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第二十五話 二人での狩猟

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「閣下、獲物を発見いたしました」

 少しして、犬獣人の騎士が報告しに戻ってきた。

 皆で赴いてみれば、巨大なイノシシが土を掘っているのを、遠目に発見することができた。
 
 アンリは黒い塊が動いているのを見て、まさか熊かと見間違えそうになった。
 熊に馬車を追いかけられた経験が、恐怖として残っている。

「よし、アンリ。あれを射ってみよう」
「何を言うんだ!?」

 あっけらあんと言うグウェナエルに、アンリは驚いて声を荒げそうになった。すんでのところで、声をひそめた。

「さっき弓を習ったばかりで、当たるわけがないだろう。あんなに距離があるんだぞ」
 
「オレと一緒に、イノシシの近くまで潜んで行けばいい。外してイノシシが逃げてしまったなら、また別の獲物を探すだけだ。大丈夫、アンリが外した分だけ、オレが責任を取って獲物を獲ってくる」

 彼は自信たっぷりに請け負った。
 頼もしい口ぶりに、まあ一回くらいならいいかと思ってしまう。

「い、一回だけだからな」
 
 唇を尖らせながら返事をすると、ぶんぶんぶんぶんと彼の尻尾が嬉しそうに音を立てた。尻尾の音で、イノシシに逃げられてしまうのではないだろうか。

 矢を番え、弓を下に向けた状態で、ゆっくりとイノシシまでの距離を詰めていく。今にも枝かなにか踏んで物音を立ててしまいそうで、神経が張り詰める。
 すぐ隣をグウェナエルが、巨体にも関わらず影のように静かについてくる。

 ある程度距離を詰めたところでグウェナエルが止まり、アンリを手で制止する。これ以上は近づいたら、気づかれるということだろう。

 イノシシの牙の鋭さまで見て取れる距離だが、とても矢が当たるとは思えない。きっと、グウェナエルも当たるとは思っていないだろう。
 狩りを体験させるために、やらせてくれるのだ。

 アンリは心の中で彼の思いやりに感謝し、弓をイノシシに向けて構えた。グウェナエルがそっと手を添え、狙いを補正してくれる。
 そのさり気ない優しさに、彼がテオフィルに向けていた優しい眼差しを想起した。自分にも、あの優しい眼差しを向けてくれているのだ。そう思うと、いやに胸が熱くなる。

 この想いは、一体――――。

 アンリは猛りのままに弦を引き絞り、矢を放った。

 矢は思ったよりも飛距離を伸ばし、さりとてイノシシの身体を貫くほどでもなく、ちょうどイノシシの後方あたりにぽとりと軟着陸した。

「ふごっ!?」

 土を掘っていたイノシシは驚いて振り向き、アンリたちを発見した。

 ああ、逃げられてしまう。
 そう思った瞬間、イノシシは地を蹴り、あろうことかアンリに向けて突進してきた。

「ひっ!」

 逃げなければならないのに、恐怖で足が萎え、尻餅を突いてしまった。

「オレの後ろにいろ」

 グウェナエルがさっと進み出て、鞘から剣を抜く。

 イノシシが突撃してきた瞬間、彼はひらりと半身になって交躱し、すれ違った瞬間に刃を振り下ろした。

 イノシシの首が飛び、胴体は地面にどうと倒れた。

 グウェナエルは剣についた血を振り払うと鞘に収め、こちらを振り向く。
 
 金の双眼が怜悧に細められていて、やけに冷たく見えた。そういえばどこかで聞かなかっただろうか、デルヴァンクール辺境伯は残虐で有名だと――

「やったぞ! 晩餐は、イノシシの丸焼きだ!」

 ぶんぶんぶんぶんと勢いよく、グウェナエルの尻尾が半円を描き始めた。
 冷たげに見えた雰囲気は、あっという間に雲散霧消した。
 身体全体を使って、わーいわーいと喜びを表現している。

 狼のくせにただの人懐っこいポヤポヤした黒い犬にしか見えない彼が、冷酷なわけがなかった。一体全体どこから、あんな事実無根の噂が流れ出したのだろう。

「閣下、流石です!」

 エヴラールたちが駆けつけてきて、すぐにイノシシを運ぶ準備を始める。

「アンリ、大丈夫か?」

 グウェナエルが、手を差し出してくれる。

「ありがとう。おかげで怪我はない」

 温かい手を取り、立ち上がった。

「ところで、あのイノシシを丸焼きにするのか? 本気か?」

 アンリは、地面に倒れている巨体を指し示した。

 イノシシの丸焼きだなんて、初めて聞いた。丸焼きとは普通、仔豚を焼くものではないのか。このイノシシは何人分の肉になるのだろう。
 あまりにも巨大な肉の塊すぎて、アンリは正直食欲が湧かなかった。人ひとりの体重を、優に超すのではないだろうか。

「丸焼きにできるとも。こう、大きな鉄串に刺して、火の上でくるくると回すのだ。ふふ、王都ではイノシシの丸焼きは饗されないのかな」

 グウェナエルは手を回転させて、くるくると回す様を説明する。

 彼の返事に、丸焼きが可能かどうかを聞いたわけではないのだがと、眉根に軽く皺を寄せた。

 騎士団員は喜んでイノシシを運んでいるし、きっと獣人が複数人もいればぺろりと食べられるのだろう。
 テオフィルも喜んでくれるかもしれない。

「さあ、テオフィルたちのところに戻ろう」
「うん」

 のんきな彼の声に、アンリは眉根を開いて笑みを浮かべたのだった。
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