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聖女と魔王と魔女編

護衛騎士は暗躍する3

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 翌日、予定通りに兄様たちは辺境の砦にやってきた。
 まだ遠くに見えるときに見張りが気がつき、出迎えの用意を整えていたのでバタつくことはなかった。
 代わりに私が入れ替えができる隙も消えてしまった。昨夜のうちに逃げ出すのも考えたが意外と門を突破するのは難しかった。外からは堅牢でも内側からは弱いことはよくあることだが、どちらも難あり。

 籠城したときに誰も逃がさないとでも言いたげ。
 皆殺しはなぁと私は思うのだけれど、ここが落ちたらおめおめ生きて帰れもしないのだろう。

 そういう感想はさておき、そういう事情で変わらずにユリアが姫様をやってくれているはずだ。ブチ切れてると思うけど。

 開門し、砦内の広場に二つに分かれて並んでいるさまはそれなりに威圧感があった。門のすぐそばで私とイリューは立っている。まずそこに馬車が止まる予定だからだ。
 そしてそこから少し離れてウィリアムとソランがいる。

「……なんか、殺気の流れ弾が嫌なんですけど」

「熱い視線は困るよね。僕は姫様のものなのに」

 原因はわかりきっている。
 昨日の再戦をことごとく断りまくったので背後に突き刺さる視線が痛快。

「そういうところですよ。ジニー」

 イリューは冷ややかにツッコミを入れてくる。あのいけ好かないやつの従者と認定されたらしく小突かれていたらしい。まあ、大人しく小突かれているわけでもなく言葉で応戦したらしい。
 長くいるわけでもないのでと割り切ったのかウィリアムにも報告をしていたとか。
 という話を今朝聞いた。

 その結果の再戦拒否だ。彼らの誇りなど意味もないほどに詰ってやったので彼らも一致団結できるだろう。
 ウィリアムが頭が痛いとぼやいていたのは戦果だと思う。

 そんなことを考えているうちに遠く見えていた馬車は近づいてきた。

「つまらん」

 これが辺境の砦について、馬を降り、辺りを見回しての兄様の第一声である。ああ、兵の練度とか雰囲気が悪いとかそういうのか。さらに強そうなやつがいない、という感じの。

 兄様のその言葉のニュアンスを正しく理解しているのは私くらいだろう。いや、私のエスコートで馬車から降りていたユリアもはぁ!? と言いたげに片眉をあげているのでそっち半分くらいは理解してそう。

 そのユリアは姫様の装いだ。
 機嫌がものすっごい悪いのが雰囲気で伝わってくる。私、怒ってますからね!?とオーラが語っている。
 ごめんねと囁いたら彼女はにこりと笑った。私より柔らかく可愛いじゃないかと毒づきたくなるが、そこはぐっと飲みこんだ。

 あれは、もう、ジニー様ったら仕方ないわね、の顔だ。下手に突っ込んだら今の現状をぶち壊しにかかるだろう。
 一言でご機嫌を直すとはちょろ……いや、後で薬盛られるかもしれない。うふふふ、分裂してみます?と笑ったあの日を私はまだ覚えている。
 私増量キャンペーンはしていない。

「ヴァージニアも見るところなどないだろう。
 早く魔女の居城とやらを見に行こう」

「まあ、兄様。私は旅で疲れてしまったわ。
 少し休ませてくださる?」

 甘えるような声と言葉なのに、兄がびくっとしたのがわかった。
 どうやらユリアに苦手意識を植え付けられたらしい。わかる。本気で怒って仁王立ちして説教するユリアは怖い。そりゃあもう、迂闊には返答できない威圧感がある。本人の認識はともかく本物の薬神の使者だ。その気になれば、人の威圧など朝飯前というやつで。

「……少しだぞ」

「よかった」

 折れた。あの兄様が譲った! よほど何かあったらしい。まあ、想像できるけど。
 数年前に下の兄弟相手に泣いていたユリア。強くなったなぁと成長を喜んでいたら、なぜか、ぞわっとした。
 うん? なんだ? あたりを探ってもなにも怪しいものも危なそうなものもない。
 しいて言えば、ユリアが見上げてくるくらいだ。

「ジニーもお疲れ様」

「我が君のためならばいくらでも」

 と言ったらユリアにぐいっと引き寄せられた。油断していたにしても力強い。うっかりキスができそうなくらいに近いがユリアが照れている様子もなかった。

 あれ?

