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第十七話 ぼくはヤンキー四歳児
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ショートケーキを必ず食べると決心してから、数日後。
クッキーを食べた日と同じくらいには体力が回復して、ぼくは部屋の外を時折散歩するようになった。
この日も、ぼくは城の中を散歩していた。
横には当たり前のようにシルヴェストルお兄様がいた。
「母にクッキーを勧めたら、気に入ってくれてね。目論見通り、お茶会でクッキーが振る舞われるようになりそうだ」
シルヴェストルお兄様が報告してくれた。
最近、シルヴェストルお兄様は当たり前のようにぼくのそばにいる。まるでそばにいないと、いつ倒れるかわからないとでも思っているみたいだ。
「料理人たちが日々クッキー作りに励めば、それだけ質の高いクッキーができあがるようになる。それから、クッキーが当たり前に食べられるようになれば、それだけリュカのレシピの評判が上がる。他にも作りたいスイーツがたくさんあるのだろう?」
シルヴェストルお兄様がニヤリと笑った。
「おにいちゃま、そこまでかんがえてくれていたの……?」
尊敬の念が溢れ出てくるのを感じた。
しかしそこまで考えていたなんて、頭がよく巡るものだ。
「ああ、もちろんだ」
「おにいちゃま、だいすき!」
横を歩いている彼の腰の辺りに、ぼくはひしっと抱き着いた。悪だくみの上手い兄を持つものだ。
ぼくが頼んだから食事の際のデザートにはクッキーが出てくるようになったのだが、実際に日に日にクオリティが高くなっていっている。薄くサクッとした美味しいクッキーが食べられるようになってきた。
数歩離れて後ろには、シルヴェストルお兄様の護衛のアランと、侍女のステラがついてきている。
ステラに他の侍女が近づいてきて、小声で会話を交わし始めた。
一体どうしたのだろうと思っていると、ステラが前に進み出てきて言った。
「王妃殿下が時間が取れたようで、これからリュカ殿下とお会いになりたいそうです」
ことさら大きな声だったわけではないが、シルヴェストルお兄様にも内容は聞こえたようだ。
「なら、散歩はこれくらいにしよう。オレもそろそろ勉強をしなければならないからな」
「うん、わかった……」
シルヴェストルお兄様は、決してぼくのお母様と同席しようとはしない。
正妃であるぼくのお母様と、側妃である彼の母親が敵対関係にあるからだろう。
でも、ぼくにはそれが寂しかった。ぼくの大好きな人と大好きな人が、仲が悪いなんて。
城内の散歩を終えて部屋で休んでいると、連絡された通りお母様がぼくの部屋に来た。
ぼくらはローテーブルを挟んで長椅子に座って、向かい合った。
「久しぶり、リュカ。こまめに会いに来られなくてごめんね。元気にしてた?」
ぼくとそっくりの金髪碧眼の綺麗なお母様は、いつものように優しい声をかけてくれた。案じてくれる言葉から、愛情を感じる。
「うん、げんき! きょうもおさんぽしたんだよ!」
「あら、それはよかった」
ぼくの答えに、お母様は心底から安心したような声音になった。
クッキーを作った日に発熱したとき、お母様をとても心配させてしまった。ぼくはいつ死んでもおかしくないと思われているのだ。実際、一度医術士に死亡を宣告されたらしいし、相当なトラウマものだろう。
具合が悪くなると苦い薬を飲まされるし、闘病生活はぼくもごめんだ。
「ねえ、リュカ。ここのところ具合が悪くて、お勉強をずっとお休みしていたじゃない? そろそろお勉強を再開してもいいと思うの。それで間が長く空いちゃったから、せっかくだから新しい先生にしようと思うの」
お母様は勉強について切り出した。
ついに気ままな生活が終わりを迎える日が来た。これからは、子供の義務であるお勉強をしなければならない。
「あたらしいせんせい?」
「宮廷占術士をやっている偉い魔術師様が、リュカの先生をやってくれることになったの。よかったわね、リュカ」
