扇屋あやかし活劇

桜こう

文字の大きさ
上 下
76 / 92
十一章

しおりを挟む
「旦那様、早く! 早く魔思を降ろして!」
 すずめから託された未開封の霊扇を額に当て、精神集中に余念のない夢一に、すずめは怒鳴った。
 ましろさん、はちみつちゃん、ごめん、頑張らせちゃったね。今、助けるから、待ってて。
 贋仔弐阿弥と死闘を繰り広げている”風戌”とその体を守る”光兎”に、すずめはもう気が気じゃない。
 すずめはもう一度夢一に声を上げた。
「なにのろのろやってんのよ、旦那様! 寝ちゃったんじゃないでしょうね!」
 夢一がぎろっと目を剥いた。
「てめえ、調子乗ってんじゃねえぞ! はじめての霊扇の魔思降しには精神集中が欠かせねえんだ! 普通の扇士なら半時は掛かるところを、この天才夢一様が十数える間にやろうってんだ! ぴーちくぱーちく話しかけんじゃねえよ!」
「夢一殿、集中しなくては」
「あ」
 からたちに咎められ、夢一が口を尖らせる。
「見ろ、またはじめっからになっちまったじゃねえか」
 ぶつぶつ文句を言ってから、再び扇子を額に当て、精神集中に掛かった。それを見て、じれったそうに身をよじるすずめを、からたちが宥めにかかる。
「すずめ殿も、落ち着いてください。ここは夢一殿を信じましょう」
 からたちの言うとおりだ。すずめは渋々頷くしかなかった。
 わたしの大切なひとたちを傷つけたら許さないんだから。
 心で呟き、己の父の姿形をした魔思を睨みつけた。
 そのときだった。
”風戌”との戦いを続ける贋仔弐阿弥の口元に微笑が浮かんだ。
”すずめ”
「え?」
”すずめ”
 すずめの頭の中に、ぬるま湯が滲むように声が響いた。温かさも冷たさも曖昧だからこそ、受け入れることも拒むこともできず、その戸惑いの隙に言葉が染みてくる。
 父様? ……。ううん、違う。
 すずめはその声を払おうと頭を振った。
 これは父様じゃなく、あの卑劣な贋者の声だ。
 すずめは声に負けじと、挑むように胸を張った。
 氷壁の向こう、贋仔弐阿弥のまなざしは氷を解かすほどの熱を帯び、すずめに注がれていた。それは親から子にだけ向けられるひたむきな慈愛の熱。子を安堵させる力強い熱だった。
 紛れもなく、それはすずめの父、仔弐阿弥の姿だった。
 違う……違う、違う。
 ぎゅっと目をつむったすずめの脳裏に、仔弐阿弥の……いや、贋仔弐阿弥の声が忍び込んでくる。
”なにが違うと言うのだ? すずめ”
 あなたはわたしの父様じゃない。わたしの父様はもう……死んでしまったから。
”すずめはわたしの声を、おまえを見つめる瞳を、おまえを抱き上げた腕を、温もりを……おまえの父を忘れてしまったと言うのか?”
 忘れてなんかいない。わたしの父様は今はわたしの心の中にいてくれる。だからあなたは違う。あなたは父様の贋物。まがいもの。父様が創り出した魔思。
 声は穏やかに笑った。その笑い方がやはりすずめのよく知る父のもので、すずめの胸は張り裂けそうになった。
 なにがおかしいの!? そんなふうに笑うのはやめて!
”すずめはわかっていないのだ”
 声がすずめを抱きはじめる。それが不快に思えなくなってくる。
”たしかにわたしはおまえの父、仔弐阿弥に描かれた魔思だ。でもね、すずめ、仔弐阿弥はなぜ自分に瓜二つの魔思を創造したと思う?”
 それは……。
 すずめには答えられない。夢一もそのことには触れなかったはずだ。そしてその疑問は大きなしこりとなって、すずめの心中に残っていた。
 その答えを今、もうひとりの仔弐阿弥が口にした。
”仔弐阿弥はとこしえの生を得ようとしたのだよ”
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

独り剣客 山辺久弥 おやこ見習い帖

笹目いく子
歴史・時代
旧題:調べ、かき鳴らせ 第8回歴史·時代小説大賞、大賞受賞作品。本所松坂町の三味線師匠である岡安久弥は、三味線名手として名を馳せる一方で、一刀流の使い手でもある謎めいた浪人だった。 文政の己丑火事の最中、とある大名家の内紛の助太刀を頼まれた久弥は、神田で焼け出された少年を拾う。 出自に秘密を抱え、孤独に生きてきた久弥は、青馬と名付けた少年を育てはじめ、やがて彼に天賦の三味線の才能があることに気付く。 青馬に三味線を教え、密かに思いを寄せる柳橋芸者の真澄や、友人の医師橋倉らと青馬の成長を見守りながら、久弥は幸福な日々を過ごすのだが…… ある日その平穏な生活は暗転する。生家に政変が生じ、久弥は青馬や真澄から引き離され、後嗣争いの渦へと巻き込まれていく。彼は愛する人々の元へ戻れるのだろうか?(性描写はありませんが、暴力場面あり)

ふたりの旅路

三矢由巳
歴史・時代
第三章開始しました。以下は第一章のあらすじです。 志緒(しお)のいいなずけ駒井幸之助は文武両道に秀でた明るく心優しい青年だった。祝言を三カ月後に控え幸之助が急死した。幸せの絶頂から奈落の底に突き落とされた志緒と駒井家の人々。一周忌の後、家の存続のため駒井家は遠縁の山中家から源治郎を養子に迎えることに。志緒は源治郎と幸之助の妹佐江が結婚すると思っていたが、駒井家の人々は志緒に嫁に来て欲しいと言う。 無口で何を考えているかわからない源治郎との結婚に不安を感じる志緒。果たしてふたりの運命は……。

モダンな財閥令嬢は、立派な軍人です~愛よりも、軍神へと召され.....

