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第六話 我が治世に神はいない

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「ははは」

 心の中だけでなく、実際に乾いた笑いが口から出てしまった。

「うふふ」

 お母様の目には普通に笑っているように見えたのか、笑い返してくれた。
 
 それからぼくの中に、さらなる疑問が浮上する。
 この調子では他の物も、前世の常識とは違っているのではないかと。

「お、お塩は? お塩はあるの?」

 心配になって、お母様にたずねた。

「塩? いつもお料理に使われているわよ」

 お母様が笑顔で頷いてくれたので、ほっと胸を撫で下ろした。
 ただし、安心していられたのは次の一言を聞くまでの間のみだった。

「リュカはいろいろ知りたいのね。塩はね、岩石モンスターを倒すと手に入るのよ」

 は? なんて???
 岩石モンスターを倒すと塩が手に入る? ワット?
 そもそもモンスターがいる世界だったんだ、ここ。

「うみ、うみうみうみ海はしょっぱいんだよね⁉」

 焦りのあまり、どもってしまった。
 知っている物理法則が何もかも前世と違ったら、どうしよう。
 モンスターから塩を手に入れているだなんて、海からは塩は取れないのだろうかと気になった。

「海水の味なんて知っている人はいないのよ、リュカ。海は真っ赤で、特別強いモンスターでいっぱいなの。海の水を飲んだら、飲んだ人はモンスターになってしまうと言われているわ」
「ひょえ……」
 
 どうしよう、本気で常識が何もかも違うようだ。
 海が真っ赤でモンスターがいっぱいという事実に恐れ戦いて、息を呑んだのだった。

「ああごめん、怖かったわね。もっと楽しいお話をしましょうね」
「うん……」

 お母様にほのぼのとしたお話を聞かせてもらったが、あまりの衝撃にろくに頭の中に入ってこなかった。
 お話を聞いているうちに体力のないぼくの身体は眠くなって、寝てしまったのだった。

 それから目が覚めたときには、お母様は傍にはいなかった。
 食事をしながら、ぼくは新たに知った事実についてよくよく考えを巡らせた。
 あれ、そういえばモンスターを倒すと塩がドロップして海が赤いという設定のゲーム、聞いたことがあるなと。
 そしてそのゲームはたしか、悪の皇帝リュカが出てくるあのゲームだったなと。

 もしかしてこの世界……ゲームの中の世界なのでは?
 
 不意に湧いた疑問を無視することはできなかった。
 例のゲームについてよくよく思い出してみる必要性がありそうだ。

 例のゲームの名前は『ファンタジー・エムブレム・タクティクス』。略してFETだ。
 ジャンルはシミュレーションRPG。SRPGとも呼ばれるジャンルで、将棋やチェスの駒のようにキャラクターを動かして敵を倒していく、戦略性の高いゲームだ。
 FETでは海が真っ赤で、海に船を出すことはできないという設定だったのを覚えている。塩をドロップするモンスターがいたことも。

 最も重要であろう悪の皇帝リュカについて、特によく思い出してみよう。
 リュカは『我が治世に神はいない』という台詞が一番有名だ。これはリュカが王位を奪った際に、戴冠式でリュカの頭に冠を載せることを拒否した法王を切り捨て、自らの手で自分の頭に王冠を載せた際に言い放った台詞だ。
 とても冷酷で、平気で人殺しをする酷い男なのだ。
 
 リュカはまず実の兄である国王を殺し、王位を奪ってしまう。皇帝を名乗るようになると、軍を拡張しあらゆる国と戦争をしまくる軍国主義を始めてしまう。
 戦争で若い人がたくさん死んで、苦しんでいる民は悪の皇帝が打ち倒されてくれることを望み始める。
 そんな中、軍を離れた元将軍のアランが先々代の王の庶子である主人公を見つけ出した。先々代の王はリュカの父親だから、主人公はリュカの異母弟だ。
 アランは主人公が王の血筋であることを伝え、リュカを打倒して新たな王になってくれるように頼む。
 主人公は頼みを受け、悪の皇帝打倒の旅に出るのだ。

 四歳のぼくの頭では、ちょっと思い出しただけで難しくて頭が痛くなってしまうくらい、シビアで重たい雰囲気のシナリオだ。
 でもSRPGはそうでなくっちゃ、とその手のジャンルが好きな人には好評だった。前世の自分も、シビアで重たいところが好きだった。

 もしもこの世界がFETの世界だとしたら。
 ぼくと同じ名前の悪の皇帝リュカは、もしかしてぼくの未来の姿なのだろうか。
 ぼくはとっても悪い人になってしまって、『我が治世に神はいない』とか言い出すようになってしまうのだろうか。

 ――――ま、どうでもいっか。
 そんなことよりも、スイーツはおろか砂糖すら存在しなかったことの方が大問題だ!
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