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聖女と魔王と魔女編

弟は不満である7

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 フィンレー達がいくつかの隠れ家を通った末にたどり着いたのは王城の女王の執務室だった。
 ライルとは一緒だが、ローガンとは別行動だ。他にも二人ほど連れているが、実力と言えばフィンレーと同じくらいという心もとなさがある。
 過剰戦力じゃないかと彼は呟いていたが、過剰な戦力というのはローガンのためにある言葉である。ライルもちょっと頷いていたのは解せない。

「あのさ」

 フィンレーが声をかけると。女王の執務室の椅子に座っている男は書類から目を視線を向けた。

「まだ、あなたの味方みたいな人くるかな」

 ここに着くまでに、いくつかの集団と会った。彼は敵よりも味方の顔をしたものをより警戒していたようだった。その理由は会えば分かった。
 女王の不在の間に掌握してしまいましょうと誘うのだ。そうでなければ、次はどうするのかと問う。
 彼はどちらも言葉を尽くすこともせず、無力化させることを選んだ。
 時間がかかるし説得しても利がないと切り捨てていた。少しの躊躇もない。

「いそうだね。思ったよりすごく多いから、驚いてはいる。
 俺が、失敗して敗北して完膚なきまでに叩きのめされた、ということを理解できないみたいなんだよね。なんでだろ」

「自信たっぷりにもう一度って言いそうだからではないですか?」

 ライルからの指摘に不思議そうに目をぱちぱちと瞬かせるあたり、全くない発想だったらしい。
 言われてみればフィンレーから見ても確かにとおもうところはある。ただし、姉に向ける感情を思えばないと言い切れる。

「ないな。あの人相手にもう一度。
 今度こそ死ぬ」

「死なせたくないからしないでよ」

「しないよ。
 彼らは理解してないんだよな。
 反逆は、なかったことにされた。この重みをさ」

 苦笑しながらそういう意味はフィンレーにはわからない。
 実際、彼が仕組んだように魔物ははなたれ討伐され、王に魔女との契約がないことが露呈した。次の王は、望んだとおりにはならないにしても大方予定通りに進んだように見える。

「ウィリアムを王にするには、前提条件がある。
 先代は王としてそれほど非がなかったんだ。だから、準備は一応してたけど本気かと言われると曖昧だったかな」

「いい王様、だったわけ」

「そう。聖女にうつつを抜かすまではね。
 それからタイミングもあるかな。魔女が声をかけてきたのも理由の一つ。
 国難、それも周辺国を巻き込んでとなりそうなのは魔王の脅威。それに対する抑止力を持たぬ王であると証明させるために、魔物を呼び込んで、ウィリアムに討伐させる。
 青の騎士団も長く不遇だったからね、わりとその気にさせやすかった。英雄っていい響きだよ。自分に正義があるって感じがする」

「なんか、そこに正義はなさそうだね」

「相互にあるにはあると思うよ。
 ま、そういうことにはならなかった。王城での立ち回りは、魔物への対処中の不幸な事故で処理されている。
 反逆はならなかったから、誰もその件では表立って処分されていない。ある程度、喪失すると見込んだ戦力も国を動かす手も残ったままだ。
 まあ、先代派は手を引いたからそれなりにはいなくなったけれど、想定より少ない。
 一時的に国が動かなくなる想定をしていたのに、滞りなくすべて進んでいる。
 北方への対処も迅速だ」

 そう言いながらもぱさりぱさりと紙が積まれる音がする。
 フィンレーにはパラパラとめくっていくように見えるが、読んでいるらしい。

「大体把握した」

「じゃ、つぎはなにするわけ?」

「ご老体への説得かな。
 ただの小娘ではない、ということを説明して、陛下に恭順の意を示してもらう」

「それ、すぐに終わるやつ?」

「引っ込みがつかなくなっているだけだろうから、すぐに終わる。
 ただ、王弟殿下はどうかな。隙を逃す人でもないというか……」

「なに?」

「俺を殺しに来ると思うんだよな。やっぱり」

 そう言って、扉の外を見た。
 まだ、扉は空いてもいない。しかし、フィンレーが意識を向ければ誰かが向こう側にいる気配を感じた。気配を殺そうとしているが、フィンレーの知覚に引っかからないほどではない。

