上 下
17 / 57

第十七話 ぼくはヤンキー四歳児

しおりを挟む
 ショートケーキを必ず食べると決心してから、数日後。
 クッキーを食べた日と同じくらいには体力が回復して、ぼくは部屋の外を時折散歩するようになった。

 この日も、ぼくは城の中を散歩していた。
 横には当たり前のようにシルヴェストルお兄様がいた。

「母にクッキーを勧めたら、気に入ってくれてね。目論見通り、お茶会でクッキーが振る舞われるようになりそうだ」

 シルヴェストルお兄様が報告してくれた。

 最近、シルヴェストルお兄様は当たり前のようにぼくのそばにいる。まるでそばにいないと、いつ倒れるかわからないとでも思っているみたいだ。

「料理人たちが日々クッキー作りに励めば、それだけ質の高いクッキーができあがるようになる。それから、クッキーが当たり前に食べられるようになれば、それだけリュカのレシピの評判が上がる。他にも作りたいスイーツがたくさんあるのだろう?」

 シルヴェストルお兄様がニヤリと笑った。

「おにいちゃま、そこまでかんがえてくれていたの……?」

 尊敬の念が溢れ出てくるのを感じた。
 しかしそこまで考えていたなんて、頭がよく巡るものだ。

「ああ、もちろんだ」
「おにいちゃま、だいすき!」

 横を歩いている彼の腰の辺りに、ぼくはひしっと抱き着いた。悪だくみの上手い兄を持つものだ。
 ぼくが頼んだから食事の際のデザートにはクッキーが出てくるようになったのだが、実際に日に日にクオリティが高くなっていっている。薄くサクッとした美味しいクッキーが食べられるようになってきた。

 数歩離れて後ろには、シルヴェストルお兄様の護衛のアランと、侍女のステラがついてきている。
 ステラに他の侍女が近づいてきて、小声で会話を交わし始めた。
 一体どうしたのだろうと思っていると、ステラが前に進み出てきて言った。

「王妃殿下が時間が取れたようで、これからリュカ殿下とお会いになりたいそうです」

 ことさら大きな声だったわけではないが、シルヴェストルお兄様にも内容は聞こえたようだ。

「なら、散歩はこれくらいにしよう。オレもそろそろ勉強をしなければならないからな」
「うん、わかった……」

 シルヴェストルお兄様は、決してぼくのお母様と同席しようとはしない。
 正妃であるぼくのお母様と、側妃である彼の母親が敵対関係にあるからだろう。
 でも、ぼくにはそれが寂しかった。ぼくの大好きな人と大好きな人が、仲が悪いなんて。

 城内の散歩を終えて部屋で休んでいると、連絡された通りお母様がぼくの部屋に来た。
 ぼくらはローテーブルを挟んで長椅子に座って、向かい合った。

「久しぶり、リュカ。こまめに会いに来られなくてごめんね。元気にしてた?」

 ぼくとそっくりの金髪碧眼の綺麗なお母様は、いつものように優しい声をかけてくれた。案じてくれる言葉から、愛情を感じる。

「うん、げんき! きょうもおさんぽしたんだよ!」
「あら、それはよかった」

 ぼくの答えに、お母様は心底から安心したような声音になった。
 クッキーを作った日に発熱したとき、お母様をとても心配させてしまった。ぼくはいつ死んでもおかしくないと思われているのだ。実際、一度医術士に死亡を宣告されたらしいし、相当なトラウマものだろう。
 具合が悪くなると苦い薬を飲まされるし、闘病生活はぼくもごめんだ。

「ねえ、リュカ。ここのところ具合が悪くて、お勉強をずっとお休みしていたじゃない? そろそろお勉強を再開してもいいと思うの。それで間が長く空いちゃったから、せっかくだから新しい先生にしようと思うの」

 お母様は勉強について切り出した。
 ついに気ままな生活が終わりを迎える日が来た。これからは、子供の義務であるお勉強をしなければならない。

「あたらしいせんせい?」
「宮廷占術士をやっている偉い魔術師様が、リュカの先生をやってくれることになったの。よかったわね、リュカ」

 宮廷占術士といえば、城で雇われて占いや予言をしている魔術師のことだ。

「そのひと、きゅーてーせんじゅつしをやめて、ぼくのせんせいになるの?」
「いいえ、やめないわ。両方やるのよ」
「わあ、けんぎょうだあ……たいへん」
「あら、リュカは兼業だなんて難しい言葉を知っているのね。でも同じ城の中での仕事なのだから、どちらかというと兼任かしらね」

