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第五話 もう一人のぼくに授けられた作戦
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この世界にまともなスイーツはない。
何を希望にして生きていけばいいのだろう。
これはぼくの名前がどっかのゲームの悪役のおっさんと被っていることなんかよりも、ずっとずっと重大で深刻な問題だった。
気力がなくなったからか、また体調が悪くなってぼくはそれから数日寝込んでおかゆ生活に逆戻りしたのだった。
ちなみにおかゆは前世の言い方で、正確にはポリッジ、あるいはオートミールだ。
寝込んでいる最中、ぼくは夢を見た。
宇宙みたいな空間で、前世のぼくと、今のぼくが向かい合って話をしている不思議な夢だ。
「おう坊主どうした、元気がねェじゃねェか」
極道の跡継ぎだとかいうお兄さんは、気さくに話しかけてくれた。
「あのね、ぼくね、おにいさんみたいにスイーツがたべたいのにね、このせかいにはケーキすらないんだよ」
涙がこぼれそうになりながら、切々と訴えた。
「あァ? んだ坊主、そんなことで落ち込んでやがったのか」
お兄さんはそんなこと、と笑い捨てた。
あれ、お兄さんも甘いものを食べたかったんじゃないの? と疑問に思ったそのとき、彼はニヤリと笑った。
「んなモン、下っ端に作らせりゃーいいんだよ。坊主は王子なんだろ、オレなんかよりずっと偉いんだから下っ端なんていくらでも働かせられるだろ」
「し、したっぱを、はたらかせる……⁉」
思ってもみなかった発想に、ぼくは目をぱちくりとさせた。
「そーだよ。使わなくてどうする、権力」
「そ、そっか。そんなことができるんだ」
ぼくには権力がある。寝込んでばかりで、そんなこと実感したこともなかった。
「レシピはここにある」
お兄さんは、自分の額を指先でコツコツと叩いた。
前世の記憶で、スイーツの作り方がわかるんだ!
「がんばれよ坊主、死ぬならスイーツ腹いっぱい食ってから死ぬんだな」
「わかった、ゆめをかなえるまでがんばる!」
「おう、いい顔になったじゃねェか。じゃあな」
お兄さんの一言を最後に、夢から覚めた。
「はっ!」
僕はベッドの中で目を覚ました。
「あら、おはようリュカ。よく眠れた?」
すかさず優しい声が降ってきたので首を巡らせると、よく見覚えのある高貴そうな女性が慈愛に満ちた視線をぼくに降り注いでいた。
「おかあしゃま!」
ぼくのお母様だった。
金髪碧眼の綺麗な人で、ぼくの容姿が彼女譲りだということがよくわかる。
ぼくが笑顔になると、お母様はぎゅっと抱き締めてくれた。
お母様は、ぼくが寝ているのをベッドの横で見守ってくれていたのだろう。
しかし、夢の中で見たことを忘れてはいけない。
早くスイーツを誰かに作ってもらわなければ。
「おかあしゃま、ぼくね、つくってもらいたいお料理があるの」
「あら、お腹が減っているのね? いい兆候だわ」
ぼくの言葉に、ぱっと表情が華やがせた。
「クッキーっていうなまえなの」
口頭でレシピを伝えるのだから、まずは比較的簡単に作れそうなクッキーのレシピを伝えることにした。
「くっきー? 聞いたことのない料理ね」
お母様は器用なことに、笑顔のまま怪訝そうな顔をした。
「つくりかたをおしえるね」
「あら、リュカが教えてくれるの?」
「まずね、バターとたまごと小麦粉とお砂糖をまぜるの。それをのばしてこれくらいにわけたら」
両手を使って小さい丸を作って示す。
「それをオーブンできつねいろになるまで焼いたら、できあがるの。それがクッキーなんだよ。つくってもらえる?」
「あらあら、美味しそうね」
お母様はおかしそうにくすくすと笑った。
よし、クッキーを作ってもらえそうだ。そう思った瞬間。
「でもね、リュカは王族ですから。少し厳しいかもしれないけれど、この機会にしっかり教えておかなければいけないわね」
お母様がすっと真面目な顔になった。
あ、あれ?
