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おうちにかえりたい編

異国の騎士(ジニー)は魔女と出会う。前編

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「お断りします」

 私は、今日で通算十回目くらいの断り文句を口にした。

 ……男装して、自分の部屋の扉を守る自分が何をやっているのか時々わからなくなる。
 さて、国王というのは暇なのかもしれない。
 夜ごと私の部屋にやってくる。

 つまり今日で十日目。

 愛人どうしたの?
 彼女のご機嫌が日に日に悪くなってきているのは噂で聞く。
 その噂はジンジャーとして入手した。無事王妃様付きと認識され、あちこち日用品も手に入るようになった。

 それはさておき、この野郎をどうしようか。
 自然と視線を下げることになるが別に悪意はない……と思う。

 初夜?
 もちろん鍵かけてこもりました。寝室にも鍵がなかったので、鎖と縄、U字の鉄の棒で簡易的につけました。
 壁に穴? 開けましたが何か?

「夫が妻に会うことに理由が必要か?」

「姫が断っているのです。同意なきことを強要するのはいかがなものでしょうか」

 80点と悶絶された薄笑いを浮かべる。死ぬ、格好いいといわれた過去が私の気分を急降下させる。

「不敬だぞ」

「何度も申し上げますが、私は、姫のお言葉をお伝えしているだけですので」

 メッセンジャーに難癖つけないでほしい。
 まあ、どちらも私なのだが。
 国王陛下もお一人で来ていただければいれるのも考えるんだけど、護衛をぞろぞろ連れてましてね。
 一人なら薬でも盛って、寝ていただいて、翌日しくしく泣いておこうと思う。
 面倒だけど別の布に血をつけて置いたので偽装はできる。

 まあ、一人いれても力ずくで迫られる可能性もなくはない、か?
 国王様を上から下までじっと見て見るが、あまり強そうには見えない。あの眼鏡の方がよっぽど強そうだ。

「本人に会わせろ」

「繰り返しますが、太陽が昇っている間においでください」

 この押し問答も飽きてきた。
 なぜか、夜にしかやってこない。昼間は愛人様べったりなのかと言えばそうでもなく、執務を行っているらしい。
 と近衛兵たちがいっていた。困っているけれど、嫌われるまではいっていない。

 国王陛下は苛立っているようだけど、ジニーをどうにかすることは出来ない。
 ジニーはこの国に所属していない扱いなので、何かしたら国同士の問題になる。それもあって組み込みたいらしいが、眼鏡が断っていると聞いた。
 なにも見えていない、ってわけでもないんだよね。あの人。

 にらみ合いのようになっているけど、私、そんなに目力強いかな。
 余裕の笑みの方が良いか?
 口元だけで笑むと良いらしい?

「ちっ。行くぞ」

 今日もお帰りいただいて安心して寝れそう。
 最近、ベッドで寝てないんだけどさ。

 部屋は結局移動していない。あまり人目がないところの方が落ち着くと主張した。
 実際は監視されるのを避けたいため。出入りもしやすいし。

 ジンジャーは姫様と同室で寝ている設定。
 ジニーはこの客間でソファで寝ていることになっている。結果、寝室は使わなくなる。あちらには毛布で寝ている風にしてある。

 窓を破られたらおしまいなんだけど、内側から木の板をつけ、かんぬきもかけているので簡単には開かない。
 開いたとしたら相当音が鳴るはずだ。

 逆に心配なのは、ジニー狙いのお嬢様たちだったりするんだ。
 朝起きたら乗っかられてたとかないよな。
 心配になってくる。

 三番目の兄様(ジュリアンにいさま)に知られたら嬉々として台本を送りつけて来そうな場面ではある。芝居狂いが高じての女装であるからして。
 当時、女性役が不足して仕方ないと自ら志願してやっているあたり病気だ。

 そして、それに嵌って女装趣味となったのでやっぱり病気だ。

「ああ。しんどい」

 庭に繋がる扉を開けて少しだけ外に出る。3歩くらいで過ぎる外廊下からさらに庭に降りる階段がある。
 階段に座って外を見る。

 青い月が出ている。
 黄色の月は今日は出ない。

 黒の惑う月は早朝に見た。

 それぞれが別の神の化身といわれている。

 青の月の夜は、全てが青く見えて海の底のようだと言っていたのは誰だったか。

 夜に出歩くのは危険ではあるが、少々の気晴らしも必要ではないかと言い訳をする。
 室内に戻り、部屋に入れないように自作の鍵をかける。

 空のグラスに飲みかけの酒瓶。つまみは何がよいか。
 干し鱈なんて歯ごたえ満点だ。

「不良ね」

 姉様たちならくすくす笑って、自分の分も用意したに違いない。

 裏庭では都合良く、東屋を見つけた。
 先客は猫が一匹。にゃあと鳴いた。

「誰の使い?」

 気まぐれに問う。
 黒猫は使い魔の色。
 違う猫もいるけど、希少だ。

 猫はにゃあとカゴに頭を突っ込んだ。……まあ、期待はしないでおこう。

「運が良かったね。干しただけの鱈で」

 激辛と少し迷ったのだ。辛い方が保存が利くとか言ってたと思って戻した。
 一本渡してやると嬉しそうに逃げていった。城では猫を飼うことが多い。ネズミを存分に狩るようにエサはほとんど用意されていなかった。
 狩りの下手な猫は可哀想なくらい痩せることもある。餌付けをして怒られたこともあったっけ。