宮廷占術士といえば、城で雇われて占いや予言をしている魔術師のことだ。
「そのひと、きゅーてーせんじゅつしをやめて、ぼくのせんせいになるの?」
「いいえ、やめないわ。両方やるのよ」
「わあ、けんぎょうだあ……たいへん」
「あら、リュカは兼業だなんて難しい言葉を知っているのね。でも同じ城の中での仕事なのだから、どちらかというと兼任かしらね」
宮廷占術士がどれだけ忙しいか知らないが、ぼくの先生と兼ねるなんて、きっと社畜なんだろうなと勝手に想像した。
「新しい先生をつけてもいいかしら?」
「うん、いいよ」
今までの先生だろうが、新しい先生だろうがぼくにはどうでもいい。快く頷いた。
「それから、ここからは大事な話になるのだけれど」
なんと、先生についての話題は本題ではなかったようだ。どんな大事な話があるのだろうと、居住まいを正した。
「私ね、午前中にシルヴェストル殿下のお母様と一緒にお茶をしたの」
お母様は側妃とお茶会をしたようだ。敵対派閥に属している人と仲がいいフリしてお茶会するなんて、気の抜けない面倒なお茶会だったんだろうな。
「お茶会の中で見たこともない甘味が出てきてね、それについて質問したの。そしたら『貴女の御子息であらせられるリュカ殿下の考案された甘味ですよ。実の母親にまだ知らせていないなんて、きっとリュカ殿下は貴女を驚かせるつもりですのね』って言われてしまったの」
お茶会で出てきたお菓子は、クッキーのことだろう。
そして側妃の言葉は明らかに嫌味だ。
クッキーのことを知らされてないなんて、母親として慕われていないんじゃないかしら。子供をほったらかして酷い母親ね。リュカくんは貴女より、私の息子との方がよほど仲がよくってよ。
それぐらいの意味が詰まっている。
嫌味を言われたお母様の衝撃は、いかほどだっただろう。ぼくはまずお母様に、クッキーを渡してあげるべきだったのだ。
でもお母様は、ぼくのレシピを信じてくれなかった。だからお母様が派閥間争いに負けても、知らないもん。ふーんだ。
「ねえリュカ。リュカは本当に、自分でクッキーっていう甘味を考え出したのかしら? 誰かに教えてもらったんじゃなくって?」
なんとお母様はこの期に及んで、ぼくを信じてくれていなかった。
きわめて常識的な判断ではあるけどね。普通、四歳児はオリジナルレシピを書かない。
「ぼくがかんがえたんだもん」
理屈でわかっていても感情面では呑み込めなくって、ぼくは頬を膨らませて俯いた。
正確にはぼくが考えたわけじゃなくて、前世の記憶から丸パクリしてきただけだけど。お母様が全面的に正しいけれど。
「そう……それならいいの。でもリュカがなにか、悪い人にそそのかされてるんじゃないかと、心配なの」
お母様は「悪い人」とぼかしているけれど、要は側妃派閥にぼくが取り込まれようとしているんじゃないかと心配しているんだろう。
「お菓子のレシピを貴方が開発したことにしてあげるから、うちのシルヴェストルと仲良くしてくれる?」なんて甘い台詞で、側妃がぼくを誘ったとでも思っているのだろう。
スイーツさえ味わえるなら、ぼくは側妃派閥だということになっても一向に構わないけれど。
シルヴェストルお兄様が庇護してくれるって宣言してたし、ぼくはもうとっくに側妃派閥扱いなのかもしれない。
「リュカ、お願いだから付き合う人は慎重に選んでちょうだい」
お母様が、こい願うようにぼくの手を上から包み込んだ。
「今までこの話はしたことなかったけれど、貴方にはリオネルっていう名前のお兄さんがいたのよ。貴方が生まれる前に死んでしまったの。事故で死んだってことになっているけれど……」
へー。シルヴェストルお兄様以外の兄がいたなんて知らなかったなあ。そんな設定、ゲームには出てこなかったもん。
口ぶりからすると、お母様は事故死じゃなかったかもしれないと疑っているようだ。
「証拠は何一つないけれど、シルヴェストル殿下とそのお母様には気をつけなさい」
「……」
お母様の言葉に、ぼくは返事をしなかった。
忠告を聞く気ゼロだからだ。
ぼくは四歳にして親に反抗する不良なのだ!
