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第七話
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冒険者ギルド、事務室内。
そこにはフェリックスとマコトだけがデスクに向かっていた。他には人影はない。
これから少しずつ暑くなっていくという彼の言葉通り、夏が訪れ始めたそこはわずかに暑さを孕んでいた。季節が変わっていく予兆があった。
「もう雷の刻近くになっちゃったな。ごめんなマコト、こんなに付き合わせるつもりはなかったんだけど」
フェリックスは焦ったように窓の外に視線を向けた。
いつもは明るい時間に業務が終わるが、今は日が落ちきってすっかり暗くなっていた。
「しょうがないですよ、特急で明日までに依頼を掲示してくれって人が業務終了間際に滑り込んできちゃったんですから」
今日の定時間際のことだった。
最近では水の刻と呼ばれる明るい時間帯に仕事が終わることにも慣れて、今日も一日頑張ったなと達成感を覚えていた頃合い。
職員の一人が大仰に溜息を吐きながら、事務室に戻ってきたのだ。
「はてさて、これは困ったぞ。何もこんな時間に来なくとも……」
「どうしたんですか?」
誰に言うともなく零していた職員に、フェリックスが素早く声をかけた。
(流石は先輩、誰にでも優しいんだな)
そんな彼に、マコトは憧れの思いを強くしていた。
「ああそれがね、さっき来た依頼人が明日には依頼を掲示して欲しいらしくってね。なんでも畑が荒らされて困っているそうだ。すぐに魔物を退治して欲しいと。作物が獲れなかったら、借金まみれになってしまうそうだ。だからつい、引き受けてしまってね」
「ああー……、これは時間がかかるやつですね」
フェリックスは、職員の手元の書類を覗き込んで唸った。
依頼人とは、「この魔物を退治して欲しい」などの依頼を持ってくる人のことだ。
普通は依頼の難易度や報奨金の計算があるので、依頼を受けてから冒険者たちが見るクエスト掲示板に掲示するまで数日かかる。
それを即日掲示して欲しいという人が来たそうなのだ。
「ブライアンさんちのお子さん、まだ小さかったですよね? オレがやっちゃいますよ、この書類」
「いいのかい?」
「ええ、パパが帰ってくるの遅くなったらお子さんも寂しいでしょうしね」
彼は爽やかにブライアンの仕事を代わりに引き受けた。
それから、マコトを振り返った。
「マコト、そういうことだから今日の夕食一緒に食べる約束、ナシになった! ごめんな!」
彼とマコトはしばしば飯屋にでかけて、夕食を共にするのが習慣になっていた。
そこでこの世界のことを教えてもらったり、逆にマコトのいた世界のことについて教えてあげたりするのだ。
今日も一緒に約束していたのだが、彼が残業を引き受けたことによりその約束はなくなってしまった。
マコトは、衝動的に椅子から立ち上がった。
「先輩、僕も一緒にやります!」
「え、そりゃありがたいけど……いいのかマコト、遅くなるぞ」
「いつも先輩のお世話になっているので、お返しがしたいんです!」
マコトは真剣な目で彼を見つめた。
「マコト、お前ってやつは……!」
マコトの申し出に、彼は胸打たれたようだった。
ブライアンは二人に礼を言って、退勤していった。
こうして、ギルドにはフェリックスとマコトの二人だけになったのだった。
「意外に早く仕上がりそうだ。それもこれも、マコトが計算を手伝ってくれたおかげだよ」
「先輩の助けになれて、良かったです!」
