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おうちにかえりたい編

王妃様は暗躍出来ない 後編

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 さて、書庫である。
 日当たりの悪い場所にあった。あまり部屋から離れていない。侍女とふたりであるいてもおかしくはない距離。
 これはやはり行動制限のほうなのではないだろうか。
 勝手にふらふらしては困るから監視を付けていると。

 故郷なら護衛なんてまいたけれど、ここですると彼らが叱責される。それも評判的に望ましくない。

 ……ほんと、ほっといてくれた方がやりやすかった。

 カイルが先に書庫に入り、中をあらためる。ライルは少しばかり緊張しているように見えた。

 無防備に扉を開けさせないし、中の安全もしっかり確認する。その間も護衛は一人いる状態だ。一人ならできないことだ。

 ジャックが難色を示した理由はこれか。本来はジニーも含めて三人で回すつもりだったのかも。

「ジニーはいつ帰ってくるの?」

 業務中に私語は厳禁だが、彼には他に聞くタイミングがない。
 ユリアに合図した。私はライルに声を聞かせる気はない。ジニーとジンジャーが似ているのは姉妹だからだと言い訳出来るが、さすがに姫まで同じような声では言い訳できない。

「もう少し、騒がしくなくなったらね」

「寂しいってソランが言ってた。兵舎だけでも良いから顔を出して欲しいな」

 ユリアがなにか言いたげに視線をよこしたがベールで表情が隠れていて幸いだった。表情を作り損ねた。
 おそらく、無表情に近い。

「伝えておくわ」

 無難な答えをユリアは口にした。
 程なく戻ってきたカイルは微妙な雰囲気の違いを感じたのか首をひねっていたが、弟に問うことはなかった。少なくとも見ている前では。

「どうぞ。室内は弟を付けますので、私はここで」

 彼はそう言って扉の前で待つようだった。
 騎士というのは荒事の専門のようなものだ。少なくとも故郷では。
 カイルという男はちょっと穏やか過ぎる気がする。意図的に作っている仮面のような気配を感じた。

 ライルが、兄ちゃん、なに言ってるの? みたいな顔で見ているからお家では違うんでしょうね。

「お家では違うの?」

 ユリアが気になったのか小声で質問していた。

「がさつで短気。あと早口」

 安定の偽装だった。どれがどの程度とはわからないけど、見た目通りじゃあなさそう。
 近くに来るのは面倒そうな人ばかりだ。煽動しやすそうな、こちらに寝返りそうな人は来ないんだろうか。

 書庫の奥に椅子とテーブルが置いてあった。誰かが、残していったような本が積み上げてある。
 分厚いカーテンは開けられていた。
 埃に残る足跡からカイルが開けたのだと思う。そうでなければ奥は真っ暗だった。
 灯りを持たずに入ったはずだから、暗闇を歩ける能力でもあるのだろうか。

 本当に軍の方がしっかりしている。王城の使用人のぐだぐだ感はなんなんだ。きっちり取り締まる人がいないのかしら。皆バラバラで右往左往しているようにも見えるし。

 ユリアは嫌そうな顔でテーブルとイスを拭いている。そうでもしなければ座れはしないんだろう。

 ライルは入り口の様子をうかがい、見えないことを確認していた。
 ……なんだろうか?

「これは独り言なんですが」

 彼はそんな前置きで、意外なことを言い出した。

 護衛として付けられているのは実力者ではない。
 自分の知る限りの実力者は除かれている。あまり評判の良くないものばかり。
 副隊長が付いている限りは、なにかあるとは思えないが、気をつけて欲しいと。

 ジニーがいたら良かったと締めくくった。

 ……いっそ、ジニーが故郷に帰ったとか別の仕事を頼んだことにして、オスカーを常駐させた方がいいかもしれない。兵舎への出入りが出来なくなるのは痛いが、そんな事を言ってられないのかも。

 私の戦闘能力とか知られたくない。
 ジンジャーとしてだって望ましくない。

 弱き者。守られないといきられない者。そんな評価のほうが今はありがたい。

 今後の予定はまた考えるとして。

 ライルがこんなことを言い出したのは結構、重要だ。

 近衛の内情なんて漏らして良いわけがない。それ自体が罰を受ける可能性が高いだろう。それを知ってなお、伝えなければいけないと考えている。

 ずいぶんと懐かれたな。

 ……しかし、実の兄を評判の良くないと断じるのはどうなのだろうか。
 まあ、確かに強そうには見えないし、感じないけど。

「兄さんは向いてないんですよね。言うと怒られますけど、長兄の方が騎士に似合いな猪突猛進というか」

 私に言わせればどちらも向いてるように聞こえない。
 カイルの足音が妙に静かだとか、気配が薄いとかそんなところは気にはなったけど。

 ユリアはふふっと笑っている。
 うーん。それは姫様っぽいよ。馬鹿にしてるのかしらと怒っているのが少し透けている。

 ユリアを宥めるように腕に触れた。
 はっとしたように小さくすみませんと言われる。

「何をお探ししますか?」

「家系図。歴史」

 と書いて見せる。バレそうな行動は積極的に慎んでいきたい。

 ここに来る前に把握はしていたけど、実態はどうもちょっと違うみたいだ。

 王家は二人兄弟で、先代は隠居している。家系的に男ばかり産まれて、女は生まれてすぐか小さいうちに亡くなる事が多いらしい。
 かなり近い血統の婚姻を何代かごとに繰り返している。

