上 下
5 / 135
おうちにかえりたい編

姫様はお嫁に行きたかった(過去形) 後編

しおりを挟む
 注意して部屋に戻る。今日は誰もいないようだ。
 今日は普段着に着替えることにする。いつも民族衣装は着ない。シャツとワンピースを着て、腰帯を結ぶ。結び方は色々あるが、一人で出来るリボン型にする。
 スカート丈は膝のすぐ下で、国によってははしたないと言われるが、誰も来ないのだから気にすることもない。
 絹織りの靴下と靴を室内用に替えて、キッチンにこもる。

 辛うじて機能しているしていることは確認してある。水が飲めなかったらさすがにツライ。さらに良いことにお湯を沸かす事も出来る。
 お茶の缶と茶器を発掘したのは夜も遅くだったので、今から飲むのが楽しみだ。

 二番目の兄様のお嫁さんがお茶狂いで、開発に心血を注いでいたので今では立派な輸出品だ。香草茶のブレンドは神懸かっている。
 落ち着きたい時用と辛うじて読める文字が貼っている缶を開ければ、懐かしい匂いがした。

 うーん。
 祖国を発って一ヶ月。
 正式に嫁ぐ1日前。

 小部屋でもそもそとパンをかじりながらお茶をいれるハメになるとは。

「早く潰そう」

 この国が役に立つとは思えないけれど、北方の魔王への壁くらいにはなるだろう。未だ眠りの中とは言え、いつ目覚めるかわからない。
 少なくとも兄様は、警戒している。

 生きている間に起きないと思うけど、念のためと。

 もし起きたら口説いてと冗談を言われたけど。
 意外なほど真顔だったので、確認するのも恐くて笑って流したけど。
 ……冗談だよね?

 魔王を口説くほど命知らずではない。
 北方の魔王はどの書物にも記録にも歴史書にも美しいと書かれている。敵という事情を差し引いても書かねばいけないと思うほどの美しさとは一体と思う。

 ソレのことを記憶の彼方に放ることにして。
 今は、巣をつくることだろうか。衣食住全部足りない。使用人の格好をして、紛れ込んで生活しても良いけど、洗濯場とかだと手の荒れが隠しきれない。
 綺麗な手ではないけど、手入れをしてきたから使用人とは思えない手だ。
 剣を振ってきたタコもできている。

 兵舎に入り浸るのが一番楽なんだけど。
 しばらく出入りは出来そうにない。お昼どうするかね。
 ちらとキッチンの隅に積んである箱を見る。非常食キットが役に立つ日が来るとは。

 キッチンに道具を片付けて、部屋に戻ればちょっと荒れていた。

「んー?」

 物の積み方に違和感がある。誰かが家捜しでもしたのかしら。
 寝室に人の気配がする。いることを隠そうとしないごそごそとした音がするからすぐにわかるというか。

 こんな事もあろうかと。
 といって用意してくれた鉄の棒を片手に部屋の扉を開ける。

「主人の許しなく部屋に入ることは禁じられているのでは?」

 また、あなたですか。
 侍女頭の人。巻き毛、でいいか。
 積極的に婚姻を潰したい派なのだろうか。少なくともその派閥にそそのかされてはいる。
 そうでなければ、異国とは言え王族にたてつく真似はしない。その程度の教育はされているだろう。あの王弟殿下にはそれなりに対応しているのだから。

「あなたの主人は今どこにいるのですか」

 首をかしげる。つまりは、また、勘違いされたのでしょうか。化粧してなかったなぁそう言えばと気がつく。

「名前は」

「ジンジャーです」

 ヴァージニアの愛称である。キャロットというあだ名もあるにはあるんだけど、小さい頃の兄弟間の呼び名でして。
 つまりは、私は赤毛。ひょろりとしたヤツの姿を見る度に何とも言えない気分で、食べられない物になっている。親近感というか同族というか。共食いと言われたことが地味に響いている。

「気まぐれな主人をちゃんと捕まえておきなさい」

 ……ええと。
 私、一人で来たと伝わってないのかしら。本気でどうでも良いと思っているか、陰謀か。
 ここから根本までたどり着くまで時間かかりそう。

 探偵ごっこも暇つぶしにはなるかも。

「なんのご用ですか」

「明日の衣装を用意するように伝えなさい」

 明日って、結婚式でしたっけ。
 平服で良くないですか。
 誰も見ないんでしょ?

