44 / 57
第四十四話 暴走馬事件、勃発
しおりを挟む
「わあ~い、カミーユだあ~!」
今日はカミーユがスイーツを届けに来る日だ。
スイーツのどっさり入ったバスケットを持ってきたカミーユを、ぼくは歓迎した。
「どうも、ご機嫌麗しゅう殿下。おや、今日は殿下のお兄様はいらっしゃらないのですね?」
室内を見回して、カミーユは不思議そうに言った。
「む……おにいちゃまは、おべんきょーでいそがしいの」
ここ数日、ずっとそうだ。
シルヴェストルお兄様のことを思い出して、ぼくは顔色を曇らせた。
「おやまあ、せっかく殿下と一緒に過ごせる時間を勉強程度でフイにしてしまうなんて、いけないお兄様ですね。ワタシならば絶対に殿下に寂しい思いをさせませんのに」
カミーユはじめっとした妖しい笑みを浮かべた。
「さ、さびしくなんかないもん。おにいちゃまがべんきょーをがんばってるんだから、これぐらいがまんできるもん」
言葉とは裏腹に、ぼくは俯いた。
本当は寂しい。
「本当でございますか? ワタシが頭を撫でてあげてもよろしいのですよ? お兄様の代わりにね」
「そ、それは……いらない! ぼくはおにいちゃまをしんじてるもん!」
ぷっくりほっぺを膨らませ、ぼくはカミーユを睨みつけた。
「おやおや。流石は殿下、そうでなくっては。簡単に手に入るようではつまらない……おっと失礼、こちらの話でございます」
カミーユは妖しげな笑いをニチャリとさせて、大喜びした。変な人。
「ふふふ、ワタシがお支えになれることがあれば、いつでもご用命くださいませ」
「はいはい、カミーユなりにぼくを元気づけてくれようとしてるんだね。ありがとね」
バスケットの中からクッキーを取り出すと、カミーユの口に突っ込んでやろうとした。背丈が足りなくてできなかったけれど。クッキーを手にぴょんぴょん飛び跳ねてたら、カミーユの方からぱくりとクッキーに食いついてくれた。
「ふふ、ありがとうございます殿下」
カミーユはぺろりとクッキーを平らげて、綺麗な三日月型の唇を舌舐めずりした。
黙らせようと思って、クッキーを押し付けたのに。
ばいばい、と手を振ってカミーユを退室させた。
「殿下、王妃殿下から連絡がございましたよ」
その時、ステラが息を弾ませて報告してきた。
彼女の明るい声に、内容を聞く前から想像がつく。
「殿下とお会いになるお時間が作れたのですって。これからいらっしゃいますよ」
「やったー!」
ぼくはバンザイしながら、ぴょいぴょいしてはしゃいだ。
こんなにはしゃいでも、最近では熱を出したりしない。
健康になっているのだと実感する。
それから少しして、お母様が部屋を訪ねてきた。
「リュカ、元気にしてた?」
部屋に入ってくるなり、お母様は優しく笑いかけてくれた。
会える時間そのものは少ないけれど、お母様はいつでもぼくを気遣ってくれる。一度も顔を見せたことのない父親とは大違いだ。
「うん、げんき! ぼくなおったって、セドリックがいってたよ!」
「こら、『セドリック殿』と呼びなさい」
「はーい」
生返事をしながら、ぼくはお母様の手にじゃれついた。
「ねーねー、てんきがいいからおさんぽいこーよ! ぼくね、おそとおさんぽできるくらいげんきになったんだよ!」
「あら、本当? ならお散歩に行きましょうか」
お母様が手を繋いでくれて、ぼくたちはお散歩に行くことになった。
ぼくたちは城の外に出て、庭を散歩し始めた。
生垣に囲まれた芝生の道を、優雅にるんるらんと歩く。
遠くには、馬に乗って馬術の練習をする騎士たちの姿が見えた。
「おうまさんだー」
「お馬さんがいるわね。リュカはお馬さんが好きなのね?」
「うん、すきー」
ぽかぽか陽気で気持ちいい。
涼しい風も吹いていて、いい気分だ。
うーん、幸せだ。
不意に、生垣の向こうが騒がしくなった。
騎士たちが馬術訓練をしている方向からだ。
「危ない! 馬がッ!」
怒号のような叫び声が耳に届いた。
それと同時に、お母様がぼくの上に覆いかぶさった。
「リュカ、危ない!」
「え?」
お母様の身体の間から、ぼくはぽかんと頭上を見上げた。
