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第二話 風鈴草の刻印、友情
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自分でも陰鬱な顔をしていると思う。
蒼白い肌に、少しでも魔力の足しにしようと長く伸ばした黒髪。
鏡を見れば恨みがましい視線が睨め返す。
こんな顔に一目惚れする奴がいるとは誰が予想できようか――――
「ここがオレたちの部屋だ」
アレクシスが部屋の扉を開けて示す。
オレは恐る恐るその中に足を踏み入れた。
部屋の両端にベッドと机が一つずつ。
小ぢんまりとした清潔感のある部屋だ。
これから一年間、ここで寝起きすることになる。
一方の机には何も物が置かれていない。
恐らくこっちがオレの寝るベッドと机だろう。
オレはベッドの縁に腰掛けると、荷物を腕の中に抱え込んだままアレクシスを睨みつけた。
「緊張してるのか?」
アレクシスは可笑しそうに笑う。
一目惚れがどうのこうのと言ってくる奴と同じ部屋にいるんだ。
そりゃ警戒ぐらいする。
「……」
オレは何も答えなかった。
こんな奴とどんな言葉を交わしたらいいか分からなかったからだ。
「せっかく番になったんだ。少し話をしないか」
彼は勝手に水差しからコップに水を注ぐ。
「……番なんかじゃねえ」
彼を黙らせたくて、眉間にさらに皺を寄せて視線を鋭くさせる。
「この上級生と下級生のペアのことを慣例的に番と呼ぶんだよ」
オレの視線など意にも介さず、彼はコップを傾けて水に口をつける。
「それにしても君の肌は驚くほど白いな。月明かりの下で生まれたのか?」
彼がオレから何を引き出したいのかが分からない。
オレは黙って彼を睨み続ける。
『自分はこんなに高貴な黒い肌をしているんだぞ』という嫌味か?
「それにその艶やかな黒髪。一目で惹き付けられた」
「……」
やはり嫌味なのだろう、そうでないと理解できない。
オレは黙り続けた。
「年はいくつだ?」
「……」
古イルス魔術学校に入学する者は若い男に限られるが、年齢にはややバラつきがある。
だから彼がオレの年齢を知らないのも無理はない。
だが答えるつもりはなかった。
彼に教えたいことなどないし、一言も口を利きたくなかった。
「ルノという名前だそうだな。ルノといえば古代エルフ語で月を意味する。素敵な名だ」
「……」
オレは何も答えない。
「……ふっ」
オレが口を利く気がないと分かると、彼は苦笑しながら肩を竦めたのだった。
「まあ今は気が張ってるだろう。おいおいお互いのことを知っていこう」
緊張してるだけ。自分は嫌われていない。
その自信は一体どこから来るのだろう。
彼はオレにとって不可解な生き物でしかなかった。
*
半円形の闘技場のような大教室を、黒ローブの下級生たちが埋め尽くしている。
教師の登場を待つ彼らの好き勝手なおしゃべりが、森に風が吹いたかのような騒めきを生み出している。
時折、チラチラとこちらに向けられる視線がある。
昨夜、首席のグロースクロイツ家の嫡男に突如として見出された謎の新入生……としてオレはちょっとした話題になっているらしい。いい迷惑だ。
手の甲に刻まれた黄薔薇を隠しでもしなきゃ、暫くは好奇の目を避けられないだろう。
「黄色い薔薇の花言葉は嫉妬、独占欲などなど……」
ちゃっかり隣に着席した眼鏡が一方的に話しかけてくる。
「君、ヤバい目の付けられ方をしたんじゃないか?」
「ふん」
どうやら眼鏡から見ても、アレクシスはおかしい奴に見えるらしい。
オレは内心で密かに安堵を覚えた。
「そうだ、まだ自己紹介をしてなかったな。僕の名前はケント・アバークロビーだ」
眼鏡が名を名乗って右手を差し出してくる。
