上 下
85 / 135
聖女と魔王と魔女編

女王(仮)は暇である

しおりを挟む

 魔女に通告して数日、次の町まで来た。
 正直、鈍足すぎないかということについては事情がある。

 想定を超えて増えている魔物の相手ばかりしていて、目的地に着くまでは時間がかかる見込みだ。
 二番目の兄様(アイザックにいさま)はご機嫌に狩りに出ていくし、付き合わされている黄の騎士団の面々が哀れでもある。
 あれにつき合うのは大変だ。身内ですら付き合いきれないと投げる戦闘狂。最初のころより慄かれているのは仕方ない。
 護衛なんていらないじゃないかというのは正しい。

 それに加え町と町の間の村だの集落だのが壊滅的だったからだ。
 想定通りにいたけが人も病人の相手もあってユリアも過労気味だし、正直、私が一番暇である。女王様してなきゃいけないから。

 早朝の鍛錬のあとにふらっと兄様についていこうとしたら、止められたしほんとに暇だ。社交する気も相手もいないのだからしかたない。
 この町にも領主は存在していたが、既に逃げ出していなかった。他の町同様に。
 魔物が溢れそうになっていると聞いたときには夜逃げしたらしい。今は王都で平和に暮らしている、らしい。
 戻ったら覚えておけよと思いつつ治安も乱れた町を整理している。一応は、私たちの話は聞いてくれるし指示も従うようだった。

 本来なら、石でも投げられてもおかしくない状況を思えば歓迎されていると言っていい。
 先代の王は、半年以上、この地を放置した。その結果がこれだ。

 皆がきれいさっぱり忘れてしまったこの北の地は既に崩壊の兆しを見せている。魔女にも聞いたが、その件については何もしていないと主張していた。
 聖女が見つかって、王都へ送られ、そしてなにかあったことすら忘れられた。

 私がこの国に来たのは忘れられたあとで、おかしいと気がつくこともなかった。
 本来なら、欠員や装備の補充が終わればウィルはすぐに北方に戻らねばなかった。彼の性格を思えば、王都に長居する理由がない。補充自体は既に済んでいても戻らないというのは異常だったのだ。
 ただし、これも私が知らなかったので今更思えばということ。

 北方に戻ったタイミングを思えば、聖女というか夏の女神の加護が悪さをしたのだろうと思う。闇のお方が顕現したことにより加護が薄れ、そして戻っていった。
 あるいは皆が正気に少しずつ戻っていった。

 戴冠後、阿鼻叫喚だった。そこまで思い出して、げんなりした。ランカスターが血相を変えて部屋にやってきたときには何事かと思った。そこからのブラック労働は正直思い出したくない。城に戻ったら帰ってくるブラック労働。

 誰かかわりにやってくれないだろうか。国の乗っ取りってこんなに働かされるんだろうか。おかしくないか?
 酒池肉林とは言わないが、だらけてよくない?

 むしろ、前のほうが自由にやっていた気がする。
 これはよくない。

 その日の夕方にユリアを呼び出した。

「よくない」

 よれよれで身なりをかまっていないのは一目瞭然。これはいけない。

「なんですか、失礼ですねっ!」

 遠慮が全くなくなってきたユリアは、そう声を上げたけど。

「髪がぼさぼさで、服もよれよれで、目の下にクマと肌がぼろぼろ」

「うっ。し、仕事が激務でっ!」

「聞いたところによるとほっとくとこうなるのは普通って聞いた」

 オスカーとローガン情報。納得する。むしろそうでなければユリアではないと思うくらい。薬神の申し子はそれ以外に興味を持てない。もっともユリアの場合には覚えても忘れると手入れなんてさぼりがちなのも良くないのだけど。

