上 下
16 / 67

第十六話 イバラに囚われた精霊

しおりを挟む
「どうしようか」

 夜の寝室で、アンリはグウェナエルに声をかけた。
 
 話題はもちろん、テオフィルのことだ。
 使用人の前では、テオフィルは精霊のことを曝け出すのを怖がってしまっている。
 どうにかしなければならないだろう。

「オレとしては、この城館で怯えながら暮らしてほしくはない」
 
「同意見だ。テオフィルが精霊の呼び手であることを使用人たちに知らせて、不気味に思ったりしないよう言い含めておくのはどうだろうか」

 アンリの提案に、グウェナエルはゆっくりと首を横に振った。

「オレから言えば、使用人たちはテオフィルに対して不躾な反応を見せることはないだろう。使用人たちにとっても、事前に心構えができていい。だが、テオフィルが隠したいと思っている秘密を勝手にオレたちがバラしてしまったことが明るみに出たら、テオフィルはどう思うだろう?」

「それは……」

 グウェナエルの意見はもっともだ。
 テオフィルはきっと、裏切られたと思うことだろう。せっかく二人のことを信頼してもらえたのに。

「オレはテオフィルを一人の人間として扱い、彼に対して不誠実なことはしたくないと思っている」

 初めて聞いたグウェナエルの意見が、胸の内に沁み込んでくる。テオフィルについて、そんな風に考えていたなんて知らなかった。
 彼はテオフィルを子供としてではなく、「いずれ大人になる一人の人間」として扱ってくれている。それはテオフィルにとって、幸福なことなのかもしれない。

 しかし、今は方策を考えなければならない。

「なら、どうすればいい?」
 
「正直、妙案はない。オレが信用して雇った使用人たちと、テオフィルのことを信じるしかないと思っている」
 
「そう、か……」

 要は放任するしかないということだ。
 不安を覚えたものの、アンリにもいい案は思い浮かばなかった。
 

 不安を抱えながら、翌日もテオフィルに勉強を教えた。
 テオフィルは集中して勉強に励んでくれたが、心なしかいつもより元気がないように見えた。

「テオフィル、午後は一緒に遊ぼうっか」

 見かねたアンリは提案した。

「あそんでいいの?」
「うん、勉強してばっかりも退屈でしょ? 思いっきり遊ぼうか」
「やったー!」

 テオフィルは耳をピコピコさせ、尻尾をびゅんびゅん振り始めた。
 少しでも彼の心の負担を軽くできるなら、いいのだが。

 昼食を終えたあと、アンリとテオフィルは中庭へと出た。
 
 城館の中庭は広大で、緑の芝生が敷き詰められ、道の端には様々な花が植えられていた。生垣や花壇に突っ込まないように気をつければ、子供が駆け回れるだけの広さは十分にある。
 自然が多いからか、ちらほらと精霊が飛んでいるのも見える。

「わーい!」

 中庭に出るなり、テオフィルは元気に駆け出した。

「わ、待って!」

 五歳児だからぽてぽてと走るんだろうと思っていたのに、テオフィルは結構な健脚だった。彼はあっという間に、中庭の端まで駆けていってしまった。
 獣人の子供って、もしかしてすごい身体能力が高いのかと気がついた瞬間だった。

