌伺い

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 静かに。
 そう言い聞かされたように、少しずつ町は沈み込む。

 穏やかになったのではなく、ただ、息を潜めた緊張感だけが増えていく三日間だった。ミリアは今までは迎え入れられる方だったので、少々興味深い。

 四日後の振る舞い酒が商業ギルドから通達されている。
 同様に冒険者ギルドでも夕食か夜食を提供するらしい。
 歓楽街では、広場を提供するようだ。おそらく接待役の者も用意するだろう。

 示し合わせたようなそれにミリアには、ご褒美があるので今は静かにしていろ、という圧力さえ感じた。よほど、帝室とは揉めたくないらしい。
 それは一般の町の人だけでなく、傭兵や冒険者、同類であるはずの兵士ですら思っているようだった。

 非公式ではあるが、皇女が訪れるということはこういうことらしい。
 非公式なので非公式でご機嫌伺いをしなければならないのは理不尽な気がする。知らない振りをしろというのならば、知らない振りでなにがいけないのだ。
 ご機嫌伺いで逆に機嫌を損ねる可能性もある。そのときには知らぬ存ぜぬと通す可能性が高い。

 ミリアは馬車で送られながら、町の外へ視線を向ける。
 しかし、それを見ているわけではない。思い出すのは、ナキと交わした会話。

「噂によると皇女が、帝都をでるのは初めてなんだってさ。どれだけ箱入りなの?」

 どこかで聞き及んできたのかナキはそんなことを言っていた。

「本来なら後宮をでることはないお方、といえばよいのかしら。もし、外に出るなら嫁ぐ時ね。そのときには皇女の称号は返上しているから、皇女ではないのだけど」

「返上って事は皇女の子に継承権はない?」

「帝国では、ないわ。代わりに、爵位をもらって一生安泰よ。確か、孫までの継承を認められていてその後は才覚次第ね」

「ダメならお取り上げ?」

「有力貴族に婿やら嫁やらに贈られて休眠状態にさせるのが通例だったはず」

「贈答物扱い……。継承権ないのに、血縁ってだけでそれ。王族も大変なんだ……」

 ナキは何とも言えない表情で感想を呟いていた。
 皇帝ともなれば継承権だけでなく一定の血の濃さは、求められる。その調整役を皇女の血縁はさせられるとは言わない方が良いだろう。
 血など意味もないとミリアは思っているが、それも口に出してはいけない。
 それにより継承したものを得る立場だったのだから。欲しがったことはなかったけれど、投げ出すほどではなかった。

 がたりと音がした。馬車の振動もとまる。

「ついたようだのぅ」

 座席の上で丸まっていた白猫はみゃあと鳴いた。伸びをしてとんと馬車の床に降りる。
 扉が叩かれ、到着が告げられる。商業ギルドと町長の家は馬車に乗るほどの距離はないが、貢ぎ物を乗せるのでと押し込まれた。
 商人というのに荷物を持たないのも不審ではある。

 扉を開ければ御者をしていた男が立っていた。商業ギルド員らしいが、どこかの執事のように見える。
 とてとてと白猫は降りて行こうと言わんばかりににゃと鳴く。

「荷物は任せても良いのかしら」

「はい。大きなものはお任せください。ミリー様はこちらをお嬢様に」

「ありがとう」

 ミリアは小さな鞄を受け取った。見た目よりもずっしりとしている。貴金属でも入っているのだろうか。
 町長の家のから案内に女性が出てくる。事前に知らせが行っていたのだろう。慌てた様子はない。ただ、緊張感だけを感じる。

「こちらへどうぞ」

 家の中は物々しい雰囲気はなかった。兵も見る限りいない。奇妙に漂う張り詰めた空気があった。

「お嬢様、お客様です」

「どうぞ」

 その部屋の扉を開けたのは、ミリアも知った顔だった。長年、皇帝に仕えた後に皇女の守り役としてついていると聞いたことがある。
 いかつい男を見上げて、ミリアはにこりと笑った。
 怪訝そうに見下ろされて数秒、彼は青ざめた。

