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19話

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 初めての事で戸惑ったが、普通に考えればただ気になる女性にダンスを申し込んだだけである。今までクリフ殿下の婚約者候補だったので誘われなかったか、ビッチメイクが余程男性受けが悪かったのか、どっちかだろう。壁の花になってダンスにすら誘われない残念な子だと思われるのも、切ないので彼の手を取って笑顔で承諾した。




 ――――――もうかれこれ3時間以上踊って居る。だってさ、次から次にダンスに誘われなんて断ったらいいかわからないし、真っ赤な顔して一生懸命言ってくる人もいてさ、なんか悪くて。でももう脚が限界だよ疲れたよ。

 はぁ~やっと曲が終わったので、相手の男性に礼をして離れた。

「エリカ嬢、お疲れではないですか?こちらどうぞ」

 そう言って少し年上の……20歳ぐらいだろうか、男性は冷たい飲み物を渡してくれた。
 この人、気が利くいい人だな。とても好感が持てる。私は自然と笑顔になった顔でお礼を言って、グラスを受け取った。

「良かったらテラスでお話でもしませんか?」

 彼が差し出した手に、私の手を重ねテラスに向かった。

 今夜は新月でテラスは少し暗い。頭上には星が煌めいていて、他にも何組かの男女が語りあっていた。彼は自己紹介から始まり、彼は音楽関係に強いらしく中でもチェロが得意で……という話を自慢げにされた。いや、確かにすごいと思うよ。でもさ凄いって評価は他人がするものであってさ、そんな自慢げに話されると凄いって思わなきゃいけないみたいで、なんだか素直に関心出来なくなっちゃうんだよね。
 あぁそういえば、前世の雑誌に自慢話をする人は自分の事を知ってもらいたい人らしい。ちょっと聞き流していたら……勝手に髪を触られ始め、彼の顔が寄ってきた。
 キスされる!!ちょっとまって!どうしよう、恋愛経験がなさ過ぎて円満に躱す手立てが思い浮かばない。逃げようにも後ろは手摺で正面には彼が。両端は彼の腕に阻まれ何処にも躱せない。八方塞がりの私は思わずしゃがみ込んだ。

「ごめんなさい、目眩が……」

 そう言って走って人気の更に少ない中庭に逃げた。

 戻ればまた延々ダンスを踊らされるし、この辺で少し休もう。大広間から離れた中庭は、明かりも無く暗いが薄っすらと浮かぶ白いガゼボを見つけて座ろうと腰を下ろすと、硬い木の感触ではない柔らかい物体がお尻に当たった。

「ん!?」

 低い男性の声が聞こえ、慌てて立ち上がった。

「ごめんなさいっ!」

 どうやらお尻の下敷きにしたのは人間だったらしい。起き上がった彼と対峙しているが、辛うじて人型のシルエットは見える程度で、顔が見えず誰だか判らない。

「なんでこんな所にいるの?」

 彼の声は堅くて少し怒っているように聞こえた。

「男性に迫られて、あしらい方も分からず逃げて来てしまいました。下敷きにしてしまって申し訳ございません」

「ふーん」

 さっきの人にも捕まりたくないし、もうダンスも遠慮したい。

「此処に居ても宜しいですか?」

「別に良いけど」

「ありがとう。貴方はどうしたの?あっもしかして具合が悪いとか?大丈夫ですか?」

 休んでいる所を邪魔したんじゃ!?

「違うよ、言い寄ってくる女性から避難してるだけだよ」

 さっきから気になってたけど、この人の声好きだな。それになんか懐かしいような気がする。

「モテるのも大変ですよねぇ。男性からダンスを誘われて断るのは宜しくないって言う暗黙のルール辞めてほしいです。お陰で3時間も踊る羽目になったんですよ」

 中世ヨーロッパでは知らないけど、この国では基本男性からダンスを申し込むのは男性で申し込まれたら、恥をかかせちゃいけないとかで断っちゃいけない。
 モテる女子が羨ましかったけど、今はもう羨ましくない。1日モテただけで辟易してる。

「あはっ!君ダンス3時間も踊ったの?疲れたからお話でもって言えば良いのに……」

 彼は爆笑したけど、私としては笑い事じゃない。本当に辛かった。足つるかと思ったよ。今度はそう言って、休もう。

「笑い事じゃないですよ。鍛えてるからなんとかなったけど、じゃなかったら倒れてました」

「ぶっ!君鍛えてるの?貴族の令嬢なのに??」

 彼は可笑しくてしょうがないといった感じでゲラゲラ笑っている。

「貴族の令嬢だからって、刺繍の腕を磨いたってなんの役に立つのかって話でしょ!?いざっていうとき、格闘技ができた方がよっぽど役に立つわ。最終的に自分の身は自分で守るしかないじゃない」

「あ~可笑しい。君、本当に変わってる。僕の周りの女の子は皆、僕を見ると恥じらいながら頬を染めて女らしさをアピールしてくる子ばかりだよ。……もちろんそれは可愛らしいとは思うんだけど」

「でも可愛いと思ったからって好きになるわけじゃないよね」

「うん、そうだな。……そろそろ戻らないと。君は……?」

「まだ此処で休んでいきます」

「じゃなくて名前」

「うーん、知らないほうがこうして話せるかも」

 私は身分が高いから誰か分かったら、こうやって気安く話してくれないかもしれない。

「そうかもな」

 彼は立ち上がって私の前を通り抜けた。思わず上衣の裾を掴んだ。だって惜しかったのだ、この時間が終わってしまうのが。前世みたいにこんなに気楽に話せたのは初めてだったから。

「ねぇ、また逢える?」

 彼は少し考え込んだあと、「じゃぁまた此処で」と言って去っていった。私はさっきまでの時間を惜しむように彼の去って行った方を暫く眺めていた。
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