「このお城には、たしかにたくさんの料理人がいるわ。でもね、それ以上にたくさんの使用人がいて、私たち王族の分だけじゃなくって、全員の食事を作らなければならないのよ。とっても忙しくって、子供の思いつきの料理を作っている暇はないのよ。もちろん、リュカがベッドの中で想像を膨らませて、がんばって考えたお料理だっていうことはわかっているわ」
お母様はぼくに静かに言い聞かせる。
お母様の言葉を聞いて、クッキーのレシピは完全に妄想の産物だと思われていることがわかった。
「料理人の人たちは忙しいけれど、リュカは王子だから偉いでしょう。だからリュカが頼んだら、料理人の人たちは無理をしてでも作ってしまうの。どう無理をするかっていうと、お休みの時間をなくしたり、ごはんの時間をなくしたり、寝る時間をなくしたりするの。いけないことだって、わかるでしょう?」
「うん……」
言い聞かせられて、ぼくはしょんぼりと項垂れた。
「やっと少し元気になったばかりのリュカにするには、厳しすぎる話だったかもしれないわね。でもリュカが、ワガママばかり言って周りを困らせる子になって、みんなに嫌われてしまったら悲しいから言ったの。わかってくれるわね?」
「うん、わかる」
どうやら夢の中で前世の自分にせっかく教えてもらった、下っ端にスイーツを作らせる作戦は失敗に終わりそうだ。
肩書きは王子でも、病気ばかりしている四歳の子供に権力などなかったのだ。
ぼくのスイーツ……。
「ああ、ごめんねリュカ! ママ、意地悪なこと言っちゃったわね」
あまりにも意気消沈して見えたのか、お母様がぎゅっと抱き締めてくれた。
「代わりに、リュカが一生懸命に考えてくれたお料理のお話してくれない?」
「うん、わかった」
クッキーについて力説したら、気が変わってくれないだろうか。ぼくは一縷の望みに賭けて、クッキーについて説明することにした。
「クッキーはまるくてね、あまいんだよ」
「あら、甘いお料理なのね。それで?」
「たべるとサクサクして、たのしいの」
「食感がいいのね」
お母様はこくりと頷きながら、話を聞いてくれている。
「くっきーの作り方をもう一度教えてくれる?」
「あのね、バターとたまごと小麦粉とお砂糖をまぜるの」
「そうなの、とっても美味しそうね。『おさとう』って一体何かしら?」
お母様の質問に、ぼくは思考停止した。
今、お砂糖って何って聞かれた? なぜ? もしかしてこの世界には、砂糖が存在しないの?
いやいやいや、砂糖が存在しないなんてありうる⁉
きっと言葉が上手く通じなかっただけに違いない。
「えっとね、すなみたいにさらさらしててあまいやつだよ」
「甘い砂だなんて、魔法みたいね」
お母様の反応から、本当にこの世界には砂糖が存在しないのだと知った。
そりゃスイーツが発展しないわけだ、ははは。
あまりの衝撃に、乾いた笑いが出た。
何を希望にして生きていけばいいのだろう。
これはぼくの名前がどっかのゲームの悪役のおっさんと被っていることなんかよりも、ずっとずっと重大で深刻な問題だった。
気力がなくなったからか、また体調が悪くなってぼくはそれから数日寝込んでおかゆ生活に逆戻りしたのだった。
ちなみにおかゆは前世の言い方で、正確にはポリッジ、あるいはオートミールだ。
寝込んでいる最中、ぼくは夢を見た。
宇宙みたいな空間で、前世のぼくと、今のぼくが向かい合って話をしている不思議な夢だ。
「おう坊主どうした、元気がねェじゃねェか」
極道の跡継ぎだとかいうお兄さんは、気さくに話しかけてくれた。
「あのね、ぼくね、おにいさんみたいにスイーツがたべたいのにね、このせかいにはケーキすらないんだよ」
涙がこぼれそうになりながら、切々と訴えた。
「あァ? んだ坊主、そんなことで落ち込んでやがったのか」
お兄さんはそんなこと、と笑い捨てた。
あれ、お兄さんも甘いものを食べたかったんじゃないの? と疑問に思ったそのとき、彼はニヤリと笑った。
「んなモン、下っ端に作らせりゃーいいんだよ。坊主は王子なんだろ、オレなんかよりずっと偉いんだから下っ端なんていくらでも働かせられるだろ」
「し、したっぱを、はたらかせる……⁉」
思ってもみなかった発想に、ぼくは目をぱちくりとさせた。
「そーだよ。使わなくてどうする、権力」
「そ、そっか。そんなことができるんだ」
ぼくには権力がある。寝込んでばかりで、そんなこと実感したこともなかった。
「レシピはここにある」
お兄さんは、自分の額を指先でコツコツと叩いた。
前世の記憶で、スイーツの作り方がわかるんだ!
