上 下
90 / 135
聖女と魔王と魔女編

弟は不満である3

しおりを挟む
side フィンレー

「……やあ、待ってたよ」

「あっれー? 怒ってる?」

 フィンレーが二日ぶりに顔をのぞかせたとき、彼は静かに怒っていた。
 無表情に近いが、素で無表情の兄弟の表情を見分けてきたフィンレーにはわかる。雰囲気が、怖い。叱られる直前のようで、思わず扉を閉めて出ていこうかと思った。

「出ていかない」

 フィンレーの考えなどお見通しのようでくぎを刺すような言葉が投げかけられる。

「バレてる!?」

「なにを隠していたか吐いてもらおうか」

 それって答え合わせなんでしょ。とはフィンレーも言えなかった。
 彼がそっぽを向くとやりにくさが倍増する。その結果、仕事が増えるのはフィンレーも嫌だった。おそらく姉も期待はしていなかったとは思うが、それにしたって失敗と言いたげにみられるのも癪に障る。

「どこまで知ってるわけ?」

「先代が聖女を連れて逃げ出した。これは意図的に話させたんだろう? ゴシップ紙には載せて、お堅い新聞には載せてない。隠そうとして漏れてしまった、そんな演出?」

「そうそう。そこまではね。
 全部放り投げて逃げ出したんだから、皆が失望するか再起を図るためとついていくかは賭けのところもあったんだけど。どちらにしろ、まとめて潰すからいいよね」

「結果、王弟派が幅を利かせ始める。女王陛下が不在ともなればいいようにするだろう。
 そこまでは、わかる。不在の間に邪魔者をあぶりだしたいということなら」

「うん? じゃあ、なにがわかんないの?」

 ほらやっぱり答え合わせじゃないか。フィンレーは不満を隠しもしない。
 彼はキュッと眉を寄せていた。
 そういえば、今日は包帯をしていない。目の周りの怪我は薄っすらと残っているが、近づかなければ気がつかないくらいだろう。ユリアが消してやりますよっ! と意地になっていたからそのうち近くでも目立たなくなるようになりそうだ。
 傷を消してもなかったことにならないのはユリアも知っているだろうが、治療者として苛立つらしい。

 珍しく半分開いたような目の焦点はどこにもあっていない。青と金と黒が混じって一瞬たりとも同じ色ではない目は少しばかり不安になる。
 見られてはいけない、そういう感覚をフィンレーは覚えた。今まで包帯をしていたのは、周りに対する気遣いであったのだと気がつく。
 それを外して、フィンレーを見る気があるのはいい傾向とは思えなかった。激怒してるじゃないかとぼやきたくなる。姉様が説明していかないからだといない姉に責任を押し付けたい。

「聖女だよ。なぜ、連れ出す必要があったのかわからない」

 言いたいことは色々あるだろうが、先に聞かれたのはこのことだった。
 フィンレーとしては意外だった。先王のことについて、あるいは王弟について言われると思ったのだが。
 興味がないから連れ出すはずもない。むしろ、あり得ないと思っているような口ぶりにフィンレーは違和感を覚えた。

「再起を図るなら、聖女の後ろ盾と教会がどうにかしてくれたほうがいいんじゃないかな」

「全く興味がないと聞いている。それなら、なぜ」 

「利用価値と興味は別問題じゃない? そういうの得意そうなのに、変なこと言うよね」

 フィンレーに指摘されて気がついたという態度にため息をついた。
 まだ、女神の影響の残滓がある。光のお方の加護が強く、聖女のそばには寄り付きもしなったという彼ですらこれだ。

 聖女に関わることにこんな反応をされることは珍しくない。触れてはいけないもの。見てはいけないもの。そんな風に扱われている。
 そこにいたことが、間違いでそれを思い出したくないように。
 まるで彼女抜きで世界は回ると言いたげだ。少し前まで、彼女を中心にしていたような人たちが、だ。

 代わりにそこに姉様を入れようとして、齟齬があって皆が多少の混乱をしている。
 それを考えれば、先王の態度は少しばかり例外的だ。

「あの聖女は夏のお方のものなんだけど」

「……は?」

「好意を持つようにという加護がついていた。ちょっと気に入られるような軽いやつじゃなくて、ものすごい好意的になるようなものらしいよ。
 それで、みんながものすごい無理してた、らしいんだ。そうでなければ彼女の害になるようなものはすべて排除し、望みの通りには出来ないからね。
 で、その加護を我らが闇のお方が壊しちゃった。ちょっと顕現したら意図しないでこわれちゃったって。
 そうなると反動で無理していたものが元に戻ろうとして行き過ぎる。結果、彼女の存在が抹消されている状況と聞いたね」

