上 下
13 / 57

第十三話 念願のスイーツ

しおりを挟む
 やがて、クッキーの群れが完成した。
 中にはとてもクッキーには見えない代物もあったが、とにかく完成した。

 料理人たちは、パン作りでオーブンを使うことに慣れている。焦げてしまったクッキーもあったが、オーブンから出火するほどの大失敗をした者はいなかった。

 焦げたクッキーは端に避けて、クッキーとは思えないほど膨らんでしまったものも避けて、クッキーっぽい見た目に焼けたものを一つ、手に取った。

「ほう、これがリュカの望んでいたクッキーか」

 シルヴェストルお兄様も、綺麗な見た目のものを手に取った。
 
 本当にクッキーが焼けたのだろうか。
 この世界でも、スイーツが食べられるのだろうか。不安と期待に、心臓が高鳴った。

「いただきます!」

 ぼくはクッキーに齧りついた。
 
 サクッ。

 小気味いい音が鳴り、口の中に甘みが広がった。

「クッキーだ……!」

 理想のクッキーより少し膨らんではいたが、たしかにクッキーの味をしていた。
 ちょっとボソボソしている。やや固い。でも甘くてパンとは違う味で、これはたしかにスイーツと呼べるものだと感じた。
 自分は今、スイーツを食べている。
 ナミニの実を砂糖替わりにする作戦は、成功だ。

「へえ、パンとはまったく違う食べ物だな。なるほど、これは美味い。ナミニの実を入れたりしてどうするんだと内心思っていたが、ナミニの実ほど甘ったるくない。ちょうどいい。いくらでも食えそうだ」

 シルヴェストルお兄様が目を輝かせながら、二個目のクッキーに手を伸ばしていた。

「果物のように甘いのに、果物ではない。クッキー……不思議な食べ物だ」
「ふふ、それがスイーツだよ」

 彼もクッキーの虜になってくれたようでなによりだ。嬉しくて、にっこりと笑った。

「そうか、これがスイーツ……リュカの食べたかったものか」
「うん!」

 ぼくも二個目のクッキーを手に取り、齧りついた。

「おーいしい!」

 この世界に来て初めてのスイーツに、ぼくは満面の笑みを浮かべたのだった。

 中にはこれはクッキーというより、スコーンだろというくらい膨らんでしまっているものもあった。
 複数のクッキーがくっついて巨大クッキーになってしまっているものもあった。
 巨大クッキーはシルヴェストルお兄様と笑い合いながら、二つに割って食べた。
 そうしてぼくたちは、褒美を与えるに相応しいナンバーワンクッキーを決める作業を行った。

「それにしても、果物と違って喉が渇くなクッキーは」

 お兄様が呟いた。

「一緒にお茶も飲みたくなるね」

 ぼくは笑顔で頷いた。

「茶だと……なるほど、そうか。喜べ料理人ども、仕事が増えるぞ」

 何を思い付いたのか、シルヴェストルお兄様が悪い顔でニヤリと笑った。何を考えているのかわからないけれど、ワルワルな顔にぼくはぼうっと見惚れたのだった。

「お母様に新種の甘味として紹介すれば、茶会の席で使われるようになるかもしれん。その時のためにせいぜいクッキー作りの腕を磨いておくんだな」

 なるほど、クッキーはお茶によく合う。
 この世界では焼き菓子もなしにお茶会をしていたなんて、信じられない。スイーツのないお茶会なんて、ルーのないカレーだよまったく。

「かしこまりました、誠心誠意尽くして殿クッキー作りに邁進いたします」
「は……?」

 料理長の発した言葉に、空気が凍りつくのを感じた。

「オレの開発した……? 貴様は今まで、何を見ていたんだ?」

 もともと吊り上がっているシルヴェストルお兄様の目がさらに吊り上がり、料理長をナイフの切っ先のように鋭く睨みつけた。

「リュカが甲斐甲斐しく貴様らに指示を出してやっていただろうが。病弱で病み上がりのリュカが、走り回って! どう見てもクッキーの作り方を理解しているのは、リュカの方だっただろうが」