「がんばれよ坊主、死ぬならスイーツ腹いっぱい食ってから死ぬんだな」
「わかった、ゆめをかなえるまでがんばる!」
「おう、いい顔になったじゃねェか。じゃあな」
お兄さんの一言を最後に、夢から覚めた。
「はっ!」
僕はベッドの中で目を覚ました。
「あら、おはようリュカ。よく眠れた?」
すかさず優しい声が降ってきたので首を巡らせると、よく見覚えのある高貴そうな女性が慈愛に満ちた視線をぼくに降り注いでいた。
「おかあしゃま!」
ぼくのお母様だった。
金髪碧眼の綺麗な人で、ぼくの容姿が彼女譲りだということがよくわかる。
ぼくが笑顔になると、お母様はぎゅっと抱き締めてくれた。
お母様は、ぼくが寝ているのをベッドの横で見守ってくれていたのだろう。
しかし、夢の中で見たことを忘れてはいけない。
早くスイーツを誰かに作ってもらわなければ。
「おかあしゃま、ぼくね、つくってもらいたいお料理があるの」
「あら、お腹が減っているのね? いい兆候だわ」
ぼくの言葉に、ぱっと表情が華やがせた。
「クッキーっていうなまえなの」
口頭でレシピを伝えるのだから、まずは比較的簡単に作れそうなクッキーのレシピを伝えることにした。
「くっきー? 聞いたことのない料理ね」
お母様は器用なことに、笑顔のまま怪訝そうな顔をした。
「つくりかたをおしえるね」
「あら、リュカが教えてくれるの?」
「まずね、バターとたまごと小麦粉とお砂糖をまぜるの。それをのばしてこれくらいにわけたら」
両手を使って小さい丸を作って示す。
「それをオーブンできつねいろになるまで焼いたら、できあがるの。それがクッキーなんだよ。つくってもらえる?」
「あらあら、美味しそうね」
お母様はおかしそうにくすくすと笑った。
よし、クッキーを作ってもらえそうだ。そう思った瞬間。
「でもね、リュカは王族ですから。少し厳しいかもしれないけれど、この機会にしっかり教えておかなければいけないわね」
お母様がすっと真面目な顔になった。
あ、あれ?
「このお城には、たしかにたくさんの料理人がいるわ。でもね、それ以上にたくさんの使用人がいて、私たち王族の分だけじゃなくって、全員の食事を作らなければならないのよ。とっても忙しくって、子供の思いつきの料理を作っている暇はないのよ。もちろん、リュカがベッドの中で想像を膨らませて、がんばって考えたお料理だっていうことはわかっているわ」
お母様はぼくに静かに言い聞かせる。
お母様の言葉を聞いて、クッキーのレシピは完全に妄想の産物だと思われていることがわかった。
「料理人の人たちは忙しいけれど、リュカは王子だから偉いでしょう。だからリュカが頼んだら、料理人の人たちは無理をしてでも作ってしまうの。どう無理をするかっていうと、お休みの時間をなくしたり、ごはんの時間をなくしたり、寝る時間をなくしたりするの。いけないことだって、わかるでしょう?」
「うん……」
言い聞かせられて、ぼくはしょんぼりと項垂れた。
「やっと少し元気になったばかりのリュカにするには、厳しすぎる話だったかもしれないわね。でもリュカが、ワガママばかり言って周りを困らせる子になって、みんなに嫌われてしまったら悲しいから言ったの。わかってくれるわね?」
「うん、わかる」
どうやら夢の中で前世の自分にせっかく教えてもらった、下っ端にスイーツを作らせる作戦は失敗に終わりそうだ。
肩書きは王子でも、病気ばかりしている四歳の子供に権力などなかったのだ。
ぼくのスイーツ……。
「ああ、ごめんねリュカ! ママ、意地悪なこと言っちゃったわね」
あまりにも意気消沈して見えたのか、お母様がぎゅっと抱き締めてくれた。
「代わりに、リュカが一生懸命に考えてくれたお料理のお話してくれない?」
「うん、わかった」
クッキーについて力説したら、気が変わってくれないだろうか。ぼくは一縷の望みに賭けて、クッキーについて説明することにした。
「クッキーはまるくてね、あまいんだよ」
「あら、甘いお料理なのね。それで?」
「たべるとサクサクして、たのしいの」
「食感がいいのね」
お母様はこくりと頷きながら、話を聞いてくれている。
「くっきーの作り方をもう一度教えてくれる?」
「あのね、バターとたまごと小麦粉とお砂糖をまぜるの」
「そうなの、とっても美味しそうね。『おさとう』って一体何かしら?」
お母様の質問に、ぼくは思考停止した。
今、お砂糖って何って聞かれた? なぜ? もしかしてこの世界には、砂糖が存在しないの?
いやいやいや、砂糖が存在しないなんてありうる⁉
きっと言葉が上手く通じなかっただけに違いない。
「えっとね、すなみたいにさらさらしててあまいやつだよ」
「甘い砂だなんて、魔法みたいね」
お母様の反応から、本当にこの世界には砂糖が存在しないのだと知った。
そりゃスイーツが発展しないわけだ、ははは。
あまりの衝撃に、乾いた笑いが出た。
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