異世界転生した僕、実は悪役お兄様に溺愛されてたようです

野良猫のらん

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第五十二話 大事な話

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 一年と九ヶ月目。
 二回目の年跨ぎを終え、僕たちは二十歳と十八歳になった。
 この間に三回目のフロアボス討伐があったが、序盤のゾンビフェニックス戦をも犠牲者ゼロで終えた僕たちには、三回目のフロアボス討伐などチョチョイのちょいで楽勝だった。
 後は春に行われる式を挙げれば、ロベールと僕は正式な夫夫ふうふである。

 あと、いつの間にか村では『月光の君の恋愛譚』という名でロベールと僕の恋物語の歌が大流行りしていた。
 僕が言った覚えのない言葉で告白をしたことになっていたりするとんでも恋愛歌が酒場などで日夜流れているそうだ。
 どこにどう尾鰭が付いてそんなことになってしまったのだろうか。謎だ……。
 これも村に旅芸人や吟遊詩人がしょっちゅう来るようになった影響だろうか。

 そんなある晩。
 二人だけで話がしたい、とロベールの寝室に呼び出された。
 遂に僕がロベールに食べられちゃう時が来たのか、とは思わない。
 何故ならロベールの顔色が深刻なものだったから。

 寝室に行くと、人払いがされていた。

「母上から結婚について連絡が来た」

 ロベールはそう切り出した。

「まさか、僕たちの結婚が許されなかったの!?」

 彼の顔色から最悪の想像をした。

「いいやそうではない。だが条件を出された」
「条件?」

 悪い予感がした。

「ああ。結婚するならばアンを婿入りさせること。そうしてクラウセン家の最後の一人を吸収することで、クラウセン家を滅ぼすことができる。そうすれば保護期間の十年など無視してこの村をナルセンティアの物にできる。そうすれば今まで通りこの地を私が治めればいいと言われた」
「そ、それって……」
「今までの生活は何も変わらない。だがそれでも、形式上は……クラウセン家は滅びることになる」

 何それ。
 そんなの、僕全然平気だよ。

 そう言おうとしたはずなのに、言葉が出なかった。
 カタカタと身体が震えている。

 父や母や姉が殺された瞬間がフラッシュバックする。
 そんなの、前世の記憶を思い出してからというものすっかり忘れていたものだったはずなのに。
 当時の憎悪が蘇る。
 目の前の相手に縋り付きたいはずなのに、その相手が憎い男だ。

「あ、あ……」

 どうすればいいか分からなくなった僕は、椅子から立ち上がると弾けるように部屋を飛び出した。

「アン!」

 上着も羽織らずに城から飛び出し外に出る。
 どこに行けばいいのか、まったく考えが浮かばなかった。
 僕は足が動くままに走り、とにかく人のいない方へと向かう。
 僕は闇雲に森の中をひた走った。

 足の下でザクザクと積もった雪が音を立てる。

 ぐるぐるとどす黒い想いが胸の中で渦巻いているのが苦しい。
 こんなもの、捨ててしまいたい。
 いや、だからこそ一度は捨てたのだ。

 前世の記憶を取り戻した瞬間、赤の他人の魂が僕の身体に憑依して乗っ取ってしまったわけではない。
 ただ単に前世で生きてきた記憶を取り戻し、そして僕は僕のままだったというだけだ。
 それでも僕は前世の記憶に現実逃避した。
 こんな酷い世界のことなんかゲーム扱いして攻略してやろうと思った。

 なのに、なり切れなかった。
 僕は非情にこの世界をゲーム扱いし続けることができなかった。
 僕は僕に戻ってしまった。
 それは憎悪が舞い戻ってくることを意味している。
 愛しい兄が一族の仇に名を連ねているだなんてそんな事実、思い出したくなかったのに。

 このままロベールと結婚してナルセンティアの一族に加わる? そんなの、死んだ一族が許してくれるだろうか。

 復讐、したい。
 一族を滅ぼされたのだから、僕が滅ぼし返さねば一体誰が復讐を遂行してくれるというのか。

 いや、復讐なんかしたくない。
 僕はこのままロベールとこの村で幸せに暮らしていたい。

「あ、あうぅ……ッ!」

 僕は訳も分からず自分の腕に噛みついた。
 この衝動をどこにぶつければいいか分からなかった。

「アンッ!」

 後ろから声が追ってくる。
 ロベールに追い付かれたのだ。
 雪に刻まれた足跡を追ってきたのだろうか。

「良かった、アン。夜の森は危険だ。寒いだろう、ほらもう帰ろう」

 彼は僕の姿を見つけた途端安堵の表情を浮かべた。
 僕は、僕に手を伸ばしてくれる彼に咄嗟に噛み付くような視線を送ってしまった。

「ッ!」

 彼が息を呑む。
 僕の視線に憎悪が篭もっていることがありありと見て取れただろう。

 ロベールとの関係もこれまでか、と悲しくなる。
 ゲームの中のロベールは主人公からの憎悪に耐え切れずに早々にナルセンティアへと逃げ帰ってしまうのだ。
 このロベールも僕の中に憎悪が残っていると知ってしまった以上はもう僕のことを愛してくれないだろう。

 なのに彼は、

「アン……!」

 僕の身体を強く抱擁した。
 抱き締めてくれたのだった。

「ロベール……?」
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