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第十六話 イバラに囚われた精霊
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「どうしようか」
夜の寝室で、アンリはグウェナエルに声をかけた。
話題はもちろん、テオフィルのことだ。
使用人の前では、テオフィルは精霊のことを曝け出すのを怖がってしまっている。
どうにかしなければならないだろう。
「オレとしては、この城館で怯えながら暮らしてほしくはない」
「同意見だ。テオフィルが精霊の呼び手であることを使用人たちに知らせて、不気味に思ったりしないよう言い含めておくのはどうだろうか」
アンリの提案に、グウェナエルはゆっくりと首を横に振った。
「オレから言えば、使用人たちはテオフィルに対して不躾な反応を見せることはないだろう。使用人たちにとっても、事前に心構えができていい。だが、テオフィルが隠したいと思っている秘密を勝手にオレたちがバラしてしまったことが明るみに出たら、テオフィルはどう思うだろう?」
「それは……」
グウェナエルの意見はもっともだ。
テオフィルはきっと、裏切られたと思うことだろう。せっかく二人のことを信頼してもらえたのに。
「オレはテオフィルを一人の人間として扱い、彼に対して不誠実なことはしたくないと思っている」
初めて聞いたグウェナエルの意見が、胸の内に沁み込んでくる。テオフィルについて、そんな風に考えていたなんて知らなかった。
彼はテオフィルを子供としてではなく、「いずれ大人になる一人の人間」として扱ってくれている。それはテオフィルにとって、幸福なことなのかもしれない。
しかし、今は方策を考えなければならない。
「なら、どうすればいい?」
「正直、妙案はない。オレが信用して雇った使用人たちと、テオフィルのことを信じるしかないと思っている」
「そう、か……」
要は放任するしかないということだ。
不安を覚えたものの、アンリにもいい案は思い浮かばなかった。
不安を抱えながら、翌日もテオフィルに勉強を教えた。
テオフィルは集中して勉強に励んでくれたが、心なしかいつもより元気がないように見えた。
「テオフィル、午後は一緒に遊ぼうっか」
見かねたアンリは提案した。
「あそんでいいの?」
「うん、勉強してばっかりも退屈でしょ? 思いっきり遊ぼうか」
「やったー!」
テオフィルは耳をピコピコさせ、尻尾をびゅんびゅん振り始めた。
少しでも彼の心の負担を軽くできるなら、いいのだが。
昼食を終えたあと、アンリとテオフィルは中庭へと出た。
城館の中庭は広大で、緑の芝生が敷き詰められ、道の端には様々な花が植えられていた。生垣や花壇に突っ込まないように気をつければ、子供が駆け回れるだけの広さは十分にある。
自然が多いからか、ちらほらと精霊が飛んでいるのも見える。
「わーい!」
中庭に出るなり、テオフィルは元気に駆け出した。
「わ、待って!」
五歳児だからぽてぽてと走るんだろうと思っていたのに、テオフィルは結構な健脚だった。彼はあっという間に、中庭の端まで駆けていってしまった。
獣人の子供って、もしかしてすごい身体能力が高いのかと気がついた瞬間だった。
「アンリー、おそいよー!」
テオフィルがこちらに手を振っている。
全速力を出さねば、彼に追いつけないかもしれない。
「待てー!」
アンリは全速力で走り出した。
「きゃー!」
それを見たテオフィルは再び駆け出し、自然と鬼ごっこが始まったのだった。
「はあ、はあ……」
「たのしいけど、テオ、つかりた」
四半刻もすると、二人ともすっかり汗だくになっていた。正確にはテオフィルは肩で息をしているだけで、汗をかいているかは毛皮に覆われていてわからない。
テオフィルは芝生の上に、ごろんと寝転んだ。
「こんなに走り回ったの、久しぶりだ。筋肉痛になっちゃうかもしれないな」
「きんにくつー、テオもなる?」
「かもね」
「えへへへ」
ころころと寝返りを打ちながら、テオフィルは笑った。
芝生の上で寝転がっているテオフィルを撫でるように、精霊がふよふよと近寄ってきた。
