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第二十二話

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 その後も楽しい一日を過ごした。
 一緒に食事して、いろんなものを見て。
 歩いたら遠くのお店でも、グリュっちに乗ればひとっ飛びだった。

 最後にグリュっちは、マコトの家の前に着く。
 彼に降ろしてもらい、マコトは地面に足をつけた。

「先輩、今日はとっても楽しかったです」
「それならよかった」

 家の鍵を開け、彼を振り返る。
 別れるのがまだまだ名残惜しい。

「あの、マコト。最後にプレゼントがあるんだ」
「え、プレゼント!?」

 思ってもみなかった言葉に、驚きの声を上げた。

「ほら、カーバンクルにもらったエメラルドがあっただろ? あれの加工が終わったんだ」
「あ、ああー! すっかり忘れていました!」

 彼に預けたっきり存在を忘れていた宝石。
 たしか宝飾品に加工して返してくれるという話だったか。

「半年くらい遅れちまったけれど、誕生日プレゼントだ。誕生日おめでとう」

 彼は小箱を取り出すと、マコトの前でパカリと開いた。
 
「これって……」

 それはペンダントだった。
 翠緑の宝石が中央で美しく光り輝いている。

「そうなんだ。被ると思って、あのときは勝手に断っちゃったんだ」

 宝飾品店で押し売りされそうになったとき、彼が断わったのには理由があったのだ。

「マコトは感謝してくれたけど、勝手に断ったのはオレのエゴだったんだよ。幻滅した?」
「まさか、そんなわけありません! すごく、すごく嬉しいです!」

 宝飾品店で薦められたペンダントよりも、このペンダントの方がずっと素敵に見えた。
 マコトに似合うものをと、彼が考えてくれたのだろうか。
 こんな立派な誕生日プレゼントになるとは思っておらず、あまりの嬉しさに涙がこみ上げてきた。

「ありがとうございます、一生大事にします……!」

 ぼろぼろと涙を零しながら、受け取った。

「おっと、外だと涙が凍っちゃうから中に入ろうな」

 涙が凍ってしまうなんてロマンチックな言葉に、くすりと笑う。
 涙が凍るなんて、そんなわけないのに。気遣って言ってくれたのだろう。

 家に入り、部屋の暖炉に火を点けた。
 コートかけにコートをかけると、マコトは小箱からペンダントを取り出した。

「あ、あれ、どうやってつけるんだろう……」

 颯爽とつけた姿を見せてあげたかったのに、ペンダントをつけたことのないマコトはわたわたと手間取ってしまう。

「貸してみな」

 マコトの後ろにさっと回った彼が、ペンダントをつけてくれた。
 どんなときも彼は頼りになる。

 ペンダントをつけてもらったマコトは、くるりと振り返った。

「どう……ですか? 似合ってますか?」

 似合ってるわけないという思いと、彼の贈り物が似合っていてほしいという思いが胸の内で綯い交ぜになっている。尋ねる声は、自信なさげなものになってしまった。

「ああ……想像以上だ! すごい素敵だよ、マコトは」

 マコトを見つめる翠緑の瞳が潤んだのが、見て取れた。
 嬉し泣きをしそうなのは、マコトだけではないようだ。
 つけただけでそんなに喜んでくれるなんて、彼はどうしてこんなに自分のことを第一に考えてくれるのだろう。
 
「カーバンクルがなんでこの宝石をくれたのか謎でしたけれど、いまならわかる気がします。きっと、先輩の瞳と同じ色だったからです」

 ペンダントの飾りの中央にはまったエメラルドは、彼の瞳と同じ常盤色に輝いている。常盤色、永遠に変わらない色。

「僕が喜ぶってわかってたからくれたんですね」
「ああ、マコトが綺麗な心の持ち主だってわかってからだよ」
「そ、そんな……! 綺麗なんかじゃないですよ!」

(綺麗な心の持ち主だからだなんて、そんなお伽噺みたいなこと……異世界ならあるのだろうか?)

