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番外編 転生したら悪役王太子コンスタンだった件

第三話 なぜかデート

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「コンスタンさま、さあお手を」

 僕に、純白の毛に覆われた手が差し出される。
 僕が弱々しくその手を取ると、彼――エヴラールは満面の笑みを見せた。

「まさかコンスタンさまとデートに行けるなんて、夢のようです!」
「はは、僕にとっても夢のようだよ……悪い方の夢だけど」

 なんで……

 なんで、こうなってるんだっけ?


 僕は昨晩のことを回想する。

「私を貴方の伴侶にしていただけませんか?」

 エヴラールのいきなりの意味不明な提案に、僕は固まった。

「は……はあ!? なん、でだよ……?」
 
「なぜって、私の利になるからです。王配になれれば、辺境伯以上の地位ですから」

 何だよ、結局地位が目当てかよ。

 別にこの獣人に執着されたいわけでもないが、さりとて地位目当てだと宣言されるのも業腹だった。

「貴方が差し出せるものは、他にありますか? この提案を吞んでいただけないならば、私はいつ第二王子殿下や辺境伯閣下、あとテオフィルとかいう子供に危害を加えるか、わかりませんねえ」

「く……!」

 エヴラールの声音は、嘲笑の色を帯びていた。

 脅し同然に、地位目当てに婚約を迫られるなんて、屈辱だ。
 だがこの提案を呑まなければ、アンリたちがどうなってしまうかわからない。

「さあ、どうします?」

 白い手が、優しく頬を撫でる。蟻が肌の上を這っているかのような、ぞわぞわとした感覚が背筋を駆け抜けた。

「……呑むよ。呑めば、アンリたちを傷つけないんだろ!?」

「ええ、ええ、もちろんですとも。王配になれるのであれば、もはや傷つける意味は存在しませんから」

 いいこ、いいこ。
 そう言っているかのように、白い指が僕の顎を擽った。

 こうして、僕とエヴラールの契約は成立した。


「それで、なんでデートなんてすることになるんだよ!」

 現実逃避もとい回想から戻ってきた僕は、僕の手を握って上機嫌なエヴラールを睨みつけた。
 くそ、背が高いなこいつ。首が痛くなりそうだ。

 僕は転移魔法陣で王城に帰ったあと、明るい時間になって辺境伯領の街に戻ってきていた。明るい時間に来いと、こいつが言ったからだ。

 一体何をする気なんだと戦々恐々としていたが、出会うなり馬車に乗り込まされ、「デート」だなどと爆弾発言した。拍子抜けを超えて、驚きのあまり腰を抜かした。

「なぜって、私たちはフィアンセになったのですから。同じ時を過ごして仲を深めるのは、当然のことでしょう」

 エヴラールはにこりと、自信に満ちた笑みを浮かべた。こいつ、自分が一番イケメンに見える笑顔がわかっていやがる。

 なるほど、これも僕を絆すための作戦か。
 僕が心変わりしないよう、絆したり脅したりする気なのだろうと悟った。

「それでは、参りましょうか」

 デートプランは彼の頭の中にあるようだ。
 僕はただ、手を引かれるままについていった。

 いくらも歩かないうちに、僕たちは雑多な市場の中に入っていた。
 賑やかな市場に、僕はきょろきょろとする。
 そこかしこの露店で客を大声で呼び込んでいて、猥雑な雰囲気だ。
 エヴラールは、巨大な角が他人にぶつからないよう、器用に人ごみの間を縫って歩く。僕の方が、誰かにぶつかりそうなくらいだ。

「もしかして、コンスタンさまはこのような庶民の市場は初めてですか」
「高貴な僕には、用のない場所だ」
「庶民の市場も、冷やかしてみると楽しいものですよ」
「冷やかすとは?」
「買う気もないのに、商品を手に取ったり、値段を聞いて回ることです」
「はあ? それは一体、何が楽しいんだ?」

 僕はしかめっ面をしてみせた。

 僕にとって買い物とは、露店を回るものではなく商人を呼びつけるもので、商人を呼びつけておいて何も買わないなんて、やったことがない。そんなことをした日には、どんな噂が社交界を駆け巡るかわかったものではない。

「それではコンスタンさまにとって、初めての冷やかしですね」
「おい、僕はやるなんて言ってないぞ!」

 エヴラールは僕の言葉は無視して、露店の前まで引っ張ってきた。
 それはアクセサリーを扱っている店のようだった。

「この花を模したブレスレットはいかがですか。コンスタンさまに似合うのではないですか?」

 彼は露店に並んだアクセサリーの一つを取ると、僕の手首に添えた。見たこともない、紐で編まれたブレスレットだった。中心に、花を模した飾りがついている。

「なんだこれは? 庶民の子供用のおもちゃか?」

 僕が胡乱げな視線でブレスレットを見つめると、露店の店員が息を呑んだのが聞こえた。

「コンスタンさま。どうやらこのアクセサリーは、店員の方がお作りになられたもののようですよ」

「なっ!?」

 顔を上げると、店員は悲しそうな顔になっていた。どうやら庶民にとっては、これでも立派な装飾品なのだろう。
 なんだ、これではまるで僕が悪人みたいじゃないか。

 ……いや、悪人なんだったんだ。
 
 客観的に見ると、僕の言動は悪役でしかない。そのことを自覚したつもりだったのに。

「いや、その。見慣れないものだから戸惑っただけで……このブレスレットは、美しいものだと思う。決して粗末だという意味ではない」

 僕は辿々しく弁解の言葉を口にした。

「見ての通り、コンスタンさまは世間知らずな方なのです。お許しください」

 失言したのは僕なのに、エヴラールが横で勝手に頭を下げる。
 
「おい、見ての通りってどういう意味だよ!」
 
「コンスタンさまはフードを被られていても、身分の高貴さが隠せていませんから」

「な……!?」

 どうやら僕は、全然庶民の振りができていないようだ。だからといって、バラすことはないだろうに。

「悪かったな、女。このブレスレットは買い取ろう」

 僕は店員に、ぞんざいに銀貨を手渡した。

「い、いえ、銀貨なんていただけません……!」

 恐縮する店員をよそに、エヴラールはくすくすと笑い出した。

「コンスタンさま、それでは冷やかしになりませんよ。今日は冷やかしを体験しに来たのでしょう?」

「それはお前が勝手に言っていることだ。いいから受け取れ、女」

 僕は銀貨を店員の手に押しつけると、素早く露店の前を立ち去った。

「おいエヴラール、このブレスレットはどうやって装着すればいいんだ?」

 僕を追ってきたエヴラールに、ブレスレットを押しつけた。

「お任せください。紐を結び付けるようですね。今、お付けしますので、少々立ち止まっていただけますか」

「わかった」

 道の端に寄り、彼に片腕を差し出した。
 白い毛に覆われた指が器用に動き、あっという間にブレスレットをつけ終わった。

「やはり、明るい色合いがコンスタンさまの肌に似合いますね」
「はあ? なんだよそれ」

 彼の笑顔に妙に気恥ずかしくなって、僕はそっぽを向いたのだった。
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