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閑話 お父様の恋物語③

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 リリアンヌは時々ノヴァ公爵邸に訪れて本を貸し借りする様な仲になった。度々、公爵邸へ行くリリアンヌとサイラスは恋仲だと噂されたが、二人共気にしなかった。こういった類の噂は女性の方が醜聞が悪いのだが、元より社交界にあまり行かないし、結婚する気もないリリアンヌは気にならなかった。それよりも公爵邸の図書室にある蔵書の魅力に抗えなかった。

 リリアンヌは公爵邸の図書室で一人で本を読んでいた。2階まで続く書架には本がびっしりとおさまっていた。それは全てを読もうと思えば、何十年もかかるのではないかと思う程の量だった。
 リリアンヌはサイラスの許可を得て、図書室の出入りは自由になっていた。糊が劣化して解れそうな本を一枚一枚丁寧に捲っていく。それはなかなかお目にかかれないほど貴重な書物だった。夢中になって本を読んでるうちに気づけば、外は暗くなっていたのだが、本を守るため日がささない北側に作られた図書室では気づかなかった。
 ガチャリとドアノブをひねる音がして、リリアンヌが顔を上げると仕事を終えたサイラスが居た。

「お茶にしようか?」

 サイラスが持ってきたワゴンからテーブルへ、ティーセットなどを並べてお茶の準備をした。リリアンヌがお茶の用意されたテーブルセットに座り直そうと立ち上がると、サイラスは椅子を引いて彼女を座らせて向かいの椅子に座った。サイラスはいつものようにティーポットからカップにお茶を注ぎ、角砂糖を一つと蜂蜜をスプーン一杯にレモンを入れてリリアンヌに渡すと、彼女と目が合い微笑んだ。女性不信のサイラスが女性にそんな事をするなんて、あり得ない光景だった。シリルが見たら、喫驚するだろう。否、あの男なら爆笑するかも知れない。
 二人はお茶を飲んでホッと一息ついた。その時間はとても穏やかで優しい時間だった。サイラスは女性とこんなにも心地よい時間を過ごしたことは無かった。彼女となら永遠でも一緒に過ごせる気がした。

「今日はこれを読んでたのよ。公爵様はお読み成りましたか?」

「サイラスで構わない」

「こんな貴重な本が家にあるなんて、サイラス様が羨ましいわ」

 リリアンヌは名前を呼ぶのは如何なものかと思ったが、別に噂になろうが自身は構わなかったし、何よりサイラスが良いと言っているのだからと、気にするのは止めた。リリアンヌは割と大雑把な女性だった。
 大抵話すのはリリアンヌで、サイラスは相槌を打ちながら、リリアンヌが嬉しそうに話す小鳥の囀りのように可愛い声を聞いていた。ずっと聞いていても飽きないと、否、ずっと聞いていたいとサイラスは思った。




「そろそろ帰らないと行けないわ」

 リリアンヌが立ち上がると胸が激しく痛み胸を抑えて、その場で崩折れた。

「おい!大丈夫か?」

 サイラスはリリアンヌを胸に抱いて、大きな声で叫んだ。サイラスの叫び声を聞いて、執事が図書室に来れば、主の状況を見てすぐさま医師を呼んだ。

「水を……」

 リリアンヌは苦しそうに胸を上下させながら、薬を取り出し飲み下した。暫くすると荒い息遣いは落ち着き、胸の痛みも霧散した。

「サイラス様、貴方の方が泣きそうよ。大丈夫ですわ。そう……いつものことですから」

 リリアンヌは悲しみを隠して、何でもないような笑みを浮かべた。

「君がこの年まで結婚してないのは……これが原因?」

 サイラスは軍事を取り仕切る名家なのにも関わらず、この年まで結婚もしてなかった彼女には何か隠し事があると勘付いていたが、そうであっても自身の彼女自身の評価は変わらないと思っていたから、問いたださなかった。

「ふふっ!バレちゃったわ」

 リリアンヌは茶目っ気のある物言いで、努めて明るく言った。同情されて、憐憫の表情で見られるのが好きではなかったから。

「どうして言わなかった?」

 彼女の言い方の裏の気持ちなどわからなかったサイラスは、責めるような口調を少し滲ませた。

「だって可哀想って思ったでしょう!?私はそんなこと微塵も思ってないのに……。私は幸せよ。お父様もお母様もお兄様も大好きだわ。好きな本だって読めるし。なのになんで可哀想って顔で皆見るのかしら?なんだか悔しくて、惨めだわ」

「皆、君が好きだからもっと幸福になってほしくて、そう思うだけだよ」

 サイラスは指に少しだけ力を込めた。

 サイラスはリリアンヌをベットまで運んで寝せた。

 コルセットを外して楽な服に着替えたリリアンヌは、医師の診察を受けた。




 玄関まで見送りに来たサイラスは堪らなくなって、無作法を承知で医師にリリアンヌの病状について尋ねた。

「心臓が悪いみたいです。詳しく調べない事にはなんとも言えませんが、おそらく早世でしょう」

「そう、ですか……」

 サイラスは頭を鈍器で殴られたような気がするほど、ショックを受けた。胸が痛かった。然し、自身の気持ちには気づいていなかった。
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