 ドスの効いた低い声で責め立てられ、可哀想に料理長はぷるぷると震えている。
 シルヴェストルお兄様すごい、借金の取り立ても上手そう。

「オレの弟を舐めているのか? まだ四歳だからって舐めているのか? そうなんだろう? オレのリュカはクッキーの作り方を開発した天才なんだ。発言を訂正しろ。オレの弟を軽んじることは許さん」

 シルヴェストルお兄様が説教しながらぼくの身体を軽く抱き寄せ、ぽんぽんと頭を軽く撫でてくれた。まるでどれだけ大切にしているか、見せつけるかのように。さっきは、手を繋ぐのもぎこちなかったのに!
 
 それにしてもまさかお兄様がぼくのことを、天才とまで思ってくれているなんて。誇らしくて気恥ずかしくて、顔が熱くなってしまう。

「申し訳ございませんッ! 決してリュカ殿下を軽んじたつもりでは……ッ!」

 料理長は床に這い蹲って謝罪した。
 大の大人なのに、子供に怒られて涙を流している。

「あはは……は」

 思わず笑ってしまったら、身体がふらりと揺れた。
 あれ、なんだか本当に顔が熱い。そういえば、身体が怠いや。
 もしかして……身体の具合、悪いかも。

「おにい、ちゃま……」

 ふらりとぼくの身体は、その場に崩れ落ちた。

「リュカ⁉ どうしたリュカ、おい⁉」

 料理人を睨みつけていたときとはまったく違う、焦った赤い瞳が視界に映った。
 あははは、あんなにワルワル王子様なのにぼくが倒れたくらいで本気で困ってる。おかしいの。
 なんて思っているうちに、意識が途切れた。
しおりを挟む
感想 21

あなたにおすすめの小説

転生令息は冒険者を目指す!?

葛城 惶
BL
ある時、日本に大規模災害が発生した。  救助活動中に取り残された少女を助けた自衛官、天海隆司は直後に土砂の崩落に巻き込まれ、意識を失う。  再び目を開けた時、彼は全く知らない世界に転生していた。  異世界で美貌の貴族令息に転生した脳筋の元自衛官は憧れの冒険者になれるのか?!  とってもお馬鹿なコメディです(;^_^A

あと一度だけでもいいから君に会いたい

藤雪たすく
BL
異世界に転生し、冒険者ギルドの雑用係として働き始めてかれこれ10年ほど経つけれど……この世界のご飯は素材を生かしすぎている。 いまだ食事に馴染めず米が恋しすぎてしまった為、とある冒険者さんの事が気になって仕方がなくなってしまった。 もう一度あの人に会いたい。あと一度でもあの人と会いたい。 ※他サイト投稿済み作品を改題、修正したものになります

【完結】『ルカ』

瀬川香夜子
BL
―――目が覚めた時、自分の中は空っぽだった。 倒れていたところを一人の老人に拾われ、目覚めた時には記憶を無くしていた。 クロと名付けられ、親切な老人―ソニーの家に置いて貰うことに。しかし、記憶は一向に戻る気配を見せない。 そんなある日、クロを知る青年が現れ……? 貴族の青年×記憶喪失の青年です。 ※自サイトでも掲載しています。 2021年6月28日 本編完結

乙女ゲームが俺のせいでバグだらけになった件について

はかまる
BL
異世界転生配属係の神様に間違えて何の関係もない乙女ゲームの悪役令状ポジションに転生させられた元男子高校生が、世界がバグだらけになった世界で頑張る話。

人生イージーモードになるはずだった俺!!

