いいんだよ

歌華

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プロローグ

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それは今から十七年前、父の昌太郎しょうたろうに連れられてやってきた病院で当時四歳になる杏子あんずは新しい命と対面していた。
「杏子、あなたお姉ちゃんになったのよ~」
大好きな母の咲愛さくらが抱いていたのは小さな小さな生まれたばかりの弟だった。杏子は初めて間近で見る赤ちゃんに頬を赤らめ、目をキラキラさせた。
「あかちゃん。貴方お名前は?」
杏子が弟に声をかける。
「杏子。この子は琉生るいっていうのよ?可愛い男の子」
「るいくん・・・・・・」
杏子が琉生の手に指を伸ばすと、琉生は小さな力で杏子の指をしっかりと握りしめた。
なんだか琉生は満足げに笑った気がして。咲愛は杏子を見てニコッと笑みを浮かべた。
「琉生もお姉ちゃんが分かったんだね」
昌太郎が杏子の頭に手を乗せて撫でる。昌太郎の手は大きくいつもみんなの事を守ってくれる暖かい手だった。
「パパ、琉生くんもなでなでしてあげて」
「え?」
「あら?パパは怖いのかしら」
咲愛がクスクスと笑う。昌太郎がからかうなよ~と言って、琉生の頭に手を乗せてゆっくり優しく撫でた。
「壊れてしまわないか?俺なんかが撫でて?」
昌太郎は体格の良い人だった。昔柔道の大会で賞を貰うほどの実力の持ち主だった。
今は警察官として働いている。休みの日は思いきり子供と遊んであげる。愛情深い人だった。
咲愛と知り合ったきっかけは昌太郎が休みの日に街を歩いていたら、後ろから声が聴こえ、振り向くと引ったくりの現場に遭遇し思わず犯人を柔道の技で背負い投げしてしまい。それから仲良くなって結婚して杏子が生まれたと言うのがめだ。
「ぷっ、あはは!優しく撫でれば良いじゃない」
ベッドに横たわる琉生に優しく触れると
「ふぇっ」
琉生が一瞬泣きそうな声を上げ、昌太郎は焦って手を引っ込めた。
「お、おお、俺のせいか?」
激しく動揺するもんだから。咲愛も杏子も可笑しくて笑いを堪えるのが大変だった。
「あははっ!パパ変なの」
「杏子~、まぁ今日は頑張ったから!俺が夕飯作るから」
「え~パパはカレーしか作らないじゃん」
「なに!パパのカレーは世界一って言ってたじゃん」
ショックを受けている昌太郎。
「流石に毎日だと飽きるんじゃない?」
咲愛は臨月が近付き最初は陣痛が始まったら病院に向かう形にしていたが、心配した昌太郎が予定日の一週間前から入院させていた。
その間杏子はずっとカレー地獄だったらしく「ママのご飯がいい~」と駄々をこねたのだ。すると丁度良く先生が診に来たのだ。
「咲愛さん、大丈夫ですか?」
「先生、私このまま琉生を連れて退院って出来ますか?」
「ママをお家に連れていっていい?」
杏子のその表情が余りに切実なものだったらしく。先生は苦笑して杏子の頭に手を置いて杏子の目線に合わせてしゃがみこむ。
「お母さんは、今大変疲れているのでお嬢ちゃんはお母さんのお手伝いをしてあげてください。そして弟くんの事を守るのはパパとママをお姉ちゃんの君だよ?約束できますか?」
「分かった!私!琉生くんをちゃんと面倒見るよ!約束する」
「じゃあ。先生もお母さんを返しあげないとダメだね?」
子供扱いがベテランの先生なのだろう杏子に向かって目尻をシワシワにして笑った。昌太郎は「お大事に」と言い残し立ち去っていく先生の背に向かって深々と頭を下げていた。ベッドに座っていた咲愛もまた頭を下げていた。杏子はただただその背を見えなくなるまで見詰めることしか出来なかった。
「帰ろう!あなた!杏子!」
「やったー!」
杏子が大きな声を上げてジャンプしたりするもんだから幾ら個室と言っても外に声が漏れているだろうと昌太郎がホントに申し訳ない気持ちになったのは荷物をまとめて、病院を出るまで続いた。

***

それから年月が経ち琉生が高校に入学して一年経った。昔から体を動かすのが得意でクラスでは人気者だった。
杏子も琉生に負けず劣らずスポーツマンで高校卒業してスポーツ推薦来ていたが大学には行かず。家から通える範囲の会社に勤めることにした。昌太郎は大学に行っても良いと言ったが。咲愛が大学行こうか行かないか悩んでいた頃、事故で片足が不自由になり、歩けないわけではないが前より家事やパートがうまく出来なくなり家でテレビを見ている時間が多くなり咲愛が稼いでいた分の収入が減り、昌太郎の負担を減らしたいことが本音だった。
「姉ちゃん」
「なに?」
二人とも特に大きな病気に罹るわけでもなく。大きな事故にも遭わず。すくすくと育った。昌太郎だけではなく咲愛も暖かく家庭をみんなで守ってきたから。今がある。
「分かった!仕事終わったら教えてあげる」
「サンキュ」
「ほら、二人ともそろそろ時間じゃない?」
咲愛がキッチンから不自由になった足を引き吊り杏子と琉生の弁当を持ってくる。
「母さん!無理しなくて良いよ」
「そうよ!お弁当くらい・・・・・・」
「杏子?琉生?母さんは無理してない」
聖母の様に微笑む咲愛は本当に二人を愛しているんだなぁって思った。
「今日は父さんが帰ってくる日だから休んでてね?」
昨日夜勤だった昌太郎は今日帰ってくる二人がある程度手が掛からなくなったら少しずつ先の事を考え時々夜勤を入れるようになった。今は咲愛を病院に連れていくのも昌太郎の仕事だ。
近所でも話題のおしどり夫婦の二人は今もお互いがお互いを尊重して生きている。そんな二人は杏子も琉生も自慢だった。
ずっとこのまま時間が過ぎていくものだと思っていた。いつからこの歯車が狂い始めたのだろうか?それは未だに誰にも分からない
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