彼からのお礼の言葉をもらい、マコトは花の咲くような笑顔を見せた。
それにこれくらいの残業、なんてことはない。
これまでの生活の中で理解してきたのだが、この世界では一刻は約二時間ぐらいらしい。
水の刻の一刻後が雷の刻だ。
つまり残業時間は二時間にも満たない。マコトの感覚では残業のうちにも入らなかった。
いつもより長く彼と一緒にいることができて、幸運だとすら思っていた。
「……よし、これで終わりだ」
ついに書類が仕上がった。
彼は仕上がった書類にメモをつけて、ブライアンさんのデスクに置いた。
「マコト、腹ペコペコだよな? それとももう疲れちゃったかな?」
先輩がこちらに視線を向けて、尋ねてくる。
マコトの返事は決まっていた。
「あの、先輩さえよければ、この時間からでもどこかのお店で一緒に食べたいです」
マコトは恥ずかしげに、上目遣いに頼んだのだった。
前のマコトならばこんな積極性などなかった。
自分から残業を引き受けて、それが終わった後も一緒に食事をしたいなんて。
前までの自分とはまるで別人のような行動をしているのは、この世界に来て生まれかったような心地になれたからだろうか。
マコトは自分でも何故こんな行動を取っているのか、よく分かっていなかった。
ただ、自然と彼の助けになりたい、彼と一緒にいたいと思ってしまうのだ。
「おう、じゃあ行くか」
彼は軽い足取りで事務室の出口へ向かう。
マコトも荷物をまとめて、後に続こうとした。
その時、彼が振り返った。
「なあ、もしかしてマコトってオレのこと……」
「はい?」
マコトはきょとんとした。
「あー、やっぱりなんでもない! 忘れてくれ!」
彼は言いかけたことを取り消すと、自分を罰するかのように両手で自分自身の両頬を張った。
「ど、どうしたんですか突然!?」
「いやいやその、ちょっと自惚れた質問をしちゃいそうになった自分にお仕置き、みたいな?」
「はあ……?」
彼の両頬が赤くなってしまったことが心配で、彼が何を聞こうとしたのかなんて疑問は遠く彼方に吹っ飛んでいってしまった。
二人は行きつけの居酒屋を訪れた。
マコトが勤務初日に連れてきてもらった店だ。
二人でいくつかの店で食事をしてみたが、この店が一番美味くて値段もお手頃だという結論になった。
彼に毎回ラクード地区まで足を運んでもらうことになるのが申し訳ないが、彼は「グリュっちですぐに家に帰れるから大丈夫だ」と言っていた。
飲酒運転にあたるのではないかとマコトは心配したが、人工グリフォンが判断してくれるから事故は起こらないらしい。自動運転AI搭載の空も飛べるバイクといったところだろうか。移動手段に関してはこの世界の方が発達している。
「注文はいつもの感じでいいよな?」
「先輩、タイユは蜂蜜がけでお願いします!」
「おう、分かってるよ。ほんとマコトって甘いものが好きだよな」
マコトの好物であるタイユとは、甘いたこ焼きみたいな食べ物のことだ。
何度か通い詰めるうちに、蜂蜜をかけてもらうオプションがあると知ったのだ。
蜂蜜をかけられたタイユの甘さに、マコトはすっかり魅了されてしまった。
二人分の料理を、彼が一括で注文してくれた。
ミンチの揚げ物に、豆のペースト、串焼きなどなど……二人の好きなものがたんまりテーブルに届いた。もちろん、蜂蜜をたっぷりかけられたタイユもだ。
「いただきます!」
マコトは手を合わせて食事を始めた。
「マコトってさ、食事の前にいつも両手を合わせるよな。それってマコトの世界での食前の祈祷か何かなのか?」
その様子を見て、彼が尋ねてきた。
最近ではよくこうして、前の世界のことを尋ねてくるのだ。