抹茶ごはん
BL
平凡な容姿にろくでもない人生を歩み事故死した俺。 前世の記憶を持ったまま転生し、なんと金持ちイケメンのお坊ちゃまになった!! これはもう人生イージーモード一直線、前世のような思いはするまいと日々邁進するのだが…。 何故か男にばかりモテまくり、厄介な事件には巻き込まれ!? 本作は現実のあらゆる人物、団体、思想及び事件等に関係ございません。あくまでファンタジーとしてお楽しみください。

推しの完璧超人お兄様になっちゃった

紫 もくれん
BL
『君の心臓にたどりつけたら』というゲーム。体が弱くて一生の大半をベットの上で過ごした僕が命を賭けてやり込んだゲーム。 そのクラウス・フォン・シルヴェスターという推しの大好きな完璧超人兄貴に成り代わってしまった。 ずっと好きで好きでたまらなかった推し。その推しに好かれるためならなんだってできるよ。 そんなBLゲーム世界で生きる僕のお話。

マリオネットが、糸を断つ時。

せんぷう
BL
 異世界に転生したが、かなり不遇な第二の人生待ったなし。  オレの前世は地球は日本国、先進国の裕福な場所に産まれたおかげで何不自由なく育った。確かその終わりは何かの事故だった気がするが、よく覚えていない。若くして死んだはずが……気付けばそこはビックリ、異世界だった。  第二生は前世とは正反対。魔法というとんでもない歴史によって構築され、貧富の差がアホみたいに激しい世界。オレを産んだせいで母は体調を崩して亡くなったらしくその後は孤児院にいたが、あまりに酷い暮らしに嫌気がさして逃亡。スラムで前世では絶対やらなかったような悪さもしながら、なんとか生きていた。  そんな暮らしの終わりは、とある富裕層らしき連中の騒ぎに関わってしまったこと。不敬罪でとっ捕まらないために背を向けて逃げ出したオレに、彼はこう叫んだ。 『待て、そこの下民っ!! そうだ、そこの少し小綺麗な黒い容姿の、お前だお前!』  金髪縦ロールにド派手な紫色の服。装飾品をジャラジャラと身に付け、靴なんて全然汚れてないし擦り減ってもいない。まさにお貴族様……そう、貴族やら王族がこの世界にも存在した。 『貴様のような虫ケラ、本来なら僕に背を向けるなどと斬首ものだ。しかし、僕は寛大だ!!  許す。喜べ、貴様を今日から王族である僕の傍に置いてやろう!』  そいつはバカだった。しかし、なんと王族でもあった。  王族という権力を振り翳し、盾にするヤバい奴。嫌味ったらしい口調に人をすぐにバカにする。気に入らない奴は全員斬首。 『ぼ、僕に向かってなんたる失礼な態度っ……!! 今すぐ首をっ』 『殿下ったら大変です、向こうで殿下のお好きな竜種が飛んでいた気がします。すぐに外に出て見に行きませんとー』 『なにっ!? 本当か、タタラ! こうしては居られぬ、すぐに連れて行け!』  しかし、オレは彼に拾われた。  どんなに嫌な奴でも、どんなに周りに嫌われていっても、彼はどうしようもない恩人だった。だからせめて多少の恩を返してから逃げ出そうと思っていたのに、事態はどんどん最悪な展開を迎えて行く。  気に入らなければ即断罪。意中の騎士に全く好かれずよく暴走するバカ王子。果ては王都にまで及ぶ危険。命の危機など日常的に!  しかし、一緒にいればいるほど惹かれてしまう気持ちは……ただの忠誠心なのか?  スラム出身、第十一王子の守護魔導師。  これは運命によってもたらされた出会い。唯一の魔法を駆使しながら、タタラは今日も今日とてワガママ王子の手綱を引きながら平凡な生活に焦がれている。 ※BL作品 恋愛要素は前半皆無。戦闘描写等多数。健全すぎる、健全すぎて怪しいけどこれはBLです。 .

神獣様の森にて。

しゅ
BL
どこ、ここ.......? 俺は橋本 俊。 残業終わり、会社のエレベーターに乗ったはずだった。 そう。そのはずである。 いつもの日常から、急に非日常になり、日常に変わる、そんなお話。 7話完結。完結後、別のペアの話を更新致します。

処理中です...