シルヴェストルお兄様みたいな、ワルワル王子様になれるかな。
ふっふん。
クッキーを食べた日と同じくらいには体力が回復して、ぼくは部屋の外を時折散歩するようになった。
この日も、ぼくは城の中を散歩していた。
横には当たり前のようにシルヴェストルお兄様がいた。
「母にクッキーを勧めたら、気に入ってくれてね。目論見通り、お茶会でクッキーが振る舞われるようになりそうだ」
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最近、シルヴェストルお兄様は当たり前のようにぼくのそばにいる。まるでそばにいないと、いつ倒れるかわからないとでも思っているみたいだ。
「料理人たちが日々クッキー作りに励めば、それだけ質の高いクッキーができあがるようになる。それから、クッキーが当たり前に食べられるようになれば、それだけリュカのレシピの評判が上がる。他にも作りたいスイーツがたくさんあるのだろう?」
シルヴェストルお兄様がニヤリと笑った。
「おにいちゃま、そこまでかんがえてくれていたの……?」
尊敬の念が溢れ出てくるのを感じた。
しかしそこまで考えていたなんて、頭がよく巡るものだ。
「ああ、もちろんだ」
「おにいちゃま、だいすき!」
横を歩いている彼の腰の辺りに、ぼくはひしっと抱き着いた。悪だくみの上手い兄を持つものだ。
ぼくが頼んだから食事の際のデザートにはクッキーが出てくるようになったのだが、実際に日に日にクオリティが高くなっていっている。薄くサクッとした美味しいクッキーが食べられるようになってきた。
数歩離れて後ろには、シルヴェストルお兄様の護衛のアランと、侍女のステラがついてきている。
ステラに他の侍女が近づいてきて、小声で会話を交わし始めた。
一体どうしたのだろうと思っていると、ステラが前に進み出てきて言った。
「王妃殿下が時間が取れたようで、これからリュカ殿下とお会いになりたいそうです」
ことさら大きな声だったわけではないが、シルヴェストルお兄様にも内容は聞こえたようだ。
「なら、散歩はこれくらいにしよう。オレもそろそろ勉強をしなければならないからな」
「うん、わかった……」
シルヴェストルお兄様は、決してぼくのお母様と同席しようとはしない。
正妃であるぼくのお母様と、側妃である彼の母親が敵対関係にあるからだろう。
でも、ぼくにはそれが寂しかった。ぼくの大好きな人と大好きな人が、仲が悪いなんて。
城内の散歩を終えて部屋で休んでいると、連絡された通りお母様がぼくの部屋に来た。
ぼくらはローテーブルを挟んで長椅子に座って、向かい合った。
「久しぶり、リュカ。こまめに会いに来られなくてごめんね。元気にしてた?」
ぼくとそっくりの金髪碧眼の綺麗なお母様は、いつものように優しい声をかけてくれた。案じてくれる言葉から、愛情を感じる。
「うん、げんき! きょうもおさんぽしたんだよ!」
「あら、それはよかった」
ぼくの答えに、お母様は心底から安心したような声音になった。
クッキーを作った日に発熱したとき、お母様をとても心配させてしまった。ぼくはいつ死んでもおかしくないと思われているのだ。実際、一度医術士に死亡を宣告されたらしいし、相当なトラウマものだろう。
具合が悪くなると苦い薬を飲まされるし、闘病生活はぼくもごめんだ。
「ねえ、リュカ。ここのところ具合が悪くて、お勉強をずっとお休みしていたじゃない? そろそろお勉強を再開してもいいと思うの。それで間が長く空いちゃったから、せっかくだから新しい先生にしようと思うの」
お母様は勉強について切り出した。
ついに気ままな生活が終わりを迎える日が来た。これからは、子供の義務であるお勉強をしなければならない。
「あたらしいせんせい?」
「宮廷占術士をやっている偉い魔術師様が、リュカの先生をやってくれることになったの。よかったわね、リュカ」
宮廷占術士といえば、城で雇われて占いや予言をしている魔術師のことだ。
「そのひと、きゅーてーせんじゅつしをやめて、ぼくのせんせいになるの?」