「あ、えっと……お祈りではある、のかな? でも宗教的なものというよりは、習慣に近いと思います。こうして両手を合わせると、『さあ食べるぞ』っていう気分になるんです」
「なるほど、マコトとしては食べる前に手を合わせないと気持ちが悪いってことか」
「はい、そうです」
会話の合間に木製のカトラリーで彼がミンチ肉の揚げ物を切り、口に入れた。
途端に彼はにこりと頬を緩める。
どうやら彼は肉料理が好きなようだ。それも前の世界の基準ではジャンクな料理ほど好きなように思える。
彼は貴族らしいけれど、子供のような好みで可愛らしい。
それとも普段良い物ばかり食べてるから、逆にジャンクフードが好きになるのかな。なんて、マコトは彼の一挙手一投足を眺めていた。
「なんか知らないけれど、毎回手を合わせるマコトを見て可愛いなって思ってたんだ」
「へ!? 僕が可愛い、ですか……?」
突然の言葉に、マコトはビックリした。
「そう。マコトの動作って、ちょこちょこしてて可愛いんだよな」
にこり。
垂れ目を細めて、彼が微笑む。
その瞬間の彼は、本当に王子様のように見えた。
(そういえば先輩って結構イケメンかも……)
マコトはその時、初めて彼の見端が良いことに気が付いた。
目鼻立ちが整っていて、垂れた眦が甘い雰囲気を醸し出している。
きっと女性が放っておかないだろう。
マコトが彼の行動を眺めていたように、彼もまたマコトの一挙手一投足に注目していたらしい。
なんだか恥ずかしくって、マコトは急に猛烈にサラダが食べたくなったかのように、葉野菜を口に掻き込んだ。
「ええと、先輩っていつもいい匂いしてますよね! あの、何か香水とかつけてらっしゃるんですか?」
サラダを無理やりに飲み込み、マコトは話題を変えた。
「ああ、兄からもらった香水をつけてるんだ。オレの兄は香水作りが趣味でさ」
「へえ、お兄さんと仲がいいんですね。僕は一人っ子なので、そういうの羨ましいです!」
それからそれから、と話題を考える。
「えっとあの、そういえば先輩っておいくつなんですか? まだ年齢聞いてなかったなと思って」
「ふふ、なんだそれ。二十五だよ」
「え……!」
マコトは年齢を聞いてショックを受けた。
自分と一つしか違わなかったからだ。別に彼が老けて見えるわけではない。けれども頼りがいがあるから、もう少し離れていると思っていた。
「そういうマコトはいくつなんだ?」
「に、二十四歳です……」
情けなさを覚えながら告白した。
随分と頼りない二十四歳だと思われたことだろう。
「へえ、十七、八くらいかと思ってた!」
彼の驚いた声に、情けなさが募る。
まさかそこまで若く見られていたとは。
「うぅ……そんなに子供っぽいですかね、僕」
「あはは、マコトが可愛いからだよ――――ふうん……もう二十四なら遠慮しなくてもいいな」
情けない気持ちでいっぱいで、彼が呟いた一言が聞こえなかった。
「え、なんて言いました?」
「いやいや、なんでもないよ」
彼はにっこりと笑っている。いったいなんだったのだろう。
そうして他愛もない会話をしているうちに、食事は終わった。
「ごめん、お手洗い行ってくる」
食事が終わって、彼が席を立った。
この世界に来た当初は中世ヨーロッパのような場所だと思っていたが、王都には下水道が完備されている。だから当然トイレも存在する。
人工グリフォンというマコトのいた世界を越える技術力の乗り物が存在するし、ラヂオもすぐに進化してテレビに似た物も作られるのではないだろうか。
中世ヨーロッパだなんてとんでもない、ここはもっと発展した世界だった。
(よし、今の内だ……!)
