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第三十四話 カミーユから見た小さな商談相手(後編)

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 ションバーの実の納品を、カミーユ自ら引き受けた。
 本当ならば城の使用人に手渡すだけのところを、許可を得て第二王子の部屋まで運ばせてもらった。少しでもあの子供に接触したい一心だった。
 
 それがどういう僥倖だろうか、第二王子からお茶に誘われて、まんまと会話を交わすことに成功した。あるいは賄賂が効いたのかもしれない。自分と仲良くすれば、また金貨がもらえると思ってくれたのだろうか。
 
 自分の幸運に感謝していると、第二王子の家庭教師がやってきて、占われることになってしまった。
 なんだか、流れがおかしい。そう思っていると、未来の自分がスイーツというものを取り扱っていると予言された。
 スイーツとは何かと疑問に持っていると、第二王子が言った。

「ぼくにきょーりょくするって約束してくれたら、教えてあげてもいいよ。スイーツのつくりかた!」
 
 カミーユは悟った。
 第二王子は最初から、自分に商談を持ちかける気だったのだと。誘い込まれたのは、自分の方だった。
 
 まさか先日会ったときにナム酒の利用法とやらについて漏らしたのは、わざとだったのか。ヨクタベレール商会が呼ばれたのは、最初から商談相手として目をつけられていたからなのか。
 まだ四歳の小さな子供が、カミーユの目には底知れない相手に映った。

 胸の内に、炎が燃え上がる。
 生きている、という実感をありありと感じられた。

 契約の詳細を決める商談は、三日後に決まった。
 だがカミーユは内心、利益の何割を取られるかなんてさほど重要ではないと感じていた。
 契約を締結さえできれば、大成功できる。そんな予感があった。
 金髪碧眼のふわふわとした天使のようなあの幼児は、世界を変えられる力を持っているとカミーユは直感していた。

 三日後、王太子との商談バトルが開始された。
 相手も正直、金を何割取るかなんて本質的にはどうでもいいと思っているだろう。だからこの舌戦は、ただの遊戯なのだ。
 ただ、遊戯だからこそ本気を出さねばならない。ここで実力を見せつけねば、契約相手として不足と見られるかもしれない。
 カミーユは本気で値切った。王太子と舌戦を繰り広げた末に……利益の四割を献上するということで決着した。第二王子が、ナム酒の使い方も教えてあげるからと交渉材料を持ち出してきたからだ。
 これだ、こういうことがあるから、本気で値切るべきなのだ。

 数日後、言われた通りの材料を揃えてきたカミーユは、第二王子にナム酒漬けの方法を伝授された。

「こ、これだけで何ヶ月も保存が効くのですか?」
「はじめてやるからわかんないけど、たぶん半年から一年くらいもつかな」

 初めてやる。初めてやることなのに、なぜ知っているのか。その理由の奥に、とんでもない秘密が隠れている予感がした。
 カミーユは、幼い第二王子がなぜそんなことを知っているのかと問い質した。王太子も家庭教師の男も、理由などまるで気にしていないようだった。
 納得ができないでいると、第二王子が近寄ってきて笑いかけてきた。
 
「しょーにんさんって、あくまにたましいを売ってでもおかねもうけしたい生き物なんでしょ? じゃあ、ぼくのしょーたいなんて、かんけーなくない?」

 カミーユは悟った。
 この小さな商談相手は、自分に生の実感を与えてくれる人だと。
 
 たしかにカミーユは、悪魔に魂を売ってでも金儲けしたい。ただしそれは手段を選ばず金がほしいからではなく、それほど危険なことを乗り越えて金を儲けられれば、生きているという実感が得られるからだ。

「アハ、アハハハハ、たしかにその通りでございます! 私は一体、何を気にしていたのでしょうね? ええ、ええ、金儲けができるのならば、リュカ殿下の知識の出所など些事でございます!」

 この人ならば、いや、この方ならば――必ずや自分を、死に瀕するような本当の危機を味わわせてくれる。
 悪魔の微笑みを湛えた、この方ならば!

 この時に感じた高揚感のほどと言ったら、計り知れない。全身が身震いする。
 カミーユにとって、リュカという金髪碧眼の王子はもはや――――信仰対象であった。

 その後レシピを授けられたカミーユは、すぐさまバターサンドの試作を始めた。
 レシピにある通り、まずはミタマの実をすり潰してバターと混ぜる。バターと混ぜたミタマの実を味見すると、コクのある甘みになって大変美味だった。

 この時、カミーユは大変不思議な気持ちになった。
 たったこれだけの手間で、美味しさが増す。それなのに、どうして長い歴史の中で誰も思いつかなかったのだろう。
 巨大湖を越えた南の国の果物であるならばともかく、ミタマの実はそうではない。

 ミタマの実だけではない。すべての果実について、この程度のちょっとした加工ですら試してみようと思ったことはない。果実酒の製造を除いて。
 果実酒を作るだけの技術があれば、果実をすり潰して他のものを混ぜてみようぐらいのことならば、思いつくはずなのに。
 カミーユ個人だけの話ではなく、すべての人間がだ。もし果物を料理なんてする人間がいれば、果実商である自分の耳に入っているはずだ。

 神の定めた世界の規則とでも言うべき何かを、あのお方リュカは破ることができる。カミーユはそのように感じた。
 
 カミーユはまるでレシピを神に授けられた聖典であるかのように扱い、すべての手順を忠実に再現した。

 そうして完成したバターサンドなる「スイーツ」を、カミーユは味わってみた。
 今までに味わったことのない食べ物だった。ただ生の果実を食すだけとは、まるで次元が違う。
 神の世界の食べ物だ。

 スイーツを味わうことによって、リュカと繋がれる気がした。
 スイーツとは神の血、神の肉である。

 バターサンドが完成するなり、カミーユは城に上がりナム酒に漬けたションバーとバターサンドとを神に提出した。
 神には大変ご満足いただけた。名誉なことである。
 神にお喜びいただくことが、自分の使命であるとその日カミーユは心に決めた。

 神と会話を交わしながら、カミーユは彼の金髪をそっと撫でた。ふんわりと柔らかな感触に、胸が高鳴る。
 
 なんと愛らしい神だろう。彼が王子でさえなければ、ただの平民であれば、金で自分のものにしたのに。
 金とは、心ときめくものを我がものにするために使うべきものだろう。そのために貯め込んできた金が効かないなんて。できることと言えば、スイーツを献上して少しでも関心を買うことくらいだ。


 髪を撫でた際に手に入れた金色の髪の毛は、大事にガラス管に仕舞って保管している。
 カミーユは熱い眼差しを、ガラス管の中の髪の毛に注いだ。
 
 今は髪の毛一本だけだが……いずれは彼のすべてを手に入れたい。きっとその時、最上の生を感じられることだろう。
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