その右手の甲に、花の刻印が刻まれている。白い鈴のような花だ。
彼はどんな奴に選ばれたのだろう。
オレはアレクシスに選ばれた瞬間から頭が真っ白になってしまっていたので、他の奴らが誰と組んだのか、ほとんど記憶に残ってなかった。
「……ルノ・ボレスフォア」
彼の右手を無視して、名前だけ答えた。
不意に、秋風が吹いたかのように教室の中の空気が動いた気がした。
同時に生徒らの騒めきが止んだ。
「――――今のが精霊の"流れ"に触れた感覚だ。覚えておけ」
いつの間にか、まるで最初からそこにいたかのように教室の中央に男が現れていた。
男の長く蒼い髪は後ろで結ってあるようだ。
髪が纏められているおかげで、彼の耳が良く見えた。
……ほんのり尖っている。
「あの髪色、耳……間違いない。エルフの血を引く人だ」
隣の眼鏡、いやケントが呟く。
「ああ、そうだ。完全なるエルフは遠い時間の波に飲まれて消え去ったが、エルフの血を引く人間はこうして残っている。儂のようにな」
蒼髪の男はまるでケントの呟きに答えるかのように声を響き渡らせる。
ケントの呟きが聞こえていたのか? まさかな。
チラリと横を見ると、ケントは慌てて口を押さえていた。
「これから半年間、お前らに『基礎魔術学』を叩き込むリエル・バルトだ。基礎魔術学が頭に叩き込めない内はそれぞれの専門分野に進むことは出来ない。分かったな?」
バルト教師が立っている中心から、生徒たちの座席は観客席のように段々になっている。
だから必然的にオレたちがバルト教師を見下ろすことになるのだが、まるで自分たちの方が見下ろされているような気分だった。
「この古イルス魔術学校で主に教えているのはエルフの操っていた魔術。つまり古代魔術だ」
ケントはすでにペンを手に取って、バルトの話すことを書き取っている。
「精霊に呼び掛けるにも、書物を読み解くにも古代エルフ語の習得は必須だ。まずお前らにはそれを覚えてもらう」
言うなり、バルト教師はくるりと後ろを向いてチョークを手に取る。
彼の髪がシニョンに纏められているのがよく見えた。
バルト教師は凄まじい速さで黒板に文字を記していく。
古代エルフ語の文字なのだろう。
「全26文字。これを暗記しろ」
オレもケントのようにメモを取り始める。
「明日の授業でテストに出す」
バルトの発言に、黒ローブの群れが騒めき出す。
「あー五月蠅ぇ。たった半年で古代の叡智を頭に詰め込むんだから、これくらいのペースは当たり前だろ」
バルトは生徒たちの声にしかめっ面を浮かべて、ボリボリと頭を掻いた。
*
26文字の古代エルフ文字の名前と読み方と意味を一気に頭に流し入れられた。
授業が終わり、一緒に教室から出てきたケントも茫洋と宙を見つめながら歩いている。きっと明日のテストのことで頭がいっぱいなのだろう。
「……美しい人だった」
ケントがぽつりと呟く。
「は?」
「バルト先生のことだよ! あんなに鮮やかな蒼は初めて見た!」
ケントは猛然と振り向くと、熱く語り出した。
「古代に生きていた純エルフは新緑色の髪を持っていたという。それが人間との間に生まれたハーフエルフは何故か青髪になるんだ。血統がエルフに近ければ近いほど髪は明るい緑色に近づく。反対に人間に近づくほどの髪色の鮮やかさは失われていき、最後にはほとんど黒に近い青になる。つまり、バルト先生のような鮮やかな蒼の髪は現代では凄く稀なものなんだ! 分かるかいルノくん、この奇跡が!」
どうやらテストではなく、あの教師のことで頭がいっぱいだったらしい。呑気なことだ。
それにしても「美しい」と形容するには、あの教師は些かガサツ過ぎやしないだろうか。
「ふふ、そんなに大声で褒められると照れちまうなぁ」
気がつけば、目の前に噂のバルト教師がいた。