 本当はもう少し複雑で色々なものが絡まり合っているらしいが、そのあたりは神々が調整して今も直している途中とのことだ。
 人を直接いじるのは壊れやすいから、嫌だと小さい神々が言っているとか。

「……あのときのあれはそうだったわけね」

「んー?」

「急に記憶を認識できるようになって困った日があった。意味がないものとしてほっといた本が、急に読めるようになって重要だった、みたいな」

「認識阻害もかなりされていたんだろうね。彼女のための、というより夏のお方のお望みのままにと。ところで、彼女、どこから来たの?」

「北の外れ。記録によると魔の森で一人でいたと」

「そのあたりから仕込まれてるよね。よく疑わなかったもんだよ」

「……確かに、最初からおかしいのにおかしいとすら思えなかった。
 触れてはいけないのに、なんで連れだすんだとさえ考えたような気がする」

「反動ものすごいけど、あれ?もしかして結構好きだった?」

「俺が正気だったら最初から排除する。だから、放置というのは俺にとってはものすごい好意だ」

「……わぉ」

 排除という言い方はしたが、場合によりさっさと殺すと言っているに等しい。フィンレーは思いのほか、過激だなと印象修正をした。まあ、主に許可を取らずにクーデターを企ててほぼ完遂するような人が、普通とは思えない。
 静かに狂気を飼っている。表側に出ないようにちゃんと取り繕っているだけのところがあるだろう。

 いつも余裕で、不真面目で、でも、あいつがいるなら大丈夫と言われるような男。その中身は違うように思える。思うより繊細で、傷つきやすいことを隠しているように。
 姉様はそんな機微、気がつきそうもないけど。あの人は見た目と中身が違いすぎる。繊細そうな外見とは裏腹に雑だ。細かいことはいいじゃないと言いだしそうなところが、菓子を作るのには向いてない。

「で、次は何を聞きたいの?」

「聖女に他の加護があったか知っている?」

「あんまり知らないけど。一個だけ」

 ゆらりと首を傾げたように揺れた金色の髪。それに混じる黒髪にフィンレーは複雑な気分になる。
 光のお方の加護だけでも重いと捨てたがったのに。
 追加の闇のお方の加護はもっと重いときたものだ。

 知ったら絶望するかもなと思うとそれを先延ばしにしたい。気がつかないように、それを気にしていられないほどに忙しければいい。

「魔王の番、というより、魔王を番に選ぶはずってことかな」

 絶句した彼をフィンレーは笑った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私はお母様の奴隷じゃありません。「出てけ」とおっしゃるなら、望み通り出ていきます【完結】

小平ニコ
ファンタジー
主人公レベッカは、幼いころから母親に冷たく当たられ、家庭内の雑務を全て押し付けられてきた。 他の姉妹たちとは明らかに違う、奴隷のような扱いを受けても、いつか母親が自分を愛してくれると信じ、出来得る限りの努力を続けてきたレベッカだったが、16歳の誕生日に突然、公爵の館に奉公に行けと命じられる。 それは『家を出て行け』と言われているのと同じであり、レベッカはショックを受ける。しかし、奉公先の人々は皆優しく、主であるハーヴィン公爵はとても美しい人で、レベッカは彼にとても気に入られる。 友達もでき、忙しいながらも幸せな毎日を送るレベッカ。そんなある日のこと、妹のキャリーがいきなり公爵の館を訪れた。……キャリーは、レベッカに支払われた給料を回収しに来たのだ。 レベッカは、金銭に対する執着などなかったが、あまりにも身勝手で悪辣なキャリーに怒り、彼女を追い返す。それをきっかけに、公爵家の人々も巻き込む形で、レベッカと実家の姉妹たちは争うことになる。 そして、姉妹たちがそれぞれ悪行の報いを受けた後。 レベッカはとうとう、母親と直接対峙するのだった……