 とは口答えしない。
 ただ、頭を下げた。

 この程度には愚かな方がやりやすい。巻き毛のこれが演技だとすれば是非ともお仲間にしたいが、どうだろうか。

「全く、この程度、片付けられないの」

 本当に同感だわ。

 頭を下げたまま見送る。
 部屋の中は荒らされた風ではないが、衣装箱が開いている。
 きちんと直した風ではあるけど、いくつか足りないものがあった。宝飾品とされる箱に挟んだ布が落ちている。

 ガラス玉と兄様が言う物は結構綺麗だ。わざと泡を増やした青ガラス玉の髪留め。透明な小さなガラス玉を並べた首飾り。蝶をかたどった帯留め。
 どれも祖国では王族なら日常品。国民ならちょっと気取ったお出かけで着用するくらいのものだ。
 指輪などは壊れやすいからと使ったことはない。

 しかし、支度品には含まれていた指輪。大きな青と赤のガラスを混ぜたちょっと趣味の悪いやつ。
 それがない。

「兄様が本気で、滅ぼす気になる前にやめればよいけど」

 あれ売ったらヤバイ物だ。危機になったら、売れと持たされたものの一つだ。指定商人に話を通してあると。
 救難を伝える青と赤の組み合わせ。他にもいくつかあるけど、一番目立つのを持っていったようだ。
 他のモノもちょっと隠しておこう。さすがに家捜しされるとは思っていなかった。人が部屋にいるというのに全く気がつかないとは。

 キッチンが気になりドアや壁を確認してみる。
 ドアはそれほど分厚くはないが、壁があやしい。

「……ああ、そうか。壁が特別厚い」

 キッチンは使用人が使うことになり、居室での話を聞かれては困るから防音している。今後は気をつけないと。

 本物の宝石たちはベッドの下に保管している。
 まさか、そこまでしないだろうと思っていたけど、念のため。同様に婚礼衣装も隠していた。
 それらは何事もなかったから良かったと思えばいいのか。

 ベッドと言えば、朝起きたままだった。ぐっちゃぐちゃのまま。こんなところだけお姫様育ちだと嘆かれる悪癖だ。

 仕方なく直す。交換用のシーツを確保してからでなければ洗濯にも出せない。
 マットレスも定期的に干さないと問題はある。

 もうさっさと人員の追加を要請した方がいい気がする。揉めるか? 揉めるな。迅速に誰かがやってくることはない。
 ついでにぶん投げた最近の過去がやってくる。

 憂鬱という言葉では生ぬるいそれ。

 ……。
 うん、とりあえず使用人の方の食堂にいこう。しれっと食事に混ざろう。そういうのは得意だ。

 過去のコトはどこかに放り投げる方が良い。今は誰も知らないんだから。

 食堂ではお昼のみではなく、夕食もしっかりごちそうになり私自身のうわさ話もきいてしまった。

 推定旦那様のお膝にいた方は運命の人というらしい。
 神託を下されて、現れた娘。

 それを引き裂くように無理矢理押し込まれた結婚。
 なるほど、それはそれは冷遇されるでしょうね。

 数個くらい国を挟んだところの生まれ。本来は旅などするわけもない都市の住人であり、急にここにきたという。
 これが半年前のことだと聞けば、納得がいく。その話が広がったのは、この一ヶ月くらい。
 すてきねぇと盛り上がっているところに異国の姫が嫁ぐとかあり得ない。