彼が席を立った隙に、マコトは目的を遂行することにした。
「待たせてごめんなマコト、じゃあ会計を済ませようか」
少しして彼が戻ってきた。
彼の言葉に、マコトは得意げに笑みを見せた。
「お会計なら、済ませておきました!」
「えっ!?」
「約束、覚えてますよね? 初めてのお給料をもらったら、僕が奢るって!」
昨日、マコトは初めてのお給料をもらった。
勤め始めてから一ヶ月が経ったのだ。みんなから、たくさんのお祝いの言葉をもらった。
そして、給料をもらってから初めて彼と食事を共にしたのが今晩の夕食だったのだ。
「あ……!」
すっかり忘れていた、と彼の顔が語っていた。
「そうか、マコトはあの時の約束覚えていたのか。奢ってくれてありがとうな。嬉しいぜ」
「ふふ……っ!」
お礼の言葉がこそばゆくて嬉しくて、マコトははにかんだ。
また一つ、楽しい思い出が増えた晩だった。
そこにはフェリックスとマコトだけがデスクに向かっていた。他には人影はない。
これから少しずつ暑くなっていくという彼の言葉通り、夏が訪れ始めたそこはわずかに暑さを孕んでいた。季節が変わっていく予兆があった。
「もう雷の刻近くになっちゃったな。ごめんなマコト、こんなに付き合わせるつもりはなかったんだけど」
フェリックスは焦ったように窓の外に視線を向けた。
いつもは明るい時間に業務が終わるが、今は日が落ちきってすっかり暗くなっていた。
「しょうがないですよ、特急で明日までに依頼を掲示してくれって人が業務終了間際に滑り込んできちゃったんですから」
今日の定時間際のことだった。
最近では水の刻と呼ばれる明るい時間帯に仕事が終わることにも慣れて、今日も一日頑張ったなと達成感を覚えていた頃合い。
職員の一人が大仰に溜息を吐きながら、事務室に戻ってきたのだ。
「はてさて、これは困ったぞ。何もこんな時間に来なくとも……」
「どうしたんですか?」
誰に言うともなく零していた職員に、フェリックスが素早く声をかけた。
(流石は先輩、誰にでも優しいんだな)
そんな彼に、マコトは憧れの思いを強くしていた。
「ああそれがね、さっき来た依頼人が明日には依頼を掲示して欲しいらしくってね。なんでも畑が荒らされて困っているそうだ。すぐに魔物を退治して欲しいと。作物が獲れなかったら、借金まみれになってしまうそうだ。だからつい、引き受けてしまってね」
「ああー……、これは時間がかかるやつですね」
フェリックスは、職員の手元の書類を覗き込んで唸った。
依頼人とは、「この魔物を退治して欲しい」などの依頼を持ってくる人のことだ。
普通は依頼の難易度や報奨金の計算があるので、依頼を受けてから冒険者たちが見るクエスト掲示板に掲示するまで数日かかる。
それを即日掲示して欲しいという人が来たそうなのだ。
「ブライアンさんちのお子さん、まだ小さかったですよね? オレがやっちゃいますよ、この書類」
「いいのかい?」
「ええ、パパが帰ってくるの遅くなったらお子さんも寂しいでしょうしね」
彼は爽やかにブライアンの仕事を代わりに引き受けた。
それから、マコトを振り返った。
「マコト、そういうことだから今日の夕食一緒に食べる約束、ナシになった! ごめんな!」
彼とマコトはしばしば飯屋にでかけて、夕食を共にするのが習慣になっていた。
そこでこの世界のことを教えてもらったり、逆にマコトのいた世界のことについて教えてあげたりするのだ。
今日も一緒に約束していたのだが、彼が残業を引き受けたことによりその約束はなくなってしまった。
マコトは、衝動的に椅子から立ち上がった。
「先輩、僕も一緒にやります!」
「え、そりゃありがたいけど……いいのかマコト、遅くなるぞ」
「いつも先輩のお世話になっているので、お返しがしたいんです!」
マコトは真剣な目で彼を見つめた。
「マコト、お前ってやつは……!」
マコトの申し出に、彼は胸打たれたようだった。
ブライアンは二人に礼を言って、退勤していった。
こうして、ギルドにはフェリックスとマコトの二人だけになったのだった。
「意外に早く仕上がりそうだ。それもこれも、マコトが計算を手伝ってくれたおかげだよ」