バルトは目を細めて隣のケントに向けて微笑む。
ケントは、驚きのあまり顔面蒼白になった。
蒼白い肌に、少しでも魔力の足しにしようと長く伸ばした黒髪。
鏡を見れば恨みがましい視線が睨め返す。
こんな顔に一目惚れする奴がいるとは誰が予想できようか――――
「ここがオレたちの部屋だ」
アレクシスが部屋の扉を開けて示す。
オレは恐る恐るその中に足を踏み入れた。
部屋の両端にベッドと机が一つずつ。
小ぢんまりとした清潔感のある部屋だ。
これから一年間、ここで寝起きすることになる。
一方の机には何も物が置かれていない。
恐らくこっちがオレの寝るベッドと机だろう。
オレはベッドの縁に腰掛けると、荷物を腕の中に抱え込んだままアレクシスを睨みつけた。
「緊張してるのか?」
アレクシスは可笑しそうに笑う。
一目惚れがどうのこうのと言ってくる奴と同じ部屋にいるんだ。
そりゃ警戒ぐらいする。
「……」
オレは何も答えなかった。
こんな奴とどんな言葉を交わしたらいいか分からなかったからだ。
「せっかく番になったんだ。少し話をしないか」
彼は勝手に水差しからコップに水を注ぐ。
「……番なんかじゃねえ」
彼を黙らせたくて、眉間にさらに皺を寄せて視線を鋭くさせる。
「この上級生と下級生のペアのことを慣例的に番と呼ぶんだよ」
オレの視線など意にも介さず、彼はコップを傾けて水に口をつける。
「それにしても君の肌は驚くほど白いな。月明かりの下で生まれたのか?」
彼がオレから何を引き出したいのかが分からない。
オレは黙って彼を睨み続ける。
『自分はこんなに高貴な黒い肌をしているんだぞ』という嫌味か?
「それにその艶やかな黒髪。一目で惹き付けられた」
「……」
やはり嫌味なのだろう、そうでないと理解できない。
オレは黙り続けた。
「年はいくつだ?」
「……」
古イルス魔術学校に入学する者は若い男に限られるが、年齢にはややバラつきがある。
だから彼がオレの年齢を知らないのも無理はない。
だが答えるつもりはなかった。
彼に教えたいことなどないし、一言も口を利きたくなかった。
「ルノという名前だそうだな。ルノといえば古代エルフ語で月を意味する。素敵な名だ」
「……」
オレは何も答えない。
「……ふっ」
オレが口を利く気がないと分かると、彼は苦笑しながら肩を竦めたのだった。
「まあ今は気が張ってるだろう。おいおいお互いのことを知っていこう」
緊張してるだけ。自分は嫌われていない。
その自信は一体どこから来るのだろう。
彼はオレにとって不可解な生き物でしかなかった。
*
半円形の闘技場のような大教室を、黒ローブの下級生たちが埋め尽くしている。
教師の登場を待つ彼らの好き勝手なおしゃべりが、森に風が吹いたかのような騒めきを生み出している。
時折、チラチラとこちらに向けられる視線がある。
昨夜、首席のグロースクロイツ家の嫡男に突如として見出された謎の新入生……としてオレはちょっとした話題になっているらしい。いい迷惑だ。
手の甲に刻まれた黄薔薇を隠しでもしなきゃ、暫くは好奇の目を避けられないだろう。
「黄色い薔薇の花言葉は嫉妬、独占欲などなど……」
ちゃっかり隣に着席した眼鏡が一方的に話しかけてくる。
「君、ヤバい目の付けられ方をしたんじゃないか?」
「ふん」
どうやら眼鏡から見ても、アレクシスはおかしい奴に見えるらしい。
オレは内心で密かに安堵を覚えた。
「そうだ、まだ自己紹介をしてなかったな。僕の名前はケント・アバークロビーだ」
眼鏡が名を名乗って右手を差し出してくる。
その右手の甲に、花の刻印が刻まれている。白い鈴のような花だ。
彼はどんな奴に選ばれたのだろう。
オレはアレクシスに選ばれた瞬間から頭が真っ白になってしまっていたので、他の奴らが誰と組んだのか、ほとんど記憶に残ってなかった。