「もしやわかってて、ここ来た?」

「危険は知ってたよ。がんばって」

「僕が、がんばるの!?」

「悪いけど、元々そんなに強くないんだ」

 ばつが悪そうに彼は言う。
 元気でもそんなにお強くありませんよ、というのはライルだ。フォローしているようで後ろから殴っている。意外とこの二人、仲が悪い。ライルのほうがすげない態度であるほうが多いようだった。

 フィンレーはため息をついて指示を出す。ライルはお守しておきますので、どうぞと彼のそばについた。
 お守されるの、俺。としょげているが、フィンレーは気にしない。

 彼は黙って守られてる分とても楽な部類である。
 扉の向こうの気配は五人ほどではあるが、戦力外が二人いるとなると少し分が悪い。しかし、逃亡するにはこの部屋は高い位置にある。

 ここで相手をするしかない。

「重要書類があるから、後ろに下がんないで」

「……わかったよ」

 フィンレーは注文の多い護衛対象に冷ややかに応じた。姉様に言いつけてやると決めると剣の柄に手を置いた。
 後ろではばたばたと隅に書類を積んでいる。元々片付けてはあったが、不在の間に溜まったものもあるようだ。

 それからほどなく扉があく。

「こんなところにいた」

「兄さん、なんでこんなとこに」

 やや硬い声でライルが兄に声をかけた。
 入ってきたのは一人だ。

「おまえも元気そうだな」

「……ほんとさ、それ死ぬぞ」

「ま、可愛い弟が泣くから大丈夫」

 どこがどう大丈夫なのか意味不明だ。フィンレーは呆れたようにカイルを見たが、彼は彼でアイコンタクトをとっているようだった。
 扉の向こうにまだ四人残っている。

 油断させておいて、襲うのかもしれない。フィンレーは同行の二人に扉のそばに行くよう身振りで指示した。

「で、フィンレー様を連れ歩いてどうするつもりだ?」

「陛下のいる場所を確保するために、ちょっとした手伝いをしているだけだよ。
 フィンレー様は苦手そうだから」

「周りはそう見ないだろ」

「あれ? そうなの?」

「俺が、動かしているようには見えると思うよ」

 フィンレーにとっては寝耳に水だ。

「え、僕がすっごくがんばったのに!? 姉様が褒めてくれるかなってひーひ―言ったのに!?」

「騙されてるんじゃないかと思われてる」

「ひっどーいっ! 教えてよ」

「教えても結果同じかなって」

 ひどい男がいる。
 フィンレーはこれも言いつけてやろうと決めた。人のことをなんだと思っているのかと。
 ただ、姉は姉で、仕方なくない?とでも言いだしそうだ。

「少し、役に立ちたかったのは本当なんだけどな」

「おまえの場合、影響がでかすぎる。読みが甘い。全く、調子が悪いな」

「死にかけたらそうなる」

「なにして、死にかけたんだ」

「というか、ほぼ死んだ。冬の女神が困った顔で、お帰りはあちらですとか言った」

「それ初耳」

「美人だった」

 ものすごくどうでもよいことを追加された。

「原因というのは……」

 彼がそう言いかけたとき、バタバタと足音が聞こえた。

 現れたのは想定通り元王弟だった。
 彼にそれ以上何かを言わせないように、とでも言うようなタイミングだった。

「こちらにおいででしたか、フィンレー様」

 穏やかに言われたが、フィンレーはぞわっと鳥肌がたった。こういう話し方をする人を知っている。
 優しく笑うのに、違う。

 あなたのためにと、あなたのせいを使い分けて。

「殿下も元気そうですね」

 後方にいたはずの彼がフィンレーの隣に立った。そして、ぽんぽんと肩を軽く叩く。反対側にはライルがいた。
 王弟の後ろに3人の近衛兵と思われる男がいた。カイルはそちらにするっと紛れ込んでいる。何事もなかったような振舞いだ。