「アンリー、おそいよー!」

 テオフィルがこちらに手を振っている。
 全速力を出さねば、彼に追いつけないかもしれない。

「待てー!」

 アンリは全速力で走り出した。

「きゃー!」

 それを見たテオフィルは再び駆け出し、自然と鬼ごっこが始まったのだった。

「はあ、はあ……」
「たのしいけど、テオ、つかりた」

 四半刻もすると、二人ともすっかり汗だくになっていた。正確にはテオフィルは肩で息をしているだけで、汗をかいているかは毛皮に覆われていてわからない。
 
 テオフィルは芝生の上に、ごろんと寝転んだ。

「こんなに走り回ったの、久しぶりだ。筋肉痛になっちゃうかもしれないな」
「きんにくつー、テオもなる?」
「かもね」
「えへへへ」

 ころころと寝返りを打ちながら、テオフィルは笑った。
 芝生の上で寝転がっているテオフィルを撫でるように、精霊がふよふよと近寄ってきた。

「きゃはふっ!」

 精霊と戯れ、テオフィルははしゃいだ声を上げた。
 
「あえ? どーしたの?」

 そのうち精霊はテオフィルの周囲で漂うのをやめ、どこかへとふよふよ行ってしまう。

「まってー」

 ついさっきまで寝転んでいたのに、テオフィルはぱっと身を起こすと、精霊を追いかけ始めてしまった。

「テオフィル、遠くに行っちゃダメだよ」

 アンリも慌てて後を追った。

 精霊はふよふよと漂っていき、白い花の周りでくるくると回り始めた。

「あえ? どーしちゃったの?」

 テオフィルは足を止め、白い花が生えている生垣を覗き込んだ。

「ねえ、アンリ」

 テオフィルは追いついてきたアンリを振り返り、生垣の一点を指さした。
 アンリも覗き込むと、そこにはイバラの間に絡まるようにして、もう一人の精霊がいた。
 精霊は、この精霊の存在を知らせようとしてくれていたのだ。

「どうしてこのこ、ここにいるのかな?」

 イバラに絡まっている精霊は、イバラから抜け出ようともがいているように見える。
 アンリが幼いころも、このようにイバラに捕らえられている精霊を見たことがあった。

「なぜかはわからないけれど、精霊はイバラに捕まっちゃうみたいなんだ」

 精霊は普段壁やドアを簡単にすり抜けているのに、イバラだけはすり抜けることができないようなのだ。

「たいへん、たすけてあげなきゃ!」

 止める間もなく、テオフィルはイバラの生垣に手を伸ばした。

「いたい!」
「テオフィル、大丈夫!?」

 イバラの棘が刺さったようで、テオフィルはキャンと叫んだ。
 テオフィルの手を取ってみると、小さな引っかき傷ができてしまっていた。可哀想に。

「テオフィルはそこで見てて。私が精霊を解き放ってあげるから」

 テオフィルの前に出て、イバラに囚われている精霊に手を伸ばす。
 アンリの白い手を、イバラが掻いて傷をつけていく。赤い血が垂れるのも構わず、精霊を捕らえているイバラの蔦を押し広げ、両手で包み込むように精霊を助け出す。

 イバラから完全に抜け出させてから両手を広げると、精霊はお礼を言うようにその場でくるりと回った。お転婆少女のように活発な精霊のようだという印象を受けた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】僕の大事な魔王様

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
BL
母竜と眠っていた幼いドラゴンは、なぜか人間が住む都市へ召喚された。意味が分からず本能のままに隠れたが発見され、引きずり出されて兵士に殺されそうになる。 「お母さん、お父さん、助けて! 魔王様!!」 魔族の守護者であった魔王様がいない世界で、神様に縋る人間のように叫ぶ。必死の嘆願は幼ドラゴンの魔力を得て、遠くまで響いた。そう、隣接する別の世界から魔王を召喚するほどに……。 俺様魔王×いたいけな幼ドラゴン――成長するまで見守ると決めた魔王は、徐々に真剣な想いを抱くようになる。彼の想いは幼過ぎる竜に届くのか。ハッピーエンド確定 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/11……完結 2023/09/28……カクヨム、週間恋愛 57位 2023/09/23……エブリスタ、トレンドBL 5位 2023/09/23……小説家になろう、日間ファンタジー 39位 2023/09/21……連載開始

