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第三十話 ワルワル王子様VSワルワル商人

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「さて、それでは商談を始めようか」

 三日後。
 足を組んでソファでふんぞり返っているシルヴェストルお兄様の一言で、商談が始まったのだった。
 相対するカミーユは笑顔だが、緊張が滲んでいるように見える。

 シルヴェストルお兄様に商談のことを相談したら、「交渉はオレに任せろ」と請け負ってくれたのだ。なんて頼りになるスーパーお兄様なのだろう。お兄様株の上昇は、留まるところを知らない。

 ぼくはもちろん、シルヴェストルお兄様の隣に座っている。
 ステラやアランはいないが、オディロン先生には計画の内容を話して引き込んだので、ぼくらの後ろに控えてもらっている。

「まず契約内容について整理しようか。オレたちのすることは、貴様の商会にいくつかのレシピを提供する。貴様らのすることは、レシピを利用して製作した物品の納品。そして利益の一部をオレたちに納めることだ」

 シルヴェストルお兄様と話し合った結果、お金をもらうことに決めた。お金はあればあるだけいい、とお兄様に諭されたからだ。

「最初に、すんなりと決められそうな方から話し合おうか」
「現物の納品方法や頻度、量についてでしょうか」
「その通りだ」

 カミーユの理解の速さに、お兄様は上機嫌そうににこりと笑った。
 むっ、カミーユの癖にぼくのお兄様に気に入られようだなんて、生意気だぞ。お兄様の一番はぼくなんだからね。

「頻度は二日に一回。量は二シノブリコほど。いくつかのレシピを提供するから、一種類ではなく何種類かのスイーツを合わせて二シノブリコだ。すべてリュカの部屋に届けるように。リュカは焼き立てが好きだから、焼き立てのものを届けるように」
「ほう、スイーツとは焼くものなのですか」

 言葉の端からも情報を取り逃さないとばかりに、カミーユは目を光らせる。
 別に焼くスイーツだけじゃないけれど、今は焼き菓子のレシピしかないね。

「納品の方はまったく問題がございません。すべてそちらのおっしゃった通りにさせていただきます」

 カミーユは目を細めて請け負った。

「では本題に入ろうか……利益の何割をオレたちに納めるのか、についてだ」

 シルヴェストルお兄様の一言に、場の緊張感が倍は跳ね上がったように感じられた。

「こちらの希望としては、利益の七割は献上してもらいたい」

 シルヴェストルお兄様は、まるで絶対の命令であるかのように、堂々と言い放った。
 なんたる暴利! お兄様、やっぱり借金の取り立ても才能あるって。
 
 だが、カミーユはお兄様のツリ目から放たれる凶悪な眼光を、涼しい顔で受け止めた。

「失礼ながら、殿下は世の仕組みに疎いようでございますね。我々は従業員に賃金を支払わなくてはなりません。さらにスイーツは作る必要があるということは、製造のための人員を新たに雇わなくてはなりません。我々が献上できる額は、多めに計算してもせいぜいが一割程度でございます」

 カミーユもまた、堂々と一割しか払えないと言い放った。王太子相手だというのに、なんという胆力だろう。
 命がけの交渉だ……!

「ははははは、オレを騙そうといってもそうはいかないぞ。オレは『利益』の七割だと言ったのだ。利益からは、既に人件費が差し引かれているだろう? 残念だが、オレはこう見えても無知ではない。だがまあ、そちらも商会をさらに発展させたいだろうから、おまけして利益の六割で許してやろう」
 
「なんと無慈悲な。利益の六割も取られるのでは、新事業に手を出す意味がございません。新しい事業を始めるということは、途方もなく労力のかかることでございます。それでしたら、今まで通り果物だけを取り扱っている方がマシでございます。しかし、ワタクシどもも殿下と今後もお付き合いを続けていきたい気持ちはありますので、利益の二割でいかがでしょうか」

 シルヴェストルお兄様もカミーユも互いに笑顔で、バチバチとやり合っている。

「五割だ。これ以上は譲れない」
「三割です。これ以上は譲れません」

 二人の間に散っている火花が、目に見えるかのようだ。
 このままでは、決着がつかないのではないだろうか。

「オレたちがレシピを提供しなければ、スイーツは作れないということを忘れないでもらいたいな」
「よろしいですか、新事業に手を出すということは当然損害が出ることもあるのです。その場合……」

 二人は喧々諤々と意見を戦わせている。
 最初のうちは二人の戦いが刺激的に感じられていたが、難しいことを並べ立てて戦っている二人を見守っていることにだんだんと飽きてきてしまった。
 さっさと適当なところで妥協すればいいのになあ。二人の間をとって、四割とかさ。

「おにいちゃま、ぼくあきたー。もう四割でいいよぉ」

 足をブラブラさせながら、ぼくはシルヴェストルお兄様を見上げた。
 
「なっ⁉ ぐっ、リュカがそう言うなら従うが……不甲斐ない兄で済まない」

 ぼくの言葉に、シルヴェストルお兄様はショックを受けた表情をしながらも引き下がった。
 悔しそうに前髪をいじり始めた。
 
「お待ちください、ワタシは納得していませんよ。四割も取られるなど……」
 
 反論しようとするカミーユに、ぼくは人差し指を一本立てた。

「かわりに、ナム酒の『いいりよーほー』もおしえてあげるから。ナム酒をうまくつかうと、フルーツをさらにあまくした上で何ヶ月もほぞんできるようになるんだよ」
「果物をさらに甘くした上で、何ヶ月も保存を……⁉」

 思った通り、カミーユは食いついた。
 果物商がフルーツの新しい保存方法に、興味を持たないはずがないのだ。

 ぼくとしても、フルーツを保存食にする方法が天日干ししか存在しないのは不満だった。
 ここでいっちょ流行らせてやろうではないか、ラム酒漬けならぬナム酒漬けを!
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