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おうちにかえりたい編

王妃付き侍女(ジンジャー)はばらまき作戦を敢行する 前編

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 昼過ぎまでは基本的に来客はない。それがマナーである。
 例外的に破っても良いと思っている人もいるが、そんな人のコトは知ったことではない。

 がっちり完全施錠して、偽姫様を監禁し、私はシーツをいれたカゴを抱えた。その他洗濯物も入っているが、今回はこれが目的ではない。

 魔女の助言を信じたわけではないが、下級の使用人は私たちに同情的である。そこをもう少し歩み寄ってもらいたい。
 ほんのささやかでも王への不信を忍び込ませる。

 故郷から持ってきた石けんをここでばらまいてしまおうと思う。小さいけれど、花の型抜きで作ったから可愛い。
 祝いにと半年はかけて作っているので良いものだ。

「すみませーん! おそくなりましたっ!」

 洗濯場に顔を出す。洗濯場は城内でも地下にある場合が多い。地下水を使って洗濯してそのまま流すらしい。
 雪解けの時期は室内が満水になるとかで、外の川を使うと言っていた。
 堅牢な石造りで知らない人が見れば大きな地下牢かと思うほどだ。

 大小のたらいに洗濯物が山積みされている。その間を女性たちがきびきびと動き回る。
 日があるうちに多く干してしまいたいので、彼女たちの仕事は早朝から始まることが多い。

「おっそーい!」

 若い娘がぱたぱたと走ってきた。今日の担当はこの子らしい。

「姫様が、みんなにこれを渡して欲しいって出がけに言うから」

「なぁに?」

「おっかさんは、どこに?」

 この洗濯場の主である。もちろん愛称だけど、その名に恥じぬ母親振りで。
 見ているとわたしの母って……と言う気分になる。あれは自由人過ぎる。

「あっち。ジンジャーが用があるってっ!」

「なんだってーっ!」

 遠くから返答があったので手を振る。
 恰幅の良い女性だ。洗濯場は女性の職場という不文律でもあるのか女性しかいない。
 私は水をかぶらないように洗濯している人たちの間を抜けて彼女の元にいく。

「なんだい、問題でもあったのかい?」

「いえ、皆様に良くしていただいて姫様は大変お喜びです。以前が以前ですからね……」

「それは良かった」

 そう言いながら困惑しているようだった。貴人が文句をつけることはあっても褒めることはなかったようだ。裏があるのではと疑う様子さえある。
 他の娘たちも仕事をしながらも耳は傾けている。

「ええと全部で何人いらっしゃいましたっけ?」

「今は二十人。今日は休みもいるから全員はいないよ」

「では、お一つずつ受け取りください。休みの方の分は預かっていただいても?」

「これは、綺麗だね。本当に、あたいたちに?」

「ええ、お世話してくれる方にと用意してあったんです」

 渡したいほど世話になった人がいないと言っているようなものではある。彼女は苦笑して聞かなかったことにした。
 代わりにカゴから先にいくつか選んでいた。

「みんな、姫様からのねぎらいだ。ありがたくいただきな」

 おっかさんは、皆に声をかけて一時手を止めさせ石けんを受け取るように促す。見ている間にやらねば、もめ事になりかねない。

「お世話をかけます」

「いいってことよ」

 ご機嫌はよろしいようで。
 きゃあきゃあと楽しげに石けんを選んでいるのを見るのは楽しい。

 彼女たちの注意が我々にないうちにこちらの用事も済ませてしまおう。

「こちらを試していただいてもよいでしょうか」

 おっかさんに別の小瓶を渡す。

「なんだいこれは?」

「手荒れ防止のクリームです」

「高いんだろう?」

「賄賂ですね。ちょっと高級すぎる生地とか特別なものとかあるんです。指名料として受け取っていただければ」

 ふんと鼻を鳴らしながらもそれほど悪い気分ではないようだ。
 婚礼衣装とか白だから下手すると染みだらけになる。それが目立たないように染める意味もあったけど、染める気はないので気をつけたい。

「事前に言えば、開けておくよ」

「ありがとうございます」

 これで、当分は洗濯場は好意的であるだろう。選び終わったのか最初の娘さんがカゴを持ってきた。
 石けんはまだまだあるが、この先足りるかはちょっと不安だ。

「ジンジャー、今度、お兄さんの話聞かせてよねっ!」

 そんな声に曖昧に笑って部屋を出た。
 過去の惨劇を思えば、ぞっとするような言葉である。

 ……ジニーの何が乙女心をがっしりと掴むのだろうか?