馬が、ぼくらの頭上を飛び越えていった。
生垣を突き破って飛び出してきた馬が、ふわりとジャンプしたのだ。
うわー、馬のジャンプ力ってすごいな。咄嗟にそんな呑気な感想を抱いてしまった。
ぼくらを飛び越えていった馬は、庭園の向こうへと走り去っていってしまった。
「リュカ、大丈夫だった⁉ 怪我はない⁉」
顔を上げるなり、ほとんど半狂乱といった形相でぼくの身体を調べるお母様を見て、やっと状況が理解できた。
ぼくはもうすぐで、馬に蹴られて死ぬところだったのだ。
「リオネルの時と一緒だわ……! あの子も、暴走馬に蹴られて死んだの……!」
お母様が、青い顔で呟く。
彼女が半狂乱になっている理由が理解できた。
「ローズリーヌ……あの女狐の仕業よ……」
お母様の唇はわなわなと震え、虚空を睨みつけていた。
お母様は第二王妃の仕業だと、決めつけているようだった。
「そ、そうだときまったわけじゃないよ、おかあしゃま。ただのじこなんじゃないの?」
「いいえ、リュカ。絶対にあの女の仕業なのよ。絶対にあの女とも、シルヴェストルとも仲良くしてはいけないわ!」
お母様が、ぼくの肩を掴んで訴えた。
肩に食い込む爪が痛かった。
「う、うん……」
頷いてはみたものの、心の中ではシルヴェストルお兄様のことを信じる気でいた。
だがその後、馬を暴走させてしまった騎士はシルヴェストルお兄様の護衛の一人であると判明したのだった。
今日はカミーユがスイーツを届けに来る日だ。
スイーツのどっさり入ったバスケットを持ってきたカミーユを、ぼくは歓迎した。
「どうも、ご機嫌麗しゅう殿下。おや、今日は殿下のお兄様はいらっしゃらないのですね?」
室内を見回して、カミーユは不思議そうに言った。
「む……おにいちゃまは、おべんきょーでいそがしいの」
ここ数日、ずっとそうだ。
シルヴェストルお兄様のことを思い出して、ぼくは顔色を曇らせた。
「おやまあ、せっかく殿下と一緒に過ごせる時間を勉強程度でフイにしてしまうなんて、いけないお兄様ですね。ワタシならば絶対に殿下に寂しい思いをさせませんのに」
カミーユはじめっとした妖しい笑みを浮かべた。
「さ、さびしくなんかないもん。おにいちゃまがべんきょーをがんばってるんだから、これぐらいがまんできるもん」
言葉とは裏腹に、ぼくは俯いた。
本当は寂しい。
「本当でございますか? ワタシが頭を撫でてあげてもよろしいのですよ? お兄様の代わりにね」
「そ、それは……いらない! ぼくはおにいちゃまをしんじてるもん!」
ぷっくりほっぺを膨らませ、ぼくはカミーユを睨みつけた。
「おやおや。流石は殿下、そうでなくっては。簡単に手に入るようではつまらない……おっと失礼、こちらの話でございます」
カミーユは妖しげな笑いをニチャリとさせて、大喜びした。変な人。
「ふふふ、ワタシがお支えになれることがあれば、いつでもご用命くださいませ」
「はいはい、カミーユなりにぼくを元気づけてくれようとしてるんだね。ありがとね」
バスケットの中からクッキーを取り出すと、カミーユの口に突っ込んでやろうとした。背丈が足りなくてできなかったけれど。クッキーを手にぴょんぴょん飛び跳ねてたら、カミーユの方からぱくりとクッキーに食いついてくれた。
「ふふ、ありがとうございます殿下」
カミーユはぺろりとクッキーを平らげて、綺麗な三日月型の唇を舌舐めずりした。
黙らせようと思って、クッキーを押し付けたのに。
ばいばい、と手を振ってカミーユを退室させた。
「殿下、王妃殿下から連絡がございましたよ」
その時、ステラが息を弾ませて報告してきた。
彼女の明るい声に、内容を聞く前から想像がつく。
「殿下とお会いになるお時間が作れたのですって。これからいらっしゃいますよ」
「やったー!」
ぼくはバンザイしながら、ぴょいぴょいしてはしゃいだ。
こんなにはしゃいでも、最近では熱を出したりしない。
健康になっているのだと実感する。
それから少しして、お母様が部屋を訪ねてきた。
「リュカ、元気にしてた?」
部屋に入ってくるなり、お母様は優しく笑いかけてくれた。