「……姫様」

 すぐにばれたか、なにか問題があったらしい。
 彼は呻くように室内に助けを求めていた。悲鳴も大声も出さないあたり、きちんと訓練されている。

「どうしたの?」

「どうも」

 気安くミリアは声をかけた。ルー皇女は口を開いて、目を見開いている。大変わかりやすく絶句していた。
 案内の女性だけが意味がわからないように困惑している。

「もう大丈夫だから、ありがとう」

 ミリアがそう言っても立ち去りがたいようで、もぞもぞしている。確かにこの状況を放置しては戻れないだろう。ただ、いてもらっても困る。

 足下で白猫がみゃうみゃうとなにかを言っていた。その女性は一瞬、ぼうっとしたような表情となったがにこやかにごゆっくりと去って行った。

「すこぉし、忘れてもらっただけだのぅ。あのまま戻られては不審であろう?」

 白猫はあっさりそう言って部屋に先に入っていった。恐ろしいことを目にしたような気がして、ミリアは表情を引きつらせた。
 白猫の姿はしているが、聖獣様である。人外なことくらい平気でやってのける存在だった。気安くて忘れがちではあったが、同じ事を誰にでも出来る。

「ねこ?」

「にゃ!」

 白猫はルー皇女に挨拶するように声をあげて、お行儀悪く部屋の中央に置いてあったテーブルの上に乗った。
 彼女は白猫とミリアを見比べて少し困惑しているようだった。守り役の男も困惑を隠していない。

「ユーリ、外で待っていて」

「殿下、お一人では」

「大丈夫」

 強くルー皇女が言えば、彼は従った。
 じっとミリアを見て小さく頭を下げてから外へ出て、扉を閉めた。それを見送っていたら大きなため息が聞こえた。思わず漏れたというより、あきらかに聞かせるためにそれをしたのだろう。

 ルー皇女に改めて視線を向ける。
 空気に溶けそうな白金の髪は今日は下ろされていた。旅装よりも少し日常に近いワンピース姿でも育ちの良さが滲み出ている。
 しかし、呆れたような表情ですら可憐であるというのはやはり生まれの違いなのだろうか。ミリアは自分にないものを少々羨ましく思う。

「お姉様、なにしてるんですか……。さっさと姿くらましてください」

「すぐわかる?」

 変装まではいかないにしても以前のミリアとは全く違う装いであり、雰囲気ではあるはずだ。似ているとは思うかもしれないが、この血族の特徴ともいえるのか似た感じは常にある。
 ある意味、よく似た誰かが存在しやすい。

「いいえ。事前情報で知っていたのですよ。ねぇ、クリス様」

「にゃ?」

 なんの話と言いたげに白猫はきょとんとしている。

「……違うようだけど」

「あら? 西方の方が母経由で教えてくれました。
 母が西の方は変だけど悪い方ではないから、困ったら頼った方が良いわよ、と伝えてくれと」

「イーリスも変わっていると思うのだが」

 白猫はぼそりと呟いていた。
 ルー皇女は目を見開いてそれを凝視している。声が聞こえたようだ。

「しゃべった」

「話は常にしているのだが、わかるように伝えた。さて、用件を先に済ませておかぬか?」

「え? あ、そうね。商業ギルドから、こちらをお渡しするようにと」

 ミリアは鞄と手紙を机の上に置いた。

「通って来たところ皆同じようなことされましたわ。あ、姉様、座ってお待ちください」

 うんざりしたようにルー皇女は受け取り、早速手紙を開けていた。
 ミリアは大人しく座って待つことにした。

「やっぱり、嘆願書。国境の閉鎖を解いて欲しいのですって。わたしが戻ってくる頃には、通常通りになっている予定なのですけど、具体的にはいつとは言えないわ。
 陛下にお伝えする、程度での話だったと伝えてください」

「承りました。こちらは?」

「中身を確認します。こっちはおまけみたいなものでしょうけど」

 ミリアは早速、渡されていた鞄をあける。
 中には白金の装飾具が入っていた。髪飾りと首飾り、腕輪が二つ。年頃を意識してか全体的に可愛らしい印象がある。色の付いた宝石はなく、水晶や金剛石がきらめいている。
 帝国には自らの色に似た装飾具をつける習慣があるらしく、ルー皇女の場合にはその白金の髪に似た色合いを選ばれがちだ。
 無垢と表現したいようでもあるが、送られた本人はもっとカラフルなものが良いと思っているらしい。あまり興味なさそうに一瞥しただけだった。

「ありがとう。と伝えてください。
 さて、姉様に私が一番伝えるべきは兄様が同行しているということ」

 慌てて立ち上がりかけたミリアをルー皇女は制止する。

「今は、砦に行って泊まってくるそうなので、今日は戻りません」

「本当に?」

「少なくとも夕方までは戻れないと思います。お付きも連れていったので、姉様の顔を知っている人はいないはずです。
 情報交換といきましょう」

 にこりと笑う皇女は外交用の顔をしていた。
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