 兄様が知っていたかはぎりぎりのところだろうか。少なくとも知って、私に情報を伝えるには時間が足りない。

 あちこちに行った兄弟たちの顔を見てからこの国に入ったので、随時移動であり捕まえるのは難しい。

 この国から半年よりも前に結婚の打診をし、兄様は半年前くらいに返事をした。
 おそらく使者は知らず、断ることも出来ず、現状に至る。

 それ、本当に神様なのと言いたくなるほどの間の悪さ。

 兄様が嘯いていた邪神の加護ってマジなのかも。

 まあ、冗談はさておき。

 最初から愛人を潰しに行くのは無理だ。どこから付け込んで行けばよいかな。
 楽しくなってきた。

 ……のに、ジニーという名のイケメンがいるとかいう噂も聞いてへこんだりもしたのだった……。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

家族に無能と追放された冒険者、実は街に出たら【万能チート】すぎた、理由は家族がチート集団だったから

ハーーナ殿下
ファンタジー
 冒険者を夢見る少年ハリトは、幼い時から『無能』と言われながら厳しい家族に鍛えられてきた。無能な自分は、このままではダメになってしまう。一人前の冒険者なるために、思い切って家出。辺境の都市国家に向かう。  だが少年は自覚していなかった。家族は【天才魔道具士】の父、【聖女】の母、【剣聖】の姉、【大魔導士】の兄、【元勇者】の祖父、【元魔王】の祖母で、自分が彼らの万能の才能を受け継いでいたことを。  これは自分が無能だと勘違いしていた少年が、滅亡寸前の小国を冒険者として助け、今までの努力が実り、市民や冒険者仲間、騎士、大商人や貴族、王女たちに認められ、大活躍していく逆転劇である。

噂の醜女とは私の事です〜蔑まれた令嬢は、その身に秘められた規格外の魔力で呪われた運命を打ち砕く〜

秘密 (秘翠ミツキ)
ファンタジー
*『ねぇ、姉さん。姉さんの心臓を僕に頂戴』 ◆◆◆ *『お姉様って、本当に醜いわ』 幼い頃、妹を庇い代わりに呪いを受けたフィオナだがその妹にすら蔑まれて……。 ◆◆◆ 侯爵令嬢であるフィオナは、幼い頃妹を庇い魔女の呪いなるものをその身に受けた。美しかった顔は、その半分以上を覆う程のアザが出来て醜い顔に変わった。家族や周囲から醜女と呼ばれ、庇った妹にすら「お姉様って、本当に醜いわね」と嘲笑われ、母からはみっともないからと仮面をつける様に言われる。 こんな顔じゃ結婚は望めないと、フィオナは一人で生きれる様にひたすらに勉学に励む。白塗りで赤く塗られた唇が一際目立つ仮面を被り、白い目を向けられながらも学院に通う日々。 そんな中、ある青年と知り合い恋に落ちて婚約まで結ぶが……フィオナの素顔を見た彼は「ごめん、やっぱり無理だ……」そう言って婚約破棄をし去って行った。 それから社交界ではフィオナの素顔で話題は持ちきりになり、仮面の下を見たいが為だけに次から次へと婚約を申し込む者達が後を経たない。そして仮面の下を見た男達は直ぐに婚約破棄をし去って行く。それが今社交界での流行りであり、暇な貴族達の遊びだった……。

