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第三十六話 二人一緒で *

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 「オレは力不足なのだろうか」

 翌日のことだった。
 耳に届いた彼の嘆息にオレは読んでいた本から顔を上げた。
 読んでいたのは彼に選んでもらった霊医術の入門書だ。

 椅子を引き、振り返る。

「ん?」
「ルノにも聞こえていたと思うが……父に『お前には力が足りない』と評された」

 幻のようだった昨夜の出来事。
 厳めしい顔をしたアレクシスの父は、容赦なく息子を突き放すような言葉を放ったのだった。
 その瞬間のことを思い出しているのか、アレクシスの眉間には深い皺が寄っていた。

「オレはグロースクロイツ家の跡取りに相応しくないのだろうか」
「…………」

 その悩みには軽々しく立ち入ることは出来ないと思った。
 例え彼と想いで結ばれた仲と言えど、それを理由にして肯定も否定もすべきではないと思った。所詮オレは部外者でしかない。
 だからオレは代わりにこう言うことにした。

「じゃあ、もし跡取り失格って言われたらオレと一緒に生活すればいい。日銭を稼いで暮らすんだ」

 それは至極軽い口調だったが、とても勇気のいる一言だった。
 もしも拒絶されたら……考えるだけで恐ろしいことだったが、オレは踏み出すことに決めたのだ。

 一瞬の間。

「…………ふっ」

 彼の顔が柔らかく笑顔を浮かべた。

「そうか、それは楽しそうだな。むしろ跡取り失格になりたいくらいだ」
「ふん、いかにもお貴族様らしい能天気な台詞だな」

 憎まれ口を叩きながらも、くすりと微笑み返した。
 彼の言葉に嬉しさが溢れてくるのを抑えきれなかった。オレと一緒なら苦しみを共にしてもいいと彼は言ってくれたようなものだからだ。

「オレも、何故あんたの父親が昨晩突然現れたのか考えてた」
「何?」

 アレクシスは目を丸くする。

「結果的には助けられたが、あんたに頼んでいたんだからあんたの父親が出張ってくる必要なんてなかった。それでも昨晩、学園に足を運んだのは多分……」

 少し、口ごもる。
 言っていいのだろうかという躊躇がある。
 オレがアレクシスの父親に会ったのは昨晩のあの時だけで、それ以外のことはほとんど何も知らない。だから、これはほとんど勘だ。

「多分、心配になったんじゃないか?」
「心配に? それはオレのことが? それともヒュフナーのことが?」

 アレクシスの言葉にオレは肩を竦めた。
 まかり間違って息子が殺されてしまうんじゃないかと心配したのか。或いは逆に息子に親友を殺させたくないと気が変わったのか。どちらかは分からないが、『何も知らなくていい。敵を討て』とだけ息子に文を送り返した癖に途中で心変わりしたに違いないのだ。

「言葉とは裏腹に、気の迷いがあったんじゃねえのかな」

 多分、あの厳めしい顔を目の前にしてだったらこんなことは言えなかっただろう。
 少し時間が経った今だからこそそう思うのだ。

「そうか。ルノにはそう見えたか」
「違ったか?」

 アレクシスは考えるように床に目を落とした後、ほうっと息を吐いた。

「いや。ルノはオレが見えてなかったことを教えてくれた。……ありがとう」

 アレクシスは憑き物が落ちたような晴れた顔をしていた。

 多分、残念ながらアレクシスとその父の間には些かの価値観の相違があるだろう。アレクシスはオレのような人間にも対等に目を向けてくれるが、父親は生粋の魔術師らしく幾分かの平民の犠牲は仕方ないと思っている節がある。
 それでも人間らしい気の迷いや躊躇のある、血の通った人間同士だ。アレクシスは価値観の違いに何処かで折り合いを付けて生きていくのだろう。彼の表情を見てそう感じ取った。

「……ヒュフナー教授はどうなるんだ?」

 静かに尋ねた。

「彼の諸々の悪事が明るみに出たのだから、そりゃ大罪人扱いさ」
「……そう」

 アレクシスの言葉に心が沈むのを感じた。
 信頼していた教師の犯した凶行にまだ心の整理が追い付かなかった。
 別に裏切られるのがこれで初めてという訳じゃない。傭兵稼業の中ではそういうことも度々あった。
 だが……世の中にはヒュフナー教授のような『普通の善良な大人』が本当は多くいるのだと、一瞬でも幻視していた。
 教授の処分自体は当然だと思うが、彼はこれから処刑されたりするのかもしれないと思うと一抹の物悲しさを覚えるのだった。