逢瀬琴
歴史・時代
※事実を元に作った空想の悲恋、時代小説です。 「わたしは男装軍人ではない。立派な軍人だ」  藤宮伊吹陸軍少尉は鉄の棒を手にして、ゴロツキに牙を剥ける。    没落華族令嬢ではある彼女だが、幼少期、父の兄(軍人嫌い)にまんまと乗せられて軍人となる。その兄は数年後、自分の道楽のために【赤いルージュ劇場】を立ち上げて、看板俳優と女優が誕生するまでになった。   恋を知らず、中性的に無垢で素直に育った伊吹は、そのせいか空気も読まず、たまに失礼な言動をするのをはしばしば見受けられる。看板俳優の裕太郎に出会った事でそれはやんわりと......。  パトロンを抱えている裕太郎、看板女優、緑里との昭和前戦レトロ溢れるふれあいと波乱。同期たちのすれ違い恋愛など。戦前の事件をノンフィクションに織り交ぜつつも、最後まで愛に懸命に生き抜く若者たちの切ない恋物語。   主要参考文献 ・遠い接近=松本清張氏 ・殉死  =司馬遼太郎氏 ・B面昭和史=半藤一利氏 ・戦前の日本=竹田千弘氏  ありがとうございます。 ※表紙は八朔堂様から依頼しました。 無断転載禁止です。

B29を撃墜する方法。

ゆみすけ
歴史・時代
 いかに、空の要塞を撃ち落とすか、これは、帝都防空隊の血と汗の物語である。

富羅鳥城の陰謀

薔薇美
歴史・時代
時は江戸中期。若き富羅鳥藩主が何者かに暗殺され富羅鳥城から盗み出された秘宝『金鳥』『銀鳥』。 『銀鳥』は年寄りの銀煙、そして、対の『金鳥』は若返りの金煙が吹き上がる玉手箱であった。 そう、かの浦島太郎が竜宮城から持ち帰った玉手箱と同じ類いのものである。 誰しもが乞い願う若返りの秘宝『金鳥』を巡る人々の悲喜こもごも。忍びの『金鳥』争奪戦。 『くノ一』サギと忍びの猫にゃん影がお江戸日本橋を飛び廻る!

【双槍信長の猿退治】~本能寺の変の黒幕は猿だった。服部半蔵と名を変えた信長。光秀、家康!真の天下布武を共に目指すのだ!~【完結】

みけとが夜々
歴史・時代
一五八二年、本能寺にて。 明智光秀の謀反により、燃え盛る炎の中、信長は自決を決意した。 しかし、光秀に仕えているはずの霧隠才蔵に助けられ難事を逃れる。 南蛮寺まで逃げおおせた信長は、謀反を起こしたはずの明智光秀と邂逅する。 そこには徳川家康も同席していた。 そして、光秀から謀反を起こした黒幕は羽柴秀吉であることを聞かされる。 忠臣からの裏切りを知った信長は、光秀・家康と手を組み、秀吉の討伐を胸に動き出すのだった。 (C)みけとが夜々 2024 All Rights Reserved

総統戦記~転生!?アドルフ・ヒトラー~

俊也
歴史・時代
21世紀の日本に生きる平凡な郵便局員、黒田泰年は配達中に突然の事故に見舞われる。 目覚めるとなんとそこは1942年のドイツ。自身の魂はあのアドルフ・ヒトラーに転生していた!? 黒田は持ち前の歴史知識を活かし、ドイツ総統として戦争指導に臨むが…。 果たして黒田=ヒトラーは崩壊の途上にあるドイツ帝国を救い、自らの運命を切り拓くことが出来るのか!? 更にはナチス、親衛隊の狂気の中ユダヤ人救済と言う使命も…。 第6回大賞エントリー中。 「織田信長2030」 共々お気に入り登録と投票宜しくお願い致します お後姉妹作「零戦戦記」も。

隠れ刀 花ふぶき

鍛冶谷みの
歴史・時代
突然お家が断絶し、離れ離れになった4兄妹。 長男新一郎は、剣術道場。次男荘次郎は商家。三男洋三郎は町医者。末妹波蕗は母親の実家に預けられた。 十年後、浪人になっていた立花新一郎は八丁堀同心から、立花家の家宝刀花ふぶきのことを聞かれ、波蕗が持つはずの刀が何者かに狙われていることを知る。 姿を現した花ふぶき。 十年前の陰謀が、再び兄弟に襲いかかる。

処理中です...