「先輩の助けになれて、良かったです!」
彼からのお礼の言葉をもらい、マコトは花の咲くような笑顔を見せた。
それにこれくらいの残業、なんてことはない。
これまでの生活の中で理解してきたのだが、この世界では一刻は約二時間ぐらいらしい。
水の刻の一刻後が雷の刻だ。
つまり残業時間は二時間にも満たない。マコトの感覚では残業のうちにも入らなかった。
いつもより長く彼と一緒にいることができて、幸運だとすら思っていた。
「……よし、これで終わりだ」
ついに書類が仕上がった。
彼は仕上がった書類にメモをつけて、ブライアンさんのデスクに置いた。
「マコト、腹ペコペコだよな? それとももう疲れちゃったかな?」
先輩がこちらに視線を向けて、尋ねてくる。
マコトの返事は決まっていた。
「あの、先輩さえよければ、この時間からでもどこかのお店で一緒に食べたいです」
マコトは恥ずかしげに、上目遣いに頼んだのだった。
前のマコトならばこんな積極性などなかった。
自分から残業を引き受けて、それが終わった後も一緒に食事をしたいなんて。
前までの自分とはまるで別人のような行動をしているのは、この世界に来て生まれかったような心地になれたからだろうか。
マコトは自分でも何故こんな行動を取っているのか、よく分かっていなかった。
ただ、自然と彼の助けになりたい、彼と一緒にいたいと思ってしまうのだ。
「おう、じゃあ行くか」
彼は軽い足取りで事務室の出口へ向かう。
マコトも荷物をまとめて、後に続こうとした。
その時、彼が振り返った。
「なあ、もしかしてマコトってオレのこと……」
「はい?」
マコトはきょとんとした。
「あー、やっぱりなんでもない! 忘れてくれ!」
彼は言いかけたことを取り消すと、自分を罰するかのように両手で自分自身の両頬を張った。
「ど、どうしたんですか突然!?」
「いやいやその、ちょっと自惚れた質問をしちゃいそうになった自分にお仕置き、みたいな?」
「はあ……?」
彼の両頬が赤くなってしまったことが心配で、彼が何を聞こうとしたのかなんて疑問は遠く彼方に吹っ飛んでいってしまった。
二人は行きつけの居酒屋を訪れた。
マコトが勤務初日に連れてきてもらった店だ。
二人でいくつかの店で食事をしてみたが、この店が一番美味くて値段もお手頃だという結論になった。
彼に毎回ラクード地区まで足を運んでもらうことになるのが申し訳ないが、彼は「グリュっちですぐに家に帰れるから大丈夫だ」と言っていた。
飲酒運転にあたるのではないかとマコトは心配したが、人工グリフォンが判断してくれるから事故は起こらないらしい。自動運転AI搭載の空も飛べるバイクといったところだろうか。移動手段に関してはこの世界の方が発達している。
「注文はいつもの感じでいいよな?」
「先輩、タイユは蜂蜜がけでお願いします!」
「おう、分かってるよ。ほんとマコトって甘いものが好きだよな」
マコトの好物であるタイユとは、甘いたこ焼きみたいな食べ物のことだ。
何度か通い詰めるうちに、蜂蜜をかけてもらうオプションがあると知ったのだ。
蜂蜜をかけられたタイユの甘さに、マコトはすっかり魅了されてしまった。
二人分の料理を、彼が一括で注文してくれた。
ミンチの揚げ物に、豆のペースト、串焼きなどなど……二人の好きなものがたんまりテーブルに届いた。もちろん、蜂蜜をたっぷりかけられたタイユもだ。
「いただきます!」
マコトは手を合わせて食事を始めた。
「マコトってさ、食事の前にいつも両手を合わせるよな。それってマコトの世界での食前の祈祷か何かなのか?」
その様子を見て、彼が尋ねてきた。
最近ではよくこうして、前の世界のことを尋ねてくるのだ。
「あ、えっと……お祈りではある、のかな? でも宗教的なものというよりは、習慣に近いと思います。こうして両手を合わせると、『さあ食べるぞ』っていう気分になるんです」
「なるほど、マコトとしては食べる前に手を合わせないと気持ちが悪いってことか」
「はい、そうです」
会話の合間に木製のカトラリーで彼がミンチ肉の揚げ物を切り、口に入れた。