「きゃはふっ!」
精霊と戯れ、テオフィルははしゃいだ声を上げた。
「あえ? どーしたの?」
そのうち精霊はテオフィルの周囲で漂うのをやめ、どこかへとふよふよ行ってしまう。
「まってー」
ついさっきまで寝転んでいたのに、テオフィルはぱっと身を起こすと、精霊を追いかけ始めてしまった。
「テオフィル、遠くに行っちゃダメだよ」
アンリも慌てて後を追った。
精霊はふよふよと漂っていき、白い花の周りでくるくると回り始めた。
「あえ? どーしちゃったの?」
テオフィルは足を止め、白い花が生えている生垣を覗き込んだ。
「ねえ、アンリ」
テオフィルは追いついてきたアンリを振り返り、生垣の一点を指さした。
アンリも覗き込むと、そこにはイバラの間に絡まるようにして、もう一人の精霊がいた。
精霊は、この精霊の存在を知らせようとしてくれていたのだ。
「どうしてこのこ、ここにいるのかな?」
イバラに絡まっている精霊は、イバラから抜け出ようともがいているように見える。
アンリが幼いころも、このようにイバラに捕らえられている精霊を見たことがあった。
「なぜかはわからないけれど、精霊はイバラに捕まっちゃうみたいなんだ」
精霊は普段壁やドアを簡単にすり抜けているのに、イバラだけはすり抜けることができないようなのだ。
「たいへん、たすけてあげなきゃ!」
止める間もなく、テオフィルはイバラの生垣に手を伸ばした。
「いたい!」
「テオフィル、大丈夫!?」
イバラの棘が刺さったようで、テオフィルはキャンと叫んだ。
テオフィルの手を取ってみると、小さな引っかき傷ができてしまっていた。可哀想に。
「テオフィルはそこで見てて。私が精霊を解き放ってあげるから」
テオフィルの前に出て、イバラに囚われている精霊に手を伸ばす。
アンリの白い手を、イバラが掻いて傷をつけていく。赤い血が垂れるのも構わず、精霊を捕らえているイバラの蔦を押し広げ、両手で包み込むように精霊を助け出す。
イバラから完全に抜け出させてから両手を広げると、精霊はお礼を言うようにその場でくるりと回った。お転婆少女のように活発な精霊のようだという印象を受けた。
夜の寝室で、アンリはグウェナエルに声をかけた。
話題はもちろん、テオフィルのことだ。
使用人の前では、テオフィルは精霊のことを曝け出すのを怖がってしまっている。
どうにかしなければならないだろう。
「オレとしては、この城館で怯えながら暮らしてほしくはない」
「同意見だ。テオフィルが精霊の呼び手であることを使用人たちに知らせて、不気味に思ったりしないよう言い含めておくのはどうだろうか」
アンリの提案に、グウェナエルはゆっくりと首を横に振った。
「オレから言えば、使用人たちはテオフィルに対して不躾な反応を見せることはないだろう。使用人たちにとっても、事前に心構えができていい。だが、テオフィルが隠したいと思っている秘密を勝手にオレたちがバラしてしまったことが明るみに出たら、テオフィルはどう思うだろう?」
「それは……」
グウェナエルの意見はもっともだ。
テオフィルはきっと、裏切られたと思うことだろう。せっかく二人のことを信頼してもらえたのに。
「オレはテオフィルを一人の人間として扱い、彼に対して不誠実なことはしたくないと思っている」
初めて聞いたグウェナエルの意見が、胸の内に沁み込んでくる。テオフィルについて、そんな風に考えていたなんて知らなかった。
彼はテオフィルを子供としてではなく、「いずれ大人になる一人の人間」として扱ってくれている。それはテオフィルにとって、幸福なことなのかもしれない。
しかし、今は方策を考えなければならない。
「なら、どうすればいい?」
「正直、妙案はない。オレが信用して雇った使用人たちと、テオフィルのことを信じるしかないと思っている」
「そう、か……」
要は放任するしかないということだ。
不安を覚えたものの、アンリにもいい案は思い浮かばなかった。
不安を抱えながら、翌日もテオフィルに勉強を教えた。
テオフィルは集中して勉強に励んでくれたが、心なしかいつもより元気がないように見えた。
「テオフィル、午後は一緒に遊ぼうっか」
