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第五十一話 ぎたんぎたんにしてやった!
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「リュカ殿下に毒を飲ませたのは、不本意だったのです」
セドリックは、沈んだ声で話し始めた。
「私はローズリーヌ王妃殿下に命じられて、リュカ殿下を殺すことになりました。ですが私は失敗し、殿下は生き延び、私は専属医術士になることになりました。殿下と会話を交わすうちに、私は自分のしたことを後悔するようになったのでございます。だから……二度と殿下の暗殺を命じられなくても済むよう、ローズリーヌ派閥を破滅させようと思ったのでございます」
セドリックは、心底からの後悔を感じさせるような声音で語った。
ローズリーヌとその派閥が力を持っているのは、シルヴェストルお兄様が将来国王になると目されているからだ。
シルヴェストルお兄様が国王になる可能性がなくなれば、自然と派閥は力を失う。ぼくの暗殺をしなくてもいい。
「ぼくのためだったなんて……」
「殿下の御為とはいえ、誘拐などさせてしまって申し訳なく思っております」
可哀想に。
頭をなでなでくらいしてあげても、バチは当たらないだろう。
セドリックに近寄り、頭を撫でてあげようと手を伸ばし……
「リュカ、不用意に近寄るな」
シルヴェストルお兄様の低い声に、ぴたりと動きを止めた。
お兄様を振り返ってみると、鋭い目でセドリックを睨みつけていた。
もともとツリ目のお兄様が本気で睨むと、鋭利すぎる視線が身震いするくらいカッコいいのだ。瞳の中で、炎が燃えている。
「オレはな、悪いことを企んでいる人間の目は見ればわかるんだ。セドリック、お前の目はそれだ。罪を犯したことを後悔している人間の目ではない」
セドリックを鋭く睨みつけたまま、お兄様はニヤリと笑う。攻撃的な、威嚇の笑みだった。
「セドリックの家はもともと、四代前の王が即位するときに弟に王位を譲った兄が興したものだ。『自分は王よりも医術士に向いているから、代わりに代々王族を診る医術士となる』と言って王位を譲ったのだ。本当は王位を継ぐはずだった兄が公爵位に降りたのだから、セドリックの家は傍系の中でも王位継承順位は高め……」
セドリックもまた、つらつらと語るお兄様を無言でじっと見つめている。言われてみれば、黒い瞳の中に仄暗さが見えるような気がした。
「おおかた、王の直系をすべて始末して、自分か自分の子が王になろうとしたのだろう。魂胆は見えている」
「……」
セドリックはもはや言い訳を口にしない。
認めるということなのか。
「貴様の目的は、リュカとオレの両方を始末すること。そのために、まずはリュカに毒を盛った」
ぼくは恐怖を覚え、ぎゅっとお兄様の手を握った。
握り返す感触が返ってきて、安心感を覚えた。
「ところがリュカは死ななかった。それどころか、繰り上がりで自分が専属になってしまった。自分が専属のときにリュカを病に見せかけて殺せば、自分の経歴に傷がつく。そこでお前は、順番を変えることにした」
お兄様の言葉を聞いていると、セドリックの「不本意だった」という言葉がどんどんと疑わしくなっていく。
ローズリーヌに暗殺を依頼されたというのも、嘘だったのか。
「誘拐事件を起こし、リュカにオレを告発させることにしたのだ。そうしてまずはオレを始末してから、あとでリュカのことはどうにかするつもりだったのだろう」
なんて恐ろしい人が、専属医術士だったんだろう。
ぼくの暗殺を企てていた人と、毎朝顔を合わせていたなんて。
「どちらの犯行も、過去視の占術を意識したものだ。リュカに毒を盛った際には、犯行そのものが露見しないように。誘拐事件の方は、自分以外の者にやらせて、過去視されても自分に捜査の手が及ばないようにした」
「……」
「無理矢理暗殺を命じられて、悔いているという者の手口ではないな」
シルヴェストルお兄様は、断じた。
「……それで?」
気がつけば、セドリックは長椅子の背もたれにどっかり体重を預け、くつろいだ姿勢になっていた。
「それで私を突き出して、すべてが一件落着ですか?」
セドリックは足まで組んでいる。王族の前で取る態度ではない。
そこまで余裕になる理由があるのかと思ったが、何の光もない目を見てわかった。
自暴自棄になっているのだ。
「セレノスティーレ王妃殿下はローズリーヌ王妃殿下の差し金だと、公の場でお疑いになったそうですね? これはもう、派閥間の溝が埋まることはないでしょうねえ?」
くっくっくっ、とセドリックは喉の奥で笑った。
「ローズリーヌ王妃殿下にね、お教えしたのですよ。シルヴェストル殿下とリュカ殿下を、引き離さねばならない。そうでなければシルヴェストル殿下は自堕落になっていき、王にはなれないと。おかげでここ最近、お二人は顔をお合わせにならなかったのではないですか?」
「お前の仕業だったのか……!」
ぼくとお兄様が会えなかった原因を作ったのも、セドリックだったなんて!
