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第四十五話 目が覚めたら

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 馬を暴走させてしまったシルヴェストルお兄様の護衛騎士は、故意ではなかったと話しているようだ。
 それでも今回の失態により、あっさりと解任されることになると聞いた。

「故意ではなかったですって? シルヴェストルが差し向けたに決まっているわ」

 とお母様は息巻いていた。

 お母様は完全にローズリーヌと、その息子であるシルヴェストルお兄様を敵視してしまっている。

 暴走馬の事件後、ぼくはセドリックに来てもらって身体の様子をチェックしてもらっていた。
 怪我なんてないって、ぼくはわかっているけれど。お母様が妙に神経質になっているのだ。
 そのお母様はローズリーヌに文句を言うためかどうかはわからないが、どこかへ飛び出していってしまった。

 アランも証言をする必要があるとかで、どこかに行っている。
 お散歩のときアランも後ろからついてきていたのだけれど、「お二人をお守りしなければならないのに、反応が遅れてしまって申し訳ございません」と大変しょんぼりしていた。
 ぼくたちに気を遣っていたのか、護衛や側仕えたちはかなり距離を取ってついてきていたから、仕方ないのだ。

「はい、お怪我は一つもしておりません。健康そのものでございます!」

 ぼくの身体をくまなく調べたセドリックが、太鼓判を押してくれた。

「えへへ、よかったー」

 笑顔を浮かべようとしたが、上手くいかなかった。
 このままでは、シルヴェストルお兄様と仲良くできなくなってしまう。
 焦りが心を支配していた。

「いきなり馬に襲われるなど、さぞかし怖かったことでしょう。今日はお部屋でゆっくり読書でもなさっていてくださいませ」

 元気がないのを恐怖ゆえと思われたのか、笑顔で在室を勧められた。
 たしかに、外に出る気にはなれない。
 今日は部屋でスイーツでも食べて心を落ち着けようと、リュカは心に決めたのだった。

「ぼく、ケーキ食べたいな」
「はい、かしこまりました」

 セドリックがいなくなった後、ぼくは早速ステラにパウンドケーキを持ってきてもらうことにした。
 退室するステラの背中を見送り、ぼくは長椅子の上で足をぶらぶらとさせた。
 
 部屋に一人っきりだ。なんだか、無性に寂しさを感じた。

「おにいちゃまに、あいたいな……」

 いっそ、部屋を抜け出してシルヴェストルお兄様の部屋に内緒で行ってみようか。忙しいって言われても、なんとかお兄様の部屋に忍び込んで一目顔を見てみるのだ。
 そしたら元気が出るかもしれない。

 本当に実行してしまおうか。
 やるなら、ステラが戻ってくる前がいい。

 そう考えていたときだった。

 ガシャーンッ!

 室内に響いた轟音に、心臓が飛び出るかと思った。
 足元に無数のガラス片が落ちている。ぼくの背後の窓が、何者かに割られたのだ。
 
 振り返ろうと思ったときには、もう遅かった。ぼくの身体は何者かに抱きかかえられた。

「おとなしくしていろ」

 それが男の声だというのはわかった。
 
「むがーっ!」

 ぼくの頭に、すっぽりと何かを被せられてしまって何も見えなくなってしまった。ズタ袋のようなものだ。
 ぼくは無我夢中で手足を振り回そうとした。
 だが、ズタ袋に薬か何かを仕込まれていたのか、あっという間に思うように身体を動かせなくなってしまった。

 ぼくの意識は、闇に落ちていった。


 しばらくして、目が覚めた。
 
 目を開けると、ぼくは薄汚い小屋の中にいた。
 転生してからこの方、初めて目にする薄汚さだった。

 もしかしてぼく、また別の世界に転生しちゃった?
 と思って自分の手足を見下ろしてみた。ちゃんとちっちゃい幼児のままだった。
 ただし、縄で結ばれて動けないようにされていたが。

「え、どーゆーこと?」

 部屋に見知らぬ男が一人……いや、たくさんかもしれない。怪しいやつが侵入してきて、眠らされて。
 目が覚めたら、知らないところにいて、手足を縛られている。

 この状況って、なんていうんだっけ?

「ぼうず、目が覚めたか」

 粗野な声と共に、薄暗い部屋に明かりが差す。部屋の扉が開いて、数人の男が入ってきた。声と同じ、荒々しい粗暴者の見た目だった。

「お前はなあ、誘拐されたんだよ」

 そうだ、この状況は誘拐というのだ。
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