上 下
8 / 111

6話 今までの事は水に流して貰えない

しおりを挟む
 私は震える手で紅茶に口を着けた。体の芯に熱いものが流れた。なんで殿下とお茶する羽目に!?いや、それは知ってるけど、関わりたくない。

「これ着たら?」

 殿下は綺麗に畳まれた男物のYシャツを差し出した。

「………要りません」

「女性が体を冷やすのはダメだよ」

「直ぐ帰って着替えれば大丈夫です」

 立ち上がり―――殿下に手首を掴まれてしまった。

「待って!このまま帰すわけにはいかないよ。お願い」

 私は無言で再度カウチに腰掛けた。

「ありがとう」

 笑顔で礼を言って、殿下は毛布を巻いてくれた。
 うっ眩しい!こんな顔されて心臓が跳ねない女子なんていないよ。

「このチェリーパイも食べてみて」

 私は一口食べた。!!!何これ!?ただのチェリーパイじゃない!普通のさくらんぼより味が甘くて濃厚で後味が水蜜桃みたいに香って……おいし~よ~!よく見るとコンポートのさくらんぼがハートの形になっている。これは……女神のさくらんぼ‼私だって一度しか食べたことのない王宮横の本神殿に咲いている世界で1本だけの”始まりの桜”しか取れないさくらんぼだよ。貴重だよ。

 私は目を輝かせて、チェリーパイを堪能した。

「ふっ」

「‼なんですか?」

 私は不機嫌を露にした顔を上げた。

「ごめん、可愛いなって。そんなに美味しかった?」

 クツクツと笑う殿下。
 ちょっと笑いすぎ!可愛いとか社交辞令言っても、誤魔化されない。なんかムカつくな。

「ええ。とても貴重な物をありがとうございます」

 たぶん深窓の令嬢たる私は優雅な動作で礼をした。

「よかったら持って帰って」

 ええっ!!!!いいの!?やった~~!うれし~うれし~うれし~!って違うから。

「ぷっ!あははっ!」

 なぬっ!また笑った、何が可笑しいのよ!ムカムカ、キー!

「別に要らないわ!」

 私にだってプライドぐらい有るんだから。
 でもやっぱり……チェリーパイをチラチラ盗み見た。

「ふふっ、手ぶらで帰すわけにはいかないから、私の顔を建てて貰ってくれるないかな?」

「………」

「ねっお願い」

「そこまで言うなら仕方がないわ。頂戴します」

「ありがとう」

 殿下はチェリーパイの入った箱を手渡してくれた。私は礼を言ってそれを受け取ると、大切に両手で抱えながら家路に着いた。

 翌日、ウキウキしながらお茶とチェリーパイの準備お願いすると、パイはアルトに食べられたらしい。コノヤロー!でも怖くてアルトに文句は言えなかった。………うぅっ!悲しくないもん。目から出てるのは汗だもん。アルトのバカヤロ~~~~!!!!!!!





 あれから毎日トイレや裏庭を通るときなど、犯人は姿を目撃されない様にして執拗に水を掛けられた。そして濡れている事を発見されるとお茶に誘われた。私だって学習しないわけではないので、毎日着替えとタオルを持参しているのだけれども、この長い髪の毛だけはなかなか乾かない。今日は通算5度目の殿下のサロン訪問である。

 私も関わるのはマズイというのは分かっているのだけれども、クリフ殿下は割りと強引で断りきれない。決して物珍しい菓子目当てではないが……こないだの異国の島国から取り寄せたという葛で出来たゼリーみたいなお菓子美味しくて懐かしいかったなぁ。

 毎回、今日こそは私がエリカだと言わなくてはと思っているのだけど、怖くて口に出来ないでいる。そして本当に今日こそはきちんと自分の口で言わなくちゃ。もう以前の嘘をついて逃げ回る卑怯な人間には戻らない。

「また君は髪を濡らして何してるの?」

「ははは、なんか私の所にだけ水が降ってくるんですよね」

 乾いた笑いしか出てこない。

「こんなくだらない、クソみたいな事をしたのは誰だ?」

 ですよね~、そんな回答じゃごまかせず殿下は整った眉を寄せた。

「さぁ、確証の無いことを迂闊に口には出来ません。これは私の問題です。クリフ殿下のお手を煩わす必要はございません」

「必要はある。君はカタトルキア帝国民だ。国民を護るのは王の勤めで、僕も時期にそうなる。だから目の前に困っている国民がいれば手を差し伸べる」

「私は困ってませんよ。こないだ名前を聞かれましたよね。私はエリカ・ノヴァです。」

 さらりと言ってみたけど……緊張して内側から激しくノックされてるみたいに鼓動が早い心臓に、私のガラスハートは壊れそう。断じてチキンではない。

「はぁ?」

 ……ですよね。殿下は呆けた顔になった。

「クリフ殿下の元婚約者であるエリカ・ノヴァです」

「ちょっ、おまっ、顔、全然違うだろ!?」

「ではお暇させていただきます」

 あ~スッキリ!胸の支えが取れて殿下が混乱している内にさっさと退散しなくては!