お兄様の鋭い視線がセドリックを突き刺すが、彼はものともしない。もう、すべてどうでもいいという顔をしている。
「ああそうそう、シルヴェストル殿下につけられた護衛騎士の中に私の手の者がおりましてな。馬を暴走させたのも、その騎士です。もちろんシルヴェストル殿下に疑いを持たせるためですし、あわよくばリュカ殿下が死んでくれれば好都合とすら思っておりましたとも」
馬を暴走させたのも、セドリックだったなんて!
「お二人がいくら仲良くしたいと望んでいても、周囲が貴方がたを派閥のシンボルとして祭り上げ、敵対せざるを得なくなるでしょう。公の場で堂々と疑いをかけるなんて失態を犯してしまった以上、もはや私を突き出しても手遅れなのですよ! ははははは、はははははは!」
セドリックの笑いは、狂気的だった。まるで、破産した人間のように。
「ぐ……っ!」
お兄様の手を握っているぼくは、気がついた。お兄様の手が汗ばんでいることに。
このままでは派閥間の溝が不可逆のものになってしまうのは、きっと本当のことなのだ。
お兄様の焦りが、如実に感じられるようだった。
このままでは、いけない。
ぼくは胸いっぱいに空気を吸い込むと、口を開いた。
「だいじょぶだもん!」
四歳の小さな身体で出せるかぎりの、大きな声を出した。
「ぼくたちは、だいじょぶだもん! おまえなんかとちがって、ぼくとおにいちゃまはこれからたくさんがんばれるもん! はばつのなかなおりだってできるもん、なめるな!」
一生懸命に力をこめて、セドリックを睨みつけてやった。
くすり、頭上でお兄様の小さく笑った声が聞こえた。
それから頭にぽふりと手を乗っけられた。
「よく言った、リュカ」
見上げると、お兄様は不敵な笑みを取り戻していた。
「リュカの宣言を聞いたか。お前がもたらしたのは破滅でもなんでもない、乗り越えられ得る障害でしかない。せいぜい牢の中で指を咥えて見ているがいい、オレたちが順風満帆な生を送る様をな!」
「ぐぐぅ……ッ!」
シルヴェストルお兄様の宣言に、セドリックは脂汗でぎとぎとになった。
もうぐうの音しか言えないようだ。
兄弟の絆で、悪い奴を完全にやっつけてやったのだ!
セドリックは、沈んだ声で話し始めた。
「私はローズリーヌ王妃殿下に命じられて、リュカ殿下を殺すことになりました。ですが私は失敗し、殿下は生き延び、私は専属医術士になることになりました。殿下と会話を交わすうちに、私は自分のしたことを後悔するようになったのでございます。だから……二度と殿下の暗殺を命じられなくても済むよう、ローズリーヌ派閥を破滅させようと思ったのでございます」
セドリックは、心底からの後悔を感じさせるような声音で語った。
ローズリーヌとその派閥が力を持っているのは、シルヴェストルお兄様が将来国王になると目されているからだ。
シルヴェストルお兄様が国王になる可能性がなくなれば、自然と派閥は力を失う。ぼくの暗殺をしなくてもいい。
「ぼくのためだったなんて……」
「殿下の御為とはいえ、誘拐などさせてしまって申し訳なく思っております」
可哀想に。
頭をなでなでくらいしてあげても、バチは当たらないだろう。
セドリックに近寄り、頭を撫でてあげようと手を伸ばし……
「リュカ、不用意に近寄るな」
シルヴェストルお兄様の低い声に、ぴたりと動きを止めた。
お兄様を振り返ってみると、鋭い目でセドリックを睨みつけていた。
もともとツリ目のお兄様が本気で睨むと、鋭利すぎる視線が身震いするくらいカッコいいのだ。瞳の中で、炎が燃えている。
「オレはな、悪いことを企んでいる人間の目は見ればわかるんだ。セドリック、お前の目はそれだ。罪を犯したことを後悔している人間の目ではない」
セドリックを鋭く睨みつけたまま、お兄様はニヤリと笑う。攻撃的な、威嚇の笑みだった。
「セドリックの家はもともと、四代前の王が即位するときに弟に王位を譲った兄が興したものだ。『自分は王よりも医術士に向いているから、代わりに代々王族を診る医術士となる』と言って王位を譲ったのだ。本当は王位を継ぐはずだった兄が公爵位に降りたのだから、セドリックの家は傍系の中でも王位継承順位は高め……」
セドリックもまた、つらつらと語るお兄様を無言でじっと見つめている。言われてみれば、黒い瞳の中に仄暗さが見えるような気がした。
「おおかた、王の直系をすべて始末して、自分か自分の子が王になろうとしたのだろう。魂胆は見えている」
「……」
セドリックはもはや言い訳を口にしない。
