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第二十二話 オディロン先生に頼みごと
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「うん、体調良好。顔色も悪くないですね」
かざされていた杖から光が失われ、朝の定期健診が終了した。
医術士による毎朝の定期健診だ。
こうして杖をかざしてなんらかの魔術を行使することで、ぼくの体調を測れるらしい。
「今日は授業を受けられますよ」
ぼくの専属医術士であるセドリックは微笑んだ。セドリックはどこにでもいそうな、はげかけた小太りのおっさんだ。
以前ステラにそう零したら「ああ見えても公爵家の方なのですよ」と教えてもらったことがある。人は見かけによらないなぁ。
「よかったー」
別に授業は受けられなくてもいいが、検診で体調が悪いと判断されたら苦い薬を飲まされるのが嫌だ。
スイーツのろくにないこの世界では、口直しもままならないのに!
「それでは退室させていただきますね。殿下、まだまだ体力は回復し切っていないので、あまり走り回ったりなどはしてはいけませんよ」
「はーい」
生返事をしながら、退室するセドリックを見送った。
こうして今日は、オディロン先生の授業が受けられる日となった。
あまり体力を消耗しないように、ベッドの上で本を読んだりしながら、オディロン先生が来るのを待った。
「おはようございます、殿下」
現れたオディロン先生は、にこにこと爽やかな笑顔を見せてくれた。
「今日もお見舞いの品を持ってきましたよ。今日は果物ではなく、おもちゃにしてみました」
と言って、車輪の取りつけられた木彫りの馬を差し出した。オディロン先生の手の平より、一回り大きいくらいの大きさだ。ぼくにとっては、両手で抱えるくらいの大きさだ。
「ちょっとー、きょうはおみまいじゃなくてじゅぎょーだよー」
元気になったから、お見舞いなんていらないのに。
ぼくはぷくうっと頬を膨らませた。
「おや、それではこちらのおもちゃは不要ですかな?」
「そんなことはいってないもーん。ぼくはやさしいから、もらってあげる」
木彫りの馬に両手を差し出すと、優しく手渡してもらえた。ぼくはぎゅっと馬さんをハグした。
「ははは、殿下が優しい方でよかったです」
オディロン先生はでれでれ顔で笑った。
「それでは、そろそろ授業を始めましょう」
「はーい」
木馬は一旦ステラに大事にしまってもらうことにして、ぼくは授業を受けることにした。
ぼくは適当に手を抜きながら、ほどほどに真面目に授業を受けた。
授業の間、オディロン先生はぼくの回答だけでなく顔色にもよく注視していた。体力がもつかどうか、気にかけているのだろう。
ぼくが倒れたことが、よほどトラウマになっているらしい。
「よく集中されておりましたね。殿下は優秀であらせられます」
「はー、つかれたー」
授業が終わると、ぼくはぐったりと机にうつ伏せになった。
「ふふ、まだ授業に慣れておられないでしょうから、その分余計に疲れるでしょう。それでは、私はお暇させていただきましょう」
「あ、まって!」
オディロン先生が腰を上げかけたので、ぼくはがばっと顔を上げた。
危ない危ない。ぼくはこれから、オディロン先生を口留めしなければならないのだ。
「あのねあのね、きょう、うまさんをもってきてくれてありがとうね?」
まずは今日のプレゼントのお礼を言って、好感度を稼ごう。なんとか自然に、お願いごとができる空気にもっていかなければ。
「ああ、そんなことよろしいのですよ。殿下が喜んでくださるならば、私はなんでもいたしますから」
「ほえ?」
いきなり待ち望んだような言葉が返ってきて、ぼくはびっくりしてしまった。なんでもするなんて言われるほど、ぼくの可愛さ効きすぎちゃった?