「……ルノ・ボレスフォア」
彼の右手を無視して、名前だけ答えた。
不意に、秋風が吹いたかのように教室の中の空気が動いた気がした。
同時に生徒らの騒めきが止んだ。
「――――今のが精霊の"流れ"に触れた感覚だ。覚えておけ」
いつの間にか、まるで最初からそこにいたかのように教室の中央に男が現れていた。
男の長く蒼い髪は後ろで結ってあるようだ。
髪が纏められているおかげで、彼の耳が良く見えた。
……ほんのり尖っている。
「あの髪色、耳……間違いない。エルフの血を引く人だ」
隣の眼鏡、いやケントが呟く。
「ああ、そうだ。完全なるエルフは遠い時間の波に飲まれて消え去ったが、エルフの血を引く人間はこうして残っている。儂のようにな」
蒼髪の男はまるでケントの呟きに答えるかのように声を響き渡らせる。
ケントの呟きが聞こえていたのか? まさかな。
チラリと横を見ると、ケントは慌てて口を押さえていた。
「これから半年間、お前らに『基礎魔術学』を叩き込むリエル・バルトだ。基礎魔術学が頭に叩き込めない内はそれぞれの専門分野に進むことは出来ない。分かったな?」
バルト教師が立っている中心から、生徒たちの座席は観客席のように段々になっている。
だから必然的にオレたちがバルト教師を見下ろすことになるのだが、まるで自分たちの方が見下ろされているような気分だった。
「この古イルス魔術学校で主に教えているのはエルフの操っていた魔術。つまり古代魔術だ」
ケントはすでにペンを手に取って、バルトの話すことを書き取っている。
「精霊に呼び掛けるにも、書物を読み解くにも古代エルフ語の習得は必須だ。まずお前らにはそれを覚えてもらう」
言うなり、バルト教師はくるりと後ろを向いてチョークを手に取る。
彼の髪がシニョンに纏められているのがよく見えた。
バルト教師は凄まじい速さで黒板に文字を記していく。
古代エルフ語の文字なのだろう。
「全26文字。これを暗記しろ」
オレもケントのようにメモを取り始める。
「明日の授業でテストに出す」
バルトの発言に、黒ローブの群れが騒めき出す。
「あー五月蠅ぇ。たった半年で古代の叡智を頭に詰め込むんだから、これくらいのペースは当たり前だろ」
バルトは生徒たちの声にしかめっ面を浮かべて、ボリボリと頭を掻いた。
*
26文字の古代エルフ文字の名前と読み方と意味を一気に頭に流し入れられた。
授業が終わり、一緒に教室から出てきたケントも茫洋と宙を見つめながら歩いている。きっと明日のテストのことで頭がいっぱいなのだろう。
「……美しい人だった」
ケントがぽつりと呟く。
「は?」
「バルト先生のことだよ! あんなに鮮やかな蒼は初めて見た!」
ケントは猛然と振り向くと、熱く語り出した。
「古代に生きていた純エルフは新緑色の髪を持っていたという。それが人間との間に生まれたハーフエルフは何故か青髪になるんだ。血統がエルフに近ければ近いほど髪は明るい緑色に近づく。反対に人間に近づくほどの髪色の鮮やかさは失われていき、最後にはほとんど黒に近い青になる。つまり、バルト先生のような鮮やかな蒼の髪は現代では凄く稀なものなんだ! 分かるかいルノくん、この奇跡が!」
どうやらテストではなく、あの教師のことで頭がいっぱいだったらしい。呑気なことだ。
それにしても「美しい」と形容するには、あの教師は些かガサツ過ぎやしないだろうか。
「ふふ、そんなに大声で褒められると照れちまうなぁ」
気がつけば、目の前に噂のバルト教師がいた。
バルトは目を細めて隣のケントに向けて微笑む。
ケントは、驚きのあまり顔面蒼白になった。
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