デッドエンド済み負け犬令嬢、隣国で冒険者にジョブチェンジします

古森真朝
ファンタジー
 乙女ゲームなのに、大河ドラマも真っ青の重厚シナリオが話題の『エトワール・クロニクル』(通称エトクロ)。友人から勧められてあっさりハマった『わたし』は、気の毒すぎるライバル令嬢が救われるエンディングを探して延々とやり込みを続けていた……が、なぜか気が付いたらキャラクター本人に憑依トリップしてしまう。  しかも時間軸は、ライバルが婚約破棄&追放&死亡というエンディングを迎えた後。馬車ごと崖から落ちたところを、たまたま通りがかった冒険者たちに助けられたらしい。家なし、資金なし、ついでに得意だったはずの魔法はほぼすべて使用不可能。そんな状況を見かねた若手冒険者チームのリーダー・ショウに勧められ、ひとまず名前をイブマリーと改めて近くの町まで行ってみることになる。  しかしそんな中、道すがらに出くわしたモンスターとの戦闘にて、唯一残っていた生得魔法【ギフト】が思いがけない万能っぷりを発揮。ついでに神話級のレア幻獣になつかれたり、解けないはずの呪いを解いてしまったりと珍道中を続ける中、追放されてきた実家の方から何やら陰謀の気配が漂ってきて――  「もうわたし、理不尽はコリゴリだから! 楽しい余生のジャマするんなら、覚悟してもらいましょうか!!」  長すぎる余生、というか異世界ライフを、自由に楽しく過ごせるか。元・負け犬令嬢第二の人生の幕が、いま切って落とされた! ※エブリスタ様、カクヨム様、小説になろう様で並行連載中です。皆様の応援のおかげで第一部を書き切り、第二部に突入いたしました!  引き続き楽しんでいただけるように努力してまいりますので、どうぞよろしくお願いいたします!

愛されない皇妃~最強の母になります!~

椿蛍
ファンタジー
愛されない皇妃『ユリアナ』 やがて、皇帝に愛される寵妃『クリスティナ』にすべてを奪われる運命にある。 夫も子どもも――そして、皇妃の地位。 最後は嫉妬に狂いクリスティナを殺そうとした罪によって処刑されてしまう。 けれど、そこからが問題だ。 皇帝一家は人々を虐げ、『悪逆皇帝一家』と呼ばれるようになる。 そして、最後は大魔女に悪い皇帝一家が討伐されて終わるのだけど…… 皇帝一家を倒した大魔女。 大魔女の私が、皇妃になるなんて、どういうこと!? ※表紙は作成者様からお借りしてます。 ※他サイト様に掲載しております。

追放された薬師でしたが、特に気にもしていません 

志位斗 茂家波
ファンタジー
ある日、自身が所属していた冒険者パーティを追い出された薬師のメディ。 まぁ、どうでもいいので特に気にもせずに、会うつもりもないので別の国へ向かってしまった。 だが、密かに彼女を大事にしていた人たちの逆鱗に触れてしまったようであった‥‥‥ たまにやりたくなる短編。 ちょっと連載作品 「拾ったメイドゴーレムによって、いつの間にか色々されていた ~何このメイド、ちょっと怖い~」に登場している方が登場したりしますが、どうぞ読んでみてください。

姉妹差別の末路

京佳
ファンタジー
粗末に扱われる姉と蝶よ花よと大切に愛される妹。同じ親から産まれたのにまるで真逆の姉妹。見捨てられた姉はひとり静かに家を出た。妹が不治の病?私がドナーに適応?喜んでお断り致します! 妹嫌悪。ゆるゆる設定 ※初期に書いた物を手直し再投稿&その後も追記済

子育て失敗の尻拭いは婚約者の務めではございません。

章槻雅希
ファンタジー
学院の卒業パーティで王太子は婚約者を断罪し、婚約破棄した。 真実の愛に目覚めた王太子が愛しい平民の少女を守るために断行した愚行。 破棄された令嬢は何も反論せずに退場する。彼女は疲れ切っていた。 そして一週間後、令嬢は国王に呼び出される。 けれど、その時すでにこの王国には終焉が訪れていた。 タグに「ざまぁ」を入れてはいますが、これざまぁというには重いかな……。 小説家になろう様にも投稿。

【完結】精霊に選ばれなかった私は…

まりぃべる
ファンタジー
ここダロックフェイ国では、5歳になると精霊の森へ行く。精霊に選んでもらえれば、将来有望だ。 しかし、キャロル=マフェソン辺境伯爵令嬢は、精霊に選んでもらえなかった。 選ばれた者は、王立学院で将来国の為になるべく通う。 選ばれなかった者は、教会の学校で一般教養を学ぶ。 貴族なら、より高い地位を狙うのがステータスであるが…? ☆世界観は、緩いですのでそこのところご理解のうえ、お読み下さるとありがたいです。

処理中です...