「なんでそこまでしてくれるの?」
そのまま頼みごとをすればいいのに、謎すぎて思わず聞いてしまった。
「それはですね……殿下が私の大好物を食べさせてくれたからですかね」
オディロン先生は遠い目をした。
ここではないどこかを見つめるような、そんな眼差しだ。
「だいこーぶつって、キータの実のこと?」
「実を言うと、キータの実はもともと私の許嫁であった女性の好きな食べ物だったのです」
「いいなずけ……」
ぼくは目をぱちくりとさせた。
「彼女とお付き合いをしている当時、私の家の庭にはキータの木が植わっていましてね。そこで生ったキータの実を持っていくだけで、大喜びしてくれたものです。ちょうど殿下のように、ふわふわとした巻き毛の女性でした」
オディロン先生は穏やかな口調で語った。
優しい目つきを見れば、大切な思い出なのだとわかった。
「彼女は必ずキータの実を半分こにしてくれたので、毎回一緒に食べていました。幾度、繰り返したやり取りでしょうね。彼女と共に時を過ごすうちに、いつしか私もすっかりキータの実が好物になっておりました」
口を挟まない方がいいと思い、こくりと頷きながら大人しく話を聞いていた。
「彼女は病弱な人で……病に倒れ、帰らぬ人となりました」
穏やかに語る声が一瞬、揺れた。
「もしも彼女との間に子供ができていれば、こんな感触なのかなと。殿下の頭を撫でさせていただいたときに、思ったのですよ」
「そうだったんだね」
ぼくがオディロン先生をお父さんみたいだと思っているとき、オディロン先生もまたぼくを子供みたいだと思ってたんだな。
「彼女以外に愛せる人が見つかることもなく、ずっと仕事に打ち込んでおりました。殿下にスイーツを食べさせてもらって、久しぶりに人間的な楽しみというものを思い出すことができました。だから私が殿下に入れ込んでしまうのは、個人的な感傷によるものということです」
ふーん。
「ああすみません、殿下には退屈な話でしたでしょうか?」
「ううん、そんなことないよ」
首を横に振ってから、ぼくは椅子の上に立ち、オディロン先生の頭に手を伸ばした。
「いいこいいこ。さびしかったんだね」
「殿下……」
オディロン先生は、目を幾度か瞬かせた。眦の端に光るものが見えた気がしたのは、見なかったことにしてあげよう。
オディロン先生がぼくに並々ならぬ想いを抱いている理由はわかった。
この分なら、ぼくのお願いを聞いてもらえそうだ!
「殿下、椅子の上に立つのは危のうございますよ」
だっこされて、ぼくは椅子の上から下ろされてしまった。
「あのねあのね、せんせー。ぼくね、きいてほしいおねがいがあるの」
「おや、なんでしょうか。それこそなんでも聞いてさしあげますよ」
オディロン先生は、にこにこと目尻を下げた。
よし、きっと大丈夫だ。
「あのね、オディロンせんせー、ぼくをうらなったよね。できればそのけっかをね、だれにもいわないでほしいの」
「誰にも、ですか?」
オディロン先生は目を丸くした。
変なお願いだと思われたかな。
「よくわかりませんが、殿下のお願いならばもちろん叶えますよ。殿下の占いの内容は、墓場まで持っていきましょう……ふふふ、占いの内容を隠すなんて本当は悪いことなのですがね。私たちは共犯ですね」
オディロン先生は唇に人差し指を当て、おどけてウインクをした。
「うん、きょーはんだね!」
これでぼくの未来が漏れることはなくなり、大人に文句を言われる恐れもなくなった。
ミッションコンプリート!
オディロン先生攻略完了! ふっふん。
かざされていた杖から光が失われ、朝の定期健診が終了した。
医術士による毎朝の定期健診だ。
こうして杖をかざしてなんらかの魔術を行使することで、ぼくの体調を測れるらしい。
「今日は授業を受けられますよ」
ぼくの専属医術士であるセドリックは微笑んだ。セドリックはどこにでもいそうな、はげかけた小太りのおっさんだ。
以前ステラにそう零したら「ああ見えても公爵家の方なのですよ」と教えてもらったことがある。人は見かけによらないなぁ。
「よかったー」
別に授業は受けられなくてもいいが、検診で体調が悪いと判断されたら苦い薬を飲まされるのが嫌だ。
スイーツのろくにないこの世界では、口直しもままならないのに!
「それでは退室させていただきますね。殿下、まだまだ体力は回復し切っていないので、あまり走り回ったりなどはしてはいけませんよ」
「はーい」
生返事をしながら、退室するセドリックを見送った。
こうして今日は、オディロン先生の授業が受けられる日となった。
あまり体力を消耗しないように、ベッドの上で本を読んだりしながら、オディロン先生が来るのを待った。
「おはようございます、殿下」
現れたオディロン先生は、にこにこと爽やかな笑顔を見せてくれた。
「今日もお見舞いの品を持ってきましたよ。今日は果物ではなく、おもちゃにしてみました」
と言って、車輪の取りつけられた木彫りの馬を差し出した。オディロン先生の手の平より、一回り大きいくらいの大きさだ。ぼくにとっては、両手で抱えるくらいの大きさだ。
「ちょっとー、きょうはおみまいじゃなくてじゅぎょーだよー」
元気になったから、お見舞いなんていらないのに。
ぼくはぷくうっと頬を膨らませた。
「おや、それではこちらのおもちゃは不要ですかな?」
「そんなことはいってないもーん。ぼくはやさしいから、もらってあげる」
木彫りの馬に両手を差し出すと、優しく手渡してもらえた。ぼくはぎゅっと馬さんをハグした。
「ははは、殿下が優しい方でよかったです」
オディロン先生はでれでれ顔で笑った。
「それでは、そろそろ授業を始めましょう」
「はーい」
木馬は一旦ステラに大事にしまってもらうことにして、ぼくは授業を受けることにした。
ぼくは適当に手を抜きながら、ほどほどに真面目に授業を受けた。
授業の間、オディロン先生はぼくの回答だけでなく顔色にもよく注視していた。体力がもつかどうか、気にかけているのだろう。
ぼくが倒れたことが、よほどトラウマになっているらしい。
「よく集中されておりましたね。殿下は優秀であらせられます」
「はー、つかれたー」
授業が終わると、ぼくはぐったりと机にうつ伏せになった。
「ふふ、まだ授業に慣れておられないでしょうから、その分余計に疲れるでしょう。それでは、私はお暇させていただきましょう」
「あ、まって!」
オディロン先生が腰を上げかけたので、ぼくはがばっと顔を上げた。
危ない危ない。ぼくはこれから、オディロン先生を口留めしなければならないのだ。
「あのねあのね、きょう、うまさんをもってきてくれてありがとうね?」
まずは今日のプレゼントのお礼を言って、好感度を稼ごう。なんとか自然に、お願いごとができる空気にもっていかなければ。
「ああ、そんなことよろしいのですよ。殿下が喜んでくださるならば、私はなんでもいたしますから」
「ほえ?」
いきなり待ち望んだような言葉が返ってきて、ぼくはびっくりしてしまった。なんでもするなんて言われるほど、ぼくの可愛さ効きすぎちゃった?