 宮廷占術士がどれだけ忙しいか知らないが、ぼくの先生と兼ねるなんて、きっと社畜なんだろうなと勝手に想像した。

「新しい先生をつけてもいいかしら?」
「うん、いいよ」

 今までの先生だろうが、新しい先生だろうがぼくにはどうでもいい。快く頷いた。

「それから、ここからは大事な話になるのだけれど」

 なんと、先生についての話題は本題ではなかったようだ。どんな大事な話があるのだろうと、居住まいを正した。

「私ね、午前中にシルヴェストル殿下のお母様と一緒にお茶をしたの」

 お母様は側妃とお茶会をしたようだ。敵対派閥に属している人と仲がいいフリしてお茶会するなんて、気の抜けない面倒なお茶会だったんだろうな。

「お茶会の中で見たこともない甘味が出てきてね、それについて質問したの。そしたら『貴女の御子息であらせられるリュカ殿下の考案された甘味ですよ。実の母親にまだ知らせていないなんて、きっとリュカ殿下は貴女を驚かせるつもりですのね』って言われてしまったの」

 お茶会で出てきたお菓子は、クッキーのことだろう。
 そして側妃の言葉は明らかに嫌味だ。
 クッキーのことを知らされてないなんて、母親として慕われていないんじゃないかしら。子供をほったらかして酷い母親ね。リュカくんは貴女より、私の息子との方がよほど仲がよくってよ。
 それぐらいの意味が詰まっている。

 嫌味を言われたお母様の衝撃は、いかほどだっただろう。ぼくはまずお母様に、クッキーを渡してあげるべきだったのだ。

 でもお母様は、ぼくのレシピを信じてくれなかった。だからお母様が派閥間争いに負けても、知らないもん。ふーんだ。

「ねえリュカ。リュカは本当に、自分でクッキーっていう甘味を考え出したのかしら? 誰かに教えてもらったんじゃなくって?」

 なんとお母様はこの期に及んで、ぼくを信じてくれていなかった。
 きわめて常識的な判断ではあるけどね。普通、四歳児はオリジナルレシピを書かない。

「ぼくがかんがえたんだもん」

 理屈でわかっていても感情面では呑み込めなくって、ぼくは頬を膨らませて俯いた。
 正確にはぼくが考えたわけじゃなくて、前世の記憶から丸パクリしてきただけだけど。お母様が全面的に正しいけれど。

「そう……それならいいの。でもリュカがなにか、悪い人にそそのかされてるんじゃないかと、心配なの」

 お母様は「悪い人」とぼかしているけれど、要は側妃派閥にぼくが取り込まれようとしているんじゃないかと心配しているんだろう。
 「お菓子のレシピを貴方が開発したことにしてあげるから、うちのシルヴェストルと仲良くしてくれる?」なんて甘い台詞で、側妃がぼくを誘ったとでも思っているのだろう。

 スイーツさえ味わえるなら、ぼくは側妃派閥だということになっても一向に構わないけれど。
 シルヴェストルお兄様が庇護してくれるって宣言してたし、ぼくはもうとっくに側妃派閥扱いなのかもしれない。

「リュカ、お願いだから付き合う人は慎重に選んでちょうだい」

 お母様が、こい願うようにぼくの手を上から包み込んだ。

「今までこの話はしたことなかったけれど、貴方にはリオネルっていう名前のお兄さんがいたのよ。貴方が生まれる前に死んでしまったの。事故で死んだってことになっているけれど……」

 へー。シルヴェストルお兄様以外の兄がいたなんて知らなかったなあ。そんな設定、ゲームには出てこなかったもん。
 口ぶりからすると、お母様は事故死じゃなかったかもしれないと疑っているようだ。

「証拠は何一つないけれど、シルヴェストル殿下とそのお母様には気をつけなさい」
「……」

 お母様の言葉に、ぼくは返事をしなかった。
 忠告を聞く気ゼロだからだ。

 ぼくは四歳にして親に反抗する不良ヤンキーなのだ!
 シルヴェストルお兄様みたいな、ワルワル王子様になれるかな。
 ふっふん。
しおりを挟む
感想 21

あなたにおすすめの小説

転生令息は冒険者を目指す!?

葛城 惶
BL
ある時、日本に大規模災害が発生した。  救助活動中に取り残された少女を助けた自衛官、天海隆司は直後に土砂の崩落に巻き込まれ、意識を失う。  再び目を開けた時、彼は全く知らない世界に転生していた。  異世界で美貌の貴族令息に転生した脳筋の元自衛官は憧れの冒険者になれるのか?!  とってもお馬鹿なコメディです(;^_^A

あと一度だけでもいいから君に会いたい

藤雪たすく
BL
異世界に転生し、冒険者ギルドの雑用係として働き始めてかれこれ10年ほど経つけれど……この世界のご飯は素材を生かしすぎている。 いまだ食事に馴染めず米が恋しすぎてしまった為、とある冒険者さんの事が気になって仕方がなくなってしまった。 もう一度あの人に会いたい。あと一度でもあの人と会いたい。 ※他サイト投稿済み作品を改題、修正したものになります

【完結】『ルカ』

瀬川香夜子
BL
―――目が覚めた時、自分の中は空っぽだった。 倒れていたところを一人の老人に拾われ、目覚めた時には記憶を無くしていた。 クロと名付けられ、親切な老人―ソニーの家に置いて貰うことに。しかし、記憶は一向に戻る気配を見せない。 そんなある日、クロを知る青年が現れ……? 貴族の青年×記憶喪失の青年です。 ※自サイトでも掲載しています。 2021年6月28日 本編完結

乙女ゲームが俺のせいでバグだらけになった件について

はかまる
BL
異世界転生配属係の神様に間違えて何の関係もない乙女ゲームの悪役令状ポジションに転生させられた元男子高校生が、世界がバグだらけになった世界で頑張る話。

人生イージーモードになるはずだった俺!!