初夜に「君を愛するつもりはない」と夫から言われた妻のその後

澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
結婚式の日の夜。夫のイアンは妻のケイトに向かって「お前を愛するつもりはない」と言い放つ。 ケイトは知っていた。イアンには他に好きな女性がいるのだ。この結婚は家のため。そうわかっていたはずなのに――。 ※短いお話です。 ※恋愛要素が薄いのでファンタジーです。おまけ程度です。

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

「お前を妻だと思ったことはない」と言ってくる旦那様と離婚した私は、幼馴染の侯爵から溺愛されています。

木山楽斗
恋愛
第二王女のエリームは、かつて王家と敵対していたオルバディオン公爵家に嫁がされた。 因縁を解消するための結婚であったが、現当主であるジグールは彼女のことを冷遇した。長きに渡る因縁は、簡単に解消できるものではなかったのである。 そんな暮らしは、エリームにとって息苦しいものだった。それを重く見た彼女の兄アルベルドと幼馴染カルディアスは、二人の結婚を解消させることを決意する。 彼らの働きかけによって、エリームは苦しい生活から解放されるのだった。 晴れて自由の身になったエリームに、一人の男性が婚約を申し込んできた。 それは、彼女の幼馴染であるカルディアスである。彼は以前からエリームに好意を寄せていたようなのだ。 幼い頃から彼の人となりを知っているエリームは、喜んでその婚約を受け入れた。二人は、晴れて夫婦となったのである。 二度目の結婚を果たしたエリームは、以前とは異なる生活を送っていた。 カルディアスは以前の夫とは違い、彼女のことを愛して尊重してくれたのである。 こうして、エリームは幸せな生活を送るのだった。

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

虐げられた令嬢、ペネロペの場合

キムラましゅろう
ファンタジー
ペネロペは世に言う虐げられた令嬢だ。 幼い頃に母を亡くし、突然やってきた継母とその後生まれた異母妹にこき使われる毎日。 父は無関心。洋服は使用人と同じくお仕着せしか持っていない。 まぁ元々婚約者はいないから異母妹に横取りされる事はないけれど。 可哀想なペネロペ。でもきっといつか、彼女にもここから救い出してくれる運命の王子様が……なんて現れるわけないし、現れなくてもいいとペネロペは思っていた。何故なら彼女はちっとも困っていなかったから。 1話完結のショートショートです。 虐げられた令嬢達も裏でちゃっかり仕返しをしていて欲しい…… という願望から生まれたお話です。 ゆるゆる設定なのでゆるゆるとお読みいただければ幸いです。 R15は念のため。

冷宮の人形姫

りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。 幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。 ※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。 ※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので) そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。

お飾り王妃の受難〜陛下からの溺愛?!ちょっと意味がわからないのですが〜

湊未来
恋愛
 王に見捨てられた王妃。それが、貴族社会の認識だった。  二脚並べられた玉座に座る王と王妃は、微笑み合う事も、会話を交わす事もなければ、目を合わす事すらしない。そんな二人の様子に王妃ティアナは、いつしか『お飾り王妃』と呼ばれるようになっていた。  そんな中、暗躍する貴族達。彼らの行動は徐々にエスカレートして行き、王妃が参加する夜会であろうとお構いなしに娘を王に、けしかける。  王の周りに沢山の美しい蝶が群がる様子を見つめ、ティアナは考えていた。 『よっしゃ‼︎ お飾り王妃なら、何したって良いわよね。だって、私の存在は空気みたいなものだから………』  1年後……  王宮で働く侍女達の間で囁かれるある噂。 『王妃の間には恋のキューピッドがいる』  王妃付き侍女の間に届けられる大量の手紙を前に侍女頭は頭を抱えていた。 「ティアナ様!この手紙の山どうするんですか⁈ 流石に、さばききれませんよ‼︎」 「まぁまぁ。そんなに怒らないの。皆様、色々とお悩みがあるようだし、昔も今も恋愛事は有益な情報を得る糧よ。あと、ここでは王妃ティアナではなく新人侍女ティナでしょ」 ……あら?   この筆跡、陛下のものではなくって?  まさかね……  一通の手紙から始まる恋物語。いや、違う……  お飾り王妃による無自覚プチざまぁが始まる。  愛しい王妃を前にすると無口になってしまう王と、お飾り王妃と勘違いしたティアナのすれ違いラブコメディ&ミステリー

処理中です...