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おうちにかえりたい編

閑話 兄は傍観する

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 アイザックにも放浪癖はあった。出かけるなと言われれば言われるほどに、どこかにいってやるという子供っぽいそれは時々実行される。

 それはお忍びでやってきた国においても発揮される。彼の認識上は敵国であり、のんびり散歩というよりは敵情視察の感覚に近い。

 顔を出して歩くなとローガンにうるさく言われているので、アイザックはフードの奥に隠すようにしている。
 ただし、一部見えている部分だけでも端整な顔立ちは見て取れた。

 段々怪しい方向に近づくにつれ、背後の気配がうるさくなってきた。むしろ隠れる気もなく、のんびり会話をしている。

「何の用だ?」

 アイザックは立ち止まり、振り返る。
 話しかけるわけでもなく、途中から付いてきたのだ。
 四人ほどの男だった。私服ではあったが、身のこなしが違う。

「いや、そっち危ないし」

「惨殺死体、処理するの嫌なので」

「ふらふらしててもいいのかなぁって」

「だから、帰ろうって言ったのに」

 口々に理由を言い出す。全て見覚えがある顔だった。ローガン経由で紹介されたのだ。国内での協力者的立場だと。
 的とついているのは利害の一致する限りと但し書きがついているせいだ。

 最終的に命のやりとりをする相手となる可能性がある。アイザックはそんな相手と付き合いたくはない。
 ましてや願い事などお断りだ。

 既に数回断っているというのに、諦めないらしい。アイザックにとっては煩わしいことこの上ないが、彼にしては穏便に断っている。

 どうしてもと願ったことはないわけではない。
 アイザックの時には叶わなかったが。

「俺は関わらないと言っている。放っておけばいいのでは?」

 うんざりとした気持ちがある。しかし、諦めるところを見たいわけではない。
 アイザックは自分の矛盾した気持ちを見透かされているのではなかと疑っていた。

「そうなんだけどさ。黙って見てれば? って感じなのがむかつく」

 なるほど、彼らの主張にはそれなりの理がある。アイザックは難しく考えることは好きではない。難しく考えて、動けないものをいくらでも見てきた。

 勝手に生きて、勝手に死ねが彼の信条だが、そこに至るまでに振り払われた手が多すぎる。
 彼は興味を持たないことでそれを対処することにしたのだ。

 救えなかったのではない。
 望んだのだと笑って言うことにした。それだけのこと。

 しかし、弟には難しかろうとも思う。フィンレーは助けたかったものを目の前で失い、自身は姉の手で助けられた。
 今でも、なぜ、残ってしまったのかと自責していることをアイザックは知っている。
 姉であるヴァージニアの前では決してその姿は見せない。

「ここに至るまでに、何度もやめる機会はあったはずだ。他人の言葉など聞かないだろう」

「少しは考えてくれる、と思う。たぶん」

「そうだと良いな。俺は付き合わない」

 俺は、に力を入れて、弟に関しては止めないと意志を伝える。彼らはそれを理解したようで、頭を下げた。
 やはり、弟の方が付け込みやすいと見えるようだ。今はフィンレーも思うところがあるから付き合うだろうが、今度も同じとは見ない方が良い。
 そんな警告はいらないかと黙って去ることにした。

「わからんな。ヴァージニアの趣味は」

 ローガンが嫌な顔で、その男について言っていた事が印象的だ。妹が珍しくも興味を示したと。
 しかし、その男はそれほど良いやつなんだろうか。アイザックは懐疑的だ。
 あいつがいれば大丈夫、のような頼り方をされていたようだ。本人がいなくなれば崩れるのは早い。
 その場に他の誰かを押し込んでも比較されるだけだろう。

 よっぽど次のヤツに期待しているとしか思えない。

 アイザックがやられたら墓を暴いてでも胸ぐらを掴んで揺さぶってやりたい。あるいは計画そのものを壊してやるか。

 アイザックは思い出しかけた面影を記憶の底に沈める。どいつも最悪で良いやつだった。

 ヴァージニアが全く動かないのは予想外ではあったが、ある意味正しい。幼なじみの影は未だ消えない。大事だと手を伸ばすには躊躇しなければならないだろう。
 最悪の形で失うなら、望みを叶えるのを黙って見ている。

 覚えていないと彼女が言っていたことは確かだろう。ただ、傷だけは残っている。

「兄さんもなに考えてるんだか」

 アイザックが受けた指令は、冴えないじじいを捕獲することだった。先代の国王とか肩書きがついているが、兄の怒りをかった時点で彼の中ではただのじじいである。
 絶対許さないと言っていたとおり、じわじわと追い詰めて捕獲したのが昨日の話だ。

 指し手なんて気取ってはいるが、何一つ叶えさせてやるものか。
 兄がそう嗤った。

 いつにも増して怒りが深いのは裏切られたと思ったからだろうか。個人的な交友はよくわからないが、ただの知り合いではなかったようだ。

 おや、捕まってしまったな、と飄々と言われたので、どこか刺してやろうかとアイザックは考えた。
 散々手こずっていたイライラもある。情報収集は彼の得意とするところではなく、最終的にローガンが指揮したようなものだ。

 腕の一本くらいなくても生きていけるとアイザックが考えている間にローガン商会にたどり着く。

 本人は完全に無視していたが、ぼーっと見ている女の子からきゃーと声を上げる少女、声をかける勇敢な女性など道中の女性の視線を釘付けにしていた。
 いつもはフードをかぶって顔を隠しているが、すっかり忘れるくらいには色々動揺していることを自覚してはいなかった。

 店内は閑散としている。扉につけた鈴の音に店の奥からローガンが顔を出した。

「……それで帰ってきたんですか」

「ああ、忘れてた」

 呆れたようなローガンの顔でアイザックはようやく顔をさらして歩いていたことを思い出した。
 彼の後ろには見慣れぬ客人がいた。銀色の髪に嫌な思い出が蘇る。機嫌悪そうに顔をしかめた彼にローガンはため息をつく。
 あきらかにアイザックに失望したと見せるための動作だ。

 アイザックにとってもローガンは兄貴分であるので、少しだけショックだった。

「同行者が増えましたので、よろしく」

「ウィリアムだ」

「アイザック。なれ合いは好きではない。そっちはそっちで勝手にやってくれ」

 アイザックはウィリアムを見るなり拒否した。
 年頃は同じだろうが、そりが合わない気がした。短い期間に喧嘩や揉め事はしたくない。
 困惑したようなウィリアムを置いて彼は店の奥に行く。きっとローガンがなんとか取りなすだろう。




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