 カーバンクルが何を考えていたのか、本当のところは想像してみるしかない。

 胸に輝く緑の宝石に、常に彼が傍にいて守ってくれるような心地がするのではないかと、そんな気がした。

(カーバンクルの宝石を持ってるといいことがあるって、先輩が言ってたもんね。きっと、僕を守ってくれるものだ)

 首から下げているだけで、心が強くなれる気がした。

「じゃあ、そもそも帰るね」

 フェリックスが踵を返そうとした。

「待ってください……!」

 思わず手を掴んで、引き留めてしまった。

「あの、まだ帰らないでほしいです。先輩と……したいので」

 恥ずかしさのあまり彼の顔を見れず、俯く。
 耳まで熱くなってしまっているので、俯いていても赤面していることは彼にバレバレだっただろう。

 今日は先輩とすることになるかもしれないと、ずっと期待していたのだ──キスを。

 手を繋いでくれるし、グリュっちに乗るときには密着してくれるし。告白のときには、ハグされたし。
 彼がマコトとの触れ合いをしたいと思ってくれていることは、きっと間違いないだろう。

 マコトも、もっと彼に触れたいと思っていた。
 今日は、ずっとキスをしたいと思っていた。

 だから、何もなく一日が終わってしまいそうになって、つい彼を引き留めてしまった。
 そればかりか、自分から「キスしたい」なんて大胆なことを口に出してしまうなんて。

 ドキドキと胸の鼓動が五月蝿かった。

「ほ、本当に? ……いいのか、マコト?」

 表情は見えないけれど、声の調子からすると相当彼を驚かせてしまったようだ。

「はい、したいです」

 思い切って顔を上げたら、マコトの潤んだ瞳と翠緑の瞳の視線が絡み合った。
 視線と視線の距離が近づいていって……

「ひゃわっ!」

 てっきりキスをすると思ったのに、マコトの身体が抱え上げられた。
 お姫様抱っこされて、ベッドまで運ばれる。
 マコトの身体は、ベッドの上に下ろされた。

(???)

 マコトの頭の中は大混乱だ。
 なぜ、ベッドまで運ばれたのだろうとハテナでいっぱいだ。

「マコト、愛してる」

 聞いたこともない甘く低い声音で、彼が囁く。

(あ、愛してる……!?)

 好きだとは告白されたときに言われたが、愛しているだなんて初めて言われた。
 キスしたいと言っただけでこんな雰囲気になるとは、思ってもみなかった。

 ベッドの上のマコトに、彼が屈み込む。
 唇と唇が触れ合った。

 柔らかい感触に、「ああこれがキスなんだ」と思う。
 彼が何度もマコトの唇を食む。その度に、マコトにも彼の唇の柔らかさが伝わった。
 お互いの柔らかいところを確かめ合うかのような作業に、マコトは心地よさを覚えた。

 突然、湿った感触に触れた。
 湿ったそれ・・は、マコトの唇を押し割って口内に侵入しようとした。

「……ッ!?」

 驚きのあまり、マコトは彼の胸を押して口を離した。

「あ、ごめん。嫌だったか?」
「す、すみません! キスしたいと言ったのは僕ですけど、まさか大人のキスまですることになるとは思わなくて、つい……!」

 そうかもう大人なのだから、キスといったら大人のキスということになるのか、とマコトは気がついた。
 反射的にキスを中断してしまって、申し訳なさを覚える。

「うん、キス? あ、あー……そうだよな、キスだよな! マコトにしてはやけに大胆だと……いやあの、キスしたいってマコトから言ってくれてすごい嬉しかったぜ!」
「先輩……?」

 なにかを誤魔化すかのようなやけに大きな声に、違和感を覚えて小首を傾げる。

「まだ大人のキスは早かったよな、ごめんな! オレが焦っただけだからマコトは気にしなくていいんだからな!」

 彼の大きな手が、マコトの頭を撫でる。
 優しい手つきに、些細な違和感のことなどすぐに忘れてしまった。
 もっと頭を撫でられたいと思ってしまう。

「じゃああの、今日はこの辺で! マコト、おやすみ!」
「あ……っ」

 なにかに急かされるように、彼は素早くマコトの家を立ち去ってしまった。
 ドアの閉まる音に、寂寥感を覚える。

 一晩中でも撫でられていたかったのに。
 大人のキスをしていたら、もっとたくさん一緒にいられたのかな。
 
 今日は手を繋いで、キスをして、頭を撫でられて。
 いろいろなことができたのに、まだ物足りなかった。

 下腹の辺りが、かすかにぽうっと熱い。

(もしかして僕、先輩とえっちなことしたいと思っちゃってる……!?)

 自覚して、顔が真っ赤になった。
 
 立派な大人なのだから、一応知識はある。
 だけどそういうのはまだまだ先のことだと思っていた。
 そればかりか、自分の方からしたいと思ってしまうなんて。

(どうしよう、先輩に知られたら幻滅されるかも……)

 ぐるぐると思い悩みながら、就寝した。
 
 その夜は、彼が出てくる夢を見た。
 夢の中で彼は「マコト、愛している」と囁き、マコトの身体のいろんなところを撫で回すのだ。

 朝起きると、下着の中が夢精で汚れていた。
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