「なんでそこまでしてくれるの?」
そのまま頼みごとをすればいいのに、謎すぎて思わず聞いてしまった。
「それはですね……殿下が私の大好物を食べさせてくれたからですかね」
オディロン先生は遠い目をした。
ここではないどこかを見つめるような、そんな眼差しだ。
「だいこーぶつって、キータの実のこと?」
「実を言うと、キータの実はもともと私の許嫁であった女性の好きな食べ物だったのです」
「いいなずけ……」
ぼくは目をぱちくりとさせた。
「彼女とお付き合いをしている当時、私の家の庭にはキータの木が植わっていましてね。そこで生ったキータの実を持っていくだけで、大喜びしてくれたものです。ちょうど殿下のように、ふわふわとした巻き毛の女性でした」
オディロン先生は穏やかな口調で語った。
優しい目つきを見れば、大切な思い出なのだとわかった。
「彼女は必ずキータの実を半分こにしてくれたので、毎回一緒に食べていました。幾度、繰り返したやり取りでしょうね。彼女と共に時を過ごすうちに、いつしか私もすっかりキータの実が好物になっておりました」
口を挟まない方がいいと思い、こくりと頷きながら大人しく話を聞いていた。
「彼女は病弱な人で……病に倒れ、帰らぬ人となりました」
穏やかに語る声が一瞬、揺れた。
「もしも彼女との間に子供ができていれば、こんな感触なのかなと。殿下の頭を撫でさせていただいたときに、思ったのですよ」
「そうだったんだね」
ぼくがオディロン先生をお父さんみたいだと思っているとき、オディロン先生もまたぼくを子供みたいだと思ってたんだな。
「彼女以外に愛せる人が見つかることもなく、ずっと仕事に打ち込んでおりました。殿下にスイーツを食べさせてもらって、久しぶりに人間的な楽しみというものを思い出すことができました。だから私が殿下に入れ込んでしまうのは、個人的な感傷によるものということです」
ふーん。
「ああすみません、殿下には退屈な話でしたでしょうか?」
「ううん、そんなことないよ」
首を横に振ってから、ぼくは椅子の上に立ち、オディロン先生の頭に手を伸ばした。
「いいこいいこ。さびしかったんだね」
「殿下……」
オディロン先生は、目を幾度か瞬かせた。眦の端に光るものが見えた気がしたのは、見なかったことにしてあげよう。
オディロン先生がぼくに並々ならぬ想いを抱いている理由はわかった。
この分なら、ぼくのお願いを聞いてもらえそうだ!
「殿下、椅子の上に立つのは危のうございますよ」
だっこされて、ぼくは椅子の上から下ろされてしまった。
「あのねあのね、せんせー。ぼくね、きいてほしいおねがいがあるの」
「おや、なんでしょうか。それこそなんでも聞いてさしあげますよ」
オディロン先生は、にこにこと目尻を下げた。
よし、きっと大丈夫だ。
「あのね、オディロンせんせー、ぼくをうらなったよね。できればそのけっかをね、だれにもいわないでほしいの」
「誰にも、ですか?」
オディロン先生は目を丸くした。
変なお願いだと思われたかな。
「よくわかりませんが、殿下のお願いならばもちろん叶えますよ。殿下の占いの内容は、墓場まで持っていきましょう……ふふふ、占いの内容を隠すなんて本当は悪いことなのですがね。私たちは共犯ですね」
オディロン先生は唇に人差し指を当て、おどけてウインクをした。
「うん、きょーはんだね!」
これでぼくの未来が漏れることはなくなり、大人に文句を言われる恐れもなくなった。
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