「待てよ、どういう事だ?」

 殿下の鋭い眼光に慄いた私は、化粧が取れて素顔になったこととサインが欲しくて黙っていた事を白状した。

「申し訳ございません」

 恐怖に肩が震え、顔を上げる勇気がでない。

「………ぷっ!」

 心臓が縮み上がり、肩が跳ね上がり、弾かれたように顔を上げ、クリフ殿下を呆然と見つめた。

「あはっ、だってあんなにぷるぷる震えて……あんなに綺麗にびっくりする人初めて見たよ」

 笑いすぎて出た涙を拭うクリフ殿下。

 この人こんな喋り方だったけ?予想外の言葉にクリフ殿下のイメージが崩れた。

 次の言葉を待って見つめていると、クリフ殿下ためつ眇めつ私の顔を見る。

「あは、はっ、今は虫も殺せない小動物の様なのに、何をどうしたらあんな妖艶な魔女みたいな顔になれるの?……ってか何を企んでるだ?」

 さっきまでの表情とは打って変わって真顔になり、絶対零度の青い瞳で私を射抜く様に見つめた。背後には吹雪が見える気がする。

「わ、私はただ平穏に過ごしたいだけです」

「はぁ?ふざけんなよ。今まで散々周りに害悪を振りまいてきたくせに、自分勝手に平穏に暮らしたいなど通ると思ってるの?キャロラインに謝ったぐらいでチャラにはならない。自分の行いを一生悔いて生きてけよ。気軽に許しなど乞うな」

「ほ、ん、と、うにごめんなさい、……今までの様な行為は二度と致しません。今まで犯した罪は消えませんが、今まで迷惑掛けた分、世間に役立つ様な行為ができる様に模索していきたいとおもいます」

 そこまで今まで犯した罪は重いのか。謝って許して貰って終わりだなんて小さな子供のする事だと馬鹿な私は言われて初めて気がついた。

 私達は見つめ合った。私は不安げに瞳を揺らして、クリフ殿下は射殺さんばかりの視線を向けて暫く沈黙した。それを破る様にドアを叩く音が聞こえて、ドアから顔を出したのはアルトだった。

「チッ!あんたクリフと何してんの?ジークと婚約するんじゃないの?」

 不浄な物でも見るような目で私を見た。なんの事かわからない私は、ぽかんと口を開けた。

「………初耳ですけど、どなたが仰ったのでしょうか?」

「御義父様とロベーヌ元帥」

「お父様とお祖父様が!?」

「白々しい演技は辞めたら?クリフ様の次はジークかよ。本当にビッチは節操がない。キャロルを見習え。あの愛らしさ………可愛すぎる!!」

 アルトは溺愛病を患わっているのだろうか?
 
 今までの醜聞は一生ついてまわるだろう。言葉だけでは信じてもらえない。だから私は何を言われても行動で示すしかない。変わったんだと。

「信じて頂けるとは思いませんが……私としても、ジーク様と婚約するのは本意ではありません」

 私は殿下に辞去して、ロベーヌ邸へ向かった。
  
 
しおりを挟む
感想 75

あなたにおすすめの小説

婚約者に毒を飲まされた私から【毒を分解しました】と聞こえてきました。え?