「後でデート」

 そこだけ素の声だった。

「……薬草摘みからの煎じて飲むまでの工程はデートには含まれないよ?」

「あら、そこはジニーに考えてもらうわ。素敵なデートお待ちしてます」

 軽い口調だけれど期待が重い。そして、オスカー、いいのかこんな女で。つい探したら苦笑いしていた。よろしくって、ひどいな。
 そうだなぁ。

「君のために考えるよ」

 囁いて指先に口づけするくらいかな。
 ひゃいと情けない声が聞こえたけど気にしない。ユリアと適切な距離に戻して、きちんとエスコートする。
 そのままウィリアムに引き渡したら、少し複雑そうな表情をしていた。
 そして、なぜか背後からの敵意が増えていた。

 うん? 首をかしげて元の場所に戻った私にイリューは呆れた表情だ。

「やりすぎですよ」

「いつも通りだよ。それに陛下がぐいって」

「それもすぐに戻せましたよね? ウィリアム様は、女王陛下に求婚中ですよ?」

「……あー」

 忘れてたわー……。

 全部丸っと気がつかないふりをして、兄様とユリアを見送る。え、なんで? と視線がやってきたが、華麗に無視した。
 二台目の馬車の中身をどうにかする仕事がある。人前に出せるわけでもないし。

 二台目の馬車は荷物があると裏手にまわしてもらった。荷解き場があるらしい。昨日は案内してもらえなかったな。ま、普通は案内しないか。
 勝手に中を歩ければよかった。イリューとソランの二人組が監視してきて、丸め込むのも面倒と思ったのが敗因だ。

 あとで隙を見て一周回ってこよう。やっぱり、知らないところがあるというのは落ち着かない。

 荷解き場はその名にふさわしくなにもなかった。観客は女王とその兄についていき、私の周りにはいない。

「イリューは戻ってもいいよ?」

「戻りません。
 ユリアさんの胃が心配になるのでいます」

「いつの間にそんな仲良し?」

「よく飴くれます」

 知らない間に友好関係が築かれていた。だからあなたはという要員がふえるのだろうか。
 ちょっと面白くなってきて、笑うと少年は怪訝そうな表情になる。
 それから、改めて馬車へ視線を戻す。さて、兄への供物ではあるものの私たちにも何か言う権利くらいあるだろう。

「出して」

 馬車を動かしていた護衛が馬車の扉へ手をかける。それから思い出したように振り返った。

「ユリア様から、絶対安静、死ぬぞと言われていますのでお気を付けください」

「わかってるから」

 ユリアにこれ以上なにかしたら、本気で分裂させられるか、性転換されるに違いない。ジニーの一日デートで贖いきれない範囲は超えたくはなかった。

 疑いの眼差しを向けつつも彼は馬車の中からモノをとりだした。荷物のように布で巻かれ芋虫みたいに縛られているのは先々代の王。
 護衛はそれを地面に転がした。優しい手つきではないのは私に配慮したか、彼自身そのモノを好ましく思っていないかのどちらだろうか。まあ、両方ともあり得る。兄様の狩りに付き合わされたのだろうからお疲れ様としか言いようがないし。

 出来れば仰向けが良かったなと思いながら地面に転がされた男の胸を踏む。もう一度逃げられたら兄様たちに顔向けができない。

「ごきげんよう。おじさま。いままで楽しかった?」
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