「ショックか?」
「いや」

 首を横に振った。

 オレの感傷は口に出すべきではない。
 何故なら、アレクシスの父が口にしていた。ヒュフナーがグロースクロイツ家の使用人を勝手に実験材料云々に、と。その使用人というのが誰の事か分からないが、使用人が急死することなどそうはあるまい。やはりアレクシスの乳母のことではないのだろうか。
 だとすれば、ヒュフナーはアレクシスの大事なひとの仇だ。オレがヒュフナーに対して感じている憐憫は徒に口にするべきではないだろう。

 代わりに、ニヤリと笑うと立ち上がってアレクシスのベッドに腰を下ろす。
 ギシリとベッドが軋んだ。

「アレクの方こそ元気がねえんじゃねぇのか?」

 彼の愛称を口にし、彼が手を伸ばせばいつでも触れられる距離まで身体を寄せた。
 これなら彼を挑発していることがハッキリと理解できるだろう。

 なにせ、昨晩は何もなかったのだ。
 一連の騒動が終わり、二人で部屋に帰った後。
 積極的な彼のことだから、すぐにでも甘い言葉を囁いてオレを優しく押し倒すのではないかと思っていた。
 実際、ベッドに押し倒されはしたのだ。ただ「猫と魂を入れ替えられたりなんてしたのだから早く寝て養生しなさい」という理由だったが……。
 まったくお貴族様は行儀が良過ぎる。オレは期待してたのに。
 まあオレも疲れが出たのかすぐに寝入ってしまったから、結果的にはアレクシスが正しかったのかもしれない。

 だが、今日は違う。
 だってオレが実質告白のような言葉を吐いてやったのだから、アレクシスはもっとそれに喜び咽ぶ顔を見せるべきだ。

 そっと、彼の手に触れる。

「る、ルノ……っ!?」

 驚きに目を見開く彼の顔が赤らんでいくように見えた。
 少し撫でただけの手の甲も、熱く熱を持っていく。

 こうしている間だけでも彼の頭から煩雑なことが消え去って、元気づけられるといいのだが。

「どうした? 昨日みたいに……抱き締めてくれないのか?」

 いつだったかはいきなりキスした癖に、と唇を尖らせる。
 アレクは存外迫られることに慣れてないのだろうか。

「ああ、いや――――すまない。少し思考が飛んでいた」
「なんだそりゃ」

 彼は目を瞬かせると、ゆっくりとオレの身体に腕を回した。
 彼の腕が身体を包み込むのに合わせて、オレは目を閉じて顎を上げた。
 もちろん、接吻くちづけを待つために。

「……っ」

 息を呑む音。
 彼の狼狽える顔が見えるようだ。
 一瞬、その可愛い顔を見る為に目を開けたくなる。
 その衝動を抑えて目を閉じていると……

 柔らかく、触れた。
 彼の口が優しくオレの唇を食む。
 彼の呼吸が微かに空気を綯い交ぜる。

 そして一度口が離れた感触に目を開けると、彼の瞳と目が合った。

「ルノ。好きだ」

 低い囁き。胸の内から熱いものが込み上げてくる。

「オレも、好きだ」

 気が付いたら口にしていた。
 その事実に頬がかあっと熱くなる。

「ふふ」

 抱き締める腕に力が篭もる。
 再びの接吻くちづけ。
 今度は唇を押し割って舌を挿し入れ、深く。

「っ」

 その湿った感触をオレは受け入れる。
 彼の舌にオレの舌を絡めると、どこか甘い感覚が身体に広がった。

 むずむずと、擽ったくも焦れったい感覚。
 それは下腹部から身体全体へと拡がっていく。
 もっと欲しい、と口づけを交わしたまま身体を擦り寄せる。
 体重を預けると、二人の身体はゆっくりとベッドの上に倒れた。

「……っ」

 彼が口を離し、オレを見下ろした。
 舌先から唾液の糸を伝う、その顔がニヤリと不敵に笑った。
 彼のその表情に身体が疼くのを感じた。

「アレク」

 彼の手がオレのシャツを捲り上げる。
 幾つもの傷跡を残した白い肌が露わになる。縫合して塞いだ醜い痕や、自然治癒に任せた亀裂のような傷跡たち。
 それらが晒されたことに一瞬怯み、身体が竦んでしまう。

