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閑話 お父様の恋物語②

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「私、ダンス踊れないのよ。習った事ないの」

 伯爵令嬢の彼女がダンスを習ったことが無いなどとありえない嘘を言う彼女怒りを感じたが、サイラスはその感情を見せずに愛想笑いをして、リリアンヌの白すぎるぐらい白く細い手首を取った。

「大丈夫だ。私が教えてあげよう」

 自分の誘いを断る女性などいないと自惚れていたサイラスの手をリリアンヌは払った。

「申し訳ございません、公爵様。足を挫いてしまったんです。歩く程度なら問題ございませんが、激しく動くのはできかねます」

 リリアンヌは自身のドレスを少し持ち上げて、包帯の巻いてある足首を見せた。その包帯はダンスを断る為の口実だった。彼女にしつこく言い寄るのはサイラスが初めてでは無かった。然し、強く拒絶すれば角が立ってしまうので、苦肉の策であった。

「じゃあ……」

 このままシリルの元に戻れば嗤われると思ったサイラスは、リリアンヌを横抱きにした。

「きゃっ!……ちょっと、止めてちょうだい」

 サイラスはあまり笑わない男であったが、明るく楽しそうに声を上げて笑い、快活な男を演じた。

 会場内の視線を一身に受け、サイラス彼女を抱いて楽士の奏でる音楽に合わせてクルクル回った。リリアンヌは赤面しながら、振り落とされないようにサイラスの首にしがみついた。

 曲が終わり、彼女が元いたソファにそっと下ろして、飲み物を渡した。 

「あんなに恥ずかしい思いをしたのは初めてでしたわ」

 リリアンヌは皮肉を込めて言った。

「私もだな。ははっ!あんな馬鹿なことしたのは初めてだ」

「もう二度としないで」

 リリアンヌは新緑の様に爽やかなグリーンの瞳に怒りを滲ませて、サイラスを睨んだ。うっとりとした表情で自分を見ると思っていたサイラスは面食らった。

「私、貴方が嫌いだわ。貴方が私に真摯に向き合ってないのが目を見ればわかるわ。からかうなら辞めて。時間をから無駄にしたくないの。時間は有限なの。私にも……もちろん貴方にもね」

 図星を突かれたサイラスは何も言えなかった。彼女の真に迫った目を見たら、取り繕う気にはなれなかったし、サイラスは嘘を吐くのは嫌いだった。
 何も言わないサイラスに対し、リリアンヌは意外と悪い人ではないという印象を持った。

「私、帰るわ。公爵様、素敵なダンスをありがとう」

 リリアンヌは礼儀として世辞を述べ、優雅に礼を取り颯爽と去っていった。




 翌日、リリアンヌはまだ初夏だと言うのにベットで毛糸で帽子を編んでいた。

「お嬢様、お体に触ります。まだ、熱が有りますからどうか養生なさってくださいませ」

 メイドは心配そうに伺いながら言った。

「大丈夫よ。これくらい」

 ドアをノックして、別のメイドがやって来た。

「ノヴァ公爵閣下がいらしてますが、いかがいたしましょうか?」

「応接室へお通しして。私も用意してすぐ向かうわ」

 リリアンヌはベットから立ち上がろうとしたが、よろけてしまった。

「お嬢様!無茶です。お嬢様に何かあったらお館様に顔向けできません」

「大袈裟ね。ね……お願い。私、同情されるのは嫌なの。とても自分が非力で何も出来ないみたいで。ほら、公爵様を待たしてはいけないわ。早く着替えないと」

 メイドは渋々了承し、リリアンヌを着替えさせた。




「本日はどのようなご用件でしょうか?」

 サイラスとリリアンヌはソファに向かいあって座っていた。

「これを忘れておいででしたので、僭越ながら届けに参りました」

 サイラスは立ち上がって、リリアンヌの元へ行き膝まづいて、扇子を差し出した。

「わざわざご足労頂き、ありがとうございました」

 リリアンヌは扇子を受け取った。

「昨晩は大変申し訳ない。私は少し調子に乗っていたようだ」

「ご理解頂けて、嬉しく存じます」

「お詫びにこれを」

 リリアンヌはサイラスが差し出したプレゼントを受け取り、ピンク色のサテンのリボンを解いて、花柄の包装紙を開くと、中には本が入っていた。

「読書が好きだと聞いたのだが、女性が読むような恋愛小説はお持ちだろうから、私のおすすめの冒険小説を持ってきたんだが……気にいるといいのだが……」

「私も“カーター・クレスト”大好きだわ。読むととてもワクワクしてページを捲る手が止まらなくなってしまうの」

 リリアンヌ好きなもの語る満面の笑みを浮かべた。

「では、持っていたのか」

「でも、大丈夫ですわ。私の持ってる本は孤児院に寄贈するわ」

「他の本を持ってくるよ。チャールズ・ディケンズの“愛と罪”とはどうかな?」

「それは読んだことないわ。同じ作者の“クレイソンの4兄弟”なら読んだ事があるわ。とても面白くて気がついたら朝になっていたの」

 ―――初めて同志を得た二人は日が暮れるまで本について語りあい、次は公爵邸で会う約束を交わした。
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