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第四十四話 暴走馬事件、勃発

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「わあ~い、カミーユだあ~!」

 今日はカミーユがスイーツを届けに来る日だ。
 スイーツのどっさり入ったバスケットを持ってきたカミーユを、ぼくは歓迎した。

「どうも、ご機嫌麗しゅう殿下。おや、今日は殿下のお兄様はいらっしゃらないのですね?」

 室内を見回して、カミーユは不思議そうに言った。

「む……おにいちゃまは、おべんきょーでいそがしいの」

 ここ数日、ずっとそうだ。
 シルヴェストルお兄様のことを思い出して、ぼくは顔色を曇らせた。

「おやまあ、せっかく殿下と一緒に過ごせる時間を勉強程度でフイにしてしまうなんて、いけないお兄様ですね。ワタシならば絶対に殿下に寂しい思いをさせませんのに」

 カミーユはじめっとした妖しい笑みを浮かべた。

「さ、さびしくなんかないもん。おにいちゃまがべんきょーをがんばってるんだから、これぐらいがまんできるもん」

 言葉とは裏腹に、ぼくは俯いた。
 本当は寂しい。

「本当でございますか? ワタシが頭を撫でてあげてもよろしいのですよ? お兄様の代わりにね」
「そ、それは……いらない! ぼくはおにいちゃまをしんじてるもん!」

 ぷっくりほっぺを膨らませ、ぼくはカミーユを睨みつけた。

「おやおや。流石は殿下、そうでなくっては。簡単に手に入るようではつまらない……おっと失礼、こちらの話でございます」

 カミーユは妖しげな笑いをニチャリとさせて、大喜びした。変な人。

「ふふふ、ワタシがお支えになれることがあれば、いつでもご用命くださいませ」
「はいはい、カミーユなりにぼくを元気づけてくれようとしてるんだね。ありがとね」

 バスケットの中からクッキーを取り出すと、カミーユの口に突っ込んでやろうとした。背丈が足りなくてできなかったけれど。クッキーを手にぴょんぴょん飛び跳ねてたら、カミーユの方からぱくりとクッキーに食いついてくれた。

「ふふ、ありがとうございます殿下」

 カミーユはぺろりとクッキーを平らげて、綺麗な三日月型の唇を舌舐めずりした。
 黙らせようと思って、クッキーを押し付けたのに。

 ばいばい、と手を振ってカミーユを退室させた。

「殿下、王妃殿下から連絡がございましたよ」

 その時、ステラが息を弾ませて報告してきた。
 彼女の明るい声に、内容を聞く前から想像がつく。

「殿下とお会いになるお時間が作れたのですって。これからいらっしゃいますよ」
「やったー!」
 
 ぼくはバンザイしながら、ぴょいぴょいしてはしゃいだ。
 こんなにはしゃいでも、最近では熱を出したりしない。
 健康になっているのだと実感する。

 それから少しして、お母様が部屋を訪ねてきた。

「リュカ、元気にしてた?」

 部屋に入ってくるなり、お母様は優しく笑いかけてくれた。
 会える時間そのものは少ないけれど、お母様はいつでもぼくを気遣ってくれる。一度も顔を見せたことのない父親とは大違いだ。

「うん、げんき! ぼくなおったって、セドリックがいってたよ!」
「こら、『セドリック殿』と呼びなさい」
「はーい」

 生返事をしながら、ぼくはお母様の手にじゃれついた。

「ねーねー、てんきがいいからおさんぽいこーよ! ぼくね、おそとおさんぽできるくらいげんきになったんだよ!」
「あら、本当? ならお散歩に行きましょうか」

 お母様が手を繋いでくれて、ぼくたちはお散歩に行くことになった。

 ぼくたちは城の外に出て、庭を散歩し始めた。
 生垣に囲まれた芝生の道を、優雅にるんるらんと歩く。

 遠くには、馬に乗って馬術の練習をする騎士たちの姿が見えた。

「おうまさんだー」
「お馬さんがいるわね。リュカはお馬さんが好きなのね?」
「うん、すきー」

 ぽかぽか陽気で気持ちいい。
 涼しい風も吹いていて、いい気分だ。
 うーん、幸せだ。

 不意に、生垣の向こうが騒がしくなった。
 騎士たちが馬術訓練をしている方向からだ。

「危ない! 馬がッ!」

 怒号のような叫び声が耳に届いた。
 それと同時に、お母様がぼくの上に覆いかぶさった。

「リュカ、危ない!」
「え?」

 お母様の身体の間から、ぼくはぽかんと頭上を見上げた。

 馬が、ぼくらの頭上を飛び越えていった。
 生垣を突き破って飛び出してきた馬が、ふわりとジャンプしたのだ。
 うわー、馬のジャンプ力ってすごいな。咄嗟にそんな呑気な感想を抱いてしまった。

 ぼくらを飛び越えていった馬は、庭園の向こうへと走り去っていってしまった。

「リュカ、大丈夫だった⁉ 怪我はない⁉」

 顔を上げるなり、ほとんど半狂乱といった形相でぼくの身体を調べるお母様を見て、やっと状況が理解できた。
 ぼくはもうすぐで、馬に蹴られて死ぬところだったのだ。

「リオネルの時と一緒だわ……! あの子も、暴走馬に蹴られて死んだの……!」

 お母様が、青い顔で呟く。
 彼女が半狂乱になっている理由が理解できた。

「ローズリーヌ……あの女狐の仕業よ……」

 お母様の唇はわなわなと震え、虚空を睨みつけていた。
 お母様は第二王妃の仕業だと、決めつけているようだった。

「そ、そうだときまったわけじゃないよ、おかあしゃま。ただのじこなんじゃないの?」
「いいえ、リュカ。絶対にあの女の仕業なのよ。絶対にあの女とも、シルヴェストルとも仲良くしてはいけないわ!」

 お母様が、ぼくの肩を掴んで訴えた。
 肩に食い込む爪が痛かった。

「う、うん……」

 頷いてはみたものの、心の中ではシルヴェストルお兄様のことを信じる気でいた。

 だがその後、馬を暴走させてしまった騎士はシルヴェストルお兄様の護衛の一人であると判明したのだった。
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