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第五十三話 両親への挨拶(前編)

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 ぼくとシルヴェストルお兄様だけで、勝手に婚約を取り交わすことはできない。
 当然ながら、親の許可が必要になる。

 なので、ぼくらは三日後に父と母……ぼくのお母様に挨拶に行くことになった。

「シルヴェストルおにいちゃまのおかあしゃまには、あいさつしなくていいの?」
 
 ぼくはお兄様を見上げて、尋ねた。

「そちらは後回しでいい。許可されるに決まっているからな」
「ほえ?」
「この国に王子は今のところ、二人しかいない。もう一人がオレと婚約するんだったら、オレが王になると決まったようなものだ」
「あ、そっか」

 ローズリーヌ派閥としては、ぼくとお兄様が婚約することに損はないのだ。

 ちなみに三人目の王子は、将来的には生まれるはずだ。
 ゲームの主人公だ。
 主人公はリュカが悪の皇帝になった後にやっと十代後半の少年だから、生まれるのはまだまだずっと先のことだけれど。

「だからオレたちが婚約する上で障害となるのは、セレノスティーレ王妃殿下だ」

 お母様が、ラスボス……!
 はたして、婚約を納得してもらえるのだろうか。

 三日後になった。
 ステラにふわふわの髪を丹念に梳かしてもらい、ぼくは着飾った。
 
 コンコン、と扉が叩かれ、シルヴェストルお兄様が迎えに来てくれたのを知る。
 ステラが扉を開いてくれると、やはりそこにお兄様がいた。

「うわあ……!」

 視界に入ったお兄様の姿に、ぼくは歓声を上げた。

 とてもカッコよく着飾っていたからだ。
 真っ赤な髪は今日はオールバックに撫でつけられていて、服装は白を基調としてまとめられていた。挨拶に行くだけなのに、まるでもう新郎になったみたいだ。
 お兄様との結婚式をつい連想してしまい、ほっぺが赤くなるのを感じた。

「おにいちゃま、カッコいい!」
「少しでも印象を良くせねばならないからな。リュカの目にもカッコよく見えるならば、嬉しいかぎりだ」

 くすりと柔らかく微笑む様すら、いつもの五割増しでカッコよく見えてしまう。
 ぼく、目がおかしくなっちゃったのかな……?

「さあ、行こう」

 差し出された手を、ドギマギとしながら握った。
 今日のお兄様は、手にも白手袋をつけている。手汗が出ちゃうかもしれないから、今日はお兄様が手袋をつけてくれてて助かったなと思ったのだった。

 シルヴェストルお兄様と手を繋ぎ、ぼくらが向かうのは……謁見の間だ。

 謁見の間の前に辿り着き、ステラら側仕えが重々しい扉をゆっくりと開いていく。
 開かれた先の広い空間に、国王と王妃が鎮座していた。

 金髪碧眼の正妃、ぼくのお母様と……栗色の巻き毛をした厳めしい顔つきの壮年の男。ぼくのお父様だ。

 シルヴェストルお兄様とぼくは、共に二人の前に跪いて、頭を垂れた。

「面を上げよ」

 記憶にあるかぎりは初めて聞く、父親の声だった。
 これが「話し始めていいよ」という合図だと、リュカは予習していた。
 ぼくらは顔を上げ、打ち合わせ通りシルヴェストルお兄様が話し出した。

「国王陛下、王妃殿下。今日お時間をいただいたのは、他でもありません……」
「婚約のことであろう、聞いておる」

 お兄様の言葉を遮って喋り出したのは、父だった。

「は……?」
「仰々しい前置きなどいらぬ。さっさと婚約を欲する目的を話すがいい」

 いきなり出鼻を挫かれたお兄様の顔には、焦りが浮かんでいる。

 事前に聞いていた話と違う。
 そりゃ王様に謁見するとなれば、話の内容くらい事前に連絡するから、婚約のお願いに来たということは王様だって知っているだろう。
 けれども、「息子さんをください!」の下りはしなきゃいけないはずじゃん。
 それをまさかスキップされるなんて。

 お兄様の顔には、冷や汗が浮かんでいた。

「おにいちゃま、だいじょぶだよ。おちついて」

 ぼくはそっと囁いた。
 お兄様はまっすぐ前を向いたまま、はっと目を見開いた。それから、自信に満ちた笑みを浮かべた。
 お兄様なら、大丈夫だ。
 
「オレがリュカ第二王子との婚約を望むのは他でもありません、このハダドーザ王国と母の生国であるカサビ王国との仲をより強固なものとするためでございます」

 シルヴェストルお兄様は、練習していた通り滑らかに説明を始めた。
 難しい言葉で「要は派閥争いをなくそうぜ」ってことを伝えている。
 ぼくはこの瞬間まで、この王国がハダドーザ王国だなんて名前だってことを知らなかったし、お兄様の母親が違う国出身だってことも知らなかった。
 だって、まだ社会科のお勉強は始まってないんだもん。

「……よって、オレとリュカ第二王子との婚姻は誰にとっても利があるものと思われます」

 最後まで言い終えたシルヴェストルお兄様は、深く息を吐いた。
 説明を終えるまでの間、ずっと笑みを崩さずにいることができた。こんなに堂々としていて度胸のあるひとは、お兄様の他に知らないくらいだ!

「オレたちの婚約を、認めていただけますでしょうか」
「認める」

 父の言葉が間髪を入れず挟まり、ぼくたちは一瞬その意味が理解できなかった。反対されたのだとすら思った。

「え……?」

 思わずきょとんとしてしまったのは、ぼくだ。目をしぱしぱさせて、現状を理解しようとする。

「シルヴェストル、余はお前のことを王に足る男だと思ったことはない。そも……王に足る者など、この世には存在せぬだろう。せいぜい王に足る人間に見せかけるだけよ。そういう意味では、今日のお前は見せかけることはできていた。リュカが隣におればそれができるというのならば、好きにするがいい」

 父は退屈そうな声で、どうでもよさそうに許可を出した。
 それから父の視線が、ぼくに留まった。

「……存外セレノスティーレに似た目鼻立ちをしているな。これは美しくなるであろう」

 「これ」って言った⁉
 ぼくのこと、「これ」扱いした⁉

 そりゃお母様は美人だし、お母様似のぼくは可愛い顔してるけど!
 ムキ―、ぼくは物じゃないぞ!

「リュカ第二王子の容貌は、関係ありません」

 お兄様の声が、少し震えている。
 お兄様も怒りを抑えているのだろう。
 婚約の許可をもらったというのに、怒り爆発しそうだ。

 父は徹底的にぼくに興味がないのだなと、改めて知ったのだった。

「それに、余の許可には実質意味がない。こういったことに決定権を持つのは、産んだ側と伝統的に定められている」

 産んだ側……ぼくのお母様が、見たこともない厳しい顔でシルヴェストルお兄様を見下ろしていた。
 
 お母様を説得できなければ、すべてが水の泡だ。
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