認めるということなのか。
「貴様の目的は、リュカとオレの両方を始末すること。そのために、まずはリュカに毒を盛った」
ぼくは恐怖を覚え、ぎゅっとお兄様の手を握った。
握り返す感触が返ってきて、安心感を覚えた。
「ところがリュカは死ななかった。それどころか、繰り上がりで自分が専属になってしまった。自分が専属のときにリュカを病に見せかけて殺せば、自分の経歴に傷がつく。そこでお前は、順番を変えることにした」
お兄様の言葉を聞いていると、セドリックの「不本意だった」という言葉がどんどんと疑わしくなっていく。
ローズリーヌに暗殺を依頼されたというのも、嘘だったのか。
「誘拐事件を起こし、リュカにオレを告発させることにしたのだ。そうしてまずはオレを始末してから、あとでリュカのことはどうにかするつもりだったのだろう」
なんて恐ろしい人が、専属医術士だったんだろう。
ぼくの暗殺を企てていた人と、毎朝顔を合わせていたなんて。
「どちらの犯行も、過去視の占術を意識したものだ。リュカに毒を盛った際には、犯行そのものが露見しないように。誘拐事件の方は、自分以外の者にやらせて、過去視されても自分に捜査の手が及ばないようにした」
「……」
「無理矢理暗殺を命じられて、悔いているという者の手口ではないな」
シルヴェストルお兄様は、断じた。
「……それで?」
気がつけば、セドリックは長椅子の背もたれにどっかり体重を預け、くつろいだ姿勢になっていた。
「それで私を突き出して、すべてが一件落着ですか?」
セドリックは足まで組んでいる。王族の前で取る態度ではない。
そこまで余裕になる理由があるのかと思ったが、何の光もない目を見てわかった。
自暴自棄になっているのだ。
「セレノスティーレ王妃殿下はローズリーヌ王妃殿下の差し金だと、公の場でお疑いになったそうですね? これはもう、派閥間の溝が埋まることはないでしょうねえ?」
くっくっくっ、とセドリックは喉の奥で笑った。
「ローズリーヌ王妃殿下にね、お教えしたのですよ。シルヴェストル殿下とリュカ殿下を、引き離さねばならない。そうでなければシルヴェストル殿下は自堕落になっていき、王にはなれないと。おかげでここ最近、お二人は顔をお合わせにならなかったのではないですか?」
「お前の仕業だったのか……!」
ぼくとお兄様が会えなかった原因を作ったのも、セドリックだったなんて!
お兄様の鋭い視線がセドリックを突き刺すが、彼はものともしない。もう、すべてどうでもいいという顔をしている。
「ああそうそう、シルヴェストル殿下につけられた護衛騎士の中に私の手の者がおりましてな。馬を暴走させたのも、その騎士です。もちろんシルヴェストル殿下に疑いを持たせるためですし、あわよくばリュカ殿下が死んでくれれば好都合とすら思っておりましたとも」
馬を暴走させたのも、セドリックだったなんて!
「お二人がいくら仲良くしたいと望んでいても、周囲が貴方がたを派閥のシンボルとして祭り上げ、敵対せざるを得なくなるでしょう。公の場で堂々と疑いをかけるなんて失態を犯してしまった以上、もはや私を突き出しても手遅れなのですよ! ははははは、はははははは!」
セドリックの笑いは、狂気的だった。まるで、破産した人間のように。
「ぐ……っ!」
お兄様の手を握っているぼくは、気がついた。お兄様の手が汗ばんでいることに。
このままでは派閥間の溝が不可逆のものになってしまうのは、きっと本当のことなのだ。
お兄様の焦りが、如実に感じられるようだった。
このままでは、いけない。
ぼくは胸いっぱいに空気を吸い込むと、口を開いた。
「だいじょぶだもん!」
四歳の小さな身体で出せるかぎりの、大きな声を出した。
「ぼくたちは、だいじょぶだもん! おまえなんかとちがって、ぼくとおにいちゃまはこれからたくさんがんばれるもん! はばつのなかなおりだってできるもん、なめるな!」
一生懸命に力をこめて、セドリックを睨みつけてやった。
くすり、頭上でお兄様の小さく笑った声が聞こえた。
それから頭にぽふりと手を乗っけられた。
「よく言った、リュカ」
見上げると、お兄様は不敵な笑みを取り戻していた。
「リュカの宣言を聞いたか。お前がもたらしたのは破滅でもなんでもない、乗り越えられ得る障害でしかない。せいぜい牢の中で指を咥えて見ているがいい、オレたちが順風満帆な生を送る様をな!」
「ぐぐぅ……ッ!」
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