「すまん、嫌だったか」

 彼が手を止めてしまった。

「違ぇ」

 何を手を止めてやがるんだと彼を睨み上げる。
 そしておずおずと、自らの手でシャツを捲り上げた。
 傷跡だらけの身体を彼の眼前に晒す。

「……見せられるのは、あんただけだ」
「……っ!」

 彼が大仰に目を見開くので、思わず恥ずかしくなってしまう。
 舐め回すように肌を見つめられている。

「綺麗だ」

 ぽつり、彼が呟いた。

「は、はあ? そういう変な世辞はいらねえから」

 こんな身体が綺麗な筈ないと分かっているのに、彼の言葉に嬉しくなってしまうのが止められなかった。頬が熱くなり、目を逸らす。

「嘘じゃない。本当に綺麗だと思う」

 彼は低く囁きながら屈み込み、オレの首筋にキスを落とした。
 擽ったさに笑うと、彼の唇が何度も降ってくる。
 そして、彼の指が優しくオレの傷跡をなぞった。痛まないように、そっと。

「変な触り方すんな……」

 まさしく彼と触れ合う為にこうしてベッドに身体を横たえているのだが。
 まさか傷跡を愛でられるとは思っていなかった。何処までも物好きな男だ。

「でも、嫌じゃないんだろう?」

 彼がお決まりの文句を言って、いつもの自信に満ち溢れた笑みを浮かべてみせる。
 彼の笑みにオレもふっと力が抜けて、彼に身を委ねることにした。

「…………んっ」

 愛撫され、時には接吻けをされ。心地よさにゆるりと甘い息を吐いた。
 胸の傷の一つを彼の指がなぞると、胸の尖りがきゅんと上を向く。
 その尖りを彼の唇が軽く口に含んだ。

「あっ」

 ジン、と身体を震わせる快感が広がる。
 軽く食まれただけなのに尖りが硬さを持っていくのが分かった。

「感じるのか」

 低い囁きに、オレはこくりと頷いた。
 アレクはそれを見てほくそ笑み、尖りに手を伸ばした。彼の黒い指が触れる。

「ん、はぁ……」

 尖りを指の腹で撫で、軽く圧される。その微弱な刺激が身体の内の熱を段々と昂らせていく。
 自身が内側から下着を押し上げているのが分かる。
 胸や傷跡ばかり触れる彼の手を掴むと、それをオレの下肢へと導いた。

「っ」

 彼の手が狼狽えたかのように一瞬、固まる。

「アレク……」

 熱の籠もった息を吐いて彼の目を見つめると、彼の手はゆっくりと動き始めた。確かめるように、布地の上からオレの昂りの形を撫でる。彼の愛撫に合わせてその昂りは抑えがたいものになった。
 それを感じ取ったかのように彼はオレの下衣に手をかけた。緩やかに、下肢が空気に晒されていく。
 やがてオレは一糸纏わぬ姿にされた。

 欲を示しているオレの中心を彼がそっと握り込んだ。

「あ……っ」

 敏感な部分に刺激が走る。
 甘い快楽にオレのそれは彼の手の中で大きくなる。アレクはそれを愛でるように先端を撫で回した。

「あぁっ、アレク……っ!」

 自分で弄るよりもずっと強い刺激に、思わず身を捩ってシーツを掴んだ。
 まるで長いことその快楽を待ち望んでいたかのように、オレの身体は刺激に鋭敏に反応する。彼への好意を自覚した時から――――或いはこの手に黄薔薇を刻印された時からずっと、彼との行為を期待していたかのように。
 無意識の望みを不意に自覚して、顔から火が出るかと思った。
 オレは心の何処かでずっと彼に抱かれる夢想をしていたのではないだろうか。ズクリと下肢が疼く。

「可愛いな」

 急に赤面したオレの顔を見て彼が微笑む。
 それでも赤面した真意までは読み取れていないだろう。性器を弄られているから恥じらっているのだろうとでも思っているに違いない。
 今、彼に頭の中を読み取られたらきっとオレは恥ずかし過ぎて死んでしまうだろう。

「あっ、あぁ……ッ!」

 親指の腹で先端を押し潰すように刺激され、喘いだ。
 彼が悦びそうな高い声を出して喘いでいるのは媚びからではない。彼の手に直接触れられているのだと思うと、身体が反応して止まらないのだ。

