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おうちにかえりたい編

閑話 薬師

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「偶然にしては、中々の確立な気がしますね」

 ユリアは呟いた。目の前には麦わら色の髪の色をした男がいる。なぜか薄い青のガラスを嵌めた眼鏡をしている。
 その隣には小太りの副官がいて、ユリアの隣には機嫌の悪いオスカーが座っていた。

 わりとあり得ない組み合わせだなとユリアも思う。
 あまり得意ではないが、勢力図を思えば敵対に極めて近い。少なくとも町の食堂で偶然顔を会わせるということはなさそうだ。

 同席するかと聞かれてそのまま座った私もどうかしらねとユリアは思う。ユリアとしては顔なじみの店で、久しぶりと店員に声をかけられる。
 しばらく忙しかったと返せば、また来てくれて嬉しいと言われる。
 悪い気はしないな、と思ったあたりで、隣の機嫌がさらに悪くなったことに気がついた。指摘しても機嫌は直らないだろうとユリアは気がつかなかったことにする。

「張ってました?」

 日替わりと注文だけを済ませてからユリアは話を切り出す。
 テーブルを見れば二人とも既に食事は終わっているのかお茶だけが残っている。彼女の知っている軍人と言えば、食事が終わればすぐ立ち上がる人ばかりだったのでちょっと珍しく見える。
 オスカーは言えば、お茶くらい付き合うようにはなったが。

「いいや。よく使っているだけ」

 しれっと言うレオンを見たあとに、その副官に視線を向ける。

「で、そうなの?」

「まあ、そう言う言い方もできますね」

「ディラス」

 多少はその気はあったということだろうか。表立っては言われていないがここはローガン商会の傘下の店の一つだ。ユリアはため息をついた。
 ディラスと呼ばれた男もため息をついた。
 ユリアは何となく共感を覚えて笑みを向ければ、彼は赤くなって青くなった。

「……オスカー。なにかした?」

「なぁんにも」

 ディラスがぶんぶんっと首を横に振っている。したのかとユリアが白い目でオスカーを見れば、顔を背けられた。

「殺気ぶつけてくんなよ。心が狭い」

 レオンが呆れたようにユリアに解説した。それで彼女にもようやくわかる。その方面は鈍いとまで言われている彼女である。軍人ではないのだと言えば、いや鈍感なだけと返された苦い思い出が蘇る。

「ごめんなさいね。言い聞かせとくわ。こちらからの用はないんだけど、これ返しておくわね」

 ユリアはついでとばかりに箱を渡した。
 一瞬、レオンの表情が無くなったなと思うが、うっすらとした笑みに変わる。なぜか怒りに近いものを感じるが、なぜだろうか。
 ユリアは首をかしげてから思い至った。同じ箱だからだ。突き返されたと思ったんだろう。

「ちゃんと届いたから安心して? 男物があったらまずいでしょう?」

「それは考えてなかった」

 しまったと言う顔は隠さない。
 たぶん、あれは衝動的な行動だったんだろう。予期していないものだからこそ、真実を含んでいる。

 オスカーに目線で何かあったのかと問われたが、言わないことにする。乙女の秘密と言うヤツだ。

「なにか仲介して欲しいならローガン様に言ってくださいね? 私はしがない従業員だから」

 ユリアはにこりと笑って、予め断りを入れる。おそらくは、そんなことを聞きたいとは思っていないが、念のためだ。
 面食らったような顔をしたのはディラスの方だ。レオンは不本意と言うように片眉を上げた。

「しがない従業員、ね。それにしては……」

「んー?」

 ユリアは私は可愛いと念じて笑うことにした。臨時の雇用主は時々自分に言い聞かせて笑っている。きっと似たように笑えたはずだ。

「悪かった。その、大丈夫なのか」

 ためらいがちで、伺うような視線を向けられる。
 ディラスがその隣で諦めきった顔をしていた。

「……そんなに気になるなら、捨てて、おいでなさいな」

 ユリアの正直な感想である。立場とか色々ごちゃごちゃうるさい。そんなもの飛び越えてこい。
 オスカーのため息が聞こえた。

「ユリア」

「なによ。文句あんの?」

 さらに窘めるような声で名を呼ばれていらっとした。ユリアが軽く睨んだだけで、オスカーはあきらかに怯んだようだった。
 レオンはユリアの態度に苦笑いする。

「悪いけど、それはできないな」

「それなら言えることはなにもないわ。できることもね」

 ユリアは怒られるかなと思いながら断言した。ずいぶんと挑発的なことを言っている自覚はある。

「……そうか。わかった」

 それだけ言って席を立つ。不自然に感情の抜けた声だった。



「おまえな。最悪の煽り方したぞ」

 姿が消えたと同時くらいにオスカーがそう言う。
 ユリアは無視しておなかすいたーと店員にアピールする。わけありと遠慮していたのかすぐに食事は運ばれてきた。

 今日も今日とてなにかの煮込みだ。具材は違うが、メニュー名がなにかの煮込み。
 安い食材をとりあえず煮込んだ代物だが、わりとおいしい。ユリアはそう思っているが、オスカーはなにか観念した顔で、口に運ぶ。

「……案外、ましなんだな」

「なんだと思ってたの?」

「泥みたいな」

 無言でユリアはオスカーの足を蹴った。時々、そんな色の時もあるが味はマシだ。出入り出来なくなったらどうしてくれる。ツケで食べられる貴重な店なのだ。

「正直に言えばよかったんじゃないのか」

「そのくらい、把握してるでしょ。そうじゃなくて、本人がどうなのか知りたかったんだから」

 城から下がって既に三日ほど経過している。ユリアはその間、頼まれた仕事にかかり切りだった。ローガンは城に行っていたようだったが、話はしていないからわからない。
 いや、ユリアはあえて話を聞かなかった。
 今すぐそばに行きたくなる。雇用関係と距離を置くのはやはり難しい。

「八つ当たりだったか……」

「諦めている癖に未練がましいのが悪い」

 ユリアは木の匙を左右に振る。オスカーはすぐに見咎めて行儀が悪いと窘めた。
 行儀など気にしていないように見えて、彼はとても行儀良い。その場にあわせた振る舞いはするが、基本的には他人に印象がつかないようなくらいには普通だ。

「一度くらい死んだら、踏ん切りでもつくんじゃない?」

 時間がないのだから先に渡して置いても良いはずだ。ユリアは箱にしのばせた手紙と瓶の中身に思いを馳せる。
 用意が間に合って良かった。

 勝手なことをしてと困った顔をされるかも知れないが、人の死は取り返しがつかない。

「……おい」

「なぁに?

「あの箱、なに入れた」

「良いお薬?」

 絶句したオスカーを笑う。彼はなにを作っていたか知っている。それの危険性も。

「たぶん、いると思うのよ。嫉妬深い男なんて嫌ね」

 ユリアは先ほどの態度をわかりやすく当てこする。

「つまらない理由で、抹殺したくなるんでしょう? 誰かを見ただけでも触れただけでも嫌なのよね」

「悪かったよ。反省する」

 さすがにオスカーも気まずそうな顔をしている。一体どこでこんなにも好かれてしまったのかユリアにはわからない。
 悪くはない。
 けれど、お互い言えないことが多すぎる。

 立ち上がる振りをして優しい甘い声で、囁く。

「いいのよ。思うだけならね。私をわかりやすい弱みにしないで」
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