見かねたアンリは提案した。
「あそんでいいの?」
「うん、勉強してばっかりも退屈でしょ? 思いっきり遊ぼうか」
「やったー!」
テオフィルは耳をピコピコさせ、尻尾をびゅんびゅん振り始めた。
少しでも彼の心の負担を軽くできるなら、いいのだが。
昼食を終えたあと、アンリとテオフィルは中庭へと出た。
城館の中庭は広大で、緑の芝生が敷き詰められ、道の端には様々な花が植えられていた。生垣や花壇に突っ込まないように気をつければ、子供が駆け回れるだけの広さは十分にある。
自然が多いからか、ちらほらと精霊が飛んでいるのも見える。
「わーい!」
中庭に出るなり、テオフィルは元気に駆け出した。
「わ、待って!」
五歳児だからぽてぽてと走るんだろうと思っていたのに、テオフィルは結構な健脚だった。彼はあっという間に、中庭の端まで駆けていってしまった。
獣人の子供って、もしかしてすごい身体能力が高いのかと気がついた瞬間だった。
「アンリー、おそいよー!」
テオフィルがこちらに手を振っている。
全速力を出さねば、彼に追いつけないかもしれない。
「待てー!」
アンリは全速力で走り出した。
「きゃー!」
それを見たテオフィルは再び駆け出し、自然と鬼ごっこが始まったのだった。
「はあ、はあ……」
「たのしいけど、テオ、つかりた」
四半刻もすると、二人ともすっかり汗だくになっていた。正確にはテオフィルは肩で息をしているだけで、汗をかいているかは毛皮に覆われていてわからない。
テオフィルは芝生の上に、ごろんと寝転んだ。
「こんなに走り回ったの、久しぶりだ。筋肉痛になっちゃうかもしれないな」
「きんにくつー、テオもなる?」
「かもね」
「えへへへ」
ころころと寝返りを打ちながら、テオフィルは笑った。
芝生の上で寝転がっているテオフィルを撫でるように、精霊がふよふよと近寄ってきた。
「きゃはふっ!」
精霊と戯れ、テオフィルははしゃいだ声を上げた。
「あえ? どーしたの?」
そのうち精霊はテオフィルの周囲で漂うのをやめ、どこかへとふよふよ行ってしまう。
「まってー」
ついさっきまで寝転んでいたのに、テオフィルはぱっと身を起こすと、精霊を追いかけ始めてしまった。
「テオフィル、遠くに行っちゃダメだよ」
アンリも慌てて後を追った。
精霊はふよふよと漂っていき、白い花の周りでくるくると回り始めた。
「あえ? どーしちゃったの?」
テオフィルは足を止め、白い花が生えている生垣を覗き込んだ。
「ねえ、アンリ」
テオフィルは追いついてきたアンリを振り返り、生垣の一点を指さした。
アンリも覗き込むと、そこにはイバラの間に絡まるようにして、もう一人の精霊がいた。
精霊は、この精霊の存在を知らせようとしてくれていたのだ。
「どうしてこのこ、ここにいるのかな?」
イバラに絡まっている精霊は、イバラから抜け出ようともがいているように見える。
アンリが幼いころも、このようにイバラに捕らえられている精霊を見たことがあった。
「なぜかはわからないけれど、精霊はイバラに捕まっちゃうみたいなんだ」
精霊は普段壁やドアを簡単にすり抜けているのに、イバラだけはすり抜けることができないようなのだ。
「たいへん、たすけてあげなきゃ!」
止める間もなく、テオフィルはイバラの生垣に手を伸ばした。
「いたい!」
「テオフィル、大丈夫!?」
イバラの棘が刺さったようで、テオフィルはキャンと叫んだ。
テオフィルの手を取ってみると、小さな引っかき傷ができてしまっていた。可哀想に。
「テオフィルはそこで見てて。私が精霊を解き放ってあげるから」
テオフィルの前に出て、イバラに囚われている精霊に手を伸ばす。
アンリの白い手を、イバラが掻いて傷をつけていく。赤い血が垂れるのも構わず、精霊を捕らえているイバラの蔦を押し広げ、両手で包み込むように精霊を助け出す。
イバラから完全に抜け出させてから両手を広げると、精霊はお礼を言うようにその場でくるりと回った。お転婆少女のように活発な精霊のようだという印象を受けた。
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