「待っ、アレク……!」

 彼が撫で回すそこはもう湿り気を帯びて彼の愛撫をさらに円滑なものとしている。
 これ以上の刺激には堪え切れる訳がなかった。

「う……っ!」

 彼の手の中に、吐精した。
 彼の黒い手が白く濁った精で汚れている。
 その光景に酷く倒錯的な何かを感じて、目を逸らした。

「ん……」

 射精後の倦怠感に暫し天井を仰ぐ。
 彼が汚れた手を拭いているのか布の擦れる音がする。

「ルノ」
「うん?」
「続きをしても構わないか?」

 彼の声に視線を戻すと、彼のスラックスの中心の膨らみが目に付いた。

「続きって……」
「その……君を、抱きたい」

 彼はオレを真っ直ぐ見据えて言った。
 この続きと言えば、もちろん彼のそれを体内に受け入れるということになるのだろう。
 ごくりと唾を飲む。

「もしかしてそこまでするつもりはなかったか……?」

 ほんの少し押し黙っただけで、彼は不安そうに眉を下げる。
 変なところで押しの弱い彼の悪い癖だ。まあ、オレも彼のそういうところが好きになったのだが。

「"そういうつもり"だったからキスしたんだよ」

 いちいち口に出して言わないと分からないのだろうか。
 ……確かに、オレもはっきりと言葉で言ってもらうまで彼の好意を疑っていたこともあった。
 お互い様かもしれない、とふっと微笑む。

「そうか、なら少し待っててくれ」
「?」

 彼は一旦ベッドを降りると、自分の机の引き出しを探り出し始めた。
 一体何をしているのかと訝しんでいると、彼は一本の瓶を手に戻ってきた。
 透明な油のようなものが瓶の中で揺れている。

「こういうものがあった方がいいだろう?」

 瓶を開けてその透明な粘性の液体を手の平の上に垂らすアレク。そんな彼を見て、液体の用途を把握する。

「ああ」

 曖昧に頷いてじっと待っていると、彼はその液体を掌に馴染ませる。
 そしてその濡れた手をオレの下肢へと伸ばした。

「……っ」

 精を放ったばかりで萎えた柔らかい中心、双嚢、そして後孔が彼の手によって優しく撫でられ、濡れる。
 くちゅくちゅと水音を立てて粘液が馴染ませられていく。
 その内彼の指の先端が後孔に沈み込むようになる。

「ン……っ、ふふ。なんか泥んこ遊びみたいだな」

 アレクが真剣な顔をしてオレの下肢を弄っているのが面白くて、思わず笑いが零れてしまった。

「ほう、泥んこ遊びだと?」

 アレクの瞳がきらりと悪戯っぽく光る。

「それはどうかな」

 つぷりと彼の指が入口を押し割って挿入る。痛みはない。湿り気を帯びた少しの異物感がオレの内側を進む。指一本受け入れるくらいならすぐに慣れそうだと思った。
 彼が何をする気なのかとじっと黙って見る。湿った音が響く度に、下肢の疼きが段々と大きくなっていく気がする。

「あ……っ」

 カリっ、と彼の指がある場所を掠めた途端、思わず声が出てしまった。

「ここがイイ場所か」

 彼の指の腹が陰茎の根元の裏側辺りを擦り上げる。
 すると腹の中が熱くなるほどの快感が身体を駆け巡った。

「あっ、あぁ……っ!」

 陰茎を弄られた時の快楽とはまた違った、身体が溶けてしまいそうな快感に声を上げて悶える。
 アレクはそんなオレの顔にじっと視線を注ぎながら、ゆっくりと指を動かし続けている。
 円を描くように擦られると特に堪え難くて、シーツに鋭く爪を立てて皺を作った。

「はんっ、あぁ……っ、ぁ……」
「これでも泥遊びだと言えるか?」

 アレクは不敵に笑いながら、二本目の指で入口を撫で、そしてそれをぐちりと挿入した。微かな痛み。けれどそれよりも焦れったさの方が上回った。
 彼は表情とは裏腹に慎重に指を進める。オレは早く弄ってくれとばかりに腰を微かに揺らす。