途端に彼はにこりと頬を緩める。
どうやら彼は肉料理が好きなようだ。それも前の世界の基準ではジャンクな料理ほど好きなように思える。
彼は貴族らしいけれど、子供のような好みで可愛らしい。
それとも普段良い物ばかり食べてるから、逆にジャンクフードが好きになるのかな。なんて、マコトは彼の一挙手一投足を眺めていた。
「なんか知らないけれど、毎回手を合わせるマコトを見て可愛いなって思ってたんだ」
「へ!? 僕が可愛い、ですか……?」
突然の言葉に、マコトはビックリした。
「そう。マコトの動作って、ちょこちょこしてて可愛いんだよな」
にこり。
垂れ目を細めて、彼が微笑む。
その瞬間の彼は、本当に王子様のように見えた。
(そういえば先輩って結構イケメンかも……)
マコトはその時、初めて彼の見端が良いことに気が付いた。
目鼻立ちが整っていて、垂れた眦が甘い雰囲気を醸し出している。
きっと女性が放っておかないだろう。
マコトが彼の行動を眺めていたように、彼もまたマコトの一挙手一投足に注目していたらしい。
なんだか恥ずかしくって、マコトは急に猛烈にサラダが食べたくなったかのように、葉野菜を口に掻き込んだ。
「ええと、先輩っていつもいい匂いしてますよね! あの、何か香水とかつけてらっしゃるんですか?」
サラダを無理やりに飲み込み、マコトは話題を変えた。
「ああ、兄からもらった香水をつけてるんだ。オレの兄は香水作りが趣味でさ」
「へえ、お兄さんと仲がいいんですね。僕は一人っ子なので、そういうの羨ましいです!」
それからそれから、と話題を考える。
「えっとあの、そういえば先輩っておいくつなんですか? まだ年齢聞いてなかったなと思って」
「ふふ、なんだそれ。二十五だよ」
「え……!」
マコトは年齢を聞いてショックを受けた。
自分と一つしか違わなかったからだ。別に彼が老けて見えるわけではない。けれども頼りがいがあるから、もう少し離れていると思っていた。
「そういうマコトはいくつなんだ?」
「に、二十四歳です……」
情けなさを覚えながら告白した。
随分と頼りない二十四歳だと思われたことだろう。
「へえ、十七、八くらいかと思ってた!」
彼の驚いた声に、情けなさが募る。
まさかそこまで若く見られていたとは。
「うぅ……そんなに子供っぽいですかね、僕」
「あはは、マコトが可愛いからだよ――――ふうん……もう二十四なら遠慮しなくてもいいな」
情けない気持ちでいっぱいで、彼が呟いた一言が聞こえなかった。
「え、なんて言いました?」
「いやいや、なんでもないよ」
彼はにっこりと笑っている。いったいなんだったのだろう。
そうして他愛もない会話をしているうちに、食事は終わった。
「ごめん、お手洗い行ってくる」
食事が終わって、彼が席を立った。
この世界に来た当初は中世ヨーロッパのような場所だと思っていたが、王都には下水道が完備されている。だから当然トイレも存在する。
人工グリフォンというマコトのいた世界を越える技術力の乗り物が存在するし、ラヂオもすぐに進化してテレビに似た物も作られるのではないだろうか。
中世ヨーロッパだなんてとんでもない、ここはもっと発展した世界だった。
(よし、今の内だ……!)
彼が席を立った隙に、マコトは目的を遂行することにした。
「待たせてごめんなマコト、じゃあ会計を済ませようか」
少しして彼が戻ってきた。
彼の言葉に、マコトは得意げに笑みを見せた。
「お会計なら、済ませておきました!」
「えっ!?」
「約束、覚えてますよね? 初めてのお給料をもらったら、僕が奢るって!」
昨日、マコトは初めてのお給料をもらった。
勤め始めてから一ヶ月が経ったのだ。みんなから、たくさんのお祝いの言葉をもらった。
そして、給料をもらってから初めて彼と食事を共にしたのが今晩の夕食だったのだ。
「あ……!」
すっかり忘れていた、と彼の顔が語っていた。
「そうか、マコトはあの時の約束覚えていたのか。奢ってくれてありがとうな。嬉しいぜ」
「ふふ……っ!」
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