 その結果、女が生まれにくいのではないかと思っていた。

 ユリアが探してきた家系図も私が見たことのあるものとほぼ同一だ。違うのは生年と没年をかいてあることくらい。
 やはりこの家系、女性が極端に少ない上に短命ばかりだ。

 成人まで生きている者は皆無。

「……姫様」

 小さく声をかけられ、別の家系図を出される。
 今度は庶子を含むものらしい。

「……うわぁ……」

 思わず声が漏れた。
 直系ほど露骨ではないものの二十そこそこで大体亡くなっている。

 女は死すべしと呪いでもかかっているのだろうか。
 そして、王と王弟の二人の他にも庶子が結構いることに気がつく。予備としても多すぎるんじゃないだろうか。

 歴史上、北方の魔王の領地と接している以上、今までも争いあってきていた。王家が途絶えないように子供を多く作るというのは別におかしくはない。

 おかしくはないんだけど、変な家系図になっている……。

 この家系図の通りだとすれば庶子同士結婚していることにも気がついたんだけど。子供を産んで死ぬみたいなサイクル。

 ある程度の血の濃さを維持する必要があるってことだ。

「これ、どこにあったの?」

 小さく問う。

「そこに」

 困ったような顔で、ユリアがテーブルの上を指した。

 ……。
 誰かが見せたかったのね。これ。

 誰かに踊らされているようで、ちょっと気に入らない。
 その誰かというのは、足跡も付けずに侵入し、家系図を置いていった。おそらくは門外不出なものを。

 カイルがやったのでなければ、人外の者の仕業だろう。
 でなければ幽霊だ。

 王家の家系図に書かれているその娘の名は塗りつぶされていた。
 怪しいのは魔女だ。

 名乗らなかった魔女の通り名を探さねばならない。

「この地で有名な魔女はいるの?」

 メモを見せてユリアにライルへ質問させる。ふたりでこそこそ話すのはいいが、直接問うのはやはり避けたい。

「魔女、ですか。そうですね……銀の良き魔女はどうでしょう」

 ……良き魔女とわざわざ言う場合は二パターンある。
 実際、人の良い魔女。
 もう一つは、怒らせてはいけない魔女。

「北方の魔王の番人、あるいは敵対者とされています。この地では、ですが」

 怒らしちゃまずい方だった。
 魔王が起きたあとどうなるかは魔女の気持ち次第ではないか。

 北方の魔王は、眠りの中。ざっくり三百年は寝ていると言われている。いつ目覚めるのかは定かではない。

 覚醒するまでに少し起きて、また眠りについての周期を繰り返す、らしい。
 少なくとも他の魔王はそうだったと伝わっている。
 起きている期間は魔物が溢れてくると言われていた。

 眠りについている期間が長いほど、反動は大きいと言われる。
 歴史書曰く、数百年ぶりに目覚めた黒の魔王に一地方が一夜で滅んだと言われていた。そこは現在もペンペン草くらいしか生えない荒野だ。完全なる平地で、かつて山があったと言われても首をかしげそうになる。

 さて、ここに三百年は寝ているという魔王がいる。
 覚醒などされた日には死んだ事すら気付かずに滅せられるに違いない。それを知ってはいたけれど、あらためて聞かされると逃げようかなと思ったりもする。
 最終防衛をしてくれそうな魔女が、その気にならなかったら詰むのが見えている。

 契約不履行ということで賠償金ぶんどって帰っても良いんだよな。
 ただ、逃げ帰るみたいで気持ちが納得しないだけで。

「他にはいないの? 国守の魔女とか」

「夜の魔女がいますが、よくわからないですね。お酒を好むらしいですよ」

 ……あの酔っぱらいはどちらかというとこっちであって欲しい。
 魔王の番人が、国が滅びるのを望むだなんてイヤ過ぎる。

 それは、魔王の覚醒後、止めないと言うことに他ならない。

「お会いするのは難しいと思いますよ。陛下ですら一度も許されていないと噂されています」

「国守の魔女が、会わない?」

 ユリアの厳しい声に同意する。
 魔女も魔法使いも規格外ではある。しかし、契約は守るものが多い。契約者は国の代表として王がするものだ。代替わりした場合、新たに契約をする。

 契約内容は国により違うし、国家機密だ。

 ただ、いるといないとでは他国からの扱いは違う。故郷に姉様たちの旦那様がいるから今は安心していられる。

 少なくとも、その生を終えるまで。

「と噂です」

 ライルは淡々と言っている。まあ、会わないことがどういう事を指すかなどよほどの事がない限り知らないものだ。

 王族である私と私の影武者をしたことがあるユリアだからわかること。

 本気でヤバイんじゃない?

 歴史書はそのまま部屋に持ち帰ることにした。部屋に戻れば軽く修羅場が発生していて、目眩が起きたが、まとめて叩き出して見ないことにする。

 誰が、侍女同士を険悪にしろといったんだ。
 そこそこ楽しくお話していれば良かったのだ。

「あの人、嫌いです」

 きっぱり、ユリアは断言した。
 本を持ってきたライルが妙に嬉しそうでそれもまた微妙なんだけど。カイルなんてまたやってますねぇなんて言い出すし。

 問題児しか送り込まれないって呪っても良いよね?

 しかし、結果、久しぶりにのんびり出来たのは良い事なんだろうか。



 数日後、魔女を呼び出すことにした。
 前のつまみと酒分は借りと思ってくれていると思いたい。
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