「……っ、ああ。思いの外楽しい"遊び"だな」

 強がって笑い返すと、彼の首に手を回して顔を寄せさせる。
 そして啄むように一度、二度と彼の唇を食む。

「ふっ」

 彼の微笑む呼吸が唇に触れる。
 彼は器用にオレの下肢を弄りながら接吻けに応えて舌を挿し入れる。
 孔が拡げられ解されていくグチュグチュという卑猥な音を耳にしながら、彼と舌を交わらせる。
 舌で口蓋を撫でられると、頭の中が蕩けて消えてしまうのではないかとすら思った。彼との交わりは心地良く、オレが知らなかった類の悦びをもたらす。

「んっ、ふう……」

 やがて彼が口を離し、後孔から指を引き抜いた。
 指を抜かれたそこが自らを埋めるものを探してヒクヒク蠢いた。

「ルノ……」

 金属音を響かせ、彼がベルトを外す。
 彼が下着を脱ぐと、彼の中心が露わになった。

「……っ」

 聳り立つそれに思わず目を見張る。こんなものが自分の体内に入るだろうか。
 一瞬、怖じ気づきそうになった。

「ルノ、大丈夫か?」
「ああ」

 それでも、彼と繋がりたかった。きっとそれは何よりも幸せな時間になるだろうと確信していたから。

「さっさと挿入れろよ」

 両脚を広げ、目を細めて挑発的に笑う。
 これくらいのこと何でもないと言わんばかりに慣れた風を装う。
 それでも彼のモノが入口に充てがわれた瞬間、ビクリと身体が竦んでしまった。

「大丈夫だルノ。乱暴にしたりはしない。ゆっくり、呼吸を落ち着けて」

 アレクは低い声で囁き、オレの頭を優しく撫でる。
 オレが慣れない行為に怯えてしまっていることも、それでも彼とシたいという欲望の方が上回っていることも彼に見抜かれている。
 息を吸って、吐いて。彼の言う通りに深呼吸をすると、彼がオレの顔を見つめているのに気が付いた。とても柔らかい視線が注がれている。

「ルノ、好きだ。愛している。だからこうして一つになりたいと思っている」

 彼は極めて真剣にオレを見つめている。
 拡げた入口に彼の先端が充てがわれ、その熱さが伝わってくる。

「だがルノが直前になって心変わりしたとしても、オレは怒らない」

 怒らない? 脈打って今にも爆発しそうなこの状況で? 本気だろうか。
 それでももしオレが今ここで彼を拒絶したら、彼は残念そうな顔をしながらも大人しく引き下がるだろうと思えた。

「だから、さっきから言ってるだろ。オレもアレクのことが好きだし……その、シたいって」

 オレの言葉に彼はぱちぱちと目を瞬かせる。
 そして本当に嬉しそうに笑ったのだ。

「そうか……っ」

 彼が感極まってオレの首筋に接吻を落とす。
 その瞬間に彼のモノの先端が入口を押し割った。

「ん……っ」

 圧迫感がオレの内側を埋める。生理的な涙が頬を伝う。
 その涙を舐め取りながら、彼はゆっくりと腰を進めていった。

「はぁっ、ぁ……」

 肉壁を擦り上げて剛直が奥へと肉を押し拡げていく。その圧迫感が苦しい筈なのに、下肢の疼きは大きくなるばかりだ。

「アレク……」

 彼の背中に手を回し、彼の唇を求める。
 唇が重ね合わされる。
 口付けをするのはこれで何度目だろうか。彼と舌を交わらせるその感触が心地よくて気持ち好くて止められない。
 自分が少しずつ淫らになっていきつつあるのを自覚する。それでもアレクはそんなオレを嫌わないだろう。だから躊躇なく彼と舌を絡める。
 口付けの中で自身が兆して、彼の身体と擦り合わさる。

「ん、ふぅ……っ」

 やがて彼のモノがすべて体内に収められたようだ。彼の動きが止まる。
 内側がすべて彼で埋め尽くされた喜びが胸に溢れる。圧迫感による苦痛など忘れるほどだ。
 気が付けば舌を引き抜いた彼がオレを見下ろしていた。

「ルノ、動いてもいいか?」
「うん」

 心を決めて頷いた。
 アレクはオレの目を見て覚悟が決まっていることを確認すると、ゆっくりと腰を引いた。
 彼のモノが少しずつ引き抜かれていく。それが完全に抜けてしまう直前に、また彼の動きが止まる。
 そして再び奥へと進み出した。粘性の液体と、幾ばくかの体液を潤滑液として肉壁を押し割り、カリ首で擦り上げていく。