「行方不明と聞いていたが、元気そうだな」

「おかげさまで。
 陛下のご慈悲で、永らえましたよ。あの方は、親しいものには優しいから」

 彼はまるで自分が一番親しいかのように、自信ありげに嗤う。
 おまえは違うだろうと言うように。

 俺なんかいっぱいいるうちの一人に過ぎないってと自分で言って落ち込んでいた人の言い草とは思えない。
 フィンレーは彼の外面を知らなかったらしい。

「裏切者がよく言う。
 反逆を犯そうとしていただろう」

「そうだとして、裏切ったのはあなたの兄に対してだけですよ。
 それにあなたも兄を裏切った。
 それがなければ、誰も王位を奪えなかったのに大変残念です」

 フィンレーはその話は姉から聞いていた。あの兄弟がお互いを利用するでもちゃんと繋がっていれば、これほどうまくはいかなかった、と。
 兄弟の不和は放置しないに限ると姉様に不満があったら言うのよと不安そうに続けていた。過保護すぎて自由がありませんと言えば、反省してくれたようではあった。

「フィンレー様、その男に騙されてはいけません。
 こちらにおいでください。
 陛下の不在に権力を握ろうとする男ですよ」

 ライルがフィンレーをかばうようにその前に立った。

「フィンレー様は、誰にも従いません。お引き取りを」

「カイル、弟の教育はどうなってるんだ?」

「いい男になりそうですよね。我が家の方針は間違ってなかったようです」

 カイルはあっさりといった。

「弟の友達を騙す気も、友人を売る気も俺にはないんです」

 その声を合図のように近衛兵が王弟に剣を向ける。

「形勢逆転、ですよ。
 全く、俺たちの忍耐力を褒め称えるべきだよ。
 近衛は王のもの。女王陛下にしか従わない。そこのところをちゃんと理解してくれないと」

 絶句している王弟にカイルが他の者に指示した。速やかに引き倒され、さるぐつわまで用意されている。
 喚いて叫ぶことも許さない手際の良さだ。迷いもない。

「王都を掌握して、陛下を脅そうなんて男として許せませんね」

 爽やかといえるくらいの笑い方をするカイルにフィンレーはドン引きする。
 フィンレーはカイルに対しての印象修正をすることにした。こいつ、やばいやつだ。

「ひどい掌返しだと思うんだが」

 呆れたように彼は呟く。

「そうかな。陛下に留守居を頼まれたんだ。不穏分子は処分しとかないとね」

「姉様は普通に普通のことを頼んだだけだと思うよ」

「なにもなければ普通にだらけられたんですけどね。
 さて、フィンレー様、どうしますか」

「牢屋に入れといて。姉様が処断する」

「逃げられるかもしれません」

「別にいいよ。
 姉様の許さないは、そんなことで揺らがない」

 周りの戸惑いにフィンレーは気がついた。
 これまでのことは淡々と処理することは多く、そこまで感情的に振舞うことはないように見えただろう。

「姉様は自分の大事なものを傷つけられても黙っていることをやめたんだ」

 フィンレーを助けに来た時も、兄を迎えに行ったときも。
 ほんの少しも許さなかった。

 その時はジニーでやってきたけれど、今度は。

「さて、次、いこうか。
 え、なにその顔」

「…………なんでもない」

 彼は表情はないくせに、顔が赤かった。
 いまさら、思い知ったらしい。フィンレーは彼を放置して、カイルに話しかけることにした。

「重鎮を片っ端から説得だってよ。どこから行けばいい?」

「ああ、じゃあ、うちの兄に会ってやってくれますか。うずうずして王城まで押し寄せてましてね」

「押し寄せてるってなに」

「猪突猛進なんです」

 ライルも申し訳なさそうな顔でそう言いだした。

「置いてくよ」

「行く」

 短く答えたときには彼は持ち直していたようだった。
 どこか落ち着かない気持ちがフィンレーに伝わってくる。

 そうして、翌日には王都は落ち着きを取り戻した。

 フィンレーは落ち着いて爆睡し、寝起きで予想外のことを聞いた。

「偽物のヴァージニア様が盗まれました」

「は!?」

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