 次の行き先は厨房だ。カゴにはアレもいれてある。
 弟たち秘蔵のレシピ集の写し。
 全部ではなく、一枚ずつ。

「おはようございまーす!」

 朝食の時間が終わり、今は料理人とメイドたちの食事の時間だ。
 ばらばらと返事が返ってくるくらいには知り会いが増えた。洗濯場が女の職場ならば、厨房は男の仕事場だ。
 体力勝負で大量に作ることが求められるからだろう。
 故郷でも仕上げやレシピの考案などは女性もいたが、主戦力は男性であった。

 もちろんここでも料理長は厳つい男性だった。
 初老にさしかかっているのに太い腕だと惚れ惚れする。

「故郷の料理のレシピを持ってきました。ご参考になればと思いまして」

 なんと、料理長は姫様に食事を出したいという。今までは私が作って私が食べていた。これは変則的である意味あり得ないことだった。
 そもそも食事来なかったし。
 しかし、料理長は食事を作っていたし、出したとしている。
 その先の運ぶ段階でやられていたようだ。

 その事実に二人で行き当たったときにがっしりと握手した。

 食事を蔑ろにするヤツは落とし前をつける。双方の合意がとれた。

 双方で、調査してはわかれば報告しあうことになっている。物わかりの良い脳き……話のわかる御仁で良かった。

 結構、私も頭に来てたからちょうど良い。

 そんな感じで友好を深めている。

「弟君がプリンが大好きで、これらは中々すごいですよ」

 プリンを押しておく。さすがに軽い調理はできてもデザートまでは作れない。
 ふむふむと見ているが返答がない。没頭するタイプか。

 副料理長を捕まえて、傷薬の入っている箱を押しつける。

「やけども切り傷も多いと聞きます。姫様が是非使ってくださいと」

「え、いいんですか?」

「護衛騎士がつけば使うあてもあるんですけどね」

「ははは」

 笑ってごまかされた。
 メイド長は……逃げようとしている。中間管理職はツライよね。痩せてるものね。胃薬の差し入れは有効かしら。
 しかし、とっつかまえますけどね。

「うーん。怨まれますよ?」

「え、ええっ!?」

 無言でカゴの中の大量の石けんを見せる。

「一人一つ。上級メイドに見つからないように。余ったら、褒美に使ってください」

 それを見ていたメイドたちはきゃーっと盛り上がっている。
 別に用意していた袋に入れ直し、メイド長に渡す。

 そんなことをしていたら。

「食べ終わってからやれっ!」

 ようやく現世に戻ってきた料理長の怒鳴り声が響き渡る。

 いやぁ、楽しい。

 ……本当は、最初からこうだと良かったんだけど。

 料理長にくどくどと文句を言われてたので、今度砥石を持ってくると言えばご機嫌になった。

 ちょろい。

 今度試食会するから来いとお誘いを受けてから厨房を出る。

 カゴにはまだ色々残っているけど、一度帰ろう。
 廊下をぷらぷらとご機嫌に油断して歩いていた。
 もう一度言おう、ご機嫌に油断して歩いていた。

 王弟殿下に出会った。
 王族が行くような場所はこの先にはないはずだ。油断していたとしか言いようがない。

 今日も眼鏡が素敵ですね。と現実逃避したくなった。

 彼にはジンジャーでは一度もあったことがない。
 黙って頭を下げて、廊下の端による。

 さらにまずいことにウィルも後ろに控えている。
 両手を覆って最悪だと呟きたくなった。

 ぴたりと目の前で足を止めたのがわかった。

「彼女は?」

「殿下、妃殿下の侍女殿、だと思います。私もあったことがないんですが」

「はい。ジンジャーと申します」

 顔を上げないで答える。

「私から言うべきではないだろうが、姫君を頼む」

「はい」

 ほんと、それなー。
 ちょっとあの陛下なんとかしてよ。少しで良いからさ。なにも調査できないし、準備出来ないじゃないか。
 文句も泣き言も山ほどあるよ。

 言えないけど。

 幸い、眼鏡はそれだけで立ち去ってくれた。

 私が顔を上げれば、振り返ったウィルが手を振った。
 ……顔、確認しやがった。
 やっぱりさっさと排除したほうがいいかな?

 ぼんやりとした顔で手を振り返した。

 ハニートラップで心折ると言う手もなくもない。
 いやいや、恋愛は私にとって鬼門だ。物理で排除しよう。
 恋には懲りた。

 隙を狙って弱体化の毒でも仕込もう。
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