会える時間そのものは少ないけれど、お母様はいつでもぼくを気遣ってくれる。一度も顔を見せたことのない父親とは大違いだ。
「うん、げんき! ぼくなおったって、セドリックがいってたよ!」
「こら、『セドリック殿』と呼びなさい」
「はーい」
生返事をしながら、ぼくはお母様の手にじゃれついた。
「ねーねー、てんきがいいからおさんぽいこーよ! ぼくね、おそとおさんぽできるくらいげんきになったんだよ!」
「あら、本当? ならお散歩に行きましょうか」
お母様が手を繋いでくれて、ぼくたちはお散歩に行くことになった。
ぼくたちは城の外に出て、庭を散歩し始めた。
生垣に囲まれた芝生の道を、優雅にるんるらんと歩く。
遠くには、馬に乗って馬術の練習をする騎士たちの姿が見えた。
「おうまさんだー」
「お馬さんがいるわね。リュカはお馬さんが好きなのね?」
「うん、すきー」
ぽかぽか陽気で気持ちいい。
涼しい風も吹いていて、いい気分だ。
うーん、幸せだ。
不意に、生垣の向こうが騒がしくなった。
騎士たちが馬術訓練をしている方向からだ。
「危ない! 馬がッ!」
怒号のような叫び声が耳に届いた。
それと同時に、お母様がぼくの上に覆いかぶさった。
「リュカ、危ない!」
「え?」
お母様の身体の間から、ぼくはぽかんと頭上を見上げた。
馬が、ぼくらの頭上を飛び越えていった。
生垣を突き破って飛び出してきた馬が、ふわりとジャンプしたのだ。
うわー、馬のジャンプ力ってすごいな。咄嗟にそんな呑気な感想を抱いてしまった。
ぼくらを飛び越えていった馬は、庭園の向こうへと走り去っていってしまった。
「リュカ、大丈夫だった⁉ 怪我はない⁉」
顔を上げるなり、ほとんど半狂乱といった形相でぼくの身体を調べるお母様を見て、やっと状況が理解できた。
ぼくはもうすぐで、馬に蹴られて死ぬところだったのだ。
「リオネルの時と一緒だわ……! あの子も、暴走馬に蹴られて死んだの……!」
お母様が、青い顔で呟く。
彼女が半狂乱になっている理由が理解できた。
「ローズリーヌ……あの女狐の仕業よ……」
お母様の唇はわなわなと震え、虚空を睨みつけていた。
お母様は第二王妃の仕業だと、決めつけているようだった。
「そ、そうだときまったわけじゃないよ、おかあしゃま。ただのじこなんじゃないの?」
「いいえ、リュカ。絶対にあの女の仕業なのよ。絶対にあの女とも、シルヴェストルとも仲良くしてはいけないわ!」
お母様が、ぼくの肩を掴んで訴えた。
肩に食い込む爪が痛かった。
「う、うん……」
頷いてはみたものの、心の中ではシルヴェストルお兄様のことを信じる気でいた。
だがその後、馬を暴走させてしまった騎士はシルヴェストルお兄様の護衛の一人であると判明したのだった。
85
お気に入りに追加
1,963
あなたにおすすめの小説
子育てゲーだと思ってプレイしていたBLゲー世界に転生してしまったおっさんの話
野良猫のらん
BL
『魔導学園教師の子育てダイアリィ』、略して"まどアリィ"。
本来BLゲームであるそれを子育てゲームだと勘違いしたまま死んでしまったおっさん蘭堂健治は、まどアリィの世界に転生させられる。
異様に局所的なやり込みによりパラメーターMAXの完璧人間な息子や、すでに全員が好感度最大の攻略対象(もちろん全員男)を無意識にタラシこみおっさんのハーレム(?)人生がスタートする……!
推しの完璧超人お兄様になっちゃった
紫 もくれん
BL
『君の心臓にたどりつけたら』というゲーム。体が弱くて一生の大半をベットの上で過ごした僕が命を賭けてやり込んだゲーム。
そのクラウス・フォン・シルヴェスターという推しの大好きな完璧超人兄貴に成り代わってしまった。
ずっと好きで好きでたまらなかった推し。その推しに好かれるためならなんだってできるよ。
そんなBLゲーム世界で生きる僕のお話。
愛されなかった俺の転生先は激重執着ヤンデレ兄達のもと
糖 溺病
BL
目が覚めると、そこは異世界。
前世で何度も夢に見た異世界生活、今度こそエンジョイしてみせる!ってあれ?なんか俺、転生早々監禁されてね!?