「いいえ、やめないわ。両方やるのよ」
「わあ、けんぎょうだあ……たいへん」
「あら、リュカは兼業だなんて難しい言葉を知っているのね。でも同じ城の中での仕事なのだから、どちらかというと兼任かしらね」
宮廷占術士がどれだけ忙しいか知らないが、ぼくの先生と兼ねるなんて、きっと社畜なんだろうなと勝手に想像した。
「新しい先生をつけてもいいかしら?」
「うん、いいよ」
今までの先生だろうが、新しい先生だろうがぼくにはどうでもいい。快く頷いた。
「それから、ここからは大事な話になるのだけれど」
なんと、先生についての話題は本題ではなかったようだ。どんな大事な話があるのだろうと、居住まいを正した。
「私ね、午前中にシルヴェストル殿下のお母様と一緒にお茶をしたの」
お母様は側妃とお茶会をしたようだ。敵対派閥に属している人と仲がいいフリしてお茶会するなんて、気の抜けない面倒なお茶会だったんだろうな。
「お茶会の中で見たこともない甘味が出てきてね、それについて質問したの。そしたら『貴女の御子息であらせられるリュカ殿下の考案された甘味ですよ。実の母親にまだ知らせていないなんて、きっとリュカ殿下は貴女を驚かせるつもりですのね』って言われてしまったの」
お茶会で出てきたお菓子は、クッキーのことだろう。
そして側妃の言葉は明らかに嫌味だ。
クッキーのことを知らされてないなんて、母親として慕われていないんじゃないかしら。子供をほったらかして酷い母親ね。リュカくんは貴女より、私の息子との方がよほど仲がよくってよ。
それぐらいの意味が詰まっている。
嫌味を言われたお母様の衝撃は、いかほどだっただろう。ぼくはまずお母様に、クッキーを渡してあげるべきだったのだ。
でもお母様は、ぼくのレシピを信じてくれなかった。だからお母様が派閥間争いに負けても、知らないもん。ふーんだ。
「ねえリュカ。リュカは本当に、自分でクッキーっていう甘味を考え出したのかしら? 誰かに教えてもらったんじゃなくって?」
なんとお母様はこの期に及んで、ぼくを信じてくれていなかった。
きわめて常識的な判断ではあるけどね。普通、四歳児はオリジナルレシピを書かない。
「ぼくがかんがえたんだもん」
理屈でわかっていても感情面では呑み込めなくって、ぼくは頬を膨らませて俯いた。
正確にはぼくが考えたわけじゃなくて、前世の記憶から丸パクリしてきただけだけど。お母様が全面的に正しいけれど。
「そう……それならいいの。でもリュカがなにか、悪い人にそそのかされてるんじゃないかと、心配なの」
お母様は「悪い人」とぼかしているけれど、要は側妃派閥にぼくが取り込まれようとしているんじゃないかと心配しているんだろう。
「お菓子のレシピを貴方が開発したことにしてあげるから、うちのシルヴェストルと仲良くしてくれる?」なんて甘い台詞で、側妃がぼくを誘ったとでも思っているのだろう。
スイーツさえ味わえるなら、ぼくは側妃派閥だということになっても一向に構わないけれど。
シルヴェストルお兄様が庇護してくれるって宣言してたし、ぼくはもうとっくに側妃派閥扱いなのかもしれない。
「リュカ、お願いだから付き合う人は慎重に選んでちょうだい」
お母様が、こい願うようにぼくの手を上から包み込んだ。
「今までこの話はしたことなかったけれど、貴方にはリオネルっていう名前のお兄さんがいたのよ。貴方が生まれる前に死んでしまったの。事故で死んだってことになっているけれど……」
へー。シルヴェストルお兄様以外の兄がいたなんて知らなかったなあ。そんな設定、ゲームには出てこなかったもん。
口ぶりからすると、お母様は事故死じゃなかったかもしれないと疑っているようだ。
「証拠は何一つないけれど、シルヴェストル殿下とそのお母様には気をつけなさい」
「……」
お母様の言葉に、ぼくは返事をしなかった。
忠告を聞く気ゼロだからだ。
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