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第四話 ざけんな!

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 ざけんな、スイーツに関してだけ文化レベル低すぎだろ!

 前世の自分だったら、こう叫んでいただろう。それぐらいショックだった。

 普通の食事は、こんなにしょぼくはない。
 ぼくが元気にまともなご飯を食べられたことなど数えるほどしかないが、それでも前世の記憶にあるご馳走とさほど遜色ないレベルのものを食べることができていた。
 そりゃ文化レベルの差はあるけれど、それにしたってこの世界のスイーツが干した果物しかない状況はおかしい。

「なまのくだものはないの?」

 せめて生の果物はないのか、とドライフルーツを持ってきてくれた侍女を見上げてたずねた。
 すると侍女は申し訳なさそうな顔になった。

「申し訳ございません殿下、今は冬でございますから」
「そっかぁ……」

 立ち上がって窓から外を見られたら、雪が降っているのが見えるのかもしれない。煌々と焚かれている暖炉の火だけが、今が冬であることを知るための手段だ。
 それにしても、果物を保存する方法が干すことしかないなんて。それもきっと、砂糖も何も使っていないただの天日干しだろう。
 中世ヨーロッパ風の世界だから、冬に果物を育てられる文明レベルではないのは覚悟していたけれど。

 スイーツに関すること以外ならば、食べ物の保存方法は確立されているはずだ。燻製された肉も、塩漬け魚も出てきた。
 でも燻製も塩漬けも、果物の保存には向かない。
 燻製は一部を除いて、基本的に風味が果物に向いていない。塩漬けも一部の果物なら梅干しっぽくなって美味しいと言えなくもないが、「甘いもの」ではなくなってしまう。
 その他の果物に向いている保存法は、この世界では発明されていないんだろうなあ……。

 それにしても、せっかく元気になったのに、これからドライフルーツしかスイーツを口にできないなんて。僕は絶望した。
 いや、別にドライフルーツは嫌いじゃないんだよ。これはこれで美味しいんだよ。このキータの実とやらも素朴な味で美味しいし。ただ、この先ケーキもプリンもクッキーも何もかもがないのかと思うと……。

「そうだ殿下、ナミニの実もございますよ! 殿下には食べ切れないと思って持ってこなかったのですが、小さく切り分けてもらって持って来ましょうか? とっても甘いですから、元気になれますよ!」

 絶望した表情を見て不憫になったのか、侍女がことさらに明るく提案してくれた。
 
「あまいの?」

 ナミニの実とやらもドライフルーツなんだろう。
 そう思っても、甘いと聞いてつい目を輝かせてしまった。

「ちょっとだけ、たべてみる」
「ああ、よかった! 殿下の食欲が旺盛になられて、王妃殿下も涙を流してお喜びになられますよ! では、今すぐ持って参りますね」

 侍女は小走りで部屋から出て行った。

 それにしても侍女の口からは、ぼくの母親のことは出ても父親の話題は出ない。
 王子のぼくの父親なんだから、国王なんだろう。ところが記憶を探ってみても、国王らしき人物の顔はおぼろげにしか思い出せなかった。
 ぼく、父親に愛されてないんだろうなあ。
 スイーツに比べればどうでもいいことすぎて、淡々と実感したのだった。
 
「殿下、お待たせいたしました!」

 侍女がこれまた小走りで戻ってきた。
 よほど急いで、ナミニの実とやらを食べさせたかったのだろう。

「どうぞ」

 侍女が差し出した皿に載せられているしわくちゃの実は、ほぼ四角形に切られていた。ほんの指先一個分くらいの小ささだ。療養中の体力のない中でも、これくらいならば確実に食べ切れるだろう。
 ぼくはナミニの実を、口の中に放り込んだ。

 瞬間。じゃり、と音がした。

 ナミニの実は、まるで砂糖の塊のような甘さだった。四角く切られていることも相まって、角砂糖を噛んでいるようだった。
 甘すぎる。あまりにも甘すぎる。
 この強烈な甘さでは、たとえ体調が万全だったとしても実一個まるごとは食べ切れなかったに違いない。実一個がどれくらいの大きさか知らないが。小さく切り分けてもらったのは、正解だった。

 とにかく甘い。
 まともなスイーツのないこの世界では、定期的に食べたくなるかもしれないが……これはスイーツではない。

「あ、あまぁい」

 急いで持ってきてもらったのにまずそうな顔をするのは申し訳なくて、ぼくはせいいっぱいの笑顔を浮かべた。

「美味しかったのですね、よかった」

 甘いと美味しいは必ずしもイコールで結ばれるわけではないのだ、とぼくは知った。
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