「俺は異世界でエンジョイライフを送るんだぁー!」
激重執着ヤンデレ兄達にトロトロのベタベタに溺愛されるファンタジー物語。
注※微エロ、エロエロ
・初めはそんなエロくないです。
・初心者注意
・ちょいちょい細かな訂正入ります。
俺は北国の王子の失脚を狙う悪の側近に転生したらしいが、寒いのは苦手なのでトンズラします
椿谷あずる
BL
ここはとある北の国。綺麗な金髪碧眼のイケメン王子様の側近に転生した俺は、どうやら彼を失脚させようと陰謀を張り巡らせていたらしい……。いやいや一切興味がないし!寒いところ嫌いだし!よし、やめよう!
こうして俺は逃亡することに決めた。
転生貧乏貴族は王子様のお気に入り!実はフリだったってわかったのでもう放してください!
音無野ウサギ
BL
ある日僕は前世を思い出した。下級貴族とはいえ王子様のお気に入りとして毎日楽しく過ごしてたのに。前世の記憶が僕のことを駄目だしする。わがまま駄目貴族だなんて気づきたくなかった。王子様が優しくしてくれてたのも実は裏があったなんて気づきたくなかった。品行方正になるぞって思ったのに!
え?王子様なんでそんなに優しくしてくるんですか?ちょっとパーソナルスペース!!
調子に乗ってた貧乏貴族の主人公が慎ましくても確実な幸せを手に入れようとジタバタするお話です。
音楽の神と呼ばれた俺。なんか殺されて気づいたら転生してたんだけど⁉(完)
柿の妖精
BL
俺、牧原甲はもうすぐ二年生になる予定の大学一年生。牧原家は代々超音楽家系で、小さいころからずっと音楽をさせられ、今まで音楽の道を進んできた。そのおかげで楽器でも歌でも音楽に関することは何でもできるようになり、まわりからは、音楽の神と呼ばれていた。そんなある日、大学の友達からバンドのスケットを頼まれてライブハウスへとつながる階段を下りていたら後ろから背中を思いっきり押されて死んでしまった。そして気づいたら代々超芸術家系のメローディア公爵家のリトモに転生していた!?まぁ音楽が出来るなら別にいっか!
そんな音楽の神リトモと呪いにかけられた第二王子クオレの恋のお話。
完全処女作です。温かく見守っていただけると嬉しいです。<(_ _)>
ゲームの世界で美人すぎる兄が狙われているが
咲
BL
俺には大好きな兄がいる。3つ年上の高校生の兄。美人で優しいけどおっちょこちょいな可愛い兄だ。
ある日、そんな兄に話題のゲームを進めるとありえない事が起こった。
「あれ?ここってまさか……ゲームの中!?」
モンスターが闊歩する森の中で出会った警備隊に保護されたが、そいつは兄を狙っていたようで………?
重度のブラコン弟が兄を守ろうとしたり、壊れたブラコンの兄が一線越えちゃったりします。高確率でえろです。
※近親相姦です。バッチリ血の繋がった兄弟です。
※第三者×兄(弟)描写があります。
※ヤンデレの闇属性でビッチです。
※兄の方が優位です。
※男性向けの表現を含みます。
※左右非固定なのでコロコロ変わります。固定厨の方は推奨しません。
【完結】薄幸文官志望は嘘をつく
七咲陸
BL
サシャ=ジルヴァールは伯爵家の長男として産まれるが、紫の瞳のせいで両親に疎まれ、弟からも蔑まれる日々を送っていた。
忌々しい紫眼と言う両親に幼い頃からサシャに魔道具の眼鏡を強要する。認識阻害がかかったメガネをかけている間は、サシャの顔や瞳、髪色までまるで別人だった。
学園に入学しても、サシャはあらぬ噂をされてどこにも居場所がない毎日。そんな中でもサシャのことを好きだと言ってくれたクラークと言う茶色の瞳を持つ騎士学生に惹かれ、お付き合いをする事に。
しかし、クラークにキスをせがまれ恥ずかしくて逃げ出したサシャは、アーヴィン=イブリックという翠眼を持つ騎士学生にぶつかってしまい、メガネが外れてしまったーーー…
認識阻害魔道具メガネのせいで2人の騎士の間で別人を演じることになった文官学生の恋の話。
全17話
2/28 番外編を更新しました
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる