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第二十三話 オディロンから見た可愛い教え子(前編)

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 オディロンはこの数年、罪を抱えて生きてきた。

 オディロンの家は代々、宮廷占術士を務めてきた家系だった。オディロンもまた、当たり前のように宮廷占術士となった。
 許嫁が結婚前には亡くなってからは特定の相手を作ることもなく、ひたすらに占術士として働き続けてきた。

 オディロンが罪を抱えることになったのは、正妃殿下の第二子が産まれたときのことだった。
 王族が新たに生まれた場合、必ず宮廷占術士が未来を占うことになっている。
 その者が将来何をなすのかは、国の行く末を左右するからだ。
 数人いる宮廷占術士の中でもオディロンが、リュカと名付けられた赤子を占う大役を担うこととなった。

 正妃が抱く蒼い目の赤子に手をかざし、オディロンは占術を行使した。

 オディロンは見た。
 金髪碧眼の男が、赤い髪の男を斬り殺す様を。場面は変わり、その金髪碧眼の男が今度は高位聖職者を斬り殺し、自らの頭に王冠を載せる様を見た。

 その意味は明らかだ。
 簒奪さんだつ――――

 自らの兄を殺し、自分が王になるのだ。それも、法王が戴冠を拒否したにも関わらず、無理やり王にならんとしている。
 王位というものは神から与えられたものだ。神に代わって、王族が国を統治する。だから、神の代行者として法王が戴冠式に戴冠することになっている。

 法王が戴冠を拒否したということは、どう考えても正当な王ではない。善良な王であるとは、とても思えない。

 占いの内容をそのまま伝えれば、赤子は必ずや秘密裏に処理・・されることだろう。

 オディロンは、金髪碧眼の男が赤い髪の男を倒す未来を見たとだけ伝えた。
 正妃の子だ、これだけならば政治的駆け引きの末に命は助かるだろう。

 法王をも殺し自らの手で戴冠したという内容を隠したのは、国家に弓引くつもりだったからではない。
 赤子が可哀想だと思ったからでもない。
 ひとえに、占術という学問に対する考えからであった。

 占術によってある人が犯罪を犯している未来を見たとして、その人が今罪を犯したことになるだろうか。
 ならない。それがオディロンの考えだ。
 それゆえに、まだ罪を犯してもいない人間が占術の結果如何によって罰されるようなことになってはいけないと考えていた。
 
 ましてや、生後数日の赤子だ。
 だからオディロンは咄嗟に、内容を隠してしまった。

 しかし、内容を隠すのもそれはそれで占術に嘘をつくことだ。
 なにより、自分が隠したせいで実際にあの赤子が将来簒奪者になり、国をめちゃくちゃにしてしまったら?
 オディロンはこの数年間、悩み苦しみ続けていた。
 
 それから数年が経ち……。
 ある日、オディロンは未来が大きく変じるのを感じ取った。
 占術士は、特に自分が見た未来に対しては、変化があればそれを感じ取りやすいものだ。

 あの蒼目の赤子に関する未来が、大きく変わったのを感じた。
 一体、何が起こったのか。
 
 幸い、他の宮廷占術士らはこの未来の変化をまだ感じ取っていないようだ。
 感じ取ったのは、直接未来を見たことのある自分だけだ。

 これを確認するのは、自分の使命だ。自然とそう思った。
 未来を確認して、どうするのかはわからない。
 けれども、自分がやらなければと思ったのだ。
 オディロンは秘密裏に動くことにした。

 しかし、どうやって王族に近づくべきか。
 オディロンには手練手管などない。
 考えた結果、あの赤子だった子供――リュカの指導役チューターに立候補すると決めた。

 王族には城に勤めている宮廷魔術師が、魔術を教えることになっている。第二王子のリュカは今は四歳。普通ならば、まだ魔術の指導役がつく年ではない。
 だからこそ、確実に指導役の枠が空いている。

 オディロンは魔術の早期教育がいかに大切か熱意をもってしたため、さらに魔術だけでなく文字の読み書きや算術等の指導も担当したい旨を添えた書類を、しかるべき部署に提出した。
 
 自分は何をしているのだろう、と思わなくもない。
 だが「やらなければならない」という情熱が、オディロンを突き動かしていた。
 仕事以外のことに熱意を持つのは、ずいぶんと久しぶりのことだった。
 
 やがて結果が出た。
 オディロンは、第二王子の指導役に選ばれたのだ。

 
 それから時が経ち、直接リュカに会って教える日が来た。

「初めまして、リュカ殿下。お会いできて光栄でございます。私はオディロンと申します。これからリュカ殿下の指導役チューターを担当させていただきます」

 丁寧に挨拶をすると、硝子玉のような蒼い瞳が食い入るように自分を見つめていた。赤子だったあの日から変わらぬ、純真そのものの眼差しだ。

 リュカは子供らしく、魔術に興味を示した。
 ごく普通の、可愛らしい子供だ。

 上手く会話を誘導することができて、リュカの未来を占えることになった。
 どうして彼の未来が変わったのか、どのような未来に変わったのか。見極めなければならない。
 オディロンは覚悟を決め、占術を行使した。

 瞼の裏に、未来の光景が映し出される。

 玉座の間だった。
 玉座の間に二つの玉座が並んでおり、二人の王が座っている。……二人の王?
 金髪碧眼の王と、赤髪赤眼の王だ。年齢から見て、リュカとシルヴェストルが大人になった姿のように見える。
 二人も王がいるとはどういうことだ。

 玉座の間の前には何人も人間が拝謁の瞬間を待つために並び、誰もが手に手に献上品らしきものを持っている。
 献上品はどれも食べ物のように見えたが、オディロンが見たことのない食べ物だった。

 二人の王が口を開く。

「フハハハハハ、民よ、我らにじゃんじゃんスイーツを持ってくるのだ! フハハハハハ!」

 高笑いと共に、未来の光景は途絶えた。

 オディロンには、今見えた未来をどう解釈すべきかわからなかった。
 なぜ王が二人もいる。スイーツとはなんだ。なぜスイーツを献上させていた。

「殿下は……大人になられていて、ええと、スイーツと呼ばれる食べ物をたくさん食べておられましたよ」

 何も言わないわけにもいかず、理解できる範囲について伝えた。
 この情報に、リュカは喜んだ。彼はスイーツと呼ばれる食べ物が好きなようだった。

 未来の内容はともかく、どうして未来が変わったかについては理解できた。
 元々の未来では、リュカはシルヴェストルを討っていた。ところが今回見えた未来では、仲良く玉座についていた。
 リュカとシルヴェストルの仲が、おそらくは原因だ。

「スイーツたべほーだいになったら、オディロンせんせーにもスイーツわけてあげるね! あ、そうだ! こんどスイーツつくるとき、スイーツのつくり方をみせてあげるね!」

 リュカが天使のように笑う。
 愛らしい子だ、と思いながら微笑み返していたその時だった。

 彼の身体が傾いた。
 慌てて椅子から落ちかけた彼を受け止めると、顔が真っ赤になっていた。

 オディロンは慌てて侍女を呼び、彼女と駆けつけてきた医術士とにリュカを任せたのだった。
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