「あっ」

 先ほど彼が指で弄っていた性感帯を擦り上げられ、微かな声が漏れた。

「痛かったか?」

 彼がオレを気遣う。

「違う。もっと、そこ……」

 瞳を潤ませ、彼を見つめる。
 そして快感を覚えたそこへと彼の先端を導くように、腰を揺らめかせた。

「イイ、から……」

 もっとシて。
 唇だけ動かして彼にねだった。

 彼の喉仏が上下する。ごくりと唾を飲んだように見えた。
 そして、彼はオレの腰の動きに合わせて腰を揺らし出した。
 丸みを帯びた性感帯が彼のカリ首によって圧される。

「あっ、ぁ、ン……っ!」

 腰の揺らめきに合わせて嬌声が漏れる。
 彼が腰を動かす度にゾクゾクと快楽が全身を駆け巡る。
 オレの腰の動きもどんどん大胆になっていき、二人の腰つきが合わさる。
 やがて肉と肉のぶつかる渇いた音が部屋に響くほどになった。

「あっ、あンっ! ぁ、アレク……っ!」
「ルノ。可愛い声だ。もっと聞かせてくれないか」

 懸命に腰を揺らす彼は額に汗を浮かせながらオレを見つめている。彼の熱い息が肌を擽る。
 彼の剛直が肉壁を抉る感触に、言われなくてもオレは声を上げざるを得なかった。

「あぁッ! きもちいっ、ン、ぁ……っ! あぁっ!」
「ああ、愛おしい……」

 彼は腰を動かしながらも、屈み込んでオレの傷跡に接吻を落とした。
 彼の唇の感触にまで甘い刺激が走ったような気がした。

「君の身体も、心も、傷も……すべてオレのものだ。そう考えていいんだな?」

 彼が囁く。
 彼の背に回した腕に力を籠めながら、彼の言葉にこくこくと頷いた。
 彼の独占欲を感じて、身体が震えるほど嬉しかった。今この瞬間、彼に身も心も委ねることが出来ている事実が幸せだった。

「ルノ……ッ!」

 引いて、穿つ。
 その動きを繰り返すピストンが激しくなっていく。
 肉を打つ渇いた音と水音が混ざり合い、部屋の中を満たす。

「あッ、アレクっ! アレクぅ……っ!」

 愛おしさが胸の内から溢れて、彼の名を叫ぶように連呼した。
 ぐちゃぐちゃに掻き混ぜられて、何もかもが分からなくなる。
 ただ、彼と繋がっているという一つの事実が頭の中を占めている。
 幸せで幸せで、幸せ過ぎて――――

「――――――――ッ!!!!」

 彼のモノに最奥を穿たれた途端、快感で頭の中が真っ白になった。縋り付くように彼の背中に爪を立てた。
 身体が海老反りになって震え、肉壁が収縮して剛直を引き絞る。オレの中でそれが動きを止めたかと思うと、独特の痙攣をした。腹を熱い液体が満たしていく。

「あぁ……」

 満足感にオレは吐息を零した。



 *



「ルノ。平気か?」

 気が付けば身体は綺麗な状態になっていた。
 ぼうっとしている間に彼が後始末をしてくれたらしい。

「……ああ」

 視線を動かすと、隣に彼がいた。
 穏やかな眼差しでオレを見つめている。そうしてずっとオレのことを見ていたのだろうか。
 オレはニヤリと犬歯を剥き出して笑う。

「超ヨかったぜ」
「そっ」

 オレの明け透けな感想に、彼がたじろいで赤面するのが分かる。
 そんな彼の様子が可愛らしくて、くくっと笑った。

「そ、それは、その……不快な経験にならなかったようで、何より」

 こんな彼も慣れればスマートな返しをしてくるようになるのだろうか。
 オレの方から迫るだけでしどろもどろな彼が普段一生懸命気障を気取ろうとしているのが愛おしくて堪らない、という事実は暫くの間秘密にしておこうと思った。オレの密かな楽しみの一つなのだから。

「アレク」
「うん?」

 ちょんちょん、と彼の身体を突いて注意を惹き付ける。
 彼が顔を寄せてくれた瞬間に、彼の唇に口付けをした。

「……!」

 大好き、と囁いた。
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