抹茶ごはん
BL
平凡な容姿にろくでもない人生を歩み事故死した俺。 前世の記憶を持ったまま転生し、なんと金持ちイケメンのお坊ちゃまになった!! これはもう人生イージーモード一直線、前世のような思いはするまいと日々邁進するのだが…。 何故か男にばかりモテまくり、厄介な事件には巻き込まれ!? 本作は現実のあらゆる人物、団体、思想及び事件等に関係ございません。あくまでファンタジーとしてお楽しみください。

推しの完璧超人お兄様になっちゃった

紫 もくれん
BL
『君の心臓にたどりつけたら』というゲーム。体が弱くて一生の大半をベットの上で過ごした僕が命を賭けてやり込んだゲーム。 そのクラウス・フォン・シルヴェスターという推しの大好きな完璧超人兄貴に成り代わってしまった。 ずっと好きで好きでたまらなかった推し。その推しに好かれるためならなんだってできるよ。 そんなBLゲーム世界で生きる僕のお話。

マリオネットが、糸を断つ時。

せんぷう
BL
 異世界に転生したが、かなり不遇な第二の人生待ったなし。  オレの前世は地球は日本国、先進国の裕福な場所に産まれたおかげで何不自由なく育った。確かその終わりは何かの事故だった気がするが、よく覚えていない。若くして死んだはずが……気付けばそこはビックリ、異世界だった。  第二生は前世とは正反対。魔法というとんでもない歴史によって構築され、貧富の差がアホみたいに激しい世界。オレを産んだせいで母は体調を崩して亡くなったらしくその後は孤児院にいたが、あまりに酷い暮らしに嫌気がさして逃亡。スラムで前世では絶対やらなかったような悪さもしながら、なんとか生きていた。  そんな暮らしの終わりは、とある富裕層らしき連中の騒ぎに関わってしまったこと。不敬罪でとっ捕まらないために背を向けて逃げ出したオレに、彼はこう叫んだ。 『待て、そこの下民っ!! そうだ、そこの少し小綺麗な黒い容姿の、お前だお前!』  金髪縦ロールにド派手な紫色の服。装飾品をジャラジャラと身に付け、靴なんて全然汚れてないし擦り減ってもいない。まさにお貴族様……そう、貴族やら王族がこの世界にも存在した。 『貴様のような虫ケラ、本来なら僕に背を向けるなどと斬首ものだ。しかし、僕は寛大だ!!  許す。喜べ、貴様を今日から王族である僕の傍に置いてやろう!』  そいつはバカだった。しかし、なんと王族でもあった。  王族という権力を振り翳し、盾にするヤバい奴。嫌味ったらしい口調に人をすぐにバカにする。気に入らない奴は全員斬首。 『ぼ、僕に向かってなんたる失礼な態度っ……!! 今すぐ首をっ』 『殿下ったら大変です、向こうで殿下のお好きな竜種が飛んでいた気がします。すぐに外に出て見に行きませんとー』 『なにっ!? 本当か、タタラ! こうしては居られぬ、すぐに連れて行け!』  しかし、オレは彼に拾われた。  どんなに嫌な奴でも、どんなに周りに嫌われていっても、彼はどうしようもない恩人だった。だからせめて多少の恩を返してから逃げ出そうと思っていたのに、事態はどんどん最悪な展開を迎えて行く。  気に入らなければ即断罪。意中の騎士に全く好かれずよく暴走するバカ王子。果ては王都にまで及ぶ危険。命の危機など日常的に!  しかし、一緒にいればいるほど惹かれてしまう気持ちは……ただの忠誠心なのか?  スラム出身、第十一王子の守護魔導師。  これは運命によってもたらされた出会い。唯一の魔法を駆使しながら、タタラは今日も今日とてワガママ王子の手綱を引きながら平凡な生活に焦がれている。 ※BL作品 恋愛要素は前半皆無。戦闘描写等多数。健全すぎる、健全すぎて怪しいけどこれはBLです。 .

神獣様の森にて。

しゅ
BL
どこ、ここ.......? 俺は橋本 俊。 残業終わり、会社のエレベーターに乗ったはずだった。 そう。そのはずである。 いつもの日常から、急に非日常になり、日常に変わる、そんなお話。 7話完結。完結後、別のペアの話を更新致します。

処理中です...