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聖女と魔王と魔女編

魔女は口説かない

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「どこに行くの?」

「上」

 砦は上に上がると屋上があるのは知っていた。話をするなら人が多くないところがいい。

 しれっとついてきた少年たちは下に置いておくことにした。それはいいのだけど、風邪をひかないうちにお戻りくださいねとなんと私にも言ってきた。
 私の心配をしてきたのは稀有すぎてまじまじと見てしまい、怪訝そうに見返された。なんでもないといったが、ぷっとヴァージニアが笑ったのは聞こえていた。
 いらっとして、そのまま上に登ったがヴァージニアが魔女は照れ屋なのと説明していたのでもっとイラっとした。

 今日は風が強い。

「それで、なんの話? そっちの話が終わったらこっちも話があるから消えないでね」

 遅れて上がってきたヴァージニアは強い風に迷惑そうに顔をしかめた。

「別な方法で解決することにした」

「えー」

 ヴァージニアは不満そうだ。

「聖女を送り返そう」

 異界から来たのだったら、返還すればいい。もう二度と訪れないように。
 その手段は人の手には余るかもしれないが、幸い私は魔女で神々との交渉の手札を持っている。最初の難関である神々との接触も困りはしないし、それなりの友好値はあるはずだ。
 代わりに何を要求されるか分かったものではないが、魔王のこの先までのことを思えば安い。

「闇のお方の都合を聞いてもらいたいんだけど、どうかな」

「うちの、というより向こうの都合が……。多分兄様が話しつけてくれると思うけど魂ぶんどられるよ?」

「猶予をもらうよ。死んだら全部」

「納得する? あの魔王様」

「魂を取られる前にきちんと忘れてもらう。次の子も見つけて、その子にお守してもらう予定」

「目星は?」

「なんとなく?」

 全く、ついてない。
 手っ取り早いのは従弟、早く結婚して女児作って、そこそこ育ってから取り上げて魔女に仕立てる。
 さすがにこれをいったら絶縁されかねないので、最終案として残しておく。
 そもそもウィリアムが結婚するかも怪しい。変な女に引っかかるからと血縁としては物申したくなる。絶滅したらどうしてくれるんだと。
 なお、自分の結婚については棚上げする。

「なに?」

「べーつーにー」

 美しい横顔だなと思ったのは秘密にしておく。
 ヴァージニアは作られた人形のような顔ではある。そのため早くも美しい女王として国中に知られることになっている。人形のようなと表現は美しさの表現でも、モノのように操られているだろういう暗喩でもあるようだ。その兄に操られているというのが一番好まれる噂である。
 それを彼女は知っているかどうかはわからない。知らなそうだなとは思うけど。側近はきっとヴァージニアをよく知る人であろうし、それならばそんな噂は相手にすることもない。そして、その噂に惑わされるようなものは、女王に近づけることもない。

 ヤツは認識の断絶が手遅れになる前に手は打っておくよ。そう言ってたっけ。
 あの楽しそうな顔はやばいやつだと私は知っている。従弟を王にすると言ったときと同じ顔。
 あんなのに見込まれるとはかわいそうにという同情と従弟を弄びやがってという微妙な気持ちが……。

「話がついたら、そっちに直接行くと思うから正気の確保しておいて」

「正気って確保できるんだっけ?」

 あまりにも普通に言ってくるので素で返してしまった。

「引き戻し地点の設定と、リカバリーが」

「待ってなんの話」

「ここまでいったら意識を失う設定っていうの? そういう地点を、つくれないの?」

「できないよ」

 え? とものすごく驚くほうが驚きだわ。自動的に意識不明になれるって怖くないか?

「一応、闇のお方にも配慮してほしいってお願いはするけど、対策したほうがいいと思う」

「……目的を果たす前に、死ぬのかな」

 本末転倒もいいところだ。

「で、私の用件いいかな」

「そこで自分の話、突っ込めるの……」

「依頼を受けて、了承したでしょ。これで話はおしまいじゃない?」

 ああ、そうだ。こいつ、こういうやつだった。
 お友達やるの大変だぞ。弟君よ。
 私が遠い目をしていることにも意にも介さずヴァージニアは話し始めた。

「あなたの血縁上の父親を捕まえてるんだけど、どう処分したい?」

「ああ、なんかやってたね。すっごいのがいるってうちの魔物たちが噂してた」

「噂するような知能あるの?」

「個体によっては子供くらいの考えはできるみたいだよ。
 で、処分ねぇ」

 父の記憶はほとんどない。大人になった後に魔女として数度あった程度。血縁は知っていたが、知っていただけで他人より遠い。

 私の家族というならば、先代魔女だ。近しい親戚と範囲を広げてもウィリアムが入ってくるくらい。それから、先代の王と王弟には大変だなぁと遠くから無責任に見ているような立場だ。関与しようとも思わないくらいには遠い。

「あの人は、先代が生きているうちはまだ大丈夫だった。
 今はもう亡霊みたいなもんだから好きにしていいよ」

「国守りの魔女としての裁定はそれでいいのね?」

「女王陛下のお望みのままに。
 私は国守りの魔女として、慈悲無き処断を願います」

 魔女として問われればそう答える。
 国を脅かしたものを許すべきではない。
 許したいというところもない。

 私個人と言えば、やはり他人のようでほっといてどこかで勝手に死んでてほしいというのが私の正直な要望である。
 許しがたいと判断しているにもかかわらず、積極的にどうこうしないのは、私自身ではない歴代の魔女の記憶のせいだ。先代もその前も血縁だから、色々複雑な気持ちがあったっぽい。っぽいという表現なのは憎悪と愛情が渦巻く闇が深いからだ。うわぁと見なかったことにした。
 私自身がなにかしたら、齟齬が洒落にならなくなる。

「事後報告でもよかったんだけどな」

「後々、あれこれ言われるのは嫌なのよ。人の考えは変わるもの。記憶さえも捏造することもあるから、先に言えばいいものでもないけどね」

「ま、先のことはわからないよ。
 そういえば、私に聞いたってことは従弟殿にも聞いたってこと?」

「あっちも私に任せるって。
 一応、王都で元王弟にも聞いた。あとは、先代の王にも聞く」

「そー」

 変なところで義理堅い。
 あるいは、皆の合意を突きつけたいか。こっちのほうがヴァージニアらしい気がする。

「で、その元王様はいつくるわけ?」

 聖女連れの御一行様に対する迎撃の準備もあるから一応聞いておく。
 最初に聞いた時点でも拠点を総点検はしていたけどね。

「迎えに行くけど、その間、うちの兄、預かってもらえる?」

「兄を預かるって何?」

「魔王様と対戦したいと熱望していて」

「は?」

 意味が分からない。
 最強生物相手に、対戦?
 私はぽかんとした顔をしていたのだろうヴァージニアはあのねと言ってもじもじとしている。

「アイザック兄様は戦闘狂(バトルジャンキー)なの」

 恥ずかしそうにヴァージニアはそういった。
 いや、そこ、恥ずかしいところなの?
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