「というわけで労わってあげるわ」

「はい?」

「いつもお疲れのユリアにご褒美」

 声音を変えれば真っ赤になったユリアがはぁいぃぃと呟いていた。ちょろい。 
 ちょっと前に感じた不信感が正しかったということに気がつくのは明日の朝くらいだろう。


「……姫さまってさ」

 夜も明けきらぬうちに行動を開始した。同行者はやる気のなさそうなロバと不満一杯の少年。

「なぁに?」

「悪辣」

「あら。どうしても同行したいっていうイリューのために、ランカスターを説得した私に対して言うセリフ?」

「……知っていたんですけど、この落差になれません。ジニーはこんなこと言わない」

「そりゃあ、存在しない、いい男だから」

「……そーですねー」

 イリューに遠い目をされた。
 不本意だ。
 イリューは青の騎士団に所属はしていたものの子供だからと落ち着くまで、王都で待機を命じられていた。職務はそのままで、要するに所属だけ変えたという感じだったらしい。
 実家の圧力がと嘆いていたのだ。そりゃ、跡継ぎの兄が青の騎士団で戦死したのにその弟も行きたいとかいわれたらそうするだろう。妥当な判断だ。
 本人は全く納得せず、私に直訴しに来た。だから、連れてきたのだ。別におかしくはない。

 今日も寝込みを襲って連れてきた。なお、ユリアは爆睡中。睡眠薬を盛る必要さえなかった。他の兵士たちも日ごろの兄様対応でお疲れと私が大人しいので油断していた。
 抜け出すには絶好のチャンスだ。

「嫌なら帰ってもいいけど」

「いえ、ご同行させてください。そもとも道も知らないじゃないですか」

 その恩があるからか、それとも放置するほうが問題と思ったからか大人しくはついてきてくれるようだ。
 肩をすくめて、あとは任せたと放り投げる。呆れたように見られたようだが、この地に詳しいのはイリューのほうだ。

「あのひと、早く帰ってこないかなぁ」

 イリューがぼそっと呟いたそれを私は聞き流した。
 その人は、帰ってこないほうがいい。そっちのほうが、安心する。

 かくして、二人と一匹の旅は数日続いた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

初夜に「君を愛するつもりはない」と夫から言われた妻のその後

澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
結婚式の日の夜。夫のイアンは妻のケイトに向かって「お前を愛するつもりはない」と言い放つ。 ケイトは知っていた。イアンには他に好きな女性がいるのだ。この結婚は家のため。そうわかっていたはずなのに――。 ※短いお話です。 ※恋愛要素が薄いのでファンタジーです。おまけ程度です。

私はお母様の奴隷じゃありません。「出てけ」とおっしゃるなら、望み通り出ていきます【完結】

小平ニコ
ファンタジー
主人公レベッカは、幼いころから母親に冷たく当たられ、家庭内の雑務を全て押し付けられてきた。 他の姉妹たちとは明らかに違う、奴隷のような扱いを受けても、いつか母親が自分を愛してくれると信じ、出来得る限りの努力を続けてきたレベッカだったが、16歳の誕生日に突然、公爵の館に奉公に行けと命じられる。 それは『家を出て行け』と言われているのと同じであり、レベッカはショックを受ける。しかし、奉公先の人々は皆優しく、主であるハーヴィン公爵はとても美しい人で、レベッカは彼にとても気に入られる。 友達もでき、忙しいながらも幸せな毎日を送るレベッカ。そんなある日のこと、妹のキャリーがいきなり公爵の館を訪れた。……キャリーは、レベッカに支払われた給料を回収しに来たのだ。 レベッカは、金銭に対する執着などなかったが、あまりにも身勝手で悪辣なキャリーに怒り、彼女を追い返す。それをきっかけに、公爵家の人々も巻き込む形で、レベッカと実家の姉妹たちは争うことになる。 そして、姉妹たちがそれぞれ悪行の報いを受けた後。 レベッカはとうとう、母親と直接対峙するのだった……

冷宮の人形姫

りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。 幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。 ※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。 ※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので) そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈 
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

処理中です...