期待外れの後妻だったはずですが、なぜか溺愛されています

ぽんちゃん
BL
 病弱な義弟がいじめられている現場を目撃したフラヴィオは、カッとなって手を出していた。  謹慎することになったが、なぜかそれから調子が悪くなり、ベッドの住人に……。  五年ほどで体調が回復したものの、その間にとんでもない噂を流されていた。  剣の腕を磨いていた異母弟ミゲルが、学園の剣術大会で優勝。  加えて筋肉隆々のマッチョになっていたことにより、フラヴィオはさらに屈強な大男だと勘違いされていたのだ。  そしてフラヴィオが殴った相手は、ミゲルが一度も勝てたことのない相手。  次期騎士団長として注目を浴びているため、そんな強者を倒したフラヴィオは、手に負えない野蛮な男だと思われていた。  一方、偽りの噂を耳にした強面公爵の母親。  妻に強さを求める息子にぴったりの相手だと、後妻にならないかと持ちかけていた。  我が子に爵位を継いで欲しいフラヴィオの義母は快諾し、冷遇確定の地へと前妻の子を送り出す。  こうして青春を謳歌することもできず、引きこもりになっていたフラヴィオは、国民から恐れられている戦場の鬼神の後妻として嫁ぐことになるのだが――。  同性婚が当たり前の世界。  女性も登場しますが、恋愛には発展しません。

攻略対象5の俺が攻略対象1の婚約者になってました

白兪
BL
前世で妹がプレイしていた乙女ゲーム「君とユニバース」に転生してしまったアース。 攻略対象者ってことはイケメンだし将来も安泰じゃん!と喜ぶが、アースは人気最下位キャラ。あんまりパッとするところがないアースだが、気がついたら王太子の婚約者になっていた…。 なんとか友達に戻ろうとする主人公と離そうとしない激甘王太子の攻防はいかに!? ゆっくり書き進めていこうと思います。拙い文章ですが最後まで読んでいただけると嬉しいです。

ひとりぼっち獣人が最強貴族に拾われる話

かし子
BL
貴族が絶対的な力を持つ世界で、平民以下の「獣人」として生きていた子。友達は路地裏で拾った虎のぬいぐるみだけ。人に見つかればすぐに殺されてしまうから日々隠れながら生きる獣人はある夜、貴族に拾われる。 「やっと見つけた。」 サクッと読める王道物語です。 (今のところBL未満) よければぜひ! 【12/9まで毎日更新】→12/10まで延長

幽閉王子は最強皇子に包まれる

皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。 表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

侯爵令息セドリックの憂鬱な日

めちゅう
BL
 第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける——— ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。

【完結】守護霊さん、それは余計なお世話です。

N2O
BL
番のことが好きすぎる第二王子(熊の獣人/実は割と可愛い) × 期間限定で心の声が聞こえるようになった黒髪青年(人間/番/実は割と逞しい) Special thanks illustration by 白鯨堂こち ※ご都合主義です。 ※素人作品です。温かな目で見ていただけると助かります。

嫌われ者の僕はひっそりと暮らしたい

りまり
BL
 僕のいる世界は男性でも妊娠することのできる世界で、僕の婚約者は公爵家の嫡男です。  この世界は魔法の使えるファンタジーのようなところでもちろん魔物もいれば妖精や精霊もいるんだ。  僕の婚約者はそれはそれは見目麗しい青年、それだけじゃなくすごく頭も良いし剣術に魔法になんでもそつなくこなせる凄い人でだからと言って平民を見下すことなくわからないところは教えてあげられる優しさを持っている。  本当に僕にはもったいない人なんだ。  どんなに努力しても成果が伴わない僕に呆れてしまったのか、最近は平民の中でも特に優秀な人と一緒にいる所を見るようになって、周りからもお似合いの夫婦だと言われるようになっていった。その一方で僕の評価はかなり厳しく彼が可哀そうだと言う声が聞こえてくるようにもなった。  彼から言われたわけでもないが、あの二人を見ていれば恋愛関係にあるのぐらいわかる。彼に迷惑をかけたくないので、卒業したら結婚する予定だったけど両親に今の状況を話て婚約を白紙にしてもらえるように頼んだ。  答えは聞かなくてもわかる婚約が解消され、僕は学校を卒業したら辺境伯にいる叔父の元に旅立つことになっている。  後少しだけあなたを……あなたの姿を目に焼き付けて辺境伯領に行きたい。

処理中です...