 そして、下の弟妹も同じ事をして。

 思い出しては心の底がぞわりと蠢く気がした。

 ああ、私は、寂しいのだ。

「情けない」

 ぱちんと両頬を叩く。
 海の底のような夜が、懐かしい。

 兄弟がそろって、夜のピクニックと楽しんで行進したあの日。

 二度と戻れない日。

 兄弟たちに胸を張って会えるように、立ち上がらないと。

「やあ」

 ……まあ、そろそろ、誰か来るんじゃないかと思ったんだ。
 私を引き留めている間に、部屋に侵入されると困った事になる。
 振り返った私は固まってしまった。
 本気で一度もあったことのない人だった。

「どちらさまですか?」

「我が猫におやつをどうも。それでね、礼を言いにきたんだ。お、良い酒だね。うんうん、ご相伴にあずかろう」

 ……おい。
 勝手に座るな。勝手に注ぐな。
 こんな勝手な生き物はアレしかいない。理を外れたモノ。

「魔女」

「いえーす。飲んだくれとよく言われるけどね」

 軽い調子で、言って一気に飲み干す。
 彼女は、ご機嫌だ。

「迷える子羊に良い事をお教えしよう!」

「結構です」

「飲み代だからさーびすさーびす」

 どうして、魔法使いも魔女も人の話を聞かないのか。
 世捨て人のように表舞台には全く出てこないくせに、なにかあると出てくる。

「使用人から潰していった方が良い。軍部はちょっと難しいな。三番目(トレース)が許さない」

「本気で、誰なんです?」

「二番目(ドゥオ)。滅びを望むほどの、何かがあるのだよ。この地には」

 澄ました顔で、二敗目を注いでいる。
 まあ、確かに王弟は三番目(トレース)と名乗った。

「ご用があれば、青い月の日に」

 わざとらしく一礼し姿を消す。
 彼女は干し鱈をいれていた皿を持っていった。

 酒瓶もない。

 魔女の技には種も仕掛けもある。何もないところから有を作り出すわけではなかった。
 この世と別の世を渡り歩いている。
 隙間に体をいれて移動するのだと姉たちの旦那様は言っていた。

 人がやれば裏返しのバラバラだから、人外は人外だよねと人の良さそうな細い眼のまま笑っていた。

 ……あれは偉大な魔法使いの冗談だったのかと微妙な気持ちにさせる。

「あとで返してくださいね」

 おっけー!
 遠くで声がした。

 酔っぱらいも出来ず、つまみも持って行かれ、空のグラスを持って帰って。一体何をしに庭に出たのか。

 魔女と知り合った。

 しかも、王家関連。

 きな臭いどころじゃない。

 私はそれらを放り投げてふて寝することにした。昼まで寝過ごしてやると決意しながら。



 今日も一番鶏は元気だった。

「いやいや、今日は寝る」

 毛布をもう一度かぶる。
 しかし、遠くからきゃあきゃあとした声が聞こえてきた。……まずい。

 着替えしてジンジャーに変わってって間に合わない。

「ジニー様?」

 最初に必ずそう聞くんだ。
 ああ、もう、なんだか嫌になってきた。

「やあ、おはよう」

 けだるそうな表情で、扉を開ける。
 今日は二人。

「おはようございます」

 はきはきと、でも、早朝なので控えめに挨拶してくれる。設定上、姫様はまだ寝ていることになっているので、出来るだけ静かにしようという気持ちが嬉しい。

 朝食の材料を乗せたワゴンと朝の支度用の水や洗濯済みの服、シーツなどを乗せたワゴンの二つ。
 若い子の方が重そうだから手伝ってあげようかな。

「そ、そんなっ」

「いいの、いいの」

 ばちりとウィンクをしてあげる。
 ……時々冷静になると穴に埋まりたくなる。

 いつもはジンジャーがツンツン対応しているから、たまには、ね。

「お、お疲れなのですか」

 ジニーはいつもはこの時間はいないことになっている。わりときっちりとした格好を好むようにしているので、寝起きは珍しい以外のなにものでもないか。

「ん、陛下も懲りないって言うか。昼においでって姫様もいってるのに、ねぇ?」

 困ったように言えば、彼女たち困り顔になる。まあ、さすがに国王陛下の苦情は言えないよね。
 追従しないくらいの良識はあると。

 末端は、問題ない。厨房も洗濯場もそれなりには同情的だ。領分を越えて何かしてくれるわけではないが、不利益は被らない。

 メイドも下っ端と言っては悪いが、日頃は人前に出ない者たちの方が良くしてくれる。庭師は食べれる木の実や野草を取っても見逃してくれるし、場合によっては黙っててもカゴを寄越したりする。

 来客対応でもするような上級メイド、侍女などあたりから最悪になる。ごく一部ジニーにご執心らしいが、仕事はしないから最悪評価は覆らない。
 その辺りの男の使用人にはほとんど会わないので彼らが何を考えているのかはわからない。

 騎士や兵士などは基本的に礼儀正しい無関心を装ってくれる。お互い不干渉となるのは仕方ないことだ。

 部屋の中にワゴンを入れて、何か手伝う事はないかと聞かれる。
 これはジンジャー相手でも同じ。
 熱心度が違うのは可愛いものと目をつぶろう。

「いつもありがとう。大丈夫だよ」

 控えめに笑う。20点。ぜんぜっぜん控えてませんわっ! あ、でも、もう一回、とか言われた。
 ……しかし、私の教育者が兄嫁様たちだったのは何か間違いだったんじゃないかと思うときがある。

 二人とも真っ赤になってばたばたと逃げて行かれた。
 反省する。
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