こん
恋愛
成人パーティーに参加した私は言われのない罪で婚約者に問い詰められ、遂には毒殺をしようとしたと疑われる。 「あくまでシラを切るつもりだな。だが、これもお前がこれを飲めばわかる話だ。これを飲め!」 そう言って婚約者は毒の入ったグラスを渡す。渡された私は躊躇なくグラスを一気に煽る。味は普通だ。しかし、飲んでから30秒経ったあたりで苦しくなり初め、もう無理かも知れないと思った時だった。 【毒を検知しました】 「え?」 私から感情のない声がし、しまいには毒を分解してしまった。私が驚いている所に友達の魔法使いが駆けつける。 ※なろう様で掲載した作品を少し変えたものです

侯爵令嬢の置き土産

ひろたひかる
恋愛
侯爵令嬢マリエは婚約者であるドナルドから婚約を解消すると告げられた。マリエは動揺しつつも了承し、「私は忘れません」と言い置いて去っていった。***婚約破棄ネタですが、悪役令嬢とか転生、乙女ゲーとかの要素は皆無です。***今のところ本編を一話、別視点で一話の二話の投稿を予定しています。さくっと終わります。 「小説家になろう」でも同一の内容で投稿しております。

婚約破棄?王子様の婚約者は私ではなく檻の中にいますよ?

荷居人(にいと)
恋愛
「貴様とは婚約破棄だ!」 そうかっこつけ王子に言われたのは私でした。しかし、そう言われるのは想定済み……というより、前世の記憶で知ってましたのですでに婚約者は代えてあります。 「殿下、お言葉ですが、貴方の婚約者は私の妹であって私ではありませんよ?」 「妹……?何を言うかと思えば貴様にいるのは兄ひとりだろう!」 「いいえ?実は父が養女にした妹がいるのです。今は檻の中ですから殿下が知らないのも無理はありません」 「は?」 さあ、初めての感動のご対面の日です。婚約破棄するなら勝手にどうぞ?妹は今日のために頑張ってきましたからね、気持ちが変わるかもしれませんし。 荷居人の婚約破棄シリーズ第八弾!今回もギャグ寄りです。個性な作品を目指して今回も完結向けて頑張ります! 第七弾まで完結済み(番外編は生涯連載中)!荷居人タグで検索!どれも繋がりのない短編集となります。 表紙に特に意味はありません。お疲れの方、猫で癒されてねというだけです。

悪役令嬢が美形すぎるせいで話が進まない

陽炎氷柱
恋愛
「傾国の美女になってしまったんだが」 デブス系悪役令嬢に生まれた私は、とにかく美しい悪の華になろうとがんばった。賢くて美しい令嬢なら、だとえ断罪されてもまだ未来がある。 そう思って、前世の知識を活用してダイエットに励んだのだが。 いつの間にかパトロンが大量発生していた。 ところでヒロインさん、そんなにハンカチを強く嚙んだら歯並びが悪くなりますよ?

気がついたら乙女ゲームの悪役令嬢でした、急いで逃げだしました。

克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 もっと早く記憶を取り戻させてくれてもいいじゃない!

悪役令嬢は高らかに笑う。

アズやっこ
恋愛
エドワード第一王子の婚約者に選ばれたのは公爵令嬢の私、シャーロット。 エドワード王子を慕う公爵令嬢からは靴を隠されたり色々地味な嫌がらせをされ、エドワード王子からは男爵令嬢に、なぜ嫌がらせをした!と言われる。 たまたま決まっただけで望んで婚約者になったわけでもないのに。 男爵令嬢に教えてもらった。 この世界は乙女ゲームの世界みたい。 なら、私が乙女ゲームの世界を作ってあげるわ。  ❈ 作者独自の世界観です。  ❈ ゆるい設定です。(話し方など)

【完結】冷酷な悪役令嬢の婚約破棄は終わらない

アイアイ
恋愛
華やかな舞踏会の喧騒が響く宮殿の大広間。その一角で、美しいドレスに身を包んだ少女が、冷ややかな笑みを浮かべていた。名はアリシア・ルミエール。彼女はこの国の公爵家の令嬢であり、社交界でも一際目立つ存在だった。 「また貴方ですか、アリシア様」 彼女の前に現れたのは、今宵の主役である王子、レオンハルト・アルベール。彼の瞳には、警戒の色が浮かんでいた。 「何かご用でしょうか?」 アリシアは優雅に頭を下げながらも、心の中で嘲笑っていた。自分が悪役令嬢としてこの場にいる理由は、まさにここから始まるのだ。 「レオンハルト王子、今夜は私とのダンスをお断りになるつもりですか?」

【完結】本当の悪役令嬢とは

仲村 嘉高
恋愛
転生者である『ヒロイン』は知らなかった。 甘やかされて育った第二王子は気付かなかった。 『ヒロイン』である男爵令嬢のとりまきで、第二王子の側近でもある騎士団長子息も、魔法師協会会長の孫も、大商会の跡取りも、伯爵令息も 公爵家の本気というものを。 ※HOT最高1位!ありがとうございます!

処理中です...