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第七話 完璧で究極のワルワル王子様

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 スイーツもなければ、砂糖もない。
 前世のぼくに託された作戦すら遂行できない。
 ぼくは絶望に打ちひしがれた。

 スイーツのない世界で、どうやって生きていけばいいのか。
 ゲームの中のリュカみたいに、悪の皇帝になって世界を破壊してやろうかな。
 自暴自棄な考えを抱きながらも、療養生活を続けるうちに少しずつ体力は回復していった。

 甘いものが好きなのだと認識されたようで、毎食デザートがついてくる。全部ドライフルーツだけれど。
 見たことのないドライフルーツが出てくる度に、ぼくは「これなあに?」とたずね、フルーツの名前を覚えていった。
 それぞれのフルーツの旬の時期になり、生で食べれる日をぼくは楽しみに生きている。今のところ、それしか希望はない。

「ねえステラ、まだはるにならないの?」

 最近よくぼくの世話をしてくれている侍女のステラに聞いた。

「殿下は早く生の果物を食べたくてたまらないのですね。殿下がそんなに果物好きだとは、存じ上げませんでした」

 ステラはくすりと笑った。
 本当は好きなのは果物じゃなくて、スイーツなんだけれどな。

「雪が解け始めましたから、もうすぐシーニュの実がなりますよ。もうすぐでシーニュの実を生で食べられますからね」

 シーニュの実が生で食べられると聞いて、ぼくは顔をしかめそうになった。
 
 シーニュの実はドライフルーツで食べたことがあるが、やたらちっちゃくて酸っぱい果物だった。
 練乳みたいな甘いものをかけて食べれば、甘酸っぱくてちょうどいいかもしれない。けれども単体では酸っぱすぎる。
 シーニュの実が出てくる日は、必ずあの砂糖の塊みたいに甘いナミニの実のドライフルーツも一緒に頼んだ。交互に食べれば、少しは美味しく感じられた。
 そんなシーニュの実が生になったからと言って、美味しくなるとはさほど思えなかった。

「どうされました?」
「ううん、なんでもない」

 ふるふると首を横に振った。
 ぼくの求めるスイーツには遠く及ばないが、ドライフルーツが唯一の甘味なのだ。文句を言ったりして、ごはんに出してもらえなくなったら大変だ。
 四歳のぼくに権力なんかないと、ぼくは学んだのだ。

「そうだ殿下、少し城の中を散歩してみませんか? 実はつい先日、医術士からお散歩の許可が下りていたのですよ」
 
「おさんぽぉ?」

 きょとんと首を傾げてみせた。
 前世の記憶が蘇ってからこの方、部屋から出たことがなかった。
 部屋の中を歩き回ったりしてみたが、部屋の外に出て長く歩いたりしたら死ぬんじゃないかと思われていたのだ。

 散歩になんて興味はないが、いい暇つぶしになるかもしれない。

「いく!」

 笑顔で頷いた。
 こうして僕は、今のぼくになってから初めて部屋の外に出たのだった。
 
「よいしょ、よいしょ」
「その調子でございます、殿下」

 ぼくは自分の二本の足で、しっかりと着実に城の廊下を進んでいた。
 ステラはぼくのすぐ隣を一緒に歩いてくれている。
 本来なら侍女が仕える相手と並んで歩いたりしないものだけれど、いつ転ぶかわからないぼくをすぐに支えられなきゃいけないからね。

 廊下にはワゴンカートを押しても音が出ないようにか、ふかふかの絨毯が敷かれている。これならば転んでも怪我はしないだろう。
 ぼくは安心して散歩を楽しんでいた。
 大人の足取りと比べれば遅々として進んでいないが、ゆっくりとした足取りでもぼくは体力の回復を実感していた。

 調子に乗ってとことこと進み、曲がり角を曲がる。

「殿下、止まってくださいませ!」

 曲がったところに人がいて、危うくぶつかりそうになったのをステラに手で制止された。

「ごめんなさい」

 ぶつかりそうになった人に謝りながら見上げたら、燃えるような赤い瞳にじろりと睨みつけられた。
 まるで瞳の色と感情が連動しているかのように、二つの瞳から怒りが感じられた。

「あ……」

 ぶつかりそうになった相手は、十代前半の少年だった。
 瞳と同じ赤い髪を上品に撫でつけ、ぼくと同じくらい……いや、ぼくよりも立派な装いをしている。彼の後ろに護衛が控えているし、まず間違いなく偉い人だ。
 すらりと細い身体をしていて、顔つきは少年から青年へと変わる途中のあどけなさが残っている。数年もすれば、アイドルのようなイケメンになりそうだと思った。
 ただ、アイドルと呼ぶにはちょっと目付きが凶悪すぎるかな。

「はじめまして、ぼくのなまえはリュカです」

 なんで怒った顔をしているのかわからないが、ふわふわの金髪の幼児がぺこりと礼をするのを見て、気を許さない人間はいないに違いないと、ぼくは自己紹介をしてみた。
 だが少年は顔色を変えずに、片眉を上げた。

「初めましてだと? 実の兄の顔も覚えていないのか?」

 やっべ、しくった。
 ぼくは心の中で舌を出した。
 知ってる人だった、兄弟だったわ。

 ぼくの兄ということは、悪の皇帝になった場合にこの手で殺すことになる人だろうか。
 ゲーム開始時点で既に死んでたキャラの名前なんて、覚えてないよ。ぼくは危うく口を尖らせそうになった。

「ごめんなさい、おぼえてません。おなまえをおしえてくれますか?」

 開き直って白状した。
 嘘ついたって仕方ないもんね。

「ほ、本気で覚えていないのか……」

 ぼくの兄は、上げた片眉をピクピクとさせた。

「おいアラン、教えてやれ」

 兄は彼の後ろに控えている護衛らしき騎士を振り返りもせず、顎でしゃくって僕を示すという実に傲慢な態度で命令した。

 な、なんて――――なんて極道の跡継ぎに向いている人なのだろう!

 ぼくは感動した。
 まだ十二、三歳ぐらいだというのに人を顎でこき使っている。それが慣れた様子で様になっているのだ。
 こういう風に振る舞っていたら、前世の自分も舐められずに済んだのかもしれない。
 完璧で究極のワルワル王子様だ!

「はわわわわ……!」

 目の前